名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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ダノンシャンティのイメージビジュアル
ダノンシャンティDanon Chantilly
Danon Chantilly

ダノンシャンティ

通算成績8戦3勝

獲得賞金18,573万円

生年月日 2007.04.28(平成19年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ダノンシャンティの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
4 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 5人気 安藤勝己 1:57.9 上り33.6
4 GII京都記念 京都 芝2200 3人気 安藤勝己 2:14.4 上り34.6
9 GI有馬記念 中山 芝2500 10人気 F.ベリー 2:33.6 上り34.3映像
GI東京優駿 東京 芝2400 安藤勝己 映像
1 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 1人気 安藤勝己 1:31.4 上り33.5映像
1 GIII毎日杯 阪神 芝1800 3人気 安藤勝己 1:49.3 上り33.4
2 GIII共同通信杯 東京 芝1800 2人気 吉田豊 1:48.2 上り33.5
3 GIIIラジオNIKKEI杯 阪神 芝2000 7人気 内田博幸 2:01.5 上り34.4
1 2歳新馬 京都 芝1800 2人気 内田博幸 1:52.5 上り34.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ダノンシャンティの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
フジキセキFuji KisekiサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ミルレーサーMillracerLe Fabuleux
Marston's Mill
シャンソネットChansonnetteMark of EsteemDarshaan
Homage
Glorious SongHalo
Ballade
STORY

旅程 — この馬の物語

2007年生まれの黒鹿毛の牡馬。父フジキセキ、母シャンソネット。主な勝ち鞍はNHKマイルC・毎日杯。

シャンティイ ― 名の中にあったダービー

2007年4月28日、北海道日高町。ダーレー・ジャパン・ファームに黒鹿毛の牡馬が生まれた。翌年のセレクトセールに一歳で上場され、2750万円でダノックスが落札する。名は冠名の「ダノン」に「シャンティイ」を継いだ。パリ近郊オワーズ県にある競馬場の名である。その芝では毎年ジョッケクルブ賞――フランスダービーが行われる。名の中に、はじめからダービーがあった。 父はフジキセキ。母シャンソネットはイギリスに生まれ、フランスで五戦して勝てなかった牝馬だが、その母がただ者ではない。グローリアスソング。1976年生まれ、1980年のカナダ・ソヴリン賞年度代表馬である。その産駒には、名種牡馬となったラーイ、日本にメイセイオペラを送ったグランドオペラ、そして1996年のジャパンカップと翌年のドバイワールドカップを勝ったシングスピールが並ぶ。シングスピールはシャンソネットの半兄――この黒鹿毛にとっての叔父にあたる。グローリアスソング自身の全弟には、デヴィルズバッグとセイントバラードがいた。同じ祖母の娘ハルーワソングの孫が、のちに2017年のジャパンカップを勝つシュヴァルグランである。 配合の設計図も面白い。父フジキセキの父はサンデーサイレンス、その父はヘイロー。母の母グローリアスソングの父も、またヘイロー。三代目と三代目でぴたりと重なる、ヘイローの3×3。サンデーサイレンスとグローリアスソングは、ともにヘイローを父に持つ。父方と母方の双方から、同じ血が同じ代で戻ってきた配合だった。 そして母は、この一頭しか遺さなかった。シャンソネットの産駒のうち競走馬となったのは、2007年生まれのこの黒鹿毛だけである。

京都の新馬 ― そして、差してきた一頭

2009年11月22日、京都の芝1800m。栗東・松田国英厩舎から、内田博幸を背に2番人気でデビューする。道中を好位で運び、直線で抜け出して四分の三馬身。危なげのない勝ち上がりだった。 一か月後、阪神のラジオNIKKEI杯2歳ステークス。7番人気の評価で臨んだ二戦目、馬群の間を割って伸びてはきたものの、先行して粘るコスモファントムを捉えきれない。そのうえ、後ろから伸びてきた一頭に交わされて3着に終わった。差してきたのはヴィクトワールピサ。翌年の皐月賞を勝ち、暮れの中山で日本中を沸かせることになる一頭である。二頭の道は、ここで一度交わって、離れた。

ハナ差の府中、差し切りの阪神 ― アンカツが乗る

年が明けて2010年2月7日、東京の共同通信杯。鞍上は吉田豊に替わった。後方から進んで直線で追い込み、圧倒的1番人気のアリゼオを捉える。だが前にはもう一頭いた。ハンソデバンド。届かなかった差は、ハナ。府中の直線は、この馬に小さな宿題を残した。 3月27日、阪神の毎日杯。手綱を託されたのが安藤勝己である。笠松競馬で十八年続けてリーディングを守り、「アンカツ」の名で全国に知られた男は、2003年に中央へ正式移籍し、地方から中央への道筋を開いた先駆者と呼ばれていた。3番人気のダノンシャンティは中団で脚をため、直線で差し切る。2着はミッキードリーム。四戦目にして、重賞のタイトルが手に入った。

一分三十一秒四 ― 直線だけで十五頭

2010年5月9日、東京競馬場。十八頭立てのNHKマイルカップで、ダノンシャンティは単勝2.6倍の1番人気に推された。 前半1000mの通過は56秒3。このレースの歴史でもっとも速い流れだった。その激流の中で、安藤は動かない。後方三番手。もっとも本人は、下げる気はなく、馬の行く気に任せていたら知らぬ間にその位置にいたのだと振り返っている。四コーナーを回って大外へ持ち出す。そこから先は、府中の直線が一頭のためだけに空いたようだった。上がり3ハロン33秒5。直線だけで十五頭をまとめて抜き去り、先頭でゴール板を過ぎる。 掲示された数字は1分31秒4。2001年の京成杯オータムハンデキャップでゼンノエルシドが刻んだ1分31秒5を0.1秒上回る、芝1600mの日本レコードだった。この時計は、2012年の安田記念でストロングリターンが1分31秒3を出すまで、この国の最速であり続ける。 レース後、安藤はこの馬の乗り味をひとことで言い表した。「瞬発力があって、エンジンがかかるとすごく軽い馬」[^1]。軽い。十五頭を置き去りにした脚を、名手はその一語で説明した。

出典:スポーツナビ「ダノンシャンティ強いッ! 衝撃の日本レコードV=NHKマイルC」2010年5月9日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201005090010-spnavi、閲覧日:2026年7月30日。

前日に折れた骨 ― 届かなかった変則二冠

松田国英には、代名詞と呼べるローテーションがあった。三歳の春、NHKマイルカップを使って東京優駿へ向かう。1600mと2400m、性格の違う二つのGIで結果を出せば、その馬の価値は競走生活を終えたあとまで生きる――そういう考え方だった。2001年にクロフネで挑み、マイルは勝ってダービーは5着。翌年のタニノギムレットはマイル3着からダービーを制した。そして2004年、キングカメハメハがついに両方を勝つ。その二冠の鞍上にいたのが、安藤勝己だった。2006年にはフサイチリシャールが同じ道を通り、そして2010年、ダノンシャンティの番が来た。 マイルを日本レコードで抜けた三歳馬が、三週間後に府中の2400mへ向かう。調教師も騎手も、六年前に一度この道を踏破している。変則二冠は、手の届くところにあった。 だが5月29日、右後脚の骨折が判明する。翌30日、第77回東京優駿は十七頭で発走した。その中に黒鹿毛はいない。勝ったのはエイシンフラッシュだった。 血は、ときに不思議な符合を見せる。叔父のシングスピールもまた、1997年、前年に2着していたブリーダーズカップ・ターフへ向けて仕上げられながら、競走の前日に右前脚を骨折して出走を断念し、そのまま競走馬を退いている。目指した大レースの、前の日に折れる。同じことが、十三年を隔てて甥の身に起きた。 その叔父は1996年、東京の2400mでジャパンカップを勝っている。同じ一族からは、のちにシュヴァルグランが2017年の同じ舞台を制した。血は府中の2400mを二度も獲っているのに、ダノンシャンティだけが、その距離のゲートに立てなかった。フランスダービーの行われる競馬場の名を負いながら、この馬は日本のダービーを走っていない。

