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ディアドラ
通算成績33戦8勝
獲得賞金(海外含む・概算)約4億9,517万円
生年月日 2014.04.04(平成26年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 | バーレーンインターナ | バーレーン 芝2000 | H.ドイル | 2:00.7 | — | — | ||
| 8 | GI凱旋門賞 | パリロンシャン 芝2400 | 7人気 | J.スペンサー | — | 映像 | ||
| 7 | GIナッソーS | イギリス 芝1980 | 4人気 | O.マーフィー | — | — | ||
| 5 | GIエクリプスS | サンダウン 芝1990 | 4人気 | O.マーフィー | — | — | ||
| 2 | モハメドユスフナギモ | キングアブドゥル 芝2100 | 1人気 | O.マーフィー | — | — | ||
| 4 | GI香港ヴァーズ | シャティン 芝2400 | 4人気 | O.マーフィー | — | 映像 | ||
| 3 | GI英チャンピオンS | アスコット 芝2000 | 4人気 | O.マーフィー | — | — | ||
| 4 | GI愛チャンピオンS | レパーズタウン 芝2000 | 3人気 | O.マーフィー | — | 映像 | ||
| 1 | GIナッソーS | イギリス 芝1980 | 7人気 | O.マーフィー | 2:02.9 | — | — | |
| 6 | GIプリンスオブウェール | アスコット 芝1990 | 5人気 | 武豊 | — | — | ||
| 6 | GIクイーンエリザベス2世カップ | シャティン 芝2000 | 3人気 | 武豊 | 1:59.4 | — | 映像 | |
| 4 | GIドバイターフ | メイダン 芝1800 | 3人気 | J.モレイラ | — | 映像 | ||
| 6 | GII中山記念 | 中山 芝1800 | 1人気 | C.ルメール | 1:46.1 | 上り33.8 | 映像 | |
| 2 | GI香港カップ | シャティン 芝2000 | 1人気 | C.ルメール | 2:01.8 | — | 映像 | |
| 1 | GII府中牝馬ステークス | 東京 芝1800 | 1人気 | C.ルメール | 1:44.7 | 上り32.3 | 映像 | |
| 1 | GIIIクイーンS | 札幌 芝1800 | 1人気 | C.ルメール | 1:46.2 | 上り33.7 | 映像 | |
| 3 | GIドバイターフ | メイダン 芝1800 | 7人気 | C.ルメール | — | 映像 | ||
| 6 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 6人気 | 福永祐一 | 2:17.3 | 上り36.6 | 映像 | |
| 12 | GIエリザベス女王杯 | 京都 芝2200 | 4人気 | 岩田康誠 | 2:15.1 | 上り33.8 | 映像 | |
| 1 | GI秋華賞 | 京都 芝2000 | 3人気 | C.ルメール | 2:00.2 | 上り35.7 | 映像 | |
| 1 | GIII紫苑S | 中山 芝2000 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:59.8 | 上り33.8 | — | |
| 1 | HTB賞 | 札幌 芝2000 | 2人気 | 岩田康誠 | 2:02.1 | 上り35.0 | — | |
| 4 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 9人気 | 岩田康誠 | 2:24.8 | 上り33.9 | 映像 | |
| 1 | 矢車賞 | 京都 芝1800 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:47.8 | 上り33.8 | — | |
| 6 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 14人気 | 岩田康誠 | 1:34.9 | 上り34.9 | 映像 | |
| 2 | OPアネモネS | 中山 芝1600 | 3人気 | A.シュタルケ | 1:34.8 | 上り35.7 | — | |
