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デュランダル
通算成績18戦8勝
獲得賞金(海外含む・概算)約5億1,401万円
生年月日 1999.05.25(平成11年)毛色 栗毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 1人気 | 池添謙一 | 1:32.5 | 上り33.2 | 映像 | |
| 2 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 2人気 | 池添謙一 | 1:07.5 | 上り32.7 | 映像 | |
| 5 | GI香港マイル | 香港 芝1600 | 池添謙一 | 1:34.8 | — | 映像 | ||
| 1 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 1人気 | 池添謙一 | 1:33.0 | 上り33.7 | 映像 | |
| 2 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 2人気 | 池添謙一 | 1:10.6 | 上り35.8 | 映像 | |
| 2 | GI高松宮記念 | 中京 芝1200 | 1人気 | 池添謙一 | 1:07.9 | 上り33.6 | 映像 | |
| 1 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 5人気 | 池添謙一 | 1:33.3 | 上り33.5 | 映像 | |
| 1 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 5人気 | 池添謙一 | 1:08.0 | 上り33.1 | 映像 | |
| 3 | GIIIセントウルS | 阪神 芝1200 | 4人気 | 池添謙一 | 1:08.0 | 上り33.3 | — | |
| 9 | GII中山記念 | 中山 芝1800 | 5人気 | 柴田善臣 | 1:50.2 | 上り37.3 | — | |
| 1 | OPニューイヤーS | 中山 芝1600 | 1人気 | 蛯名正義 | 1:33.1 | 上り34.3 | — | |
| 4 | OPディセンバーS | 中山 芝1800 | 3人気 | 蛯名正義 | 1:47.5 | 上り34.8 | — | |
| 10 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 7人気 | 四位洋文 | 1:33.3 | 上り34.1 | 映像 | |
| 1 | 白秋S | 中山 芝1200 | 1人気 | 武豊 | 1:07.8 | 上り33.3 | — | |
| 1 | ムーンライトH | 阪神 芝1600 | 1人気 | 武豊 | 1:35.4 | 上り33.6 | — | |
| 1 | 筑紫特別 | 小倉 芝1200 | 1人気 | 河内洋 | 1:08.9 | 上り34.9 | — | |
| 2 | 有田特別 | 小倉 芝1200 | 2人気 | 福永祐一 | 1:08.7 | 上り34.8 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 阪神 芝1200 | 1人気 | 武豊 | 1:10.2 | 上り34.7 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母サワヤカプリンセス | ノーザンテーストNorthern Taste | Northern Dancer |
| Lady Victoria | ||
| スコッチプリンセスScotch Princess | Creme dela Creme | |
| Meadow Saffron |
旅程 — この馬の物語
1999年生まれの栗毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母サワヤカプリンセス。主な勝ち鞍はスプリンターズS・マイルチャンピオンS。
聖剣という名
1999年5月25日、北海道千歳市の社台ファームで栗毛の牡馬が生まれた。父はサンデーサイレンス、母はサワヤカプリンセス。母は現役時代、芝とダートの短いところで勝ち星を積んだ牝馬である。サンデーサイレンスとの配合は、これで五度目だった。 その十八日後、6月12日の中京。芝1200メートルの中日スポーツ賞4歳ステークスを、サイキョウサンデーという牡馬が勝っている。同じ父と母から生まれた、この当歳馬の全兄である。鞍上は河内洋、預かっていたのは栗東の坂口正大だった。姉のマルカサワヤカも、短距離を中心に39戦を走った馬になる。母の仔には、短いところを走る馬が並んでいた。 名前は二つの方角から付いた。母の名にある「プリンセス」から王室を、父の名から荘厳さを。そこへ重ねられたのが、フランスの叙事詩『ローランの歌』で、英雄ローランがシャルル王から授かる聖剣の名である。デュランダル。作中のローランは、この剣の切れ味に並ぶものはないと誇る。瀕死の彼が敵の手に渡すまいと岩へ叩きつけても、剣は折れず、岩のほうが割れた。 生産した社台ファームの代表、吉田照哉が自分の持ち馬にした。勝負服は父・吉田善哉から受け継いだ、黄に黒の縦縞、赤い袖である。 2001年12月8日、阪神の芝1200メートル、2歳新馬。鞍上は武豊。単勝1.4倍の1番人気に応えて勝った。厩舎は全兄と同じ坂口正大。1976年に開業し、マヤノトップガンで菊花賞を、キングヘイローで高松宮記念を勝っていた調教師である。
距離を探す
新馬戦のあと、骨瘤が出た。骨に瘤ができる故障である。回復の見通しが立たず、そのまま長い休養に入った。 戻ってきたのは八か月後、2002年8月10日の小倉だった。有田特別は福永祐一が乗って2着。二週間後の筑紫特別は河内洋で勝った。三年前に全兄を中京の重賞で勝たせた騎手である。9月のムーンライトハンデキャップは阪神の1600メートル、10月の白秋ステークスは中山の1200メートル。どちらも武豊が乗り、どちらも1番人気で勝つ。三連勝でオープンに上がった。 11月17日、京都。初めてのGIはマイルチャンピオンシップだった。四位洋文が乗り、7番人気で10着。後方から差は詰めたものの、届く場所ではなかった。陣営はここで一つの結論を出している。この馬はGIを戦える馬ではない、と。 そこから距離を探す作業が始まった。12月のディセンバーステークスは中山の1800メートルで4着。年明けのニューイヤーステークスは中山の1600メートルで、蛯名正義が最後方から追い込んで勝った。初めてのオープン勝ちである。3月2日の中山記念はふたたび1800メートル、鞍上は柴田善臣に替わり、11頭立ての9着に沈んだ。 長いほうへ延ばす試みは、そこで終わった。また休養に入る。 9月14日、阪神のセントウルステークス。半年ぶりの実戦で、鞍上が池添謙一に替わった。1979年生まれ、元騎手で元調教師の池添兼雄の息子である。1998年にデビューして一年目に重賞を勝ち、前の年の桜花賞をアローキャリーで制していた。二十四歳だった。 この日のゲートには、姉のマルカサワヤカも10番人気で入っている。デュランダルは後方から追い上げ、先に抜け出したテンシノキセキとビリーヴを追ったが、3着までだった。 坂口は次走にオープンのポートアイランドステークスを考えていた。そこへ池添が割って入る。負けたのは自分の乗り方のせいで、うまく乗ればGIでも通用する。そう考えて、スプリンターズステークスへ行かせてほしいと直談判した。陣営はそれを容れた。ただし坂口自身は、この馬の気性をまだ不安に思っており、五着までに来れば充分だと話している。
大外
2003年10月5日、中山、芝1200メートル。晴れ、馬場は良。15頭立ての5番人気だった。 ゲートが開く。最初の200メートルが11秒9、次の200メートルが10秒3。1200メートルの前半として、これ以上を望みようのない速さである。テンシノキセキが先頭に立つ。人気を集めた馬たちが、その後ろでひとかたまりになった。 デュランダルはそこにいない。3コーナーを回るとき、15頭のいちばん後ろにいた。4コーナーでも、最後方の一団のままである。前とのあいだには、十頭以上がいた。 残り600メートルからのラップは、11秒3、11秒5、11秒9。一区間ごとに数字が膨らんでいく。速く行きすぎた前半の請求書が、この区間で前の馬たちに回っていた。 池添は馬を外へ、外へと持ち出した。最後方から届かせるには、そこを回るほかない。直線でビリーヴが抜け出し、先頭に立った。残りは200メートルと少し。 そこから、この馬の600メートルが始まる。上がり3ハロン――最後の600メートル――が33秒1。同じ区間を、レース全体は34秒7で走っている。1秒6という差が、直線一本のあいだに、そのまま距離へ変わっていった。 ゴール板は写真判定になった。鼻差で、デュランダルの名が上に出る。1分8秒0。 重賞を勝ったのは、これが初めてだった。その初めての重賞が、GIだった。
もう一度、いちばん外から
11月23日、京都のマイルチャンピオンシップ。18頭立て。 GIを勝ったばかりの馬が、ここでも5番人気に置かれた。理由ははっきりしている。1600メートル以上での直近三戦が、10着、4着、9着だったからだ。1200メートルの馬が距離を延ばして通用するのか。それが下馬評の中身である。1番人気は前哨戦の富士ステークスで2着に来たサイドワインダー、2番人気は前年に秋華賞とエリザベス女王杯を勝った牝馬ファインモーションだった。 厩舎の感触は違っていた。前の年、同じ舞台に来たときのこの馬はカイバを食べていない。今年は食べている。調教の動きも良かった。 レースはギャラントアローが逃げ、直線に入っても先頭を譲らなかった。ファインモーションとバランスオブゲームが、馬場の中央から前を追っていく。 デュランダルは3コーナーを回るとき、18頭の後方にいた。直線を向いた時点で15番手。取ったコースは、いちばん外である。 中盤の200メートルが11秒6、11秒6。残り600メートルの区間で11秒2まで締まったあと、12秒1、12秒4と落ちた。前が止まっていた。デュランダルの上がりは33秒5。次に速いファインモーションが34秒1だから、その差は0秒6ある。18頭のうち、33秒台で上がったのはこの一頭だけだった。 まとめて差し切って、2着のファインモーションに4分の3馬身。 同じ年にスプリンターズステークスとマイルチャンピオンシップを勝った馬は、1997年のタイキシャトルに続いて二頭目である。年が明けて、JRA賞の最優秀短距離馬に選ばれた。
蹄
2004年3月28日、中京の高松宮記念。左回りを走るのは初めてだった。当時の中京は改修前で、直線は314メートルしかない。平坦で、小回り。後ろから行く馬に向く条件ではなく、坂口はそこを不安に挙げていた。 それでも単勝3.6倍の1番人気になった。2番人気は4.3倍のサニングデール。 18頭。3コーナーでも4コーナーでも、デュランダルは後ろから二頭目にいた。五年前、この同じ中京の芝1200メートルで全兄が重賞を勝っている。弟がその競馬場のその距離を走るのは、この日が初めてだった。 直線で外から伸びた。上がりは33秒6、レース全体の上がりは35秒0。1分7秒9はサニングデールと同じ時計で、クビだけ足りない。レースのあと池添は、いちばん強いのは自分の馬だと言い切っている。器用に立ち回った馬が勝っただけで、力で負けたのではない、と。 次は安田記念の予定だった。そこへは行けなかった。右の前脚に裂蹄が出たのである。蹄が割れる。予定を白紙に戻して社台ファームへ帰し、アメリカから装蹄師を呼んで、割れたところを針金で留めた。 秋は前哨戦を挟まず、いきなりスプリンターズステークスへ向かった。10月3日の中山は雨で、馬場は不良。枠は1枠1番、いちばん内側である。外へ持ち出して勝つ馬にとって、これほど遠い場所もない。 カルストンライトオが内から逃げた。重い馬場で各馬の脚が上がり、最後の200メートルは13秒0まで落ちている。その流れのなかで、後ろから差を詰めたのはデュランダルだけだった。それでも4馬身。逃げた馬には届かない。 11月21日、京都。この年からマイルチャンピオンシップは国際GIになっていた。1番人気。 流れは前年と違った。ラップは終いに向かって11秒7、11秒5、11秒4と締まっていく。前が止まらないレースである。それでもデュランダルは後方から進み、ダンスインザムードを外から捉えて、残り100メートルで先頭に立った。2馬身差、1分33秒0。マイルチャンピオンシップを連覇した馬は、これで史上四頭目になる。坂口は勝因を一つだけ挙げた。池添がこの馬を手の内に入れていること、と。 中2週で香港へ渡った。沙田の芝1600メートル。現地のハンデキャッパー十三人のうち十一人が、この馬に最高点をつけている。発表は良馬場に相当する状態だったが、散水が多く、実際には緩んでいた。力の要る馬場で追い込みは利かず、5着に終わる。 この年もJRA賞の最優秀短距離馬に選ばれ、受賞は二年続いた。
三十二秒七
2005年、蹄葉炎を発症した。蹄の内側の組織が壊れていく病気で、馬にとっては命に関わる。競走生活はここで終わりだろうと見られ、長い休養に入った。 戻ってきたのは十か月後、10月2日のスプリンターズステークスである。1番人気は単勝2.0倍のサイレントウィットネス。香港スプリントを連覇し、デビューから十七連勝を記録した六歳のせん馬だった。前日の調教でバランスを崩して放馬し、コーツィー騎手が腕を痛めたと伝えられていたが、人気は動かなかった。デュランダルは3.8倍の2番人気である。 晴れ、良馬場、16頭。最初の200メートルが12秒1、次が10秒1、その次が10秒7。前半600メートルで32秒9。二年前にこの馬が勝った日より、0秒4速い。 3コーナーで、デュランダルは最後方の一団にいた。4コーナーでも後ろから二頭目である。サイレントウィットネスは逃げるカルストンライトオを見ながら、外の3番手を進んでいた。 直線。残り100メートルでサイレントウィットネスが先頭に立つ。デュランダルが追い上げたのは、そこからだった。 上がり3ハロン、32秒7。レース全体の上がりは34秒4である。十か月ぶりの実戦で、この馬は生涯でいちばん速い600メートルを走った。この数字は今も、スプリンターズステークスの上がり最速記録として残っている。 1馬身4分の1。届かなかった。 池添は後年、十か月ぶりの競馬でいきなりサイレントウィットネスの2着なのだから大した馬だと感心した、とこの一戦を振り返っている。
いちばん速い脚で、八着
11月20日、京都のマイルチャンピオンシップ。同じGIを三年続けて勝った馬は、JRAの歴史にまだいなかった。単勝1.5倍。ゲートには十七頭が入った。 勝ったのはハットトリックである。大外から伸びて、先に抜け出していたダイワメジャーをハナ差で捉えた。1分32秒1。3着はラインクラフト。デュランダルは1分32秒5で8着だった。2着から8着までが、0秒4のなかに入っている。 主催者が残したこの一戦の回顧文には、デュランダルは出走馬のなかでいちばん速い末脚を使ったが8着だった、と記されている。 前の年の春、中京でクビ差負けた日に、池添はいちばん強いのは自分の馬だと言った。負けた騎手の言い分である。最後の一戦で同じことを書き留めたのは、負けた側ではなく、レースを主催した側だった。 11月29日に登録を抹消され、社台スタリオンステーションへ移る。初年度は171頭に種付けし、二年目は70頭まで落ちた。産駒が走り出す前の評価は、そんなふうに揺れる。三年目にはまた200頭を超えた。 2011年5月、東京の芝2400メートル。優駿牝馬を勝ったのはエリンコートだった。父はデュランダル、鞍上は後藤浩輝、勝負服は黄に黒の縦縞、赤い袖――父と同じ、吉田照哉のものである。1200メートルを主戦場にした馬の娘が、その倍の距離を勝ったことになる。同じ年、池添謙一はオルフェーヴルで牡馬三冠を達成し、10月2日にはカレンチャンでスプリンターズステークスを勝っている。八年前、自分から乗せてくれと頼み込んだレースだった。 2013年7月7日、馬房で倒れているのが見つかった。十四歳。心臓発作の疑いがあると公表されている。 ローランの剣について語り継がれているのは、切れ味よりもむしろ、岩に打ちつけても折れなかったという一点である。この馬も三度、自分の脚から崩れた。骨瘤で八か月、裂蹄でひと夏、蹄葉炎で十か月。そのたびに戻ってきた。裂蹄のあとも蹄葉炎のあとも、復帰初戦はいきなりGIで、どちらも2着に来ている。 最後の直線でも、彼は出走馬のなかでいちばん速く走っていた。ただ、前を行く七頭までの距離が、京都の直線より少しだけ長かった。
産駒 — 旅を継ぐ馬
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