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フェノーメノ
通算成績18戦7勝
獲得賞金6億2,910万円
生年月日 2009.04.20(平成21年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 2人気 | 戸崎圭太 | 2:30.9 | 上り34.5 | 映像 | |
| 10 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 6人気 | 田辺裕信 | 2:35.7 | 上り34.2 | 映像 | |
| 8 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 9人気 | 岩田康誠 | 2:24.2 | 上り35.3 | 映像 | |
| 14 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 3人気 | 蛯名正義 | 2:00.4 | 上り34.6 | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 4人気 | 蛯名正義 | 3:15.1 | 上り34.3 | 映像 | |
| 5 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 2人気 | 蛯名正義 | 2:34.9 | 上り34.9 | — | |
| 4 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 3人気 | 蛯名正義 | 2:13.9 | 上り35.8 | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 2人気 | 蛯名正義 | 3:14.2 | 上り36.2 | 映像 | |
| 1 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:32.0 | 上り34.3 | — | |
| 5 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 4人気 | 蛯名正義 | 2:23.9 | 上り33.5 | 映像 | |
| 2 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 1人気 | 蛯名正義 | 1:57.4 | 上り33.8 | 映像 | |
| 1 | GIIセントライト記念 | 中山 芝2200 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:10.8 | 上り34.4 | — | |
| 2 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 5人気 | 蛯名正義 | 2:23.8 | 上り33.9 | 映像 | |
| 1 | GIIテレビ東京杯青葉賞 | 東京 芝2400 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:25.7 | 上り34.1 | — | |
| 6 | GII報知杯弥生賞 | 中山 芝2000 | 2人気 | 岩田康誠 | 2:04.3 | 上り34.8 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 東京 芝2000 | 2人気 | 岩田康誠 | 2:00.9 | 上り34.6 | — | |
| 7 | OPホープフルS | 中山 芝2000 | 1人気 | 岩田康誠 | 2:01.7 | 上り34.6 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 東京 芝2000 | 4人気 | 岩田康誠 | 2:03.5 | 上り34.1 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ステイゴールドStay Gold | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ゴールデンサッシュ | ディクタスDictus | |
| ダイナサッシュ | ||
| 母ディラローシェDe Laroche | デインヒルDanehill | Danzig |
| Razyana | ||
| Sea Port | Averof | |
| Anchor |
引退後・牧場での映像
ゴール板の先の時間旅程 — この馬の物語
2009年生まれの青鹿毛の牡馬。父ステイゴールド、母ディラローシェ。主な勝ち鞍は天皇賞・テレビ東京杯青葉賞・セントライト記念。
一九九九年の府中 ― 父と、母の半兄
1999年11月28日、東京競馬場。第19回ジャパンカップのゲートには、この物語に必要な血が二つ入っていた。10番、6歳のステイゴールド。7番、香港から遠征してきた7歳のせん馬インディジェナス。12番人気の低評価だったインディジェナスが2着に粘り、勝った武豊のスペシャルウィークとの差は1馬身1/2。大穴だった。ステイゴールドは6着である。そしてこの日、12着のウメノファイバーの鞍上にいたのは蛯名正義である。 インディジェナスの母はSea Port。その腹から1999年に生まれた愛国産の鹿毛の牝馬が、ディラローシェ——インディジェナスの半妹にあたる。アイルランドとアメリカで走って2勝。彼女は追分ファームの繁殖に上がり、やがてステイゴールドが配された。 2009年4月20日、北海道平取町。青鹿毛の牡馬が生まれる。馬主はサンデーレーシング、預けられたのは美浦の戸田博文厩舎で、デビューから最後の一戦まで、この馬の厩舎は一度も動かなかった。名はポルトガル語で「超常現象」「怪物」を意味する言葉から採られた。フェノーメノ。 父が6着に終わり、母の半兄が1馬身半差の2着に終わった府中の芝2400mは、十三年後、この馬の生涯でもっとも惜しい一日の舞台になる。
岩田康誠の四戦 ― 閉じた皐月賞の扉
一年前、まったく同じ配合から全姉が生まれている。レスタンノールという鹿毛の牝馬は、中央と笠松で八戦して勝ち星に手が届かないまま繁殖に上がった。同じ父と同じ母から翌年に出た仔が、京都の3200mを二度制することになる。血の巡り合わせは、一年でこれだけ変わる。 2011年10月30日、東京の芝2000m。14頭立ての2歳新馬を、岩田康誠を背にした4番人気のフェノーメノが先行から抜け出し、2分3秒5で勝った。暮れのホープフルステークスでは1番人気に推されたが直線で伸び切れず7着。明けて1月29日、同じ東京の芝2000mの500万下をまた先行抜け出しで制して2勝目。だが3月4日の弥生賞は2番人気で6着に敗れ、皐月賞への扉は閉じた。 岩田が跨ったのは、ここまでの四戦である。4月の青葉賞から、手綱は蛯名正義に渡った。 蛯名はこのときすでにJRAのGIを積み上げ続けてきたベテランだった。1996年にバブルガムフェローで天皇賞(秋)を勝ち、エルコンドルパサーで凱旋門賞の2着まで行き、2010年にはアパパネで牝馬三冠を制している。ただ一つだけ、どうしても手に入らないものがあった。1991年にシャコーグレイドで初騎乗した東京優駿——日本ダービーである。
ハナ差 ― 二〇一二年五月二十七日
4月28日、東京の芝2400m。青葉賞は単勝2.1倍の1番人気に応え、2着エタンダールに0秒4差をつける完勝だった。ダービートライアルと呼ばれるこの重賞は、本番とまったく同じコース・同じ距離で行われる。それでいて、青葉賞を走った馬から日本ダービーの優勝馬はいまだ一頭も出ていない。 5月27日、18頭。皐月賞馬ゴールドシップが3.1倍、皐月賞2着のワールドエースが2.5倍で、二強の一騎打ちと見られていた。フェノーメノは14.6倍の5番人気。3番人気8.5倍のディープブリランテには、四戦を共にした岩田康誠が乗っていた。 ゼロスとトーセンホマレボシが後続を離して飛ばす。好位で折り合ったディープブリランテは4コーナーから早めに動き、逃げる二頭を捉えにいった。フェノーメノは外から追った。粘るトーセンホマレボシを競り落とした先頭に、外から差し脚が並びかける。2分23秒8、上りは33秒9。同じ時計で、ハナ差。ワールドエースは4着、ゴールドシップは5着——二強はフェノーメノの後ろにいた。 蛯名が東京優駿で2着に入ったのは、生涯で二度だけである。そのうちの一度が、この日だった。
菊を捨てて、盾へ ― 天覧競馬の半馬身
夏を休養に充て、秋は9月17日のセントライト記念から始めた。1番人気に応え、2着スカイディグニティに1馬身。中山の芝2200mで早めに先頭へ出る、危なげない勝ち方だった。 ここで陣営は菊花賞を回避する。三歳の秋に京都の3000mではなく、古馬が集まる東京の2000mを選んだのだ。10月28日、近代競馬150周年記念の第146回天皇賞(秋)。天皇皇后両陛下の行幸啓を賜り、七年ぶりの天覧競馬となった一戦で、三歳馬フェノーメノは3.4倍の1番人気に推された。 シルポートが1000m通過57秒3で飛ばす速い流れ。フェノーメノは馬場の中央から伸びた。だが最内をすくったミルコ・デムーロのエイシンフラッシュが残り150mで先頭に躍り出て、半馬身、届かない。上りは33秒8だった。二年五か月ぶりの勝利を挙げたエイシンフラッシュがスタンド前へ戻ると、鞍上は馬を降り、ヘルメットを脱ぎ、膝を折って深々と敬礼した。その光景のすぐ隣に、三歳の2着馬がいた。 11月25日のジャパンカップは4番人気5着、上りは33秒5。勝ったのは同じ三歳のジェンティルドンナだった。三歳でGIの2着を二度。頂の手前で止まったまま、フェノーメノの一年が終わる。
やっと手が届いた ― 二〇一三年四月二十八日
四か月の休み明けとなった3月23日の日経賞を、1番人気で勝つ。中山の2500mで先に抜け出したカポーティスターを差し切り、2分32秒0。重賞3勝目だった。 4月28日、京都の芝3200m。1番人気は阪神大賞典を難なく勝ってきたGI三勝のゴールドシップで、単勝1.3倍。フェノーメノは6.2倍の2番人気である。 サトノシュレンが緩みのないペースで引っ張り、隊列は縦長に伸びた。フェノーメノは先行勢を見る7番手で脚をためる。3コーナー手前から後方のゴールドシップがいつも通りのロングスパートに入り、手綱が激しく動いてムチまで飛ぶのが見えた。フェノーメノは3コーナーから位置を上げ、最終コーナーでジワリと先頭に並びかけ、外から迫るトーセンラーとゴールドシップを確認したところで追い出しに入る。仕掛けが少し早いのは承知の上で、この馬ならしのげると踏んだ、と蛯名は明かしている。 直線、伸びを欠いた1番人気とは対照的に、フェノーメノの脚は最後まで力強かった。3分14秒2。2着トーセンラーに1馬身1/4をつけ、ゴールドシップは5着。四度目のGI挑戦での初制覇だった。「やっと手が届いた」[^1]。 この一勝で、馬主のサンデーレーシングは八大競走の完全制覇を達成する。蛯名にとっては2002年のマンハッタンカフェに続く二度目の春の盾。前の一頭は菊花賞馬だった。この一頭は、クラシックを一つも勝っていない。
出典:日本中央競馬会「第147回 天皇賞(春)レース結果・レース回顧」2013年4月28日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/haruten/result/haruten2013.html、閲覧日:2026年7月30日。
十月一日 ― 消えた四歳の秋
6月23日の宝塚記念は3番人気4着。ゴールドシップとジェンティルドンナよりさらに後ろから運び、直線で追い込んだが、その二頭と先行したダノンバラードの後塵を拝した。勝ったのはゴールドシップである。 秋は10月27日の天皇賞(秋)から始動する構想だった。ところが10月1日、調教のあとに左前脚の違和感が見つかる。診療所での検査で判明したのは、左前脚の繋靱帯炎だった。ローテーションは白紙に戻され、茨城県のムラセファームへ放牧に出される。使いたくても使えないまま、四歳の秋が丸ごと消えた。
よくここまで戻ってきて ― 史上三頭目
2014年3月29日、日経賞。九か月ぶりの実戦は2番人気で5着、勝ったウインバリアシオンから0秒5差だった。牧場のスタッフも厩舎も自分も悔しい思いをした、と蛯名はのちに振り返っている。 5月4日、京都。前年のダービー馬キズナが産経大阪杯を、GI四勝のゴールドシップが阪神大賞典を、悲願のビッグタイトルを狙うウインバリアシオンが日経賞をそれぞれ快勝して臨み、単勝はキズナ1.7倍、ゴールドシップ4.3倍、ウインバリアシオン6.5倍。三強から水を開けられた11.5倍の4番人気が、連覇に挑むフェノーメノだった。馬体重は498kg、前走から10kg増えていた。 道中は最初かかったという。それがスタンド前で落ち着くと、あとは馬群の内でスタミナをロスなく運ぶ。人気の三頭が後方に構えて直線勝負にかけたのに対し、フェノーメノは中団で機をうかがい、余力を残したまま4コーナーで先行勢の中へ突っ込んでいった。直線を向いたとき、目の前にゴールまでの道が開けていた。 ウインバリアシオンをクビ差で競り落とす。その後ろにホッコーブレーヴがハナ差、さらに半馬身遅れてキズナ。上位三頭が3分15秒1で並び、四番目までが0秒1のうちに収まるゴールだった。上りは34秒3。 天皇賞(春)の連覇は、メジロマックイーンとテイエムオペラオーに続く史上三頭目である。この競走には1980年まで、一度勝った馬は二度出走できない勝ち抜き制があった。連覇という記録そのものが、まだ三十余年の歴史しか持っていない。 「よくここまで“戻ってきて”くれた」[^1]。蛯名の言葉は、強い馬への評ではなく、帰ってきた馬への挨拶だった。
出典:日本中央競馬会「第149回 天皇賞(春)レース結果・レース回顧」2014年5月4日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/haruten/result/haruten2014.html、閲覧日:2026年7月30日。
秋の三戦 ― 戻ってきた鞍上
宝塚記念を回避し、秋に専念した。11月2日の天皇賞(秋)は3番人気。だが発走前に激しくイレ込み、終始後方のまま14着に沈む。勝ったのはスピルバーグだった。 次のジャパンカップでは、主戦の蛯名がこの年の皐月賞を勝ったイスラボニータに騎乗することになる。代わってクリストフ・ルメールとの初コンビが組まれかけたが、ルメールが落馬で負傷して流れ、鞍上には岩田康誠が戻ってきた。三歳の春に別れ、ダービーでは向こう側にいた男である。9番人気8着、2分24秒2。その0秒2後ろの9着に、イスラボニータと蛯名がいた。 暮れの有馬記念は、岩田がゴールドシップに乗ることが決まっていたため、田辺裕信に手綱が渡る。春の京都で3着のホッコーブレーヴに乗り、この馬のすぐ後ろでゴールした男だった。枠順抽選では九番目に引き、十番の枠を選んでいる。結果は6番人気10着。秋の三戦は、すべて着外に終わった。
平取へ帰る ― 追分ファームの先頭
2015年2月5日、父ステイゴールドが繋養先で種付けのあとに異常をきたし、搬送先で死んだ。死因は大動脈破裂。前年の終わりまでに、その産駒は中央のGIを十九勝していた。 3月28日、中山の日経賞。戸崎圭太を背に2番人気で8着。天皇賞(春)の三連覇を目指していたが、右前脚の炎症で回避が決まる。後日の検査で判明したのは、右前脚の繋靱帯炎と、左前脚の重度の屈腱炎だった。5月28日付けで競走馬登録が抹消される。18戦7勝、獲得賞金6億2910万8000円。 その天皇賞(春)を勝ったのはゴールドシップだった。ステイゴールドの仔が三年続けて京都の3200mを制したことになり、うち二年はこの馬である。3着には蛯名正義のカレンミロティックがいた。 社台スタリオンステーションで種牡馬になり、2018年12月にレックススタッドへ移る。2021年で種牡馬を退くと、生まれ故郷の追分ファームへ帰って功労馬になった。産駒たちは、父が二度勝った盾とは別の持ち場で名を残した。ナッジがサンライズカップと東京記念を、ニクソンテソーロが御厨人窟賞とトレノ賞を勝ち、エムティエーレは金沢ヤングチャンピオンを制し、ワーウルフは京都ハイジャンプ、ナギサは小倉サマージャンプで2着に来ている。 蛯名正義は2021年に騎手を退き、調教師になった。東京優駿は1991年のシャコーグレイドから二十五回騎乗して、2着が二度、3着が二度。ダービージョッキーの称号には、とうとう手が届かなかった。ただ、京都の外回り3200mでは二度続けて先頭でゴールしている。府中でハナ差に泣いた青鹿毛が、淀では二度、盾を運んだのだ。 2022年8月、去勢を経て、フェノーメノは追分ファームのリードホースになった。若い馬たちの前を歩き、道筋を示す役目である。ポルトガル語で怪物と名づけられた馬は、生まれた場所に戻り、いまは群れのいちばん前を、いちばん落ち着いた足取りで歩いている。
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