| 3 | こぶし賞 | 京都 芝1600 | 3人気 | M.デムーロ | 1:36.4 | 上り35.4 | — | |
| 4 | つわぶき賞 | 中京 芝1400 | 2人気 | 加藤祥太 | 1:22.6 | 上り34.0 | — | |
| 2 | 白菊賞 | 京都 芝1600 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:38.5 | 上り37.3 | — | |
| 3 | GIIIKBSファンタジーS | 京都 芝1400 | 3人気 | M.デムーロ | 1:22.0 | 上り33.6 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 新潟 芝1400 | 1人気 | 加藤祥太 | 1:22.1 | 上り34.8 | — | |
| 4 | 2歳未勝利 | 中京 芝1600 | 3人気 | M.デムーロ | 1:35.6 | 上り35.1 | — | |
| 2 | 2歳新馬 | 中京 芝1400 | 3人気 | M.デムーロ | 1:22.0 | 上り35.2 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ハービンジャーHarbinger | Dansili | デインヒルDanehill |
| Hasili | ||
| Penang Pearl | Bering | |
| Guapa | ||
| 母ライツェント | スペシャルウィークSpecial Week | サンデーサイレンスSunday Silence |
| キャンペンガール | ||
| ソニンクSoninke | Machiavellian | |
| Sonic Lady |
旅程 — この馬の物語
2014年生まれの鹿毛の牝馬。父ハービンジャー、母ライツェント。主な勝ち鞍は秋華賞・ナッソーS・紫苑S。
アイルランドの女の名 ― 繁殖のために買われた牝馬
2014年4月4日、北海道安平町のノーザンファームで鹿毛の牝馬が生まれた。父はハービンジャー。現役時代にアスコットのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを11馬身ちぎり、そのまま日本へ渡って種牡馬になったイギリスの馬である。母はライツェント、その父はスペシャルウィーク。 翌2015年のセレクトセール1歳馬市場に上場され、馬主・森田藤治が2100万円で引き取った。近親に重賞勝ち馬の並ぶ血ではあったが、馬体は小さかった。買った側の見立ては、いずれ繁殖牝馬にするための一頭というもので、競走馬としては一つ二つ勝ってくれれば十分、という程度の期待だったという。 名を付けたのは、オーナー代理を務める森田和豊だった。ケルト神話に登場する女性、デアドラ。アイルランドではありふれた女性名である。この名がのちに何を引き寄せることになるかは、このときはまだ誰にも分からない。 血のほうは、はじめから海を知っていた。3代母Sonic Ladyは1986年のアイリッシュ1000ギニー、サセックスステークス、ムーランドロンシャン賞を勝った欧州の名牝。祖母ソニンクは日本で優秀な繁殖牝馬となり、母のきょうだいには芝ダートで重賞6勝のノーザンリバー、ダート重賞4勝のランフォルセ、そして2009年のダービー馬ロジユニヴァースを産んだアコースティクスがいる。 2016年7月2日、中京の芝1400mでデビュー。ミルコ・デムーロを背に3コーナーで2番手まで上がったが、逃げ馬を捕まえきれず2着だった。勝ち上がったのは3戦目、10月の新潟。加藤祥太が外から前を差し切った。次のファンタジーステークスでは後方から最速タイの脚を使いながらゴール前で右にモタれ、ミスエルテから0.2秒差の3着。惜しい、という言葉が似合う2歳だった。
二百七倍の桜、アタマ差のオークス
3歳の春は、いつも滑り込みだった。2月のこぶし賞は好スタートから2番手に付けながらゴール前で外の2頭に差されて3着。3月のアネモネステークスはアンドレアシュ・シュタルケで2着に粘り、未勝利戦しか勝っていない1勝馬のまま、桜花賞の優先出走権だけを手に入れた。 4月9日、阪神。単勝オッズ207.4倍、14番人気。最後方に置いたその馬は、直線で出走馬中ただ一頭だけ上がり3ハロン34秒台の脚を使い、勝ったレーヌミノルから0.4秒差の6着まで押し上げてきた。着順は6着でも、使った脚は一等だった。 自己条件に戻った5月の矢車賞を1番人気で2馬身差の完勝。2週間の間隔で臨んだ優駿牝馬は9番人気に落ちていたが、馬場の最内をすくうように追い込み、外から伸びたアドマイヤミヤビにアタマ差の4着。勝ったのはソウルスターリングだった。3戦続けてメンバー最速タイの上がり。クラシックは二つとも滑り込みで出走し、二つとも着順以上の中身を残して終わった。
