名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
ダイワエルシエーロのイメージビジュアル
ダイワエルシエーロDaiwa el Cielo
Daiwa el Cielo

ダイワエルシエーロ

通算成績13戦5勝

獲得賞金28,175万円

生年月日 2001.05.11(平成13年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ダイワエルシエーロの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIIIマーメイドS 阪神 芝2000 2人気 福永祐一 2:00.5 上り36.4
16 GIII愛知杯 中京 芝2000 5人気 武幸四郎 2:03.1 上り38.2
16 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 5人気 福永祐一 1:34.5 上り36.5映像
6 GI川崎記念 川崎 ダ2100 2人気 福永祐一 2:15.8 上り40.7
9 GIII京都金杯 京都 芝1600 2人気 福永祐一 1:34.6 上り35.1
3 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1600 2人気 福永祐一 1:34.2 上り34.7
1 GIII京阪杯 京都 芝1800 8人気 福永祐一 1:46.3 上り34.2
7 GII関西TVローズS 阪神 芝2000 1人気 福永祐一 1:59.7 上り36.6
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 6人気 福永祐一 2:27.2 上り35.0映像
7 GI桜花賞 阪神 芝1600 5人気 福永祐一 1:34.7 上り35.2映像
1 GIIIデイリー杯クイーンカップ 東京 芝1600 1人気 福永祐一 1:34.3 上り34.9
2 OP紅梅S 京都 芝1400 3人気 福永祐一 1:22.0 上り34.7
1 2歳新馬 阪神 芝1600 1人気 福永祐一 1:37.8 上り35.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ダイワエルシエーロの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ロンドンブリッジドクターデヴィアスDr DeviousAhonoora
Rose of Jericho
オールフォーロンドンAll for LondonDanzig
Full Card
STORY

旅程 — この馬の物語

2001年生まれの鹿毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母ロンドンブリッジ。主な勝ち鞍は優駿牝馬・デイリー杯クイーンC・京阪杯。

空という名の初仔

北海道門別の下河辺牧場に、ロンドンブリッジという栗毛の牝馬がいた。1997年の秋、京都のファンタジーステークスをデビュー三連勝で制した馬である。翌春の桜花賞では外枠から内へ切れ込んで先手を取り、逃げ粘って二着に残った。 その次が優駿牝馬だった。東京の芝2400メートル。ロンドンブリッジはいつもどおり先頭に立ったが、距離を意識してか千メートルの通過が六十二秒八というスローペースになり、直線では次々にかわされて十着に沈む。まもなく左前脚に浅屈腱炎が見つかり、そのまま牧場へ帰った。六戦三勝。速い馬だった。ただ、長い距離の馬ではなかった。 繁殖に上がった彼女に、牧場は最初にサンデーサイレンスを配した。2001年5月11日に生まれた鹿毛の牝馬が、その初仔である。仔は「ダイワ」の冠を持つ大和商事の所有となり(のちに大城敬三の名義へ移る)、栗東の松田国英に預けられた。名は冠名にスペイン語をつないで、ダイワエルシエーロ。エル・シエーロは、空。あるいは天、至福。 血統表を開くと、母の側でノーザンダンサーが五代目と四代目に重なっている。祖母オールフォーロンドンはダンジグの娘で、アメリカから海を渡ってきた牝馬だった。この一族が代々受け渡してきたのはスピードである。距離のほうは、いつも次の世代への宿題として残った。

四つの競馬と、九年目の男

2003年12月28日、阪神の芝1600メートル。二歳新馬戦を一番人気で勝った。ゲートを出て先手を取り、そのまま押し切っている。 鞍上は福永祐一。以後、生涯十三戦のうち十二戦を、この男が務めることになる。 福永はこのときデビュー九年目、二十七歳だった。父は現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一である。1999年の桜花賞をプリモディーネで勝ってJRAのGIを初めて手にしたが、その翌週、本馬場入場の途中で落馬して左の腎臓を摘出した。復帰後もタイトルは重ねている。ただ、クラシックだけは、あの桜花賞の一つで止まっていた。 年が明けて京都の紅梅ステークス。今度は先行して、後ろから来たスイープトウショウに差される。二月、東京のクイーンカップでは十六頭立ての後方から追い込んで、初めての重賞を勝った。四月の桜花賞は大外の十八番から中団を進み、直線で伸びきれずに七着。 先頭で勝ち、前めで負け、後方から勝ち、中団で負けた。四戦で四通りの競馬をした牝馬に、まだ型と呼べるものは無かった。 その桜花賞の一週間後、中山で皐月賞が行われる。勝ったのはダイワメジャーだった。青地に白の一本輪、袖は白。ダイワエルシエーロとまったく同じ、大和商事の勝負服である。2001年生まれのサンデーサイレンス産駒という点まで同じで、違うのは性別と、持っているタイトルの格だけだった。

一度しか通用しない技

2004年5月23日、東京競馬場。曇り、芝は稍重。桜花賞を圧勝したダンスインザムードが断然の一番人気に支持され、無敗の二冠が生まれる日になるはずだった。ダイワエルシエーロは六番人気である。 ゲートが開く。先手を取ったのはウイングレットで、ダイワエルシエーロはその直後につけた。向正面に入ると、福永が馬を押し出す。並びかけ、かわし、先頭に立った。 そこから、この騎手は逆のことを始める。緩めたのだ。刻むラップが十二秒台の後半になり、次に十三秒台まで落ちる。二千四百メートルの半分を、六十二秒ちょうどで通過した。 六年前、同じ東京の同じレースで、彼女の母は千メートルを六十二秒八で運んでいる。母のほうが遅く、そして直線で止まった。娘は母より速く行きながら、息を入れていた。 残り六百メートルを切ると、ラップがふたたび速くなる。四コーナーから直線へ入るまでの一ハロン――二百メートル――が十一秒二。この日いちばん速い区間を刻んだのは、先頭にいる馬だった。 直線でスイープトウショウが詰めてくる。一月の紅梅ステークスで先着されている相手である。差は縮まる。だが、並ばれない。 決勝線での差は、四分の三馬身。断然の一番人気は、前を捕らえられないまま終わった。 のちに福永は、この騎乗をこう説明している。ふだん控えて乗っていた馬をいきなり逃がすと、馬のほうが慎重になって、かえって息が入る――「それは一度しか通用しない技なんです」[^1] 母が距離に沈んだのと同じ舞台で、その初仔が二千四百メートルを先頭で駆け抜けた。福永祐一にとって、オークスは初めてだった。

出典:中日スポーツ・東京中日スポーツ「2004年、断然人気のダンスインザムードを一蹴…ダイワエルシエーロが粘り込みV【オークス】」2023年5月16日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/692390 、閲覧日:2026年8月2日。

牡馬の中で

夏を越して戻ってきた馬は、十二キロ増えていた。九月のローズステークスは一番人気。二、三番手から運んで七着に終わる。走ったあとも疲れが抜けず、秋華賞もエリザベス女王杯も使えなかった。三冠の三つ目にも、古馬の女王決定戦にも、その年のオークス馬はいなかった。 十一月二十七日、京都の芝1800メートルで京阪杯。十七頭のうち牝馬は彼女ひとりで、あとは牡とせん馬。負担重量は五十三キロ。八番人気だった。 ゲートを出ると、ためらわずに先頭へ出た。一コーナーから四コーナーまで、後続を離した単独の先頭。そして最後の三ハロンを、十一秒三、十一秒一、十一秒八で駆けている。逃げた馬が、道中のどこよりも速く終いを走った。 二着は三歳のカンパニー、鞍上は安藤勝己。この馬は翌年の同じ京阪杯を勝ち、そのときの鞍上は福永祐一だった。 十二月の阪神牝馬ステークスは三着。勝ったヘヴンリーロマンスとの差は、コンマ二秒である。

