名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
フィエールマンのイメージビジュアル
フィエールマンFierement
Fierement

フィエールマン

通算成績12戦5勝

獲得賞金7926万円

生年月日 2015.01.20(平成27年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
フィエールマンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
3 GI有馬記念 中山 芝2500 2人気 C.ルメール 2:35.1 上り36.5映像
2 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 5人気 福永祐一 1:57.9 上り32.7映像
1 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 1人気 C.ルメール 3:16.5 上り34.6映像
4 GI有馬記念 中山 芝2500 6人気 池添謙一 2:31.6 上り36.0映像
12 GI凱旋門賞 パリロンシャン 芝2400 4人気 C.ルメール 映像
3 GII札幌記念 札幌 芝2000 1人気 C.ルメール 2:00.3 上り34.9映像
1 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 1人気 C.ルメール 3:15.0 上り34.5映像
2 GIIアメリカジョッキークラブカップ 中山 芝2200 1人気 C.ルメール 2:13.7 上り34.0映像
1 GI菊花賞 京都 芝3000 7人気 C.ルメール 3:06.1 上り33.9映像
2 GIIIラジオNIKKEI賞 福島 芝1800 1人気 石橋脩 1:46.2 上り34.4映像
1 山藤賞 中山 芝1800 1人気 石橋脩 1:48.1 上り34.3
1 3歳新馬 東京 芝1800 1人気 石橋脩 1:51.3 上り34.2

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
フィエールマンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ディープインパクトDeep ImpactサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ウインドインハーヘアWind in Her HairAlzao
Burghclere
リュヌドールLune d'OrGreen TuneGreen Dancer
Soundings
Luth d'OrNoir Et Or
Viole d'Amour

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2015年生まれの鹿毛の牡馬。父ディープインパクト、母リュヌドール。主な勝ち鞍は菊花賞・天皇賞。

楽器の名で埋まった牝系

2015年1月20日、北海道安平町のノーザンファームに鹿毛の牡馬が生まれた。父はディープインパクト。母はリュヌドール――フランス生まれの黒鹿毛で、13戦4勝、3歳だった2004年にイタリアのGIリディアテシオ賞を含む重賞を三つ勝っている。その年の11月、彼女は府中にいた。ジャパンカップ、ゼンノロブロイの7着。日本の芝を一度だけ踏んで、欧州へ帰っていった。 六年後の2010年12月、フランスのアルカナ繁殖セールで、ノーザンファーム代表の吉田勝己が75万ユーロで彼女を落札する。母は日本で暮らすことになった。この鹿毛は、その第8仔である。 母系をさかのぼると、名がことごとく音楽になる。母の母リュートドールは「黄金のリュート」、その母ヴィオールダムール(Viole d'Amour)は古楽器ヴィオラ・ダモーレのフランス名、さらにその父はリュティエ――弦楽器職人。母の父の名すらグリーンチューンで、チューンは「調べ」である。祖母リュートドールの半姉リュートアンシャンテは、1983年にジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞を勝った仏GI2勝の名牝だった。 だから仔に与えられた名も音楽から採られた。フィエールマン。音楽用語で、意味は「気高く、勇ましく」。馬主はサンデーレーシング、預けられたのは美浦の手塚貴久厩舎である。二つ上の半姉ルヴォワールも、一つ下の半弟ラストヌードルも、三つ下の半妹エクランドールも同じ厩舎に入った。母の一族を、ひとりの調教師がまとめて預かっていた。

出るはずのなかった新馬戦

手塚貴久は栃木県足利市の生まれで、父の佳彦は足利競馬場の調教師だった。1999年に美浦で開業してからしばらく、この厩舎は活躍馬が短い距離に偏り、「短距離偏重」の厩舎として知られていた。2011年の朝日杯フューチュリティステークスでアルフレードが中央GIを、2013年の桜花賞でアユサンがクラシックを獲ったが、牡馬のクラシックにはまだ手が届いていない。 もうひとり、この家の話には必ず出てくる人がいる。手塚の伯父――母の兄にあたる飯塚好次は、ライスシャワーを管理した調教師である。菊花賞ひとつと、天皇賞(春)ふたつ。長い距離だけで組み上げられた三つのGI。血のつながりは、このときまだ何の意味も持っていない。 2018年1月28日、東京の芝1800m。デビューからルメールを主戦に据える計画だった。ところがこの新馬戦への登録は、そもそも出走を見込んだものではなく、それが規定の関係でそのまま出走と決まってしまう。急に空いた手綱を取ったのは石橋脩だった。断然の1番人気。ゲートを出遅れながら道中で2番手まで押し上げ、直線の追い比べを制してサンライズシェルの前でゴールする。 出遅れは、この馬の癖だった。2か月半後の山藤賞も出遅れて、それでもニシノベースマンに2馬身半差。7月のラジオNIKKEI賞では13頭立ての最後方から上がり34秒4で追い込んだが、福島の直線は292メートルしかなく、逃げるメイショウテッコンに半馬身届かない。初めての黒星である。

淀のハナ差 ― キャリア四戦目の菊

2着でも賞金は足りた。ただ疲れの抜けが遅く、次に走ったのは3か月半後――10月21日の菊花賞である。前哨戦なし、キャリア3戦、単勝14.5倍の7番人気。石橋脩はダービー3着のコズミックフォースに騎乗が決まっており、空いた鞍上に、ここでようやくルメールが跨がった。 その日、初めてゲートが決まった。手塚がこれまでで一番のスタートだと驚くほどの出だしで、道中は5、6番手。ジェネラーレウーノが刻んだ前半1000m62秒7は、3000mの競走にしても遅すぎた。直線、先に抜け出したのはミルコ・デムーロのエタリオウ。3、4馬身の差がついたところから、フィエールマンは馬群のど真ん中を割って伸びる。ゴールの瞬間、ルメールは負けたと思ったという。写真判定は、ハナ差。 勝ちタイム3分6秒1。キャリア4戦での菊花賞制覇は史上最少、関東馬の勝利は2001年のマンハッタンカフェ以来17年ぶりだった。開業20年目の手塚貴久にとっては、初めての牡馬クラシックである。ハナ差だけ及ばなかったデムーロは、こう言うほかなかった。「最後は勝った馬の脚が違っていた」[^1]

出典:スポーツナビ「菊Vフィエールマンは競馬界のエムバペ ルメール「才能があれば経験はいらない」」2018年10月21日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201810210003-spnavi、閲覧日:2026年7月25日。

クビ差の盾 ― 二〇一九年の春

年が明け、始動はアメリカジョッキークラブカップ。1番人気に推されたが、1年1か月ぶりの実戦だったシャケトラに先に抜け出され、アタマ差だけ届かなかった。その日シャケトラの手綱を取っていたのは、戸崎圭太のインフルエンザで前日に乗り替わった石橋脩――この馬にデビューからの三戦を教えた男である。 シャケトラはそのあと阪神大賞典も制し、春の盾の主役と目された。だが4月17日、調教中の事故により、6歳で死んだ。 4月28日、京都の芝外回り3200m。1番人気。最初の1000mは59秒8と速く、次の1000mが1分4秒2まで緩んだところで、ルメールは中団から前との差を詰めていった。動いた先できちんと折り合いがつく。3、4コーナーで戸崎のグローリーヴェイズとデムーロのエタリオウが上がってくると、その圧力を追い風にするように、持ったまま先頭へ並びかけた。 直線、外から馬体を併せてきたグローリーヴェイズに一瞬かわされかけ、残り100メートルでもう一度伸びる。クビ差。キャリア6戦での天皇賞(春)制覇は史上最短だった。3着のパフォーマプロミスまでは、そこから6馬身あった。

重い芝 ― ロンシャンの十二着

夏、凱旋門賞を見据えて札幌記念へ向かう。前年の有馬記念を勝ったブラストワンピース、同世代のダービー馬ワグネリアンらが集まったなかで、唯一のGI2勝馬として1番人気に推された。直線でメンバー最速タイの脚を使ったが進出が遅れ、先に抜け出したブラストワンピースと前年の覇者サングレーザーに及ばず3着。手塚は内容を悲観しなかった。 ノーザンファーム空港から天栄を経て、9月中旬にイギリスのニューマーケットへ。10月6日、パリロンシャンの芝2400m。日本から参戦した3頭のうち、馬券では最上位の4番人気に支持された。好スタートから先団につけたが、フォルスストレートで早々に手応えを失い、12頭立ての12着に終わる。ルメールは馬場が重すぎて加速できなかったと述べ、手塚は正攻法で打ちのめされたと語った。勝ったのはヴァルトガイストだった。 暮れの有馬記念に、ルメールはいなかった。香港カップを回避したアーモンドアイが中山に向かうと決まり、名手はそちらを選んだ。代わって乗った池添謙一は、6番人気の菊花賞馬をアーモンドアイの後ろに置き、最終コーナーから位置を押し上げて内のアーモンドアイと叩き合う。勝ちに行った遠征帰りの馬は、外から伸びたリスグラシューサートゥルナーリア、最後方から差してきたワールドプレミアに交わされ、4着でゴールした。

無人の淀、ふたたびハナ差

2020年、5歳。前哨戦をひとつも使わず、有馬記念から直行して5月3日の天皇賞(春)に臨んだ。中132日は、この競走を勝った馬としては史上2番目に長い間隔になる。そして京都競馬場に観客はいなかった。新型コロナウイルスの流行で、無観客での開催だった。 単勝2.0倍。道中はキセキが引っ張り、直線で先に抜け出したのは11番人気のスティッフェリオである。外から並びかけ、また写真判定になった。ハナ差。2016・2017年のキタサンブラック以来、史上5頭目の天皇賞(春)連覇だった。 ハナ差、クビ差、ハナ差。淀の長い距離で、この馬は三度とも、際どいところで先に鼻を出した。鞍上のルメールは2018年の天皇賞(秋)から数えて天皇賞4連勝、史上初の記録である。平成最後の春の盾と、令和最初の春の盾。元号をまたいで、同じ馬と同じ騎手が同じ盾を持ち帰った。 この日、フィエールマンのGIは三つになった。菊花賞ひとつと、天皇賞(春)ふたつ。手塚貴久の伯父・飯塚好次がライスシャワーで積み上げた三つと、内訳がそっくり同じだった。長い距離でしか手に入らない三つを、甥が別の馬で並べ直したことになる。

三十二秒七 ― 最後の二戦

連覇のあと、宝塚記念は疲れが抜けきらずに回避した。秋の始動に予定したオールカマーも直前の熱発で使えない。結局、半年ぶりの実戦は11月1日の天皇賞(秋)になった。ルメールはアーモンドアイに乗る。フィエールマンの手綱は、初コンビの福永祐一に託された。 5番人気。スタート後に挟まれて位置を下げ、道中は10番手。直線で繰り出した上がり3ハロン32秒7はメンバー最速だったが、前ではアーモンドアイが芝GI8勝目を挙げていた。半馬身。福永は、もう少し前で運びたかった、挟まれたのが痛かったと振り返っている。3200mを二度制した馬が、府中の2000mでその日いちばん速い脚を使ってみせた一日だった。 中7週。自身では最も短い間隔で臨んだ12月27日の有馬記念に、ルメールが戻ってくる。2番人気。直線で早々と先頭に立つ積極的な競馬を選び、クロノジェネシスとの叩き合いに屈し、最後はサラキアにも交わされて3着。通算12戦目だった。 年が明けて、放牧先のノーザンファーム天栄での精密検査が、右前球節部の繋靱帯炎の悪化を告げた。長い休養が要り、再発の恐れもある。2021年1月6日、現役引退が発表される。同じ日に決まったJRA賞で、フィエールマンは283票のうち241票を集め、最優秀4歳以上牡馬に選ばれた。

日高の丘で

2021年1月14日、北海道沙流郡日高町のブリーダーズ・スタリオン・ステーションへ入った。初年度の種付料は受胎条件200万円、出生条件300万円。入厩の翌月から、毎年2月の種牡馬展示会に、この鹿毛は日高の空の下へ引き出されてきた。 引退が決まった日、手塚貴久はこう言い残していた。「いずれフィエールマンに近い素質馬をその子で作れたらと思う」[^1] その言葉は、六年目に形になりかけている。2023年生まれの牡馬ウルフマン――母シンハディーパ、ノーザンファーム産のフィエールマン産駒は、いま美浦の手塚厩舎にいて、2026年に東京の未勝利戦を勝ち上がった。母リュヌドールの仔たちを長く預かってきた厩舎に、こんどはその息子の仔がいる。 走り込めない体質と付き合いながら、三年かけて12戦しかできなかった馬だった。それでも淀の坂を三度越え、三度とも、わずかな差で先に鼻を出した。名の意味のとおりに――気高く、勇ましく。

出典:中日スポーツ「【JRA賞】最優秀4歳以上牡馬選出のフィエールマンが引退発表 右前球節部の繋靱帯炎が悪化」2021年1月6日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/181457、閲覧日:2026年7月25日。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース