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ダンスインザムード
通算成績25戦6勝
獲得賞金6億201万円
生年月日 2001.04.10(平成13年)毛色 青鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 12 | GI香港マイル | 香港 芝1600 | 4人気 | 武豊 | — | 映像 | ||
| 2 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 3人気 | 武豊 | 1:32.8 | 上り34.5 | 映像 | |
| 6 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 5人気 | 北村宏司 | 1:59.3 | 上り35.5 | 映像 | |
| 2 | GII毎日王冠 | 東京 芝1800 | 2人気 | 北村宏司 | 1:45.5 | 上り34.4 | 映像 | |
| 1 | GIIIキャッシュコール | アメリカ 芝1600 | V.エスピノーザ | 1:33.3 | — | — | ||
| 5 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 4人気 | 北村宏司 | 1:33.3 | 上り34.2 | 映像 | |
| 1 | GIヴィクトリアマイル | 東京 芝1600 | 2人気 | 北村宏司 | 1:34.0 | 上り33.8 | 映像 | |
| 2 | GII読売マイラーズカップ | 阪神 芝1600 | 2人気 | 武豊 | 1:36.3 | 上り34.6 | 映像 | |
| 4 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 5人気 | 北村宏司 | 1:32.3 | 上り34.8 | 映像 | |
| 3 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 13人気 | 北村宏司 | 2:00.1 | 上り33.3 | 映像 | |
| 8 | GIII府中牝馬S | 東京 芝1800 | 2人気 | 北村宏司 | 1:47.4 | 上り32.7 | — | |
| 12 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 3人気 | 横山典弘 | 2:03.6 | 上り39.1 | 映像 | |
| 8 | GIIIクイーンS | 札幌 芝1800 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:47.8 | 上り36.8 | — | |
| 18 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 3人気 | K.デザーモ | 1:36.0 | 上り38.2 | 映像 | |
| 9 | GII京王杯スプリングカップ | 東京 芝1400 | 1人気 | K.デザーモ | 1:21.4 | 上り34.9 | — | |
| 13 | GI香港カップ | 香港 芝2000 | O.ペリエ | 2:04.9 | — | 映像 | ||
| 2 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 4人気 | C.ルメール | 1:33.3 | 上り34.4 | 映像 | |
| 2 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 13人気 | C.ルメール | 1:59.1 | 上り34.9 | 映像 | |
| 4 | GI秋華賞 | 京都 芝2000 | 1人気 | 武豊 | 1:59.3 | 上り35.7 | 映像 | |
| 2 | GIアメリカンオークス | アメリカ 芝2000 | 武豊 | — | 映像 | |||
| 4 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 1人気 | 武豊 | 2:27.8 | 上り35.0 | 映像 | |
| 1 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 1人気 | 武豊 | 1:33.6 | 上り34.2 | 映像 | |
| 1 | GIII時事通信杯フラワーC | 中山 芝1800 | 1人気 | 武豊 | 1:50.9 | 上り36.5 | — | |
| 1 | 若竹賞 | 中山 芝1600 | 1人気 | 岡部幸雄 | 1:34.3 | 上り35.1 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 中山 芝1600 | 1人気 | O.ペリエ | 1:36.0 | 上り36.6 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母ダンシングキイ | Nijinsky | Northern Dancer |
| Flaming Page | ||
| Key Partner | Key to the Mint | |
| Native Partner |
旅程 — この馬の物語
2001年生まれの青鹿毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ。主な勝ち鞍は桜花賞・ヴィクトリアマイル・時事通信杯フラワーC。
丸刈りの一月
2001年4月10日、北海道千歳の社台ファームで、青鹿毛の牝馬が生まれた。父はサンデーサイレンス。母はダンシングキイという。 この母は、一度もレースを走っていない。ケンタッキーで生まれ、走らないまま繁殖に上がり、1990年に社台ファームへ輸入された牝馬である。それから十年以上にわたって、日本で走る仔を送り出しつづけた。全姉のダンスパートナーはオークスとエリザベス女王杯を勝ち、全兄のダンスインザダークは菊花賞を勝っている。トニービンとの間に生まれた半兄エアダブリンは、青葉賞とステイヤーズステークスとダイヤモンドステークスを獲った。その末に生まれた牝馬が、ダンスインザムードである。 預けられたのは美浦の藤沢和雄厩舎。生涯、この一つの厩舎で走った。 デビューは2003年12月20日、中山の芝1600メートル。鞍上はオリビエ・ペリエ。逃げて、六馬身離してゴールした。 年が明けて1月25日、同じ中山の若竹賞。この日の鞍上は岡部幸雄である。 岡部はその一年前、2002年の有馬記念を最後に競馬場から消えていた。左膝の半月板を手術し、リハビリに一年近くを費やしている。復帰の目処が立ちかけた2003年の秋には、ゲート練習中に転倒して右膝を折り、また遅れた。 復帰初日、五十五歳の名手は丸刈りで現れた。ゼロからやり直す、という意味だった。 その日の第九競走が若竹賞だった。二番手につけ、直線で前を捉える。十三か月ぶりの勝利である。ゴールしたあと、中山の場内は拍手に包まれた。勝利騎手インタビューで、岡部は声を詰まらせた。 この牝馬が最初に運んだのは、自分の二勝目ではない。他人が一年以上待っていた一勝だった。
十八年ぶりの桜
3月20日、中山。重馬場のフラワーカップから、鞍上は武豊に替わった。好位から抜け出し、外を回って追い上げてきたヤマニンアラバスタを完封する。重賞初勝利だった。 その十日後、3月30日に母ダンシングキイが死んだ。動脈破裂とみられる症状だったという。二十一歳だった。娘が阪神で桜花賞のゲートに入るのは、その十二日後のことである。 4月11日、阪神、良馬場。単勝二・九倍の一番人気。ここまで三戦三勝である。 十八頭。先手を取った馬を六、七番手から見て、道中はじっとしていた。六〇〇メートルを過ぎたあたりで隊列の脚が鈍り、レースはいったん息を入れる。三コーナーまで、彼女は動かない。四コーナーで一気に取りつき、先頭集団の中に入った。直線で抜け出し、追ってきたアズマサンダースに二馬身をつける。一分三十三秒六。 無敗の桜の女王である。関東の厩舎の馬が桜花賞を勝ったのは、1986年のメジロラモーヌ以来、十八年ぶりのことだった。 そして藤沢和雄にとって、これが厩舎初のクラシックだった。1988年に開業し、1993年にシンコウラブリイでGIを勝ち、1998年には岡部が乗ったタイキシャトルでフランスのGIまで獲った厩舎である。それでもクラシックのタイトルだけが、十六年のあいだ空いたままだった。
海を渡った三歳
5月23日、東京。オークスは単勝一・四倍だった。 レース前から汗が止まらず、ひどく苛立っていたという。馬体重は十二キロ増えている。二四〇〇メートルを四着。逃げたダイワエルシエーロを捕まえられなかった。この頃から、気性の難しさが言われるようになる。 夏、陣営が選んだのはアメリカだった。7月3日、ハリウッドパーク競馬場のアメリカンオークス。日本で調教された三歳牝馬がこの時期に海を渡るのは異例のことである。武豊が乗り、勝ったティッカーテープの二着に入った。翌年、同じ競走を日本のシーザリオが勝つことになる。 帰国して、ぶっつけで秋華賞へ向かった。単勝一・七倍の一番人気に推されたが、スイープトウショウの四着。牝馬三冠は、三戦とも走り切った。 藤沢が次に選んだのは天皇賞(秋)である。三歳の牝馬が、古馬の牡馬に混じって二〇〇〇メートルを走る。単勝は十三番人気だった。鞍上はクリストフ・ルメール。 ところが彼女は、稍重の東京を道中ずっと三、四番手で運んだ。前を見ながら我慢して、直線でしぶとく食い下がる。勝ったのは同じ厩舎のゼンノロブロイ。二着が、この馬だった。藤沢厩舎のワンツーである。 続くマイルチャンピオンシップでも、デュランダルの二着。三歳の秋に二度、古馬の一線級の背中まで詰めたことになる。年末の香港カップは十三着。デビュー以来はじめての大敗だった。 それでも2004年のJRA賞最優秀三歳牝馬には、この馬が選ばれている。
掲示板の外から、三十二秒七
2005年は、勝てない年になった。 四歳の初戦は京王杯スプリングカップ。一番人気で九着。続く安田記念は、十八頭立ての十八着だった。夏の札幌へ移ってクイーンステークス八着、札幌記念十二着。牝馬同士の重賞でも、掲示板に載れない。 この四歳の夏には、完全休養で北海道へ帰されてもいる。この馬だけの小さな放牧地が用意された。久しぶりの放牧地で、四本の脚で跳ねながら、付き添いの馬を置き去りにして走り回っていたという。 10月16日、東京の府中牝馬ステークス。この日から北村宏司が手綱を取った。1999年に藤沢厩舎の所属騎手としてデビューし、その年に最多勝利新人騎手に選ばれた男である。当時二十五歳。 彼は、それまでと違う乗り方を選んだ。十七頭の、一番後ろに置いたのである。四コーナーを回っても最後方のまま。そこから追い出して、八着まで押し上げた。上がり三ハロン——最後の六〇〇メートルに要した時計は三十二秒七で、出走馬中の最速だった。着順は掲示板の外である。それでも脚は戻っていた。 二週間後の天皇賞(秋)。単勝は十三番人気。前走と打って変わって、三、四番手を進んだ。直線で早めに前へ出る。そこへ後ろから二頭が来た。ゼンノロブロイにクビ。勝ったヘヴンリーロマンスとは、そこからさらにアタマ。三頭が同じ二分〇〇秒一でゴール板を通過し、彼女は三着だった。十一か月ぶりに、掲示板の内側へ戻ってきた。 続くマイルチャンピオンシップは四着。年が明けた2006年の初戦、阪神のマイラーズカップでは武豊が戻ってきて、勝ったダイワメジャーを四分の三馬身まで追い詰める二着だった。
一枠一番
五月十四日、東京。空は曇っていた。雨の影響で、芝は稍重に緩んでいる。 この年から、古馬の牝馬にマイルのGIが一つ与えられた。ヴィクトリアマイル。十八頭が枠に入り、彼女に当たったのは一番内の一番、一枠一番だった。 北村宏司は、前日の土曜も当日も、この馬場でほかの競走に乗っていた。雨で内側が荒れて見えることは分かっている。それでも、内で行けると自分の脚で確かめてあった。 もうひとつ、決めていたことがある。前の年の秋、同じ東京の同じ直線で、彼はこの馬を早めに前へ出して差された。今度は待つ。ぎりぎりまで我慢して追い出す。 ゲートが開いた。出はよかった。 前へ行ったのはマイネサマンサ。その背中を視界に入れたまま、彼女は内ラチ沿いの五、六番手に落ち着いた。ラチはすぐ左にある。動く理由がなかった。 三コーナーを回るあたりで、隊列の脚がいったん鈍った。前が息を入れている。ここで慌てて外へ持ち出す手もあったはずだ。北村は動かない。 四コーナー。位置はそのまま。 直線に入る。それでもまだ動かない。手綱は絞ったままである。前が開かなければ、そこで終わる。その時間が、たっぷり続いた。 残り二〇〇メートル。 そこで初めて、手が動いた。 彼女は一瞬で前へ出た。二年間勝てなかった馬の脚ではなかった。 外から二頭が追ってきた。エアメサイアとディアデラノビア。エアメサイアの背にいたのは武豊である。二年前の春、この馬を桜の女王にした男だった。二頭は最後まで脚を伸ばし、そして届かなかった。 2004年の桜花賞以来、二年ぶりの勝利である。 北村宏司にとっては、これが初めてのGIだった。デビュー八年目。GIに初めて乗ったのは2000年で、それから六年、一度も勝てていなかった。 新しく生まれた競走の、初代の女王である。
同じ背中
六月の安田記念は五着。 七月、彼女はもう一度アメリカへ渡った。アメリカンオークスに出走するアサヒライジングに帯同する形である。走ったのはハリウッドパークのキャッシュコールマイル招待ステークス。八頭立て。鞍上はビクター・エスピノーザ。三コーナーから大外を回って押し上げ、四コーナーで先頭に立ち、そのまま押し切った。三歳のときに二着で終えた競馬場へ、五歳で戻ってきて勝ったことになる。 秋は、同じ馬の背中を見つづける季節になった。 10月8日の毎日王冠は二着。勝ったのはダイワメジャーで、差はクビ。10月29日の天皇賞(秋)は六着。勝ったのはダイワメジャー。11月19日のマイルチャンピオンシップは二着。勝ったのはダイワメジャーで、差はまたクビだった。 春のマイラーズカップから数えて四度。同じ千歳の牧場で同じ年に生まれた牡馬に、彼女はこの一年、ついに先着できなかった。二着に終えた三度の差は、いずれも一馬身に満たない。 12月10日、沙田。香港マイルに武豊が乗って十二着。これが最後のレースになった。12月21日付で競走馬登録を抹消。 2006年のJRA賞最優秀四歳以上牝馬に選ばれる。三歳のときと合わせて、二度目の受賞だった。
初めてを置いていった馬
2007年、社台ファームで繁殖に上がった。 初仔は父ファルブラヴのダンスファンタジアで、2011年のフェアリーステークスを勝っている。三番仔のマンインザムーンは競走生活を終えたあと、2016年から福島競馬場の誘導馬になった。本馬場入場のとき、他の馬の前を歩く役である。産駒は十一頭を数えた。 繁殖を退いてからも、彼女は同じ牧場で暮らした。放牧地に人が写真を撮りに入っても、顔を上げることも、近づいてくることもなかったという。自分の速さで草を食んでいた。 2026年1月19日の未明、千歳の社台ファームで死んだ。二十五歳だった。 牧場の事務局は、二十五戦六勝の中身をこう振り返っている。藤沢和雄にとっての厩舎初のクラシック。岡部幸雄にとっての長期休養明け初勝利。北村宏司にとっての初GI。「不思議と『初』が多い競走馬人生でした」[^1] 不思議ではない、と思う。 初めての一勝も、初めてのクラシックも、初めてのGIも、それを長く待っていた人間のところで起きた。膝を切って一年待った男。厩舎を開いて十六年、クラシックだけが空いていた男。GIに乗りはじめて六年、一度も勝てなかった男。彼女は、そういう場所に居合わせつづけた馬だった。自分のために持ち帰った「初」もある。新設された競走の、初代の女王という称号だ。 その「初」は、彼女が渡したところで止まらなかった。北村宏司が次のGIを勝つのは八年後の天皇賞(秋)で、さらに翌年の菊花賞で、自身初のクラシックを手にしている。 渡したものを、この馬が数えていたわけではないだろう。勝てない四歳の夏、千歳の小さな放牧地で、彼女は四本の脚で跳ねながら、付き添いの馬を置き去りにして走り回っていた。誰に見せるためでもない走り方だった。年老いてからも、人が入っていくと顔も上げずに草を食んでいた。置いてきたものを取りに戻ることは、この馬には一度もなかった。
出典:日本中央競馬会「ダンスインザムードが死亡」2026年1月19日配信、https://www.jra.go.jp/news/202601/011901.html 、閲覧日:2026年8月2日。
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