四つの敗戦と、最後の一勝

四歳になった。京都金杯は二番人気で九着。一月二十六日には川崎のダート2100メートルへ遠征し、川崎記念で六着に終わる。東京でオークスを勝った牝馬が、冬の南関東で砂を走っていた。 四月三日、中山のダービー卿チャレンジトロフィー。十六頭立ての十六着。勝ち馬から二秒二、十五着からさらに五馬身離されての最下位である。その勝ち馬が、ダイワメジャーだった。 青地に白の一本輪、袖は白。中山の同じ直線を、同じ勝負服の二頭が、先頭と最後尾で通過したことになる。馬体重は四百二十八キロまで落ちていた。新馬戦のころより四キロ軽い。 六月の愛知杯は、十三戦のうち唯一、福永以外が手綱を取った一戦になった。武幸四郎で十六着。勝ったのはマイネソーサリスである。一年半前、阪神の新馬戦で彼女がコンマ二秒だけ先着した、あの相手だった。 七月十日、阪神の芝2000メートル、マーメイドステークス。九頭立て、トップハンデの五十六キロ、馬場は稍重。 またゲートを出て、また先頭に立った。一コーナーから四コーナーまで、一度も並ばれていない。二着のマイネサマンサに一馬身四分の三。京阪杯以来、約八か月ぶりの勝利だった。 これが最後の一戦になる。故郷の下河辺牧場で休養に入ったまま復帰することはなく、翌春、競走馬登録が抹消された。十三戦五勝。最後の一戦が、最後の勝利だった。

八番仔

母ロンドンブリッジは、そのあとも産み続けた。翌年に生まれた半弟ビッグプラネットがアーリントンカップと京都金杯を勝ち、ずっと後年の半弟グレーターロンドンが中京記念を勝つ。一度も競馬場に出ないまま繁殖に上がった半妹ブリッツフィナーレの腹からは、菊花賞のキセキと、マーメイドステークスのビッグリボンが出た。ダイワエルシエーロが最後に勝ったレースを、十八年後に姪が勝ったことになる。 彼女自身は、下河辺牧場の日高支場で繁殖牝馬になった。初仔は2007年に生まれたブライアンズタイムの牝馬ダイワエルモーサ。以後、ジャングルポケットロードカナロアレイデオロと相手を替えながら、仔を産み続ける。 2022年4月4日、八番仔が生まれた。栗毛の牝馬で、父はレイデオロキングカメハメハの仔である。 ここで一本の線がつながる。2004年3月の毎日杯を、福永祐一はキングカメハメハで勝っていた。主戦の安藤勝己がドバイへ遠征していたための、代打の騎乗である。安藤が帰ってくると手綱は戻り、キングカメハメハはNHKマイルカップと日本ダービーを勝った。ダービーは五月三十日。ダイワエルシエーロのオークスの、ちょうど一週間後だった。松田国英は二週続けて東京のクラシックを獲り、そのうち福永が乗っていたのは、前の週のほうだった。 福永が自分のダービーを勝つのは、十四年後のワグネリアンである。二十七年の騎手生活を終えたのは2023年。その翌年、栗東に自分の厩舎を開いた。 そして開業一年目の2024年、ダイワエルシエーロの八番仔スライビングロードが、その厩舎からデビューする。かつて母を手放した牧場が、今度はその娘を、自分の名義で送り出していた。 一度しか通用しない技だと、彼は言った。だから一度で使い切った。その一度が彼にとって初めてのオークスになり、翌年のシーザリオへ、そして十四年後の府中へと続いていく。技のほうは、もう二度と使えない。けれど、あの日に結ばれた縁は、二十年かけて栗東の厩舎まで届いた。 2004年5月23日、東京。母が届かなかった同じ直線を、その初仔は先頭で走り切った。空という名を与えられた鹿毛の牝馬――向正面で前に出てから決勝線を過ぎるまで、その前には、一頭もいなかった。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース