名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
ダンスインザダークのイメージビジュアル
ダンスインザダークDance in the Dark
Dance in the Dark

ダンスインザダーク

通算成績8戦5勝

獲得賞金37,955万円

生年月日 1993.06.05(平成5年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ダンスインザダークの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GI菊花賞 京都 芝3000 1人気 武豊 3:05.1 上り33.8映像
1 GII京都新聞杯 京都 芝2200 1人気 武豊 2:14.1 上り34.5
2 GI東京優駿 東京 芝2400 1人気 武豊 2:26.1 上り35.0映像
1 OPプリンシパルS 東京 芝2200 1人気 武豊 2:13.9 上り34.8
1 GII報知杯弥生賞 中山 芝2000 2人気 武豊 2:02.7 上り35.1
2 GIIIきさらぎ賞 京都 芝1800 2人気 武豊 1:48.2 上り34.7
3 GIIIラジオたんぱ杯3歳S 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:03.3 上り35.5
1 3歳新馬 阪神 芝1600 1人気 武豊 1:35.3 上り35.6

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ダンスインザダークの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ダンシングキイNijinskyNorthern Dancer
Flaming Page
Key PartnerKey to the Mint
Native Partner
STORY

旅程 — この馬の物語

1993年生まれの鹿毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ。主な勝ち鞍は菊花賞・報知杯弥生賞・京都新聞杯。

関西の大将格

1993年6月5日、北海道千歳の社台ファームに鹿毛の牡馬が生まれた。父はサンデーサイレンス、母はアメリカから輸入されたダンシングキイ。六月生まれは遅い。それでもこの馬を預かることになる橋口弘次郎は、当歳の秋に見た馬体に大物の気配を感じ、クラシックを狙える一頭だと思ったという。 名は母から継いだ。ダンシングキイの踊りを引き取って、そこに暗がりをひとつ足す。 母の子は、すでに走っていた。半兄エアダブリンはトニービンの産駒で、のちに長距離重賞のステイヤーズステークスとダイヤモンドステークスを勝つ。全姉ダンスパートナーは1995年5月、オークスを制した。 その1995年の夏、武豊が社台ファームを訪れる。六月に結婚したばかりで、挨拶を兼ねた訪問だった。生産者の吉田照哉に勧められ、まだ競馬場を知らない若駒に跨ってみる。関東にも一頭すごいのが行くけれど、こっちは関西の大将格になる――そう言われた。跨った感触は強く残った。栗東に戻ると武はすぐ橋口のもとへ行き、自分から主戦騎手に名乗り出ている。 吉田の言った「関東へ行く一頭」は、バブルガムフェローだった。ダンスインザダーク、ロイヤルタッチ、イシノサンデー、バブルガムフェロー。サンデーサイレンスの子であるこの四頭は、のちに「サンデー四天王」と束ねて呼ばれた。 12月3日、阪神の芝1600m。後方から進め、直線では内へ内へと斜行しながら、それでも前を捉えて勝った。鞍上は武豊。この日から引退まで、八回の競走のすべてで彼が手綱を握る。

六日前の熱

12月23日、ラジオたんぱ杯3歳ステークス。同じサンデーサイレンス産駒のロイヤルタッチとイシノサンデーが叩き合い、ダンスインザダークはその二頭から三馬身半離された三着に終わった。ロイヤルタッチは、武が新馬戦で乗って勝たせた馬でもある。 年が明けてきさらぎ賞。またロイヤルタッチと並び、クビ差の二着。二戦続けて、同じ相手の後ろにいた。 順番が入れ替わったのは3月3日の弥生賞である。十三頭立ての十番手を進み、四コーナーで六番手まで押し上げ、直線でツクバシンフォニーを一馬身抑えた。のちに皐月賞馬となるイシノサンデーは三着。橋口は、遅生まれのぶん成長が遅かったが、この一戦で有力馬には負けないという確信を得た、と語っている。 次は皐月賞のはずだった。競走の六日前、熱が出た。回避。 その春、熱発は競馬界の流行語のようになっていた。前週の桜花賞でも、有力視されていたエアグルーヴが同じ理由で出走を取りやめている。中山では、冬に先着を許した二頭が一着と二着を分け合った。イシノサンデーとロイヤルタッチ。ダンスインザダークは栗東にいた。 回復は早く、5月11日のプリンシパルステークスへ。ダービーへの最後の切符を、二着に二馬身差をつけて取った。

クビ

6月2日、東京優駿。皐月賞を勝ったイシノサンデーも、二着だったロイヤルタッチもいる。それでも一番人気はダンスインザダークだった。 レースは二ハロン目が十秒八という速さで流れ、そこから十三秒台まで緩んだ。2400mの真ん中に、たっぷり息の入る区間ができたことになる。ダンスインザダークは二、三番手。四コーナーで四番手。残り400mで抜け出すと、後続を突き放した。 その四コーナーで一列後ろにいたのが、フサイチコンコルドである。七番人気。ここまで二戦二勝で、プリンシパルステークスを熱発で回避していた馬だった。藤田伸二が追ってくる。 ゴール前で、並ばれた。時計は二分二十六秒一。二頭とも同じ。差はクビだった。 橋口は、あのとき周囲に人がいなかったらその場にへたり込んでいた、と回顧している。武はのちに、この馬には最初に乗ったときからダービーを意識していたし、弥生賞を勝ったときには獲れると思った、と振り返った。そのうえで、こう言っている。「一番強い馬でも必ずしも勝つわけではないんだって」[^1] 陣営はイギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスへ向かう計画を立てていた。その計画は、このクビ差で消えた。馬は休養に入る。

出典:Number Web「「一番強い馬でも必ずしも勝てない」武豊が今も悔しがるダービーとは。」2016年5月23日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/825731 、閲覧日:2026年8月3日。

トライアル三冠

夏を社台ファームで過ごし、九月に栗東へ戻った。10月13日、京都新聞杯。中団から四コーナーで四番手まで上がり、カシマドリームを四分の三馬身抑える。ロイヤルタッチは三着だった。 この一勝で、妙な称号がついた。皐月賞のトライアルである弥生賞、ダービーのトライアルであるプリンシパルステークス、菊花賞のトライアルである京都新聞杯。この三つをすべて勝った馬は、1981年のサンエイソロン以来、二頭目だった。 ただし、それは誉れの名ではない。サンエイソロンは皐月賞を出走取消となり、ダービーと菊花賞では二着に敗れている。前哨戦だけの三冠馬、という皮肉が込められた呼び名である。ダンスインザダークも、ここまで本番を一つも勝っていない。 残っているのは、菊花賞だけだった。

三十三秒八

11月3日、京都。晴れ。芝は良。3000mは、外回りを回り切ってもまだ足りない。三コーナーの坂を、二度越えることになる。ダンスインザダークは大外の枠から出た。 前半は締まって流れた。時計がいちばん緩むのは、ちょうど道中の半ばである。そこからゴールの手前まで、ハロンごとに時計は速くなり続けた。緩んだところで置いていかれた馬は、二度と戻れない類の流れである。 最初の一周、ダンスインザダークは中団の後ろにいた。二度目の三コーナー、京都の坂を下りながら武が動く。押し上げは効いていた。 ところが四コーナーで、壁ができた。長い距離を先行していた馬たちが、そこで一斉に脚を失う。失速する馬は、後ろから見れば止まっている壁と変わらない。押し上げたぶんだけ深く、前をふさがれた。 直線を向いたとき、十二番手まで下がっていた。しかも内で詰まっている。橋口はその位置を見て、掲示板も無理だと思った、とのちに述べている。 武は内を諦めた。外へ持ち出す。すでに二千六百メートルを走っている。残りは四百メートルほどしかない。 そこから、上がり三ハロン――最後の六百メートル――を三十三秒八で駆けた。三千メートルの果てに出す時計ではない。 先頭にはロイヤルタッチがいた。十二月に負け、二月に負けた相手である。その背中を、外から捉えた。半馬身。 三着はフサイチコンコルドだった。府中でクビだけ前に出た馬は、今度は二着からさらにクビ差の三着にいた。 橋口は直線の手綱さばきについて、武でなければ勝てなかった、別の騎手なら三着だっただろう、と言っている。

翌日

翌日、屈腱炎が見つかった。そのまま引退と種牡馬入りが発表される。 八戦五勝。二着が二回、三着が一回。四着以下に敗れたことは、一度もない。 七日後の11月10日、同じ京都でエリザベス女王杯が行われ、全姉ダンスパートナーが勝った。同じ母から出た二頭が、一週を置いて、同じ競馬場でGIを続けて勝ったことになる。母ダンシングキイ自身は、生涯で一度も競走に出ていない。 その年のJRA賞で、ダンスインザダークはダービー馬フサイチコンコルドと、古馬を相手に天皇賞(秋)を勝ったバブルガムフェローを抑え、世代の最優秀牡馬に選ばれた。表彰の対象に挙がったとき、その馬はもう走れなくなっていた。

二年後の府中

種牡馬になったダンスインザダークは、菊花賞馬を三頭出した。ザッツザプレンティデルタブルーススリーロールスデルタブルースはさらにオーストラリアへ渡り、メルボルンカップを勝っている。ツルマルボーイは安田記念を勝った。長い距離ばかりが返ってきて、ダービー馬は出なかった。2020年1月2日、二十七歳で死んだ。 武豊がダービーを勝ったのは、あのクビ差から二年後である。1998年、スペシャルウィーク。初めてその馬に跨った日に思い出したのは、牧場で初めてダンスインザダークに乗ったときのことだったという。体つきも乗り味も、まとっている空気も、よく似ていたそうだ。一番強い馬でも必ずしも勝つわけではない――そう教えた馬は、教えたあとで、勝つ馬を見分けるための物差しになった。名手が悲願を掴んだ日、その手のなかには二年前の府中の記憶があったことになる。 暗がりのなかで踊る、という名前だった。府中の直線で抜け出したときの姿より、京都の四コーナーで行き場を失った数十秒のほうが、長く語られている。光のあたる場所へ出たときの姿ではなく、塞がれた馬群の奥から現れたときの姿で、この馬は憶えられた。名のとおりの一頭だった。

OFFSPRING

産駒 — 旅を継ぐ馬

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース