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ダイワエルシエーロ
通算成績13戦5勝
獲得賞金2億8,175万円
生年月日 2001.05.11(平成13年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GIIIマーメイドS | 阪神 芝2000 | 2人気 | 福永祐一 | 2:00.5 | 上り36.4 | — | |
| 16 | GIII愛知杯 | 中京 芝2000 | 5人気 | 武幸四郎 | 2:03.1 | 上り38.2 | — | |
| 16 | GIIIダービー卿チャレンジトロフィー | 中山 芝1600 | 5人気 | 福永祐一 | 1:34.5 | 上り36.5 | 映像 | |
| 6 | GI川崎記念 | 川崎 ダ2100 | 2人気 | 福永祐一 | 2:15.8 | 上り40.7 | — | |
| 9 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 2人気 | 福永祐一 | 1:34.6 | 上り35.1 | — | |
| 3 | GIIサンスポ杯阪神牝馬S | 阪神 芝1600 | 2人気 | 福永祐一 | 1:34.2 | 上り34.7 | — | |
| 1 | GIII京阪杯 | 京都 芝1800 | 8人気 | 福永祐一 | 1:46.3 | 上り34.2 | — | |
| 7 | GII関西TVローズS | 阪神 芝2000 | 1人気 | 福永祐一 | 1:59.7 | 上り36.6 | — | |
| 1 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 6人気 | 福永祐一 | 2:27.2 | 上り35.0 | 映像 | |
| 7 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 5人気 | 福永祐一 | 1:34.7 | 上り35.2 | 映像 | |
| 1 | GIIIデイリー杯クイーンカップ | 東京 芝1600 | 1人気 | 福永祐一 | 1:34.3 | 上り34.9 | — | |
| 2 | OP紅梅S | 京都 芝1400 | 3人気 | 福永祐一 | 1:22.0 | 上り34.7 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 阪神 芝1600 | 1人気 | 福永祐一 | 1:37.8 | 上り35.1 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母ロンドンブリッジ | ドクターデヴィアスDr Devious | Ahonoora |
| Rose of Jericho | ||
| オールフォーロンドンAll for London | Danzig | |
| Full Card |
旅程 — この馬の物語
2001年生まれの鹿毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母ロンドンブリッジ。主な勝ち鞍は優駿牝馬・デイリー杯クイーンC・京阪杯。
空という名の初仔
北海道門別の下河辺牧場に、ロンドンブリッジという栗毛の牝馬がいた。1997年の秋、京都のファンタジーステークスをデビュー三連勝で制した馬である。翌春の桜花賞では外枠から内へ切れ込んで先手を取り、逃げ粘って二着に残った。 その次が優駿牝馬だった。東京の芝2400メートル。ロンドンブリッジはいつもどおり先頭に立ったが、距離を意識してか千メートルの通過が六十二秒八というスローペースになり、直線では次々にかわされて十着に沈む。まもなく左前脚に浅屈腱炎が見つかり、そのまま牧場へ帰った。六戦三勝。速い馬だった。ただ、長い距離の馬ではなかった。 繁殖に上がった彼女に、牧場は最初にサンデーサイレンスを配した。2001年5月11日に生まれた鹿毛の牝馬が、その初仔である。仔は「ダイワ」の冠を持つ大和商事の所有となり(のちに大城敬三の名義へ移る)、栗東の松田国英に預けられた。名は冠名にスペイン語をつないで、ダイワエルシエーロ。エル・シエーロは、空。あるいは天、至福。 血統表を開くと、母の側でノーザンダンサーが五代目と四代目に重なっている。祖母オールフォーロンドンはダンジグの娘で、アメリカから海を渡ってきた牝馬だった。この一族が代々受け渡してきたのはスピードである。距離のほうは、いつも次の世代への宿題として残った。
四つの競馬と、九年目の男
2003年12月28日、阪神の芝1600メートル。二歳新馬戦を一番人気で勝った。ゲートを出て先手を取り、そのまま押し切っている。 鞍上は福永祐一。以後、生涯十三戦のうち十二戦を、この男が務めることになる。 福永はこのときデビュー九年目、二十七歳だった。父は現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一である。1999年の桜花賞をプリモディーネで勝ってJRAのGIを初めて手にしたが、その翌週、本馬場入場の途中で落馬して左の腎臓を摘出した。復帰後もタイトルは重ねている。ただ、クラシックだけは、あの桜花賞の一つで止まっていた。 年が明けて京都の紅梅ステークス。今度は先行して、後ろから来たスイープトウショウに差される。二月、東京のクイーンカップでは十六頭立ての後方から追い込んで、初めての重賞を勝った。四月の桜花賞は大外の十八番から中団を進み、直線で伸びきれずに七着。 先頭で勝ち、前めで負け、後方から勝ち、中団で負けた。四戦で四通りの競馬をした牝馬に、まだ型と呼べるものは無かった。 その桜花賞の一週間後、中山で皐月賞が行われる。勝ったのはダイワメジャーだった。青地に白の一本輪、袖は白。ダイワエルシエーロとまったく同じ、大和商事の勝負服である。2001年生まれのサンデーサイレンス産駒という点まで同じで、違うのは性別と、持っているタイトルの格だけだった。
一度しか通用しない技
2004年5月23日、東京競馬場。曇り、芝は稍重。桜花賞を圧勝したダンスインザムードが断然の一番人気に支持され、無敗の二冠が生まれる日になるはずだった。ダイワエルシエーロは六番人気である。 ゲートが開く。先手を取ったのはウイングレットで、ダイワエルシエーロはその直後につけた。向正面に入ると、福永が馬を押し出す。並びかけ、かわし、先頭に立った。 そこから、この騎手は逆のことを始める。緩めたのだ。刻むラップが十二秒台の後半になり、次に十三秒台まで落ちる。二千四百メートルの半分を、六十二秒ちょうどで通過した。 六年前、同じ東京の同じレースで、彼女の母は千メートルを六十二秒八で運んでいる。母のほうが遅く、そして直線で止まった。娘は母より速く行きながら、息を入れていた。 残り六百メートルを切ると、ラップがふたたび速くなる。四コーナーから直線へ入るまでの一ハロン――二百メートル――が十一秒二。この日いちばん速い区間を刻んだのは、先頭にいる馬だった。 直線でスイープトウショウが詰めてくる。一月の紅梅ステークスで先着されている相手である。差は縮まる。だが、並ばれない。 決勝線での差は、四分の三馬身。断然の一番人気は、前を捕らえられないまま終わった。 のちに福永は、この騎乗をこう説明している。ふだん控えて乗っていた馬をいきなり逃がすと、馬のほうが慎重になって、かえって息が入る――「それは一度しか通用しない技なんです」[^1] 母が距離に沈んだのと同じ舞台で、その初仔が二千四百メートルを先頭で駆け抜けた。福永祐一にとって、オークスは初めてだった。
出典:中日スポーツ・東京中日スポーツ「2004年、断然人気のダンスインザムードを一蹴…ダイワエルシエーロが粘り込みV【オークス】」2023年5月16日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/692390 、閲覧日:2026年8月2日。
牡馬の中で
夏を越して戻ってきた馬は、十二キロ増えていた。九月のローズステークスは一番人気。二、三番手から運んで七着に終わる。走ったあとも疲れが抜けず、秋華賞もエリザベス女王杯も使えなかった。三冠の三つ目にも、古馬の女王決定戦にも、その年のオークス馬はいなかった。 十一月二十七日、京都の芝1800メートルで京阪杯。十七頭のうち牝馬は彼女ひとりで、あとは牡とせん馬。負担重量は五十三キロ。八番人気だった。 ゲートを出ると、ためらわずに先頭へ出た。一コーナーから四コーナーまで、後続を離した単独の先頭。そして最後の三ハロンを、十一秒三、十一秒一、十一秒八で駆けている。逃げた馬が、道中のどこよりも速く終いを走った。 二着は三歳のカンパニー、鞍上は安藤勝己。この馬は翌年の同じ京阪杯を勝ち、そのときの鞍上は福永祐一だった。 十二月の阪神牝馬ステークスは三着。勝ったヘヴンリーロマンスとの差は、コンマ二秒である。
四つの敗戦と、最後の一勝
四歳になった。京都金杯は二番人気で九着。一月二十六日には川崎のダート2100メートルへ遠征し、川崎記念で六着に終わる。東京でオークスを勝った牝馬が、冬の南関東で砂を走っていた。 四月三日、中山のダービー卿チャレンジトロフィー。十六頭立ての十六着。勝ち馬から二秒二、十五着からさらに五馬身離されての最下位である。その勝ち馬が、ダイワメジャーだった。 青地に白の一本輪、袖は白。中山の同じ直線を、同じ勝負服の二頭が、先頭と最後尾で通過したことになる。馬体重は四百二十八キロまで落ちていた。新馬戦のころより四キロ軽い。 六月の愛知杯は、十三戦のうち唯一、福永以外が手綱を取った一戦になった。武幸四郎で十六着。勝ったのはマイネソーサリスである。一年半前、阪神の新馬戦で彼女がコンマ二秒だけ先着した、あの相手だった。 七月十日、阪神の芝2000メートル、マーメイドステークス。九頭立て、トップハンデの五十六キロ、馬場は稍重。 またゲートを出て、また先頭に立った。一コーナーから四コーナーまで、一度も並ばれていない。二着のマイネサマンサに一馬身四分の三。京阪杯以来、約八か月ぶりの勝利だった。 これが最後の一戦になる。故郷の下河辺牧場で休養に入ったまま復帰することはなく、翌春、競走馬登録が抹消された。十三戦五勝。最後の一戦が、最後の勝利だった。
八番仔
母ロンドンブリッジは、そのあとも産み続けた。翌年に生まれた半弟ビッグプラネットがアーリントンカップと京都金杯を勝ち、ずっと後年の半弟グレーターロンドンが中京記念を勝つ。一度も競馬場に出ないまま繁殖に上がった半妹ブリッツフィナーレの腹からは、菊花賞のキセキと、マーメイドステークスのビッグリボンが出た。ダイワエルシエーロが最後に勝ったレースを、十八年後に姪が勝ったことになる。 彼女自身は、下河辺牧場の日高支場で繁殖牝馬になった。初仔は2007年に生まれたブライアンズタイムの牝馬ダイワエルモーサ。以後、ジャングルポケット、ロードカナロア、レイデオロと相手を替えながら、仔を産み続ける。 2022年4月4日、八番仔が生まれた。栗毛の牝馬で、父はレイデオロ。キングカメハメハの仔である。 ここで一本の線がつながる。2004年3月の毎日杯を、福永祐一はキングカメハメハで勝っていた。主戦の安藤勝己がドバイへ遠征していたための、代打の騎乗である。安藤が帰ってくると手綱は戻り、キングカメハメハはNHKマイルカップと日本ダービーを勝った。ダービーは五月三十日。ダイワエルシエーロのオークスの、ちょうど一週間後だった。松田国英は二週続けて東京のクラシックを獲り、そのうち福永が乗っていたのは、前の週のほうだった。 福永が自分のダービーを勝つのは、十四年後のワグネリアンである。二十七年の騎手生活を終えたのは2023年。その翌年、栗東に自分の厩舎を開いた。 そして開業一年目の2024年、ダイワエルシエーロの八番仔スライビングロードが、その厩舎からデビューする。かつて母を手放した牧場が、今度はその娘を、自分の名義で送り出していた。 一度しか通用しない技だと、彼は言った。だから一度で使い切った。その一度が彼にとって初めてのオークスになり、翌年のシーザリオへ、そして十四年後の府中へと続いていく。技のほうは、もう二度と使えない。けれど、あの日に結ばれた縁は、二十年かけて栗東の厩舎まで届いた。 2004年5月23日、東京。母が届かなかった同じ直線を、その初仔は先頭で走り切った。空という名を与えられた鹿毛の牝馬――向正面で前に出てから決勝線を過ぎるまで、その前には、一頭もいなかった。
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