名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
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フィールドルージュのイメージビジュアル
フィールドルージュField Rouge
Field Rouge

フィールドルージュ

通算成績30戦9勝

獲得賞金37,001万円

生年月日 2002.04.27(平成14年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
フィールドルージュの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
6 JpnⅠJBCクラシック 大井 ダ2000 9人気 酒井学 2:05.7 上り37.1映像
5 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 8人気 酒井学 2:04.3 上り37.0
GII東海S 京都 ダ1900 小林徹弥
GIIIアンタレスS 京都 ダ1800 12人気 秋山真一
4 JpnⅡ彩の国浦和記念 浦和 ダ2000 2人気 横山典弘 2:06.3 上り38.6
5 JpnⅠJBCクラシック 園田 ダ1870 5人気 岩田康誠 1:58.3 上り36.3映像
GIフェブラリーS 東京 ダ1600 2人気 横山典弘 映像
1 JpnⅠ川崎記念 川崎 ダ2100 1人気 横山典弘 2:13.1 上り36.4
1 JpnⅡ名古屋グランプリ 名古屋 ダ2500 1人気 横山典弘 2:41.0 上り36.8
2 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 6人気 横山典弘 2:06.9 上り36.5映像
4 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 3人気 横山典弘 1:35.8 上り34.8
1 OPマリーンS 函館 ダ1700 1人気 横山典弘 1:44.9 上り36.5
1 OP大沼S 函館 ダ1700 1人気 横山典弘 1:45.3 上り37.3
5 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 6人気 C.ルメール 1:35.6 上り35.4映像
6 GIII平安S 京都 ダ1800 1人気 C.ルメール 1:51.3 上り35.6
4 OP2006ファイナルS 阪神 ダ1800 1人気 C.ルメール 1:51.8 上り36.6
3 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 8人気 吉田豊 2:08.9 上り36.0映像
3 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 8人気 吉田豊 1:35.6 上り35.4
2 OPマリーンS 函館 ダ1700 1人気 柴山雄一 1:45.5 上り38.1
1 OP大沼S 函館 ダ1700 2人気 柴山雄一 1:44.5 上り36.9
4 GIIIアンタレスS 京都 ダ1800 7人気 柴田善臣 1:49.5 上り35.3
1 韓国馬事会杯 中山 ダ1800 2人気 柴田善臣 1:52.2 上り37.0
1 4歳以上1000万下 阪神 ダ1800 1人気 松永幹夫 1:52.5 上り36.5
2 4歳以上1000万下 京都 ダ1800 1人気 松永幹夫 1:51.7 上り36.6
2 4歳以上1000万下 京都 ダ1800 9人気 松永幹夫 1:50.4 上り36.5
4 竜飛崎特別 函館 ダ1700 3人気 松永幹夫 1:44.7 上り38.0
1 3歳以上500万下 函館 ダ1700 7人気 松永幹夫 1:45.8 上り38.8
1 3歳未勝利 京都 ダ1800 4人気 松永幹夫 1:54.2 上り36.8
5 3歳未勝利 京都 ダ1800 10人気 松永幹夫 1:54.9 上り37.6
11 2歳未勝利 京都 芝1800 11人気 酒井学 1:50.3 上り36.9
3 2歳新馬 札幌 芝1800 5人気 酒井学 1:55.7 上り36.1

血統

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フィールドルージュの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
クロコルージュCroco RougeRainbow QuestBlushing Groom
I Will Follow
AlligatrixAlleged
Shore
メジロレーマーリンドシェーバーAlydar
ベーシイドBersid
メジロリベーラシンボリルドルフSymboli Rudolf
メジロラモーヌMejiro Ramonu
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの鹿毛の牡馬。父クロコルージュ、母メジロレーマー。

