名馬の記憶を、
再生する。
サイトの出馬表
このサイトの、すべての入口。- 今週の競馬WEEKLY重賞日程・観戦コラム・展開シミュレーション
- 名馬録HORSES馬柱と映像で辿る、一頭の全成績と引退後
- レースRACES重賞ごとの歴代優勝馬と、その映像
- 年表TIMELINE一年一走 — 1950年から、年ごとの紙面で
- 物語STORIES三冠馬の系譜、芦毛の怪物たち — 連載読み物
- 牧場帖BOKUJŌ-CHŌ北海道 — 引退馬たちの「いま」を訪ねる帳面
- ドリームレースDREAM時代を越えた夢の一戦を、千回走らせる
- このサイトについてABOUT方針・映像と画像の扱い・お問い合わせ
物語で辿る
テーマ別に名馬の歴史を読む・観る年表ICHINEN-ISSO — 2400m
牧場帖
一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。名馬録
スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。
エイシンフラッシュ
通算成績27戦6勝
獲得賞金7億8,711万円
生年月日 2007.03.27(平成19年)毛色 黒鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 3人気 | M.デムーロ | 2:26.6 | 上り34.6 | 映像 | |
| 3 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 3人気 | M.デムーロ | 1:58.5 | 上り35.5 | 映像 | |
| 1 | GII毎日王冠 | 東京 芝1800 | 4人気 | 福永祐一 | 1:46.7 | 上り32.8 | — | |
| 3 | GIクイーンエリザベス2世カップ | 香港 芝2000 | 4人気 | M.デムーロ | — | — | ||
| 3 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 5人気 | C.デムーロ | 1:59.1 | 上り33.5 | 映像 | |
| 4 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | 三浦皇成 | 2:32.4 | 上り35.8 | 映像 | |
| 9 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 5人気 | C.ルメール | 2:24.1 | 上り33.7 | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 5人気 | M.デムーロ | 1:57.3 | 上り33.1 | 映像 | |
| 9 | GII毎日王冠 | 東京 芝1800 | 2人気 | 内田博幸 | 1:45.6 | 上り33.8 | — | |
| 6 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 4人気 | 内田博幸 | 2:12.5 | 上り36.4 | 映像 | |
| 6 | GIドバイワールドカップ | アラブ首長国連邦 ダ2000 | 7人気 | C.ルメール | — | 映像 | ||
| 2 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 7人気 | C.ルメール | 2:36.1 | 上り33.6 | 映像 | |
| 8 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 5人気 | 池添謙一 | 2:24.9 | 上り34.4 | 映像 | |
| 6 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 3人気 | C.ルメール | 1:56.8 | 上り35.7 | 映像 | |
| 3 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 3人気 | 安藤勝己 | 2:10.3 | 上り34.7 | 映像 | |
| 2 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 3人気 | 内田博幸 | 3:20.7 | 上り35.2 | 映像 | |
| 3 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 3人気 | 内田博幸 | 1:57.8 | 上り34.1 | — | |
| 7 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 5人気 | 内田博幸 | 2:33.0 | 上り34.2 | 映像 | |
| 8 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 5人気 | 内田博幸 | 2:25.6 | 上り34.8 | 映像 | |
| 2 | GII神戸新聞杯 | 阪神 芝2400 | 1人気 | 内田博幸 | 2:25.9 | 上り33.3 | — | |
| 1 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 7人気 | 内田博幸 | 2:26.9 | 上り32.7 | 映像 | |
| 3 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 11人気 | 内田博幸 | 2:01.0 | 上り35.2 | 映像 | |
| 1 | GIII京成杯 | 中山 芝2000 | 1人気 | 横山典弘 | 2:03.6 | 上り34.9 | — | |
| 1 | エリカ賞 | 阪神 芝2000 | 1人気 | 内田博幸 | 2:05.3 | 上り34.4 | — | |
| 3 | OP萩S | 京都 芝1800 | 3人気 | 福永祐一 | 1:47.2 | 上り35.7 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 京都 芝2000 | 2人気 | 内田博幸 | 2:02.2 | 上り34.9 | — | |
| 6 | 2歳新馬 | 阪神 芝1800 | 5人気 | 福永祐一 | 1:49.3 | 上り34.4 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父キングズベストKing's Best | Kingmambo | Mr. Prospector |
| Miesque | ||
| Allegretta | Lombard | |
| Anatevka | ||
| 母ムーンレディMoonlady | Platini | Surumu |
| Prairie Darling | ||
| Midnight Fever | Sure Blade | |
| Majoritat |
引退後・牧場での映像
ゴール板の先の時間旅程 — この馬の物語
2007年生まれの黒鹿毛の牡馬。父キングズベスト、母ムーンレディ。主な勝ち鞍は東京優駿・天皇賞・京成杯。
千歳の黒鹿毛 ― ドイツの月と、閃光
2007年3月27日、北海道千歳市の社台ファームに、黒鹿毛の牡馬が生まれた。 父キングズベストは2000年の英2000ギニーを、同年のカルティエ賞年度代表馬となるジャイアンツコーズウェイに3馬身半差をつけて制した馬である。その半姉が凱旋門賞馬アーバンシー――ガリレオとシーザスターズを産んだ、あの牝馬だった。母ムーンレディはドイツで生産・調教され、ドイツセントレジャーを含む重賞を4勝している。母の父プラティニもドイツ産で、ミラノ大賞典を勝ち、1993年のジャパンカップでレガシーワールドの4着に走った。5代のなかにはBirkhahnの5×5――東西両ドイツのダービーを制した馬の名が、二度あらわれる。父の母系、母の父、母の母系。どこを掘ってもドイツの土が出てくる血だった。東京の芝2400mを走った母の父の血は、17年後、孫の脚で同じ直線に戻ってくることになる。 馬主は平井豊光。冠名の「エイシン」に「閃光」を重ねて、エイシンフラッシュと名づけられた。母はのちに日本でディープインパクトやキングカメハメハ、ハーツクライを配された弟妹を産み、同じ配合の全弟ムーンシュトラールは岩手のターフを走ったが、頂に届いたのはこの黒鹿毛だけだった。 預けられたのは栗東の藤原英昭厩舎である。藤原にとって平井は、2001年の開業当初から馬を託してくれた恩人だった。無名の新人にすぎなかった自分に大馬主が最初に預けた一頭エイシンツルギザンは、2003年のニュージーランドトロフィーを勝っている。藤原が座右に置く言葉がある。「かけた情は水に流し、受けた恩は石に刻む」[^1]。石に刻んだ恩を返す機会は、この黒鹿毛の姿でやってきた。 2009年7月12日、阪神芝1800mの新馬戦。福永祐一を背にして5番人気の6着。一息入れた10月、京都の未勝利戦を内田博幸で勝ち上がる。萩ステークス3着を挟み、暮れのエリカ賞を1番人気で連勝。以後、内田が主戦となった。
出典:Number Web「11年前の“史上最高のダービー”で優勝…歴代最速“32秒7の末脚”・エイシンフラッシュはなぜ「その後2年間」勝てなかったのか?」(文・石田敏徳)2021年5月28日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/838359 、閲覧日:2026年7月30日。
代役の一冠 ― 京成杯と、十一番人気
2010年1月17日、中山の京成杯。主戦の内田博幸は落馬事故の負傷で騎乗できず、鞍上は横山典弘に替わった。それでもエリカ賞を勝ったばかりの黒鹿毛は1番人気に推され、期待どおりに重賞初制覇を果たす。 皐月賞へのステップに予定していた若葉ステークスは、鼻肺炎による発熱で回避した。ぶっつけで臨んだ中山のクラシック初戦、休み明けを嫌われた評価は11番人気まで落ちる。それでも直線で追い込み、勝ったヴィクトワールピサから0秒2差の3着。勝ち馬には届かなかったが、ダービーへの優先出走権は、これで確保された。
三十二秒七 ― 史上最高のダービー
2010年5月30日、東京優駿。 その年のダービーは、有力馬が次々に名乗りを上げるうちに「史上最高のダービー」と呼ばれるようになっていた。エイシンフラッシュの単勝は31.9倍、7番人気。父も母も欧州の重賞馬という血統は、府中の瞬発力勝負には切れ味が足りないと見られていた。 前半1000m通過1分01秒6、1600m通過1分41秒1。向正面の半ばで流れは極端に緩み、1番人気ヴィクトワールピサをはじめ、多くの馬がたまらず折り合いを欠いた。1枠1番から中団のやや後方、内田博幸と呼吸を合わせて進んだ黒鹿毛だけが、静かにエネルギーを溜め続けていた。 直線、先に抜け出したのはローズキングダム。エイシンフラッシュはコース中央から馬群を割って伸び、その背を捉え、交わし切った。上がり3ハロン32秒7――日本ダービー史上最速の脚である。 騎手の内田博幸、調教師の藤原英昭、馬主の平井豊光。三者そろって、初めてのダービーだった。母の父プラティニが17年前に4着と敗れたその同じ直線を、孫が先頭で駆け抜けたことになる。溜めるだけ溜めて一気に爆発させる――そういう馬に仕上げてきた栗東の一団の技術に、この日、凱歌があがった。
菊を捨てる ― 飛節のわずかな腫れ
歓喜の直後、藤原英昭は胸騒ぎを覚えていた。まだ体のできていない3歳の春に、歴代最速の脚を使い切ってしまった。反動が出ないはずがない、と。 秋初戦の神戸新聞杯は1番人気に応えられず、ローズキングダムにクビ差の2着。予想以上にタフな一戦のあと、菊花賞へ向かう調整の過程で、後ろ脚の飛節がわずかに腫れているのに気づく。見逃してもおかしくない程度の腫れで、使おうと思えば使えた。それでも藤原は使うべきではないと判断し、オーナーに連絡を入れる。 平井は怒った。1番人気は確実で、ダービーとの二冠がかかる菊花賞を、彼はなにより楽しみにしていた。馬をよく知る百戦錬磨の大馬主でもある。状況を聞けば、それなら使えるだろう、となる。その言い分にも理はあった。それでも藤原は連日、今回はやめさせてくださいと頭を下げ続けた。毎日この馬を見ているのは自分だという一点だけが、彼の拠り所だった。最後に、平井が折れる。「分かった、お前に任せる」[^1]。菊花賞の3日前、出走回避が発表された。 早期に見つけたおかげで患部はすぐに癒え、ジャパンカップ8着、有馬記念7着と、暮れまで連戦できるほどではあった。だが、あの秋に手放した一冠は、二度と巡ってこない。
出典:Number Web「11年前の“史上最高のダービー”で優勝…歴代最速“32秒7の末脚”・エイシンフラッシュはなぜ「その後2年間」勝てなかったのか?」(文・石田敏徳)2021年5月28日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/838359 、閲覧日:2026年7月30日。
二着の季節
翌2011年、4歳。産経大阪杯はヒルノダムールの3着。続く天皇賞(春)は3番人気に推され、後方から大外を強襲したが、またしてもヒルノダムールに0秒1届かず2着。宝塚記念は内田博幸の落馬負傷で安藤勝己に手綱が移り、内から迫って3着。 秋はステップを踏まず、クリストフ・ルメールを迎えて天皇賞(秋)へ。3・4番手からいったん先頭に立ちながら伸びを欠いて6着。ジャパンカップは池添謙一で8着。そして暮れの有馬記念、7番人気の低評価から好位で粘り込み、オルフェーヴルに0秒1差の2着に食い下がった。 頂の舞台で好走を重ねながら、白星にだけは手が届かない。 2012年3月、トランセンド、スマートファルコンとともにドバイへ渡り、メイダンのオールウェザー2000mで6着。日本馬では最先着だった。帰国初戦の宝塚記念は道中でかかる仕草を見せて6着。秋初戦の毎日王冠も2番人気で9着に沈む。ダービーから2年、勝ち鞍のないまま季節だけが過ぎていった。
天覧の府中 ― 二年五か月ぶりの閃光
2012年10月28日、第146回天皇賞(秋)。近代競馬150周年を記念し、7年ぶりに天皇皇后両陛下の行幸啓を賜った天覧競馬である。鞍上はミルコ・デムーロ。単勝16.6倍、5番人気。 シルポートが大逃げを打ち、流れは速くなった。デムーロは中団の内でじっと我慢させる。直線で馬群が内と外に割れると、残り300m、内ラチ沿いに開いたスペースへ一直線に馬を送り込んだ。フェノーメノの追撃を2分の1馬身しのいで先頭。ダービー以来13戦、2年5か月ぶりの勝利だった。 ウイニングランを終えると、デムーロはメインスタンドの前で馬を止め、鞍を降りた。ヘルメットを脱ぎ、片膝をつき、レースを見つめる両陛下に深く頭を下げる。後検量前に馬を降りる行為は、規程の上では審議の対象になる。だがJRAは、優勝した騎手は両陛下にしかるべき挨拶をするようにという事前通達に沿ったものだとして、これを不問とした。 「気付けば馬を下りて敬礼していました」[^1]。デムーロは後年そう振り返り、あの日勝てたことで自分の人生は変わった、とも語っている。エイシンの勝負服の背が、府中の芝に深く折れていた。 続くジャパンカップは9着。有馬記念は体調を崩したデムーロに代わって三浦皇成が乗り、直線で抜け出しかけながら残り50mで交わされて4着に終わった。
出典:Number Web [スポーツ名言集]ミルコ・デムーロの名言「「天皇陛下に敬礼して挨拶した人だ」と声を掛けてもらうことも増えた。」Number987号(2019年10月3日)、https://number.bunshun.jp/articles/-/841238 、閲覧日:2026年7月30日。
会長のいない年 ― 最後の秋
2013年3月2日、平井豊光が世を去った。勝負服は次男の平井克彦が継いだ。菊花賞をめぐって受話器越しに四つに組んだ、あの秋の相手だった。あのときの判断が本当に正しかったのかは今でも分からない、と藤原は後年になっても言う。菊花賞を避けたから天覧の府中を勝てたのかどうかも、誰にも分からない。 6歳の始動戦、産経大阪杯はクリスチャン・デムーロを背にオルフェーヴルの3着。春の天皇賞には向かわず香港へ渡り、シャティンのクイーンエリザベス2世カップでミリタリーアタックから1馬身3/4差の3着に追い込んだ。 5か月半の休み明けで迎えた10月6日、毎日王冠。鞍上は福永祐一だった。4年前、阪神の新馬戦でこの馬に初めてまたがった男である。逃げるクラレントをつかまえ、上がり32秒8で先頭に立った。2着は、ジャスタウェイ。 3週後の天皇賞(秋)。連覇を狙ったが内から抜け出せず3着に終わり、先に伸びたのは毎日王冠で従えたジャスタウェイだった。続くジャパンカップは逃げ馬が不在で、押し出される形でハナを切った。1000m通過62秒4。追い込みを身上にしてきた馬が、最後の年の府中で先頭を走る。そして直線で後続に飲み込まれ、10着。 引退レースに予定していた有馬記念は、12月19日に歩様の乱れが出て回避となり、そのまま現役を退いた。12月23日、中山競馬場。27戦6勝、獲得賞金7億8711万円。黒鹿毛はファンに最後の姿を見せて、ターフを去った。
日高の黄金世代 ― 十九歳の府中
種牡馬として社台スタリオンステーションへ。5年を過ごしたのち、2018年12月に新ひだか町のレックススタッドへ移った。 2022年、産駒オニャンコポンが京成杯を勝つ。父が重賞初制覇を飾ったのと同じ中山の2000m、同じレースでの父子制覇だった。同じ年の11月には、ヴェラアズールがジャパンカップを制し、産駒初のGI馬になっている。 2025年10月31日、種牡馬を引退。7年住んだレックススタッドをスタッフに見送られて出発し、日高町のヴェルサイユリゾートファームに功労馬として迎えられた。その牧場には、同じ2007年生まれの2頭がいる。2011年の春に二度先着を許したヒルノダムールと、ダービーの直線では交わし、神戸新聞杯ではクビ差先着されたローズキングダム。競い合った3頭が、いまは同じ牧場の草を食んでいる。 2026年5月10日、東京競馬場。ローズガーデンの展示馬房に、19歳の黒鹿毛が立った。午前9時の初回のお披露目に1000人以上が詰めかけ、スタンドの上階からもカメラが向けられた。この日、管理馬をNHKマイルカップに送り出していた福永祐一調教師が、かつての相棒とパドックを一緒に歩く。デビュー戦と、最後の勝利。この馬の始まりと終わりを知る男である。「19歳だけど毛ヅヤがよくて、さすが」[^1]。当時は引っ掛かって大変だったと笑い、今も元気そうで本当によかった、と喜んだ。 ダービー史上最速の脚も、天覧の府中で捧げられた一礼も、いまはこの穏やかな馬体のなかにある。32秒7で府中の直線を切り裂いた脚が、日高の放牧地をゆっくりと歩いている。
出典:サンスポZBAT!「福永祐一調教師が東京競馬場に来場したエイシンフラッシュと再会!「元気そうでよかった」」2026年5月10日配信、https://www.sanspo.com/race/article/general/20260510-L7R3TGBBU5P7RLSSLNZQFCIXLY/ 、閲覧日:2026年7月30日。
産駒 — 旅を継ぐ馬
このサイトについて
名馬ジャーニーとは
名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。
情報について
本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。
競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。
文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。
画像について
本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。
映像について
本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。
動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。
名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。
広告について
本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。
アクセス解析について
本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。
免責事項
掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
お問い合わせ・権利者の方へ
掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。