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エリンコート
通算成績18戦4勝
獲得賞金1億6,468万円
生年月日 2008.03.10(平成20年)毛色 黒鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 16 | GIII中山牝馬S | 中山 芝1800 | 14人気 | 田辺裕信 | 1:49.6 | 上り35.4 | — | |
| 14 | GIエリザベス女王杯 | 京都 芝2200 | 12人気 | 池添謙一 | 2:18.2 | 上り38.3 | 映像 | |
| 17 | GII府中牝馬S | 東京 芝1800 | 13人気 | 石橋脩 | 1:47.9 | 上り35.6 | — | |
| 7 | GIIIクイーンS | 札幌 芝1800 | 8人気 | 横山典弘 | 1:47.6 | 上り34.3 | — | |
| 7 | GIIIマーメイドS | 阪神 芝2000 | 8人気 | 浜中俊 | 2:01.2 | 上り36.7 | — | |
| 11 | GIII京都牝馬S | 京都 芝1600 | 11人気 | C.ルメール | 1:35.1 | 上り35.7 | — | |
| 12 | GIエリザベス女王杯 | 京都 芝2200 | 13人気 | 後藤浩輝 | 2:12.9 | 上り34.9 | 映像 | |
| 10 | GI秋華賞 | 京都 芝2000 | 5人気 | 後藤浩輝 | 1:59.5 | 上り35.6 | 映像 | |
| 10 | GII関西TVローズS | 阪神 芝1800 | 3人気 | 後藤浩輝 | 1:49.1 | 上り34.7 | — | |
| 1 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 7人気 | 後藤浩輝 | 2:25.7 | 上り34.5 | 映像 | |
| 1 | OP忘れな草賞 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 後藤浩輝 | 2:02.4 | 上り36.0 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 阪神 芝1800 | 6人気 | U.リスポリ | 1:47.3 | 上り35.0 | — | |
| 4 | 3歳500万下 | 京都 芝1400 | 4人気 | 四位洋文 | 1:22.6 | 上り34.3 | — | |
| 6 | 3歳500万下 | 京都 芝1600 | 7人気 | 四位洋文 | 1:36.9 | 上り37.2 | — | |
| 4 | 白菊賞 | 京都 芝1600 | 5人気 | 幸英明 | 1:37.3 | 上り34.6 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 札幌 芝1500 | 4人気 | 四位洋文 | 1:31.1 | 上り36.2 | — | |
| 3 | 2歳未勝利 | 札幌 芝1200 | 2人気 | 池添謙一 | 1:11.4 | 上り36.0 | — | |
| 3 | 2歳新馬 | 函館 芝1200 | 7人気 | 藤岡佑介 | 1:10.8 | 上り35.5 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父デュランダルDurandal | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| サワヤカプリンセス | ノーザンテーストNorthern Taste | |
| スコッチプリンセスScotch Princess | ||
| 母エリンバードErin Bird | Bluebird | Storm Bird |
| Ivory Dawn | ||
| Maid of Erin | Irish River | |
| Dancing Shadow |
旅程 — この馬の物語
2008年生まれの黒鹿毛の牝馬。父デュランダル、母エリンバード。主な勝ち鞍は優駿牝馬。
エリンの宮廷
エリンとは、アイルランドの古い呼び名である。 1982年、アイリッシュリヴァーとダンシングシャドウのあいだにアメリカで生まれた鹿毛の牝馬に、Maid of Erin——アイルランドの乙女——という名がついた。その娘は1991年1月25日にフランスで生まれ、生産はS・ニアルコス。エリンバード。アイルランドの鳥。 エリンバードは海外で十四戦四勝を挙げている。1994年4月、ローマで伊1000ギニー(GII)を制した。同じ年の10月、ロンシャンのオペラ賞には武豊が乗り、一位で入線しながら五着に降着している。11月にはチャーチルダウンズへ渡り、九頭立てのブリーダーズカップ・ディスタフで四着に入った。 翌1995年の春、この牝馬は日本にいた。4月の京王杯スプリングカップ十三着、5月の安田記念は十四番人気で九着。二戦とも蛯名正義が手綱を取り、二戦とも掲示板には遠かった。夏には欧州へ戻り、英ナッソーステークス(GII)三着、伊フェデリコテシオ賞(GIII)三着、暮れのタンティエーム賞二着を最後に競走生活を終えている。 所有していたのは吉田照哉だった。繁殖牝馬になったこの母に、彼は自らの所有馬でもあった短距離王デュランダルを配した。大柄なわりにスピードが足りない——それが、伊1000ギニー馬に対する彼の見立てだった。 2008年3月10日、北海道千歳市の社台ファームで、黒鹿毛の牝馬が生まれた。名は、エリンコート。アイルランドの宮廷、という意味である。祖母は乙女、母は鳥、そして娘は宮廷になった。
三つの国のオークス
この一族の源には、1972年生まれのサニーヴァレーという牝馬がいる。 その娘の一頭がダンシングシャドウ——エリンコートの曾祖母である。ダンシングシャドウはアイリッシュリヴァーとのあいだに二頭の牝馬を続けて産んだ。1982年のメイドオブエリンと、1983年のリヴァーダンサー。姉妹である。 妹リヴァーダンサーの側から出たのが、2005年生まれのコンデュイットだった。英セントレジャーを勝ち、キングジョージ六世&クイーンエリザベスステークスを勝ち、ブリーダーズカップターフを二度制した馬である。同じリヴァーダンサーの孫には、1997年生まれのペトルーシュカもいる。2000年にアイリッシュオークスを五馬身半差で圧勝し、ヨークシャーオークスを勝ち、秋にはロンシャンのオペラ賞まで取った。四分の三馬身差で退けた相手は、レーヴドスカーという名のフランスの牝馬だった。母エリンバードが一位入線から五着に降ろされたのと、同じ競走である。六年の隔たりを置いて、一族はその賞を取り返していた。 サニーヴァレーはもう一頭、1980年にサンプリンセスという牝馬を産んでいる。ダンシングシャドウの半妹にあたるこの馬は、1983年に英オークスを十二馬身差で勝ち、ヨークシャーオークスを勝ち、牡馬相手の英セントレジャーまで勝った。その娘バレークイーンは日本へ輸入され、初仔フサイチコンコルドが1996年の東京優駿を制している。 エリンバード自身の産駒には、エリンコートの半姉にあたる1997年生まれのオメガフォーチュンと、2003年生まれのエールスタンスがいた。エールスタンスの仔ミュゼエイリアンは毎日杯を勝ち、オメガフォーチュンの孫ララクリスティーヌは2023年の京都牝馬ステークスを勝つ。 英国のオークス、アイルランドのオークス。この牝系はすでに二つを持っていた。三つ目が、まだなかった。
函館の、三着から
2010年7月25日、函館の芝1200m。七番人気の新馬は、藤岡佑介を背に三着だった。9月12日、札幌の芝1200mも三着。この二戦目に乗ったのは池添謙一である。父デュランダルの背で、スプリンターズステークスとマイルチャンピオンシップ二連覇のすべてを見た男だった。 初勝利は9月25日、札幌の芝1500m。鞍上は四位洋文。距離が三百メートル延びた途端に、この馬は勝った。年内もう一戦、京都の白菊賞は四着に終わっている。 年が明けても、すぐには続かなかった。1月16日の京都芝1600mで六着、中一週で使った芝1400mで四着。どちらも四位が乗り、どちらも足りなかった。 預けられていたのは、栗東の笹田和秀厩舎である。1956年に広島県福山市に生まれ、拓殖大学を出て1980年に栗東へ厩務員として入り、翌年に調教助手となった男だった。1983年に伊藤雄二の長女・淑と結婚して伊藤厩舎へ移り、以後は攻め専——調教騎乗だけを担当する助手として、ウイニングチケット、エアグルーヴ、ファインモーションを鞍上から仕上げた。エアグルーヴが優駿牝馬を勝ったのは1996年である。妻の淑は、JRA初の女性調教助手だった。 笹田が自分の厩舎を開いたのは2009年、五十二歳のときだ。そこでこの牝馬を担当したのは、持ち乗り調教助手の黒田千春だった。父の豊は伊藤雄二厩舎でサニーシプレーなどを担当した人で、黒田自身はJRA競馬学校が開校する二年前の研修生として、笹田と机を並べた仲だった。同じ日にこの世界へ入った二人が、開業して間もない厩舎で三歳牝馬の面倒を見ていた。 3月27日、阪神の芝1800m。十八頭立ての六番人気で、ウンベルト・リスポリを背に二勝目を挙げる。二着はピュアブリーゼという牝馬だった。
桜の日の、隣のレース
その春、日本の競馬は形を崩していた。3月11日の東北地方太平洋沖地震で中山競馬場は開催を取りやめ、春の重賞は次々に西へ振り替えられた。笹田が調教師として初めて重賞を勝ったのも、その振り替えのなかで4月2日に阪神で行われた中山牝馬ステークスである。勝ったレディアルバローザは、定年引退した池江泰郎から管理を引き継いだばかりの馬だった。 4月10日、阪神。この日、桜花賞が行われた。エリンコートは登録しながら除外され、出走はかなわない。代わりに同じ日、同じ競馬場で組まれていた忘れな草賞へ回った。芝2000m、十六頭立ての二番人気。 手綱を取ったのは、後藤浩輝だった。この馬に乗るのは初めてである。 そして勝った。デビューから八戦目で、初めてのオープン勝ち。三つ目の白星だった。 同じ日の桜花賞は混戦になり、二番人気のマルセリーナが勝っている。最有力と目されていたレーヴディソールは、一週前追い切りのあとに右前脚の骨折が判明し、十一日前に姿を消していた。二着はホエールキャプチャ。三歳牝馬の序列は、その日いったん決まったように見えた。 六週間後、その序列は東京の二千四百メートルで並べ直されることになる。
雨の府中、四十四回目
5月22日、東京競馬場。馬場は良と発表されたが、雨が降っていた。 十八頭。桜花賞馬マルセリーナが一番人気、桜花賞二着のホエールキャプチャが二番人気。エリンコートは単勝37.2倍の七番人気だった。 逃げたのは、三月の阪神で二着に退けたあの相手、ピュアブリーゼである。エリンコートは四コーナーを六番手で回った。その手前で、後藤は決めていた。柴田善臣のピュアブリーゼと、蛯名正義のスピードリッパー。前の二頭の手応えが良すぎる。ならば勝負は前だ、と。後方のマルセリーナとホエールキャプチャを視界から消し、そこで追い出した。これで後ろから差されるなら仕方がないと腹をくくった、とレース後に語っている。 追い出すと、伸びた。だが、まっすぐには走らなかった。府中の照明を気にして内へ内へと切れ込み、内にいたスピードリッパーに接触する。後藤は手綱とムチで最後まで矯正し続けながら、逃げ粘るピュアブリーゼの外へ体を持っていった。 クビ差。2分25秒7、上がり34秒5。 三着は、スタートで大きく出遅れながら馬群を縫って追い込んだホエールキャプチャ。四着は、後方から大外を回して伸びきれなかったマルセリーナだった。桜花賞の一着と二着が、束になって届かなかった。 裁決は内斜行と判断し、後藤に過怠金七万円を科した。初めてのクラシックを勝った男は、ウイナーズサークルでも神妙な表情のままだった。 「頭の中が真っ白で、勝ったより申し訳ないの気持ちの方が大きい」[^1] 後藤浩輝、三十七歳。1992年のデビューから二十年目、クラシック競走への挑戦は、この日が四十四回目だった。 笹田和秀にとっては開業三年目、GI二戦目での戴冠である。前の週のヴィクトリアマイルにレディアルバローザで初めてGIに出走し、アパパネとブエナビスタに肉薄して三着に入ったばかりだった。二週続けて、GIの直線に自分の管理馬がいた。 デュランダルにとっては、産駒による初めてのGI勝ちだった。1200mと1600mでGIを三つ勝った父の娘が、2400mを勝った。二千四百は正直どうかと思っていた、と前置きしたうえで、吉田照哉は種付けの意図をこう振り返っている。「父母からいいところをもらった感じだね」[^2] 英国のオークス、アイルランドのオークス、そして日本のオークス。一族の三つ目が、雨の府中で埋まった。
出典:スポーツニッポン「【オークス】7番人気“伏兵”エリン嵐の戴冠」2011年5月23日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/05/23/kiji/K20110523000874960.html、閲覧日:2026年7月30日。/スポーツニッポン「【オークス】社台・吉田代表も「正直どうかと…」」2011年5月23日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/05/23/kiji/K20110523000875320.html、閲覧日:2026年7月30日。
息が切れる
秋は9月18日のローズステークスから始まった。三番人気で前に付けたが、直線で止まって十着。勝ったのはホエールキャプチャだった。完全な息切れで、あのペースで失速したのは中身ができていなかったからかもしれない——黒田助手は秋華賞の週にそう振り返っている。それでも馬房の馬は底光りしていた。カイバの食いは春と違って落ちない。落ち着きがあり、どっしり構えている。 「それに、お姉さんになってきた」[^1] 10月16日、京都の秋華賞。五番人気。稍重の芝2000mを十着、勝ち馬アヴェンチュラから1秒3。11月13日のエリザベス女王杯は十三番人気の十二着で、連覇したスノーフェアリーからやはり1秒3だった。 四歳になると、鞍上が定まらなくなった。1月の京都牝馬ステークスはクリストフ・ルメールで十一着。6月のマーメイドステークスは浜中俊で七着。7月、札幌のクイーンステークスでは横山典弘を背に34秒3の脚を使い、勝ち馬アイムユアーズから0秒4差の七着まで詰めた。10月の府中牝馬ステークスは石橋脩に替わって十七着、11月のエリザベス女王杯は池添謙一が乗って十四着。父の主戦だった男が、重馬場の淀で最後の秋を引き受けた。 2013年3月10日、中山牝馬ステークス。田辺裕信を背に十六着。笹田が調教師として初めて重賞を勝ったのと同じ名の競走を、二年後、この馬は最後の一戦にした。 四日後の3月14日、競走馬登録を抹消。十八戦四勝、獲得賞金一億六千四百六十八万二千円。四つの白星のうち三つは、2011年の三月末から五月にかけての二か月に固まっている。
出典:スポーツニッポン「【秋華賞】エリンコート下馬評↓も状態↑↑」2011年10月14日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/10/14/kiji/K20111014001814770.html、閲覧日:2026年7月30日。
残されたもの
生まれた千歳の社台ファームへ戻り、繁殖牝馬になった。初仔エリンソード(父ルーラーシップ)は笹田厩舎でデビューし、移籍を重ねて四十二戦を走った。三番仔クルージーン(父ロードカナロア)が十六戦三勝、五番仔レディコートアスク(父キタサンブラック)は園田までを含めて三十戦二勝。2021年生まれのエリツィーノまで、七頭が記録に残っている。 父デュランダルは、娘が引退した年の7月7日に十四歳で死んだ。エリンバード、デュランダル、エリンコート——三代のいずれもが吉田照哉の所有馬であり、父と娘はどちらも千歳の同じ牧場で生まれている。 後藤浩輝には、その後の三年が重かった。2012年5月6日、NHKマイルカップで落馬し、頸髄不全損傷と診断される。9月に復帰したその日、馬場入場時にまた落馬し、九日後の検査で第一・第二頸椎の骨折が判明する。一年をテレビの解説席で過ごし、2013年10月5日に東京で戻ると、九日後の南部杯をエスポワールシチーで逃げ切っている。2014年4月にまた落馬し、また首を折った。一時は引退も考えたという休養を経て11月に復帰し、東京の五レースで挙げた一勝に、スタンドから拍手が起きた。 2015年2月27日、後藤浩輝は自宅で亡くなった。四十歳だった。JRAで挙げたGIは五つ。その最後の一つが、雨の府中の二千四百である。四十四回目にしてつかんだ一冠は、最初の一冠であり、最後の一冠になった。 4月5日、中山競馬場に献花台が置かれた。最終レースのあとのパドックで、その日騎乗した騎手たちが、2010年の安田記念の写真パネルを引退式のように胴上げしている。 アイルランドの宮廷という名の牝馬が先頭でゴール板を過ぎたのは、雨に沈んだ府中の、照明が灯った午後だった。まっすぐには走らなかったし、褒められた勝ち方でもなかった。それでも、乙女から鳥へ、鳥から宮廷へと三代かけて渡ってきたその名前は、二千四百メートルの果てで一度だけ、たしかに先頭にいた。
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