十冠ベイビーの、その先

1990年6月9日、北海道伊達市のメジロ牧場に牝馬が生まれた。父はシンボリルドルフ、母はメジロラモーヌ。七冠と牝馬三冠を足して十冠ベイビーと呼ばれ、生まれる前から名の知られた馬だった。芳瑞(ほうずい)という血統名が付き、日本中央競馬会の『優駿』が、1歳上の兄とともにその近況を何度も伝えていた。 メジロリベーラと名付けられたその馬が競馬場に立ったのは、1992年11月14日、東京の芝1600メートルの新馬戦、一度だけである。4番人気で7着。脚部不安のため、それが最初で最後の一戦になった。手綱を取っていたのは横山典弘だった。 リベーラは繁殖に上がり、1995年、リンドシェーバーとの間に黒鹿毛の牝馬を産んだ。メジロレーマーである。この馬は一度も競走馬にならなかった。十冠の血は二代続けて、競馬場でほとんど何も証明しないまま牧場の中を受け渡されていった。 そのメジロレーマーが日高の三石で産んだ鹿毛の牡馬に、メジロの名は付かなかった。生産者は中田英樹。2003年のセレクションセールに1歳で上場され、787万5000円で地田勝三が落札する。冠名はフィールド、続く一語は父の名から取った。 父クロコルージュはアイルランド生まれ、フランスで走った馬である。1999年5月23日、重馬場のロンシャン。芝1850メートルのイスパーン賞を勝ったとき、4分の3馬身うしろにいたのはエルコンドルパサーだった。2001年から日本で種牡馬になり、2005年のシーズンを最後にアイルランドへ帰っている。 預けられたのは栗東の西園正都厩舎。2004年9月12日、札幌の芝1800メートルでデビューし、酒井学が乗って5番人気の3着だった。次の京都で11着に敗れると、そのまま休養に入る。芝を走ったのは、この2戦がすべてである。

1400勝目の馬

2005年4月23日、京都のダート1800メートル。10番人気で5着。鞍上は松永幹夫に替わっていた。3週間後、同じ舞台で4戦目にして初めて勝つ。6月の函館で500万下も勝ち、7月の竜飛崎特別を4着で終えると、また放牧に出た。 戻ってきた2006年1月の京都で2着。2月に入ってもう一度2着。3戦目が、2月26日の阪神だった。 その日は、松永幹夫が騎手として手綱を取る最後の一日だった。調教師試験に受かり、この日限りで降りると決まっていた。第11レースの阪急杯をブルーショットガンで勝って、JRA通算1400勝まであと一つ。最終レースの4歳上1000万下に単勝1.5倍の1番人気で入っていたのが、フィールドルージュである。 不良馬場の1800メートルを1分52秒5。2着のビッググラスに0秒6をつけた。松永の1400勝目であり、騎手としての最後の勝利になった。 競走のあと、松永はこの馬はいずれ大きいところを獲る、と関係者に語り残している。まだ重賞に出たこともない4歳馬の話である。翌2007年3月、彼は調教師として厩舎を開いた。見立てを口にした男は、その言葉が当たる日を、鞍の上からは見られない立場になっていた。

夏は函館、秋は東京

4月1日、中山の韓国馬事会杯を柴田善臣で勝ち、オープン馬になった。同じ月のアンタレスステークスが初めての重賞で、7番人気の4着。6月、函館の大沼ステークスを柴山雄一で勝ち、7月のマリーンステークスは1番人気に推されて2着に敗れた。 秋は東京だった。吉田豊に替わった武蔵野ステークスで8番人気の3着。続く11月25日、初めてのGIとなったジャパンカップダートでも、やはり8番人気で3着に走る。勝ったアロンダイトから0秒4だった。年末、阪神のファイナルステークスは単勝1.8倍の1番人気に支持されて4着。この日の鞍上はクリストフ・ルメールである。 2007年は、その人気を裏切るところから始まった。1月の平安ステークスは1番人気で6着。2月のフェブラリーステークスは前日までの雨が残る不良馬場で5着、勝ったのはサンライズバッカスだった。 春の重賞路線には向かわず、陣営は前年と同じ夏の函館へ戻す。6月の大沼ステークスはトップハンデの57.5キロを背負って連覇。7月のマリーンステークスも勝ち、前の年に取りこぼした一つを回収した。この夏から、鞍上は横山典弘になっている。

父が残した借り

10月27日の武蔵野ステークスは4着。1か月後の11月24日、東京のジャパンカップダートに6番人気で臨んだ。 晴、ダートは良。エイシンロンバードが逃げ、キャンディデート、ブルーコンコルドフリオーソが続く。緩まない流れのまま4コーナーを回り、外から進出してきたのが1番人気のヴァーミリアンだった。直線、内で先に抜け出していたのはフィールドルージュである。外から並ばれ、そこから1馬身4分の1を離された。2分6秒9。勝ち馬の2分6秒7は、このレースの新記録だった。 ヴァーミリアンの父はエルコンドルパサー。8年前のロンシャンで、この馬の父に4分の3馬身届かなかった馬である。父が勝ち、子が負けた。 12月24日、名古屋。2500メートルの名古屋グランプリに単勝1.6倍で出て、2着ロングプライドに0秒3差で勝つ。重賞の初勝利であり、父クロコルージュにとっても、産駒による日本の重賞・ダートグレード競走の初勝利だった。その父はもう日本にいない。2年前にアイルランドへ帰っている。

川崎、1月30日

年が明けて最初に選ばれたのは、川崎記念だった。ジャパンカップダートで前にいたヴァーミリアンも、フェブラリーステークスで前にいたサンライズバッカスも出走を取り消し、フィールドルージュが1番人気に推された。 川崎は一周が短い。四つの角がいずれも急で、そのぶん直線が長く取ってある——といっても300メートルである。2100メートルは、その急な角を何度も曲がって帰ってくる競馬になる。雨の残った馬場は、稍重と掲示された。 先頭で最後の角に入っていったのは、船橋のフリオーソだった。暮れの東京大賞典でヴァーミリアンの2着に来ていた4歳馬である。横山典弘が、その背中を追いはじめる。 角を抜ける。直線は300メートルしかない。捕らえにかかったところで、フリオーソはまだ前にいる。 半ば。並んだ。 並んでからが速かった。差が開き、ゴール板を過ぎるとき、うしろから来る影は届く位置になかった。 2分13秒1。 メジロラモーヌの牝系からGI・JpnIを勝つ馬が出たのは、これが初めてだった。その馬の名に、メジロの二文字はない。

三コーナーの手前で

4週間足らずのち、2月24日の東京。フェブラリーステークスに2番人気で出走した。相手は、また同じヴァーミリアンである。 ゲートが開いた直後につまずいた。自分の左後肢が左前脚に当たり、蹄鉄が外れた。横山典弘は異変を察知し、3コーナーの手前で競走をやめた。診断は左肩跛行。勝ったのはヴァーミリアンだった。 半年の休養を経て、11月3日の園田。JBCクラシックに岩田康誠が乗って5着。勝ち馬はまたヴァーミリアンで、1分56秒7のレコードだった。3週間後の浦和記念には横山典弘が戻り、2番人気で4着。勝ったスマートファルコンから1秒5離されている。 そのレースのあと、屈腱炎が見つかった。7歳の一年と、8歳の一年。この馬は一度もゲートに入らなかった。

九歳の砂

2011年4月24日、京都のアンタレスステークス。およそ2年5か月ぶりの実戦で、馬体重は18キロ増えていた。単勝133倍の12番人気。スタート直後に鞍上の秋山真一郎が落馬し、競走中止となる。 翌月の東海ステークスは、右肩跛行で出走を取り消した。 6月29日、大井の帝王賞。手綱を取ったのは酒井学である。7年前、札幌と京都でこの馬のデビュー2戦に乗った男が戻ってきていた。8番人気で5着。11月3日、同じ大井のJBCクラシックは9番人気の6着。勝ったのはどちらもスマートファルコンだった。 その6日後、11月9日付で競走馬登録が抹消された。30戦9勝。

誰にも追われない先頭

この馬が9歳で走り直していた春、もう一つの終わりが決まっていた。復帰戦の2日後、2011年4月26日、メジロ牧場が競馬界からの撤退と5月20日付での解散を決める。1967年の開場から44年。メジロラモーヌを産み、メジロドーベルを生産した牧場が、店をたたんだ。そのラモーヌの牝系にGI・JpnIのタイトルを持ち帰ったのは、メジロの名を持たず、三冠を獲った芝ではなく砂を走った鹿毛だった。 この馬はいずれ大きいところを獲る——重賞に出たこともない4歳馬について松永幹夫が言い残した見立ては、2年後の川崎で当たった。ただ、この物語にはもう一人、二つの世代にまたがって現れる男がいる。1992年11月、東京の新馬戦で十冠ベイビーの背にいて7着に敗れたのは横山典弘だった。16年後、その娘の仔で川崎記念を勝ったのも、その1か月足らずのち、蹄鉄を落とした馬を3コーナーの手前で止めたのも、同じ男である。二代のあいだ届かなかったものをこの馬に持ち帰らせ、そのうえで、無理には走らせなかった。 登録を失ったあと、フィールドルージュは函館競馬場の誘導馬になった。のちに馬事公苑へ、立命館大学の馬術部へと移り、2014年12月には高知の土佐黒潮牧場へ入っている。誘導馬はレースに出ない。若い馬たちの先頭に立って本馬場へ導き、彼らが走り出す前に退がる。急な角も、300メートルの直線も、もう回らなくていい。川崎の直線で一度だけ先頭を奪った馬は、そのあとの長い時間を、誰にも追われない先頭で過ごした。

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