淀の重馬場 ― 秋華賞
夏の札幌でHTB賞を勝ち、4戦連続で最速の上がりを記録した。次走を選ぶとき、橋田満は本番と同じコーナー4つの競馬をさせたいと考え、9月の紫苑ステークスに向かわせる。1番人気に応え、大外から鋭く伸びて、先に抜け出したカリビアンゴールドをハナ差だけ捉えた。重賞初制覇である。 10月15日、秋華賞。ここまで5戦続けて手綱を取ってきた岩田康誠が、同じく主戦を務めるファンディーナに騎乗するため、鞍上はクリストフ・ルメールに替わった。1996年の創設以来、この競走が初めて重馬場で行われた日だった。スタートで出遅れ、中団の後ろから運び、直線で先行するリスグラシューとモズカッチャンをまとめてかわしてゴールへ。3連勝でのGI制覇であり、父ハービンジャーにとっても産駒の初GIだった。 続くエリザベス女王杯は4番人気に推されながら終始手応えを欠き、12着。33戦の生涯で、二桁の着順はこの一度きりになる。
ヴィブロスの隣で ― 海を渡り始める
4歳の始動戦、京都記念は6着。そこへドバイターフの招待が届く。3月31日のメイダン、後方から繰り出した末脚にルメールは直線を向いたときは本当に勝ったと思ったと語ったが、ヴィブロスに次ぐリアルスティールとの3着同着だった。 このドバイと、同じ年の暮れの香港で、ディアドラはいつもヴィブロスと一緒だった。馬運車も飛行機も同じ、厩舎から競馬場への往来やスクーリングではヴィブロスが前を歩いて先導した。橋田満は、ヴィブロスがそばにいてくれるおかげでこの馬が落ち着いていると語り、ヴィブロスを管理する友道康夫も、馬房が向かい合っていて互いに気持ちが通じているようだと話している。 帰国後は4か月の休養を挟み、7月のクイーンステークスを大外から差し切って3馬身差の圧勝。10月13日、アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス。前半1000m58秒2というハイペースを後方で待ち、上がり3ハロン32秒3。先に抜け出したリスグラシューを、ゴール前で捉えた。 この日の表彰の場に、駐日アイルランド大使がいた。身内に同じ名の者がいるので単勝をたくさん買った、と大使は森田和豊に明かし、ぜひアイルランドへ来てほしいと言った。オーナー側はそれを社交辞令として受け取っている。 年内最終戦の香港カップは1番人気。先行有利のスローペースを後方から追う形になり、前との差を詰めきれずに2着だった。海外GIの勝利は、まだ遠かった。
ニューマーケットに住む ― 三十五年越しの国
5歳初戦の中山記念は、GI馬が5頭も顔を揃えるなかで牡馬より3〜4キロ軽い54キロという条件もあり、2.2倍の1番人気に推された。だが直線で伸びず、勝ったウインブライトから0.6秒差の6着。結果として、これがこの馬が日本のターフを走った最後の一戦になった。 3月のドバイターフはルメールがアーモンドアイに乗るためジョアン・モレイラに替わって4着。4月の香港クイーンエリザベス2世カップは武豊を迎えたが、レコード決着のハイペースに乗れず6着。二つの遠征を終えても、勝ち鞍はまだ日本に置いてきたままだった。 そこで陣営は、帰国しないという選択をする。5月1日、香港から直接イギリスへ。ニューマーケットの国際厩舎、ジェーン・チャップルハイアム厩舎に入った。朝の気温が2度まで下がる土地で、平らなトラックではなく丘の斜面を駆け上がる調教場。着いた当初はその環境に疲れも出たという。 橋田満が初めてイギリスとアイルランドを見たのは1984年、競馬会の派遣研修生としてだった。父・橋田俊三は騎手として天皇賞(春)を勝ち、調教師に転じた人である。その父を1978年に自転車との衝突事故で喪い、橋田厩舎を建て直すために調教師を志した男が、免許を取った翌年に見た国だった。坂路を軸に置く自身の調教法を説明するとき、彼はいまもアイルランドで見た坂路調教の光景を持ち出す。三十五年が過ぎて、その国に自分の管理馬を置いた。 アスコットの関係者から、ハービンジャーの仔をぜひイギリスで見たいと熱心に誘われていたこと。ドバイでも香港でも調子が上向かず、環境を変える必要を感じていたこと。理由はいくつも重なっていた。調教助手の込山雄太は、この牝馬に付いて一年以上イギリスに留まることになる。 欧州初戦は6月19日、アスコットのプリンスオブウェールズステークス。父ハービンジャーが11馬身差で圧勝したのと同じ競馬場である。のちにエネイブルと歴史的な叩き合いを演じるクリスタルオーシャンら欧州のトップホースが顔を揃え、日本国内で馬券が発売されたイギリスの競走はこれが初めてだった。日本の視聴者に合わせて発走が40分繰り上がり、その40分のあいだに大雨が降った。4番手の好位から伸びを欠いて8頭中6着。レースが終わると、雨は止んだ。武豊は馬場が悪くなりすぎたと述べ、橋田も直前の雨がこたえたと振り返っている。 この一戦の後に帰国する予定だった。消化不良の内容と、欧州でもやれるという手応えが、その予定を書き換えた。
グッドウッドの内ラチ ― 二〇一九年八月一日
8月1日、グッドウッドのナッソーステークス。日本調教馬がこの競走に出るのは初めてだった。鞍上には、前年ロアリングライオンとのコンビでGIを4連勝し、日本の短期免許でも1か月半に25勝を挙げたオイシン・マーフィーを迎える。グッドウッドをよく知る騎手だから、というのが陣営の指名理由だった。 背負ったのは9ストーン7ポンド、換算しておよそ60キロ。それまでの最高が前年の府中牝馬ステークスの56キロだから、一気に4キロ増えたことになる。3歳馬とは3.5キロの差があった。1000ギニーとアイリッシュ1000ギニーを勝ったハモーサ、ランフランコ・デットーリが乗るメダーイー、ディアヌ賞馬チャンネル。現地の評価は単勝21.0倍、9頭中7番人気タイ。起伏が激しくトリッキーで、日本より時計のかかるコースも、この馬の評価を押し下げていた。 マーフィーだけが違う読みをしていた。流れは速くなる。そして馬場は硬い。「馬場は硬かったので、日本馬である彼女には向くと思いました」[^1] レースでは好スタートから位置を下げ、後方3番手。メダーイーが逃げ、ハモーサが2番手で追いかける速い流れを、終始内ラチ沿いで見ていた。直線で仮柵の切れるオープンストレッチに乗って最内へ。各馬も内に集まって進路が狭くなる場面をこらえ、残り400m、前を行くチャンネルと内ラチの間に開いた隙間へ突っ込む。ゴール150m手前で逃げ粘るメダーイーに並びかけると、そこからは離す一方で、1馬身1/4差。勝ちタイム2分2秒93は、2006年にウィジャボードが刻んだレースレコードをおよそ1秒5縮める数字だった。ゴール後、マーフィーは拳を突き上げて吠えた。 日本調教馬によるイギリスGI制覇は、2000年のアグネスワールド以来19年ぶり2頭目。日本で生産された日本調教馬としては、これが初めてだった。日本調教の牝馬が欧州のGIを勝つのも、1998年のシーキングザパール以来2頭目である。2着メダーイーを管理するジョン・ゴスデンは、ニューマーケットでこの馬の調教を見ていたから、本当にタフでプロフェッショナルな牝馬だと知っていた、と称えた。レーシング・ポストはこれを歴史的な勝利と報じ、その2日前に世を去ったディープインパクトに触れて、この一勝が日本の競馬界を活気づけたと書いた。 血は、この競馬場を知っていた。3代母Sonic Ladyが1986年に勝ったサセックスステークスは、同じグッドウッドの丘で行われる競走である。繁殖に上げるつもりで買われた小柄な牝馬は、曾祖母が走った丘で、日本で生産された馬がまだ届いていなかったイギリスのGIを掴んだ。
出典:Number Web「名手マーフィー騎手に導かれて。ディアドラ、初の海外GI制覇達成。」(平松さとし)2019年8月9日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/840281 、閲覧日:2026年7月26日。
七つの国 ― 世界を巡った一年半
9月14日、レパーズタウンのアイリッシュチャンピオンステークス。日本で調教された馬がアイルランドで走るのは、これが史上初めてだった。府中で交わされた社交辞令が、一年足らずで本当のことになった。競馬場は来場者に日の丸を配り、CEOはついに日本馬を招く夢がかなったと歓迎の言葉を述べている。海外GI通算7戦目という数字は、1985年から2年近く欧州に滞在したシリウスシンボリの6戦を超える、日本調教馬の記録でもあった。レースは8頭が一団になる流れの後方から、直線で内が開かず外へ切り替えるロスがあって4着。マジカルには届かなかった。 10月19日、アスコットのチャンピオンステークス。雨で馬場が壊れ、障害用の内回りが使われる異例の一戦になった。最内枠から後方に控え、直線半ばで前が塞がり、外へ持ち出してから伸びて3着。レース後、3度目の対戦となったマジカルを管理するエイダン・オブライエンがディアドラ陣営に歩み寄ってこの牝馬を称え、橋田宜長調教助手と握手を交わした。12月の香港ヴァーズは4着。イギリスに戻り、そのまま冬を越した。 年が明けた2月29日、キングアブドゥルアジーズ競馬場。日本の馬が初めてサウジアラビアのゲートに入った日、圧倒的な支持を受けながらゴール手前で外から交わされて2着だった。 そこから先は、疫病が予定を壊していく。アイルランドもフランスも外国馬の遠征を止め、目標は何度も書き換えられた。7月5日のサンダウン、エクリプスステークス——日本調教馬としては初の出走となる一戦で、エネイブルらを相手に5着。連覇を狙って臨んだ7月30日のナッソーステークスは、ゲート入りを渋る素振りを見せ、直線で伸びずに7頭の最後尾。橋田は、競馬に向かう前向きさが薄れているように感じると述べ、次走はこの馬の気分が戻るのを待ったほうがいいと考えた。背から腰にかけての筋肉に痛みが出ていた。ニューマーケット近郊の牧場で4週間放牧に出され、厩舎に戻ると前を向く姿勢が戻っていた。 10月4日、パリロンシャン。最大目標に据えてきた凱旋門賞である。7戦続けて乗ってきたマーフィーが検疫と専属契約の都合でフランスに乗れなくなり、検疫を覚悟すると言ってくれたジェイミー・スペンサーが手綱を取った。出遅れて最後方、土が脚にまとわりつく馬場で伸びを欠き8着。日本調教の牝馬による凱旋門賞出走は、2014年のハープスターに次いで2頭目だった。 11月20日、バーレーンのサヒール競馬場。イギリスの女性騎手最多勝記録を持つホーリー・ドイルを迎え、後方から進んで直線で進路を失い、前が開いてから伸びたが8着。日本調教馬がバーレーンで走るのも、これが初めてだった。 滞在先の厩舎からは、この牝馬がバナナを頬張る映像がたびたび流れ、イギリスの競馬ファンに顔を覚えられていった。付き添った込山雄太は、非常に扱いやすくとても良い子だが、競馬前になるとスイッチが入る、と語っている。
クールモアの牧場で
翌11月21日、橋田満が現役引退を発表した。促しても前に行かなかったことについて、彼はこう言っている。「彼女からの引退させてほしいというメッセージだったんだと思います」[^1] ここまで日本生産、日本調教の馬の可能性を見せてくれたことに感謝している、とも述べた。 出走した海外の国と地域は7、海外GIへの出走は12。いずれも引退の時点で日本調教馬の歴代最多だった。33戦8勝。日本を含めれば、八つの国のゲートに入った牝馬である。 日本へは戻らなかった。しばらくニューマーケットに留まり、初年度の交配相手はガリレオと決まったが、2度の種付けで受胎せず、同じクールモアで繋養されるウートンバセットに替えて仔を宿す。2021年2月12日付で競走馬登録を抹消され、アイルランドのクールモアスタッドで繁殖牝馬になった。名前が生まれた土地だった。 2022年4月8日、初仔の牝馬が生まれる。シオーグと名付けられ、日本へ渡って栗東の厩舎から走り出した。馬主は森田和豊——かつてこの牝馬にアイルランドの女の名を与えた、その人である。2024年にはBaaeedの牡馬を産んでいる。 日本に残った血も動いている。半弟のフリームファクシは2023年のきさらぎ賞を勝ち、半妹シャルマントの仔トロヴァトーレは2025年のダービー卿チャレンジトロフィー、2026年の東京新聞杯とエプソムカップを勝った。繁殖にするつもりで買われた小柄な馬は、走り切ったうえで、結局その役目にも就いたことになる。 橋田満は2023年2月末で調教師を引退した。通算742勝、GI級11勝。サイレンススズカを、アドマイヤベガを、アドマイヤグルーヴを送り出した厩舎の大きなタイトルは、長く永井啓弐と近藤利一という二人の勝負服で獲られてきた。ディアドラは、その外側から来た一頭だった。そして最後の一つは、彼が三十五年前に研修生として憧れた国で、この牝馬が獲ってきたものだった。 アイルランドの女の名を持つ馬が、アイルランドの牧場で母になっている。
出典:中日スポーツ「17年のG1秋華賞馬ディアドラ引退 最後のレースはバーレーンで8着 今後は海外で繁殖入り」2020年11月21日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/158032/ 、閲覧日:2026年7月26日。
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