中山への帰還 ― そして右前

骨折の休養から戻ったのは、その年の暮れだった。12月26日、中山の有馬記念。復帰戦にグランプリを選ぶという、思い切った一戦である。 手綱に安藤勝己はいなかった。主戦は同じレースにペルーサで騎乗することが決まっており、代わりに跨ったのはフランシス・ベリー。十番人気の黒鹿毛は後方でレースを進めたが、逃げたトーセンジョーダンが最初の1000mを62秒0に落とす緩い流れでは、あの末脚の出番がない。9着。安藤のペルーサは4着だった。 勝ったのは、ヴィクトワールピサである。一年前のラジオNIKKEI杯で、直線、後ろから自分を交わしていったあの一頭だ。六分に及ぶ写真判定の末、ブエナビスタとの差は二センチ――有馬記念史上もっとも小さい着差だった。 年が明けて、安藤が手綱に戻る。2月の京都記念は道中で折り合いを欠きながら直線でよく伸びて4着、勝ったのはトゥザグローリー。4月3日の産経大阪杯は最後方から追い上げての4着、勝ったのはヒルノダムール。掲示板は外さない。しかし、あの日の脚は戻ってこなかった。 安田記念を目標に調整が進んでいた4月20日、右前脚の浅屈腱炎が判明する。幹細胞の移植手術を受けて放牧に出され、5月18日、現役引退と種牡馬入りが発表された。26日に競走馬登録が抹消される。八戦三勝。三歳の五月九日を頂点とする、短い現役だった。

父が立てなかったゲートへ ― 産駒と、北の牧場

2012年、ダノンシャンティは社台スタリオンステーションで種牡馬生活を始めた。2017年からはビッグレッドファームに移り、2020年をもって種牡馬を退く。 その産駒に、父の物語を引き受けた一頭がいる。スマートオーディン。2013年生まれ、父と同じ黒鹿毛の牡馬は、2015年の東京スポーツ杯2歳ステークスを上がり32秒9の脚で勝ち、三歳になると共同通信杯を叩いて毎日杯を勝った。父が重賞初制覇を果たした、あの毎日杯である。管理したのは松田国英。父と同じ厩舎だった。 続く京都新聞杯も勝って、スマートオーディンは日本ダービーのゲートに入った。2016年、結果は6着。5着のリオンディーズにハナ差及ばない。勝ちはしなかった。それでも、父が立てなかった府中の2400mに、六年後、その子が立った。母が一頭しか遺さなかった血は、こうして次へ渡ったのである。のちにこの馬もまた、父を引退に追い込んだのと同じ屈腱炎に倒れ、長い休養を経て2019年の阪急杯を十一番人気で勝ち上がっている。 種牡馬を退いたあと、ダノンシャンティは北海道岩内町のNPO法人ホーストラスト北海道に迎えられた。功労馬として過ごしたのは、岩内郡共和町にある分場である。2025年5月14日、その牧場で息を引き取った。18歳だった。繋養先の酒井政明は、最後の日々をこう伝えている。「うちに来て仲良しの馬もでき、以前はあった気性の荒いところもなくなり、最近は穏やかに過ごしていました」[^1]。 府中の直線で十五頭を抜き去った脚は、最後の五年ほどを、北の牧場で静かに畳んだ。名にはダービーの競馬場が入っていて、そのゲートには一度も立てなかった。それでも2010年5月9日、東京競馬場に刻んだ1分31秒4は、そこから二年あまりのあいだ、日本のどの馬よりも速いマイルであり続けた。八戦の旅だった。そのうちの一日、この馬は誰よりも速かった。

出典:サンケイスポーツ「2010年NHKマイルC覇者ダノンシャンティ死す…18歳」2025年5月16日配信、https://www.sanspo.com/race/article/general/20250516-EAZDG6LTLVIUDF3A7XO5YTL7GI/、閲覧日:2026年7月30日。

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