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デルタブルース
通算成績32戦6勝
獲得賞金(海外含む・概算)約7億3,943万円
生年月日 2001.05.03(平成13年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 16 | GII目黒記念 | 東京 芝2500 | 14人気 | 岩田康誠 | 2:43.9 | 上り42.5 | — | |
| 10 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 13人気 | 岩田康誠 | 3:16.2 | 上り36.2 | 映像 | |
| 6 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 10人気 | 川田将雅 | 3:14.4 | 上り39.7 | — | |
| 12 | GI東京大賞典 | 大井 ダ2000 | 5人気 | 岩田康誠 | 2:07.3 | 上り39.9 | — | |
| 12 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 10人気 | 川田将雅 | 2:35.7 | 上り38.0 | 映像 | |
| 5 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 14人気 | 川田将雅 | 2:25.1 | 上り34.4 | 映像 | |
| 12 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 12人気 | 川田将雅 | 1:59.7 | 上り36.1 | 映像 | |
| 5 | GII京都大賞典 | 京都 芝2400 | 5人気 | 川田将雅 | 2:25.1 | 上り34.3 | — | |
| 12 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 3人気 | 岩田康誠 | 3:15.2 | 上り35.9 | 映像 | |
| 4 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 4人気 | 岩田康誠 | 3:08.4 | 上り34.1 | — | |
| 6 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 9人気 | 岩田康誠 | 2:32.7 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | GIメルボルンC | オーストラリア 芝3200 | 岩田康誠 | 3:21.4 | — | — | ||
| 3 | GIコーフィールドC | オーストラリア 芝2400 | ローウィ | — | — | |||
| 10 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 4人気 | 岩田康誠 | 3:15.7 | 上り34.6 | 映像 | |
| 3 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 2人気 | 岩田康誠 | 3:10.1 | 上り38.3 | 映像 | |
| 5 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 3人気 | O.ペリエ | 2:13.9 | 上り35.7 | — | |
| 11 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | O.ペリエ | 2:33.0 | 上り35.6 | 映像 | |
| 1 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 1人気 | O.ペリエ | 3:47.7 | 上り34.7 | — | |
| 5 | GIIアルゼンチン共和国杯 | 東京 芝2500 | 1人気 | O.ペリエ | 2:33.1 | 上り35.5 | — | |
| 5 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 4人気 | D.ボニヤ | 2:30.0 | 上り35.6 | 映像 | |
| 3 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 7人気 | 安藤勝己 | 2:24.8 | 上り34.6 | 映像 | |
| 1 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 8人気 | 岩田康誠 | 3:05.7 | 上り35.7 | 映像 | |
| 1 | 九十九里特別 | 中山 芝2500 | 1人気 | 岡部幸雄 | 2:34.7 | 上り34.6 | — | |
| 5 | 兵庫特別 | 阪神 芝2500 | 4人気 | 後藤浩輝 | 2:33.0 | 上り37.6 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 東京 芝2400 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:29.8 | 上り34.4 | — | |
| 13 | GIIテレビ東京杯青葉賞 | 東京 芝2400 | 13人気 | 後藤浩輝 | 2:26.8 | 上り36.1 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 福島 芝2000 | 1人気 | 武幸四郎 | 2:00.6 | 上り36.2 | — | |
| 4 | 梅花賞 | 京都 芝2400 | 2人気 | 岩田康誠 | 2:29.8 | 上り35.4 | — | |
| 4 | 3歳未勝利 | 小倉 芝2000 | 1人気 | 武幸四郎 | 2:04.9 | 上り37.9 | — | |
| 2 | 3歳未勝利 | 小倉 芝2000 | 1人気 | 武豊 | 2:02.8 | 上り37.5 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 阪神 芝2000 | 4人気 | C.スミヨン | 2:03.0 | 上り35.1 | — | |
| 7 | 2歳新馬 | 京都 芝1600 | 3人気 | 武幸四郎 | 1:40.3 | 上り37.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ダンスインザダークDance in the Dark | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ダンシングキイ | Nijinsky | |
| Key Partner | ||
| 母ディクシースプラッシュDixie Splash | Dixieland Band | Northern Dancer |
| Mississippi Mud | ||
| Ocean Jewel | Alleged | |
| Lady Offshore |
旅程 — この馬の物語
2001年生まれの鹿毛の牡馬。父ダンスインザダーク、母ディクシースプラッシュ。主な勝ち鞍は菊花賞・メルボルンC・ステイヤーズS。
河口の名前
2001年5月3日、北海道早来のノーザンファームで鹿毛の牡馬が生まれた。父はダンスインザダーク、母はディクシースプラッシュ。母の父はディキシーランドバンドといい、その母の名はミシシッピマッド——ミシシッピの泥、という。 名は母から連想して付けられた。ミシシッピ川の河口に広がる三角州で生まれた、荒々しいブルース。デルタブルース。 母の産駒たちの名は、そろってアメリカ南部の音楽を鳴らしている。ディクシージャズ、キングオブブルース、ハリケーンジャズ。同じダンスインザダークを父に持つ全妹には、ニューオーリンズの謝肉祭の名が与えられた。マルディグラ。 血の実りが出てくるのは、彼が走り終えたあとになる。二歳上の半姉ディクシージャズは四戦して勝てないまま繁殖に上がったが、その仔レッドデイヴィスがシンザン記念、毎日杯、鳴尾記念と重賞を三つ勝った。シンザン記念で二着に退けた相手は、のちの三冠馬オルフェーヴルである。ディクシージャズの孫にあたるマテンロウスカイは、2024年の中山記念を勝っている。 デルタブルース自身のデビューは2003年11月29日、京都の芝1600m。三番人気で七着だった。この日を最後に、彼が1600mを走ることは二度となかった。
六戦目の福島
未勝利を抜け出すのに六戦かかった。 二戦目の阪神で二着。年が明けて小倉で二着、次の小倉で四着、京都の梅花賞で四着。着順は悪くない。ただ勝てない。しかも小倉の二戦は、どちらも一番人気を裏切っている。 2004年4月17日、福島の芝2000m。武幸四郎を背に、ようやく初勝利を挙げた。 その勢いで青葉賞に向かったが十三着。次走、東京の芝2400mで安藤勝己が乗って二つ目を勝ち、夏を越した。秋初戦の兵庫特別は五着。 そして10月2日、中山の九十九里特別。この一鞍の鞍上は岡部幸雄だった。ダイヤモンドステークスとステイヤーズステークスをそれぞれ七勝し、菊花賞を三度、天皇賞・春を四度勝って「長距離の鬼」と呼ばれた男である。一番人気の芝2500mを危なげなく運び、勝たせた。岡部がこの馬に乗ったのは、後にも先にもこの一度きり。翌年二月の騎乗を最後に、岡部は騎手を退いている。
兵庫から来た男
菊花賞の鞍上に戻ってきたのは岩田康誠だった。二月の梅花賞以来、この馬に乗るのは二度目である。 岩田は中央の騎手ではなかった。兵庫県競馬組合・清水正人厩舎の所属。1991年に園田でデビューし、小牧太とともに「園田の二本柱」と呼ばれ、2000年に初めて兵庫のリーディングを獲った。中央にも積極的に遠征し、2002年にビリーヴでセントウルステークスを勝って中央の重賞を初めて手にしている。だがGIはまだ勝っていない。管理する角居勝彦も、まだ勝っていない。 2004年10月24日、京都、第65回菊花賞。一番人気はハーツクライ。二番人気は、ホッカイドウ競馬の田部和則厩舎から来たコスモバルクだった。皐月賞二着、セントライト記念をレコードで勝った地方所属馬である。 デルタブルースの単勝は45.1倍、十八頭中の八番人気。馬体重は526キロで、前走から十キロ増えていた。 父ダンスインザダークは1996年の菊花賞馬であり、前年の菊花賞は同じ父を持つザッツザプレンティが勝っている。血だけは、この舞台を知っていた。
下り坂の四コーナー
京都の外回り、芝3000m。スタンドの前を一度通り過ぎ、向正面へ抜け、丘をひとつ越えてもう一度帰ってくる。長い。 先手を取ったのはコスモバルクだった。手綱はホッカイドウ競馬の五十嵐冬樹。デルタブルースは五番手につけた。一コーナーでも二コーナーでも、その位置は動かない。 流れが緩んだのは、残り一千メートルを切るころだった。一ハロンに13秒5かかっている。息を入れた馬群は、そこから一斉に締まりはじめる。 三コーナー、デルタブルースは四番手にいる。ここから位置が動きはじめる。この馬に鋭い脚はない。直線まで待って切れ味を比べれば、勝てるはずがない。だから早く動く。長く脚を使わせて、後ろにいる馬の脚を先に削る。それがこの馬の勝ち方だった。 坂を下りきった四コーナー。外に持ち出されたデルタブルースは、逃げるコスモバルクと馬体を並べた。地方所属の馬に地方の騎手が乗って前を作り、その外に、もう一人の地方の騎手がいた。 直線に向いてからのラップは11秒7まで速くなる。三千メートルを走ってきた馬たちが、最後にそれを刻んだ。デルタブルースはコスモバルクを競り落とし、オペラシチーを振り切り、差してきたホオキパウェーブを一馬身と四分の一だけ前で抑えてゴール板を通過した。 地方競馬に所属する騎手が中央のクラシックを勝ったのは、これが初めてだった。中央の管理馬に乗ってGIを勝ったのも、史上初のことである。
三歳の秋の、その先
本来なら菊花賞のあとは放牧に出す予定だった。陣営は続戦を選ぶ。 十一月のジャパンカップ、鞍上は安藤勝己。笠松から中央へ移った先駆けの男である。七番人気の評価をくつがえし、ゼンノロブロイとコスモバルクに続く三着に入った。年末の有馬記念は五着。三歳馬としては最先着だった。 年が明けて、2004年のJRA賞最優秀父内国産馬に選ばれる。 四歳の春は走らなかった。前年の疲れが抜けず、天皇賞・春も宝塚記念も回避してまるごと休んだ。 秋、アルゼンチン共和国杯で復帰して一番人気の五着。続く中山のステイヤーズステークスは単勝1.8倍に応えて勝った。芝3600m、日本の平地競走でいちばん長い距離である。その終いを上がり三ハロン(最後の600メートル)34秒7でまとめた。三千六百を走ってきた馬の数字とは思えない。 暮れの有馬記念は十一着。鞍上のオリビエ・ペリエは前年まで有馬を三年続けて勝っていたが、四年目は来なかった。
一歳下の怪物
五歳の春、この馬の前にはいつも同じ一頭がいた。 京都記念は五着。阪神大賞典は三着で、勝ったのはディープインパクト。天皇賞・春は四番人気に推されながら勝負どころで動けず十着、勝ったのはやはりディープインパクトだった。 一歳下のその馬が、この年の日本の競馬の景色をひとりで塗り替えていく。長い距離を堅実に走るステイヤーの居場所は、その分だけ狭くなった。 宝塚記念へ向けて調整されていた最中に、右前脚の脚部不安が出る。回避、そして休養。三歳の秋に手にしたタイトルは、少しずつ遠い話になりかけていた。
フレミントンの二頭
秋、陣営はこの馬を日本に置かなかった。同じ角居厩舎のポップロックとともに、オーストラリアへ送り出す。 約半年ぶりの実戦がコーフィールドカップだった。56キロのトップハンデを課され、終始外を回らされて三着。健闘ではあるが、現地の評価をひっくり返すには足りない。 11月7日、フレミントン競馬場、芝3200m。第146回メルボルンカップ。オーストラリア十四頭、ニュージーランド三頭、イギリス三頭、アイルランド一頭、日本二頭の二十三頭立て。トップハンデはアイルランドから来たイェーツの59キロで、同じ年にイギリスのゴールドカップを勝っている。デルタブルースは56キロ、ポップロックは53キロ。人気を分け合ったのはトーキートとポップロックで、デルタブルースの評価はその下だった。 岩田はこの年、中央競馬へ移籍したばかりだった。海外での騎乗は、これが初めてである。 レースでは早めに先頭へ出た。菊花賞と同じ、切れないなら先に動くという答えである。並びかけてきたのは僚馬のポップロック、手綱はダミアン・オリヴァー。同じ厩舎の二頭が、フレミントンのゴール板へ、並んで入っていった。 わずかに前へ出ていたのはデルタブルースだった。公式に残ったタイムは3分21秒47と3分21秒50。二頭を分けたのは百分の三秒である。トップハンデのイェーツは七着に終わった。 日本で調教された馬がメルボルンカップを勝ったのは、これが初めてだった。アジアで調教された馬としても初めてで、南半球のG1を日本の調教馬が勝ったのも初めてだった。この一勝で、デルタブルースは2006/07年シーズンのオーストラリア最優秀ステイヤーに選ばれた。オーストラリアの年度表彰に日本の調教馬が選ばれたのは、史上初のことである。
落鉄と、蟻洞
帰国して臨んだ有馬記念は六着。最後の直線でメイショウサムソンと接触した。 六歳の一年は、一度も勝てなかった。阪神大賞典は59キロを背負って四着。天皇賞・春はレース中に左前の蹄鉄を落とし、十二着。予定していたキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスは取りやめになった。 夏、豪州二連戦の一次登録を済ませたが、馬インフルエンザの流行で遠征を断念する。九月のオールカマーは左前脚のフレグモーネで回避。十月の京都大賞典から鞍上は川田将雅に替わり、59キロを背負ったこの馬はスタートから押してハナを切った。結果は五着。それでも、先に動くという答えは変わっていない。 天皇賞・秋は初めてブリンカーを着けて十二着。ジャパンカップは十四番人気で五着まで押し上げたが、有馬記念は十二着。中五日で暮れの東京大賞典へ向かい、初めてのダートで十二着に終わった。 七歳の2008年は、一度も走らなかった。春は疲労で断念し、九月に厩舎へ戻ったものの、十月の調教後に右前脚の蟻洞が見つかる。蹄に空洞ができる病である。京都大賞典を諦めたところで、その年は終わった。
河口から、海へ
2009年3月22日、一年三か月ぶりにゲートへ入った。阪神大賞典、重馬場が応えて六着。5月3日の天皇賞・春は中団で待機したまま伸びを欠いて十着。5月31日、不良馬場の目黒記念は十六着。6月11日付で競走馬登録を抹消された。この最後の三戦のうち二戦に乗ったのは、岩田康誠だった。 引退後はノーザンホースパークで、障害飛越の馬になった。三千メートルを運んだ脚が、今度は柵を跳ぶために使われた。2021年十月に岡山県真庭市蒜山のオールド・フレンズ・ジャパンへ移り、翌年から引退名馬繋養展示事業の対象になる。2024年10月8日、蹄葉炎のため死亡。二十三歳だった。 兵庫から来た騎手は、この馬でGIを初めて勝ち、この馬で初めて海を渡り、この馬の最後のレースに乗った。岩田康誠はその後、2012年にディープブリランテで東京優駿を勝つ。七度目のダービー挑戦だった。2014年には優駿牝馬をヌーヴォレコルトで勝ち、中央のクラシックをすべて制した騎手になった。 三角州は、川がいちばん下流まで流れ着いて、それ以上どこへも行けなくなった場所にできる。泥がたまり、水が広がり、そこで川は終わる。 けれど、その先には海がある。六戦目でようやく一つ勝った馬と、中央に所属を持たなかった騎手は、その海の向こうまで行った。フレミントンの芝で並んだ二つの影のうち、先にゴール板をくぐったのが、この馬だった。
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