名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
ドゥラメンテのイメージビジュアル
ドゥラメンテDuramente
Duramente

ドゥラメンテ

通算成績9戦5勝

獲得賞金66,106万円

生年月日 2012.03.22(平成24年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ドゥラメンテの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
2 GI宝塚記念 阪神 芝2200 1人気 M.デムーロ 2:12.8 上り36.1映像
2 GIドバイシーマクラシック アラブ首長国連邦 芝2410 3人気 M.デムーロ 映像
1 GII中山記念 中山 芝1800 1人気 M.デムーロ 1:45.9 上り34.1映像
1 GI東京優駿 東京 芝2400 1人気 M.デムーロ 2:23.2 上り33.9映像
1 GI皐月賞 中山 芝2000 3人気 M.デムーロ 1:58.2 上り33.9映像
2 GIII共同通信杯 東京 芝1800 1人気 石橋脩 1:47.2 上り33.7映像
1 セントポーリア賞 東京 芝1800 1人気 石橋脩 1:46.9 上り34.1
1 2歳未勝利 東京 芝1800 1人気 R.ムーア 1:47.5 上り33.7
2 2歳新馬 東京 芝1800 1人気 F.ベリー 1:48.9 上り33.7

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ドゥラメンテの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
キングカメハメハKing KamehamehaKingmamboMr. Prospector
Miesque
マンファスManfathラストタイクーンLast Tycoon
Pilot Bird
アドマイヤグルーヴAdmire GrooveサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
エアグルーヴAir GrooveトニービンTony Bin
ダイナカール

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2012年生まれの鹿毛の牡馬。父キングカメハメハ、母アドマイヤグルーヴ。主な勝ち鞍は皐月賞・東京優駿・中山記念。

荒々しく、はっきりと ― 母が遺した最後の一頭

2012年3月22日、北海道安平町のノーザンファームに鹿毛の牡馬が生まれた。父はキングカメハメハ、母はエリザベス女王杯を連覇したアドマイヤグルーヴ。その母がエアグルーヴ、さらにその母がダイナカールである。オークスを勝った曾祖母、天皇賞(秋)を制して1997年の年度代表馬に選ばれた祖母、秋の女王杯を二度勝った母――ダイナカール一族と呼ばれる、日本でも指折りの名牝系だった。 だがこの仔は、母とともに過ごした時間が短い。アドマイヤグルーヴは出産から半年あまりのちの2012年10月に急死した。この鹿毛が、女王の最後の産駒になった。 父を同じくする全姉にアドマイヤセプターがいる。2012年の京阪杯2着をはじめ重賞で幾度も上位を争った牝馬で、のちに2024年の中日新聞杯を勝つデシエルトを産んでいる。母の半弟には、香港のクイーンエリザベス2世カップを制したルーラーシップ。血は、静かに厚かった。 当歳のころは骨の伸びが早い反面、馬体が薄く、繋ぎにも硬さが残っていた。ノーザンファームの中島文彦場長は、じっくり作ってくれる厩舎がいいという理由で、美浦の堀宣行のもとへ預けることを決めている。育成を担った早来厩舎長の林宏樹は、この馬がトップスピードに乗る速さを、三速に入れたつもりが六速の速度に達していた、と車に喩えた。 馬名は音楽用語から採られた。イタリア語の duramente――「荒々しく、はっきりと」。その一語が、この馬の走りをそのまま言い当てることになる。

ゲートの中の子ども ― 二歳の秋から三歳の冬へ

2014年10月12日、東京の芝1800m。単勝1.4倍の1番人気に推された新馬戦で、ドゥラメンテは出遅れた。勝ったのはラブユアマン。0秒1差の2着で、キャリアは黒星から始まっている。 一か月後、同じ舞台の未勝利戦を2着に6馬身の差をつけて圧勝した。ただしゲートの中で立ち上がり、発走調教再審査を課されている。速さと同じだけの扱いにくさが、この馬にはあった。厩舎は冬の間、首に輪を通してゲートに固定し、じっと立つことを覚えさせる訓練を重ねた。 明けて2月1日のセントポーリア賞は、直線で抜け出して5馬身差の圧勝。中1週で臨んだ共同通信杯では単勝1.8倍の圧倒的な支持を集めたが、道中で折り合いを欠き、内を巧みに立ち回ったリアルスティールに0秒1届かず2着に敗れた。 四戦して二勝。取りこぼしを二つ抱えたまま、クラシックの季節が来た。

大外へ ― 第75回皐月賞

賞金が足りていなかった。トライアルを使わず皐月賞へ直行し、除外されれば青葉賞からダービーを目指す。それが陣営の二段構えだった。ところがこの年の皐月賞は登録が集まらず、36年ぶりにフルゲートに満たない15頭立てとなる。ドゥラメンテは、空いた枠に滑り込むようにして中山のゲートに立った。 鞍上には、その年からJRAの通年騎乗免許を得たミルコ・デムーロを迎えていた。人気は3番手。弥生賞を無敗で制したサトノクラウン、共同通信杯で先着したリアルスティールに次ぐ評価である。 逃げるクラリティスカイが緩みないペースを刻み、2番手にキタサンブラック。2番枠のドゥラメンテは外へ出せないまま後方に置かれた。動いたのは第4コーナーだった。わずかに開いた隙間から、内から大外まで一気に膨れる。三頭の進路を妨げる大きな斜行で、デムーロはのちに開催四日間の騎乗停止を科された。 それでも、体勢を立て直してからが尋常でなかった。上がり33秒9。早めに抜け出したリアルスティールを外から捉え、1馬身半をつけてゴールする。1分58秒2。この皐月賞に与えられたレーティング119は、ディープインパクトオルフェーヴル、二頭の三冠馬の同レースを1ポンド上回る数字だった。3着には、のちに七つのGIを勝つキタサンブラックがいた。 レース後、デムーロは十二年前に自らの手で二冠を制した馬の名を口にした。「ネオユニヴァースに似てるね。本当に強い馬」[^1]。馬体も、頭の使い方もよく似ている、とも言った。イタリアから短期免許で通っていた男が、日本に腰を据えた最初の春の話である。

出典:スポーツナビ「大外一気ドゥラメンテ、圧巻の皐月賞V ミルコ絶賛!ネオユニヴァースの再来だ」2015年4月19日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201504190003-spnavi 、閲覧日:2026年7月27日。

二分二十三秒二 ― 第82回東京優駿

1番人気は単勝1.9倍。皐月賞の走りは、人気を取り返すのに十分だった。 ミュゼエイリアンがハナを奪い、キタサンブラックらが前を固める。1000m通過58秒8。ドゥラメンテは中団の8番手で我慢していた。直線、キタサンブラックが逃げ馬を捉えて先頭に並びかける。その三馬身後ろから、サトノラーゼンを道連れにして伸びてきた。残り200m、併せ馬を制して先頭に立つと、あとは差を広げるだけだった。2着サトノラーゼンに1馬身3/4、3着はサトノクラウン。 時計は2分23秒2。父キングカメハメハディープインパクトが分け合っていた2分23秒3を、0秒1だけ削り取った。キングカメハメハ産駒として初のダービー馬であり、親子二代でのダービー・レコード更新でもある。春の二冠は史上23頭目、関東所属の二冠馬は1997年のサニーブライアン以来18年ぶりだった。 検量室に引き上げてきたデムーロは泣いていた。2003年以来、12年ぶりのダービーである。うれしい、という言葉を何度も繰り返し、ネオユニヴァースより強い感じがする、とまで言った。 一方、堀宣行は笑っていた。荒々しいという評判に、スタッフともども恥ずかしい思いもしてきたのだという。「今回は非常に落ち着いて競馬ができましたし、そう荒々しくはないと思うのですがいかがでしょうか?」[^1]。名のとおりに走った馬が、名を裏切ってみせた午後だった。

出典:競馬ラボ「ミルコ号泣!二冠制覇ドゥラメンテ 次なる道は三冠か、海外か」2015年5月31日配信、https://www.keibalab.jp/topics/27242/ 、閲覧日:2026年7月27日。

秋のない一年

二冠を終えたドゥラメンテの前には、二つの道が見えていた。菊花賞での三冠か、10月のロンシャンか。堀宣行は、精神も肉体もまだ完成には遠いと語り、凱旋門賞には登録だけを済ませていた。 ところが、ノーザンファーム早来へ放牧に出た先で、両前脚の橈骨遠位端に骨折が見つかる。関節内に米粒ほどの軟骨片が遊離した状態で、症状としては軽度とされたが、関係者で協議のうえ摘出手術に踏み切った。手術とリハビリだけで半年、復帰は厳寒期にかかる。三冠も凱旋門賞も、その時点で消えた。 三歳の秋は、一度もゲートが開かないまま終わった。それでも春の二冠の中身は際立っており、2016年1月のJRA賞では291票中285票を集めて最優秀3歳牡馬に選ばれている。走らなかった半年を含めてなお、この年の三歳世代はドゥラメンテの世代だった。

九か月ぶりの中山

2016年2月28日、中山記念。復帰戦の馬体重は502キロ、二冠を制したときより18キロ重い。デムーロは太いとは感じず、背が伸びて体が大きくなったのだと受け取った。単勝2.1倍の1番人気である。 中団から徐々に位置を押し上げ、直線の入り口で手前を右から左へ替えた途端、前を行く馬たちを一息に飲み込んだ。ゴール前で物見をして、外から来たアンビシャスにクビ差まで迫られたが、脚色にはまだ余裕が残っていた。1分45秒9。 ウイナーズサークルはGIのような歓声に包まれた。その真ん中でデムーロが言った。「ドゥラメンテは凄い、凄過ぎる!」[^1]。休んでいる間に体も心も大人になった、三歳の春より乗りやすくなった――名手の言葉は、完成へ向かう馬について語るそれだった。 これが、ドゥラメンテの最後の勝利になる。

出典:スポーツニッポン「【中山記念】ドゥラメンテ復活V!ミルコ鳥肌「凄い、凄過ぎる!」」2016年2月29日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2016/02/29/kiji/K20160229012123760.html 、閲覧日:2026年7月27日。

落鉄と、クビ差 ― 二度の二着

3月26日、メイダン。ドバイシーマクラシック。馬場入場のあと、右前脚の蹄鉄が外れた。気持ちの高ぶった馬に打ち直すことはかなわず、そのまま発走を迎える。それでも9頭立ての3番人気に応えるように走り、イギリスのポストポンドから2馬身差の2着に食い下がった。 6月26日、阪神。稍重の芝2200m、宝塚記念。天皇賞(春)を勝ったばかりのキタサンブラックを抑え、単勝1.9倍の1番人気に推された。直線、外から伸びて先頭を射程に入れたが、先に抜け出した8番人気の牝馬マリアライトをクビだけ捉えきれない。2分12秒8。3着はキタサンブラックだった。 異変はゴールの直後に起きた。歩様が乱れ、デムーロは下馬している。診断は左前肢の跛行。三日後の6月29日、複数の靭帯と腱の損傷により競走能力喪失と診断され、四歳のこの馬は現役を退いた。 9戦5勝。走ったGIは四つ、勝ったのは二つ。最後の二戦はいずれも二着で、一方は蹄鉄を欠いたまま、もう一方は、ゴールの先で競走生命が尽きるのと引き換えの二着だった。

五代目 ― 血が走り続ける

2016年7月、ドゥラメンテは社台スタリオンステーションに入った。翌2017年からの供用で、初年度に284頭の繁殖牝馬と交配される。国内の年間種付頭数としては、当時の最高記録だった。 2020年に初年度産駒がデビューし、2021年3月、タイトルホルダーが弥生賞を勝って産駒初の重賞制覇を果たす。菊の季節を待つばかりだった。 2021年8月31日午後7時、ドゥラメンテは急性大腸炎のため世を去った。9歳。一週間ほど前から右前肢の蹄冠部の外傷を治療しており、快方に向かっていたはずが、前日から容態が崩れたという。母アドマイヤグルーヴがこの仔の走る姿を見ずに逝ったように、この馬もまた、自分の仔がどこまで行くのかを見ないまま逝った。 二か月足らずのち、10月24日の菊花賞をタイトルホルダーが逃げ切る。産駒初のGIであり、ダイナカール、エアグルーヴアドマイヤグルーヴ、ドゥラメンテと続いた血に、五代目のGIが加わった瞬間だった。キングカメハメハからドゥラメンテ、そしてタイトルホルダーへ――父子三代でのクラシック制覇は、史上初だった。 その後もスターズオンアースが桜花賞とオークスを、リバティアイランドが牝馬三冠を、ドゥレッツァエネルジコが菊花賞を、ルガルがスプリンターズステークスを、マスカレードボールが天皇賞(秋)を勝った。GI級を制した産駒は十一頭を数える。2023年にはJRAのリーディングサイアーに立った。ディープインパクト以外の種牡馬が首位に立つのは、父キングカメハメハの2011年以来12年ぶりのことである。 荒々しく、はっきりと。名のとおりに大外へ膨れた中山の四角から、名を裏切って静かに押し切った府中の直線まで、この馬がターフにいた時間は二年に満たない。それでも、あの四角で外へ外へと振られながら、なお前へ出ようとした一瞬は消えていない。仔たちが直線を向くたび、その脚のなかで繰り返されている。

OFFSPRING

産駒 — 旅を継ぐ馬

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース