名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
カレンブラックヒルのイメージビジュアル
カレンブラックヒルCurren Black Hill
Curren Black Hill

カレンブラックヒル

通算成績22戦7勝

獲得賞金33,284万円

生年月日 2009.02.19(平成21年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
カレンブラックヒルの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
13 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 13人気 秋山真一郎 1:33.7 上り33.8映像
8 GIII富士S 東京 芝1600 10人気 秋山真一郎 1:33.3 上り34.3
7 GIIIトヨタ賞中京記念 中京 芝1600 1人気 秋山真一郎 1:33.6 上り35.3
7 GI安田記念 東京 芝1600 9人気 武豊 1:32.5 上り34.2映像
8 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 5人気 松山弘平 2:04.5 上り38.5
1 GIII小倉大賞典 小倉 芝1800 3人気 秋山真一郎 1:48.3 上り36.9映像
5 GII金鯱賞 中京 芝2000 5人気 秋山真一郎 1:59.3 上り35.9
9 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 9人気 秋山真一郎 2:00.0 上り34.9映像
7 GII産経賞オールカマー 新潟 芝2200 5人気 秋山真一郎 2:12.4 上り35.2
9 GI安田記念 東京 芝1600 5人気 秋山真一郎 1:37.9 上り38.4映像
1 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 4人気 秋山真一郎 1:34.6 上り36.5
11 GIII阪急杯 阪神 芝1400 6人気 秋山真一郎 1:22.1 上り36.3
18 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 8人気 岩田康誠 1:34.5 上り35.9映像
14 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 秋山真一郎 1:32.4 上り34.6映像
4 GII読売マイラーズカップ 京都 芝1600 1人気 秋山真一郎 1:32.7 上り35.1
15 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 1人気 秋山真一郎 1:37.9 上り39.0映像
5 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 3人気 秋山真一郎 1:57.7 上り34.5映像
1 GII毎日王冠 東京 芝1800 1人気 秋山真一郎 1:45.0 上り34.3
1 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 1人気 秋山真一郎 1:34.5 上り34.6映像
1 GIIニュージーランドトロフィー 中山 芝1600 1人気 秋山真一郎 1:33.2 上り35.0
1 こぶし賞 京都 芝1600 1人気 秋山真一郎 1:35.8 上り36.0
1 3歳新馬 京都 芝1600 3人気 秋山真一郎 1:35.3 上り35.4

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
カレンブラックヒルの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ダイワメジャーDaiwa MajorサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
スカーレットブーケノーザンテーストNorthern Taste
スカーレットインクScarlet Ink
チャールストンハーバーCharleston HarborGrindstoneUnbridled
Buzz My Bell
Penny's ValentineStorm Cat
Mrs. Penny
STORY

旅程 — この馬の物語

2009年生まれの黒鹿毛の牡馬。父ダイワメジャー、母チャールストンハーバー。主な勝ち鞍はNHKマイルC・ニュージーランドT・毎日王冠。

黒い丘の犬 ― 名前と血

2009年2月19日、北海道安平町のノーザンファームに黒鹿毛の牡馬が生まれた。父はダイワメジャー、母はアメリカから渡ってきた鹿毛のチャールストンハーバー。 その年のセレクトセールで、当歳のこの馬を3570万円で買ったのは神戸の眼科医、鈴木隆司である。子どものころ母親に園田競馬場へ連れていってもらい、騎手を志したが、小学校六年で身長が160センチ近くまで伸びて諦めた。次に思いついたのが馬主になることで、そのために医師を目指したという。勝負服は黒に白の縦縞、袖に赤の一本輪。阪神タイガースとユベントスのユニフォームがモチーフで、白黒はっきりさせたいという博打打ちの性分と、妻のラッキーカラーが赤であることも、この配色の理由だという。冠名の「カレン」は娘の名から採ったものだ。 冠名を外した固有の部分、「ブラックヒル」の由来は犬である。ブラック・ヒル・ドッグ——ネパールの北西と北東の一帯にしかいない黒い犬で、家と倉を守る番犬であり、嗅覚で獣を追う猟犬でもある。知的で勇敢だとされる。黒鹿毛の馬に、黒い犬の名がついた。 母チャールストンハーバーはアメリカのオーバーブルック・ファームの生産馬で、6戦して一度も勝てないまま日本へ渡ってきた牝馬である。その父グラインドストーンは1996年のケンタッキーダービーをカヴォニエとのハナ差で制し、五日後に膝の骨片が見つかって引退した。ダービーを勝った直後にターフを去った馬は、1926年のバブリングオーヴァー以来この馬が最初だった。3代母のミセスペニーは1979年にヨーロッパの最優秀2歳牝馬と評され、翌年フランスのディアヌ賞とヴェルメイユ賞を勝ち、キングジョージでは2着に走っている。一勝もできなかった母の血の奥に、ダービー馬と、欧州で最優秀と評された牝馬がいた。 一つ上の半兄カレンデイムーンも、同じセレクトセールで同じ馬主が1680万円で買っていた。22戦して2勝。弟は同じ22回ゲートを出て、七度先頭でゴールすることになる。 預けられたのは栗東の平田修厩舎だった。1983年に厩務員として競馬の世界に入り、内藤繁春厩舎でダイユウサクを担当し、森秀行、橋口弘次郎、石坂正の各厩舎で調教助手を務めて、2006年に自分の厩舎を開いた男である。GIはまだ勝っていない。そして手綱を託されたのは、その平田と一度、GIをハナ差で取りこぼしている騎手だった。

十六年目の男 ― 眠れなかった夜から

ゲートの出が悪く、2歳戦は見送られた。デビューは明けて2012年1月21日、重馬場の京都、芝1600mの3歳新馬である。16頭立ての3番人気。逃げて2着に3馬身の差をつけ、その2着と3着の間はさらに大差だった。鞍上は秋山真一郎。 秋山は1979年、滋賀の生まれ。父の秋山忠一もJRAの騎手で、通算216勝を挙げて1991年に引退し、その後は栗東で調教助手を務めた。1997年に栗東の野村彰彦厩舎からデビューし、同期には武幸四郎らがいる。二年目にカネトシガバナーで神戸新聞杯を勝って重賞初制覇を果たすと、そこから毎年欠かさず重賞を勝ち続けた。しかしGIだけが手に入らない。同じ1998年の菊花賞でGIに初めて騎乗してから、十三年が過ぎていた。 一度、あと数センチのところまで行っている。2007年、平田修が管理するベッラレイアでフローラステークスを勝ち——平田にとって初めての重賞だった——続く優駿牝馬に単勝2.6倍の1番人気で乗った。一度は抜け出しながら、ゴール前でハナ差だけ足りなかった。「結果はハナ差の2着でした。1度は抜け出していただけに、悔しくてその晩は眠れませんでした」[^1] 2戦目は京都のこぶし賞。降雪で発走時刻が遅れる中、4コーナーで先頭に立つとそのまま押し切り、追ってきたニシノビークイックを封じて2勝目とした。1月と2月に一つずつ、どちらも京都の芝1600m。この馬はまだ、誰にも前を譲っていなかった。

出典:Number Web(文藝春秋)平松さとし「騎手22年目・秋山真一郎の忠実さ。武豊の美しいフォームのように。」2018年8月10日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/831581 、閲覧日:2026年7月30日。

無敗のマイル王 ― 二〇一二年五月六日

初めての関東遠征は4月7日、中山のニュージーランドトロフィーだった。1番人気に応え、先行から抜け出して3連勝。重賞初制覇である。 5月6日、東京競馬場。18頭のNHKマイルカップに、単勝3.7倍の1番人気で臨んだ。好スタートからすんなりハナへ。行く馬がいなければ逃げる形でもいいと思っていたので、先頭に立つのは想定内だったと秋山は明かしている。マイペースの流れを作り、直線の半ばからもう一度加速した。2着アルフレードに3馬身半。15番人気のクラレントがクビ差の3着まで押し上がってきたが、前はもう遠かった。1分34秒5。 四戦目でのGI制覇はこの競走の最短キャリアであり、無敗での戴冠は1998年のエルコンドルパサー以来二頭目、年明けにデビューした馬としては初めてだった。父ダイワメジャーにとっては産駒初のGI。平田修は開業七年目で初めてのGI。そして秋山真一郎は、デビュー十六年目、GI騎乗五十五回目にして、初めて先頭でゴール板を過ぎた。 「最後まで全く余裕はありませんでした。あれだけの差がついているのに、ターフヴィジョンを見る事すら出来ませんでした」[^1] 三馬身半をつけて逃げ切りながら、この男は大型ビジョンを見上げることができなかった。五年前の眠れない夜が、まだ体のどこかに残っていたのだろう。 陣営は東京優駿へ向かわなかった。無敗のGI馬はそのまま休みに入り、5月27日のダービーの日、秋山は別の馬の背にいた。二十日前に自分が逃げ切ったNHKマイルカップで、後方から追い込んで7位に入線していたジャスタウェイである。15番人気で11着だった。

出典:Number Web(文藝春秋)平松さとし「騎手22年目・秋山真一郎の忠実さ。武豊の美しいフォームのように。」2018年8月10日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/831581 、閲覧日:2026年7月30日。

五連勝と、天覧競馬の秋

五か月の休みを挟んで、秋は10月7日の毎日王冠から始まった。16頭のうち3歳馬は二頭だけで、あとはすべて古馬。GIの勝ち馬が五頭もいた。二年前の東京優駿を制したエイシンフラッシュ、安田記念のストロングリターンリアルインパクト。それでも1番人気は、この3歳馬だった。 シルポートが逃げ、カレンブラックヒルは離れた3番手で先行した。直線で先頭を奪う。後ろから、12番人気のジャスタウェイがメンバー最速の上がり33秒0で詰め寄り、ゴール寸前で馬体を並べてきた。ほとんど同時に決勝線へ飛び込んだ二頭は、この組で二頭しかいない三歳馬のワンツーだった。1分45秒0、クビ差。デビューからの連勝が五つになった。 三週間後、東京の第146回天皇賞(秋)。近代競馬150周年記念、七年ぶりの天覧競馬となった一戦である。3番人気。父ダイワメジャーは2006年、この毎日王冠を勝った三週間後に、同じ府中で秋の盾を連取している。息子が辿っていたのは、まったく同じ道筋だった。ここを無敗のまま勝てば父仔での秋の盾制覇であり、シンボリクリスエス以来となる3歳馬の戴冠でもあった。 シルポートがまた速い流れを作った。この馬は先行した。しかし直線で伸びが止まり、最内をすくったエイシンフラッシュが抜け出したときには、争いの外にいた。5着、0秒4差。半馬身届かず2着に泣いた同じ三歳のフェノーメノの、さらに後ろである。 レース後、鞍上も師も、敗因を距離に求めた。二千メートルは長かったのかもしれない、と。五連勝で秋の府中に立ったこの馬は、この日はじめて土をつけられた。以後は状態を崩し、登録していた暮れの香港を回避して、年内を休養に充てることになる。

砂の一年 ― 二着も三着もない成績表

年が明けて、陣営は数ある選択肢のなかからフェブラリーステークスを選んだ。芝のGI馬が、一度も走ったことのないダートで東京の1600mへ向かう。ダート未経験馬によるJRAダートGI制覇という前例のない挑戦がかかり、初めての砂にもかかわらず1番人気に推された。 ゲートで他馬を気にして出負けした。3番手までは取り付いたが、直線を向いたときには余力が残っていなかった。16頭の15着。 戻った芝でも歯車は噛み合わない。京都のマイラーズカップは1番人気。他馬にマークされて馬群に包まれ、直線で一度は先頭に立ちながら、外からグランプリボスとサンレイレーザー、内からダノンシャークに交わされて4着。6月の安田記念は、シルポートの作ったハイペースのなかで秋山の意に反してあっさり折り合ってしまい、直線を向いても反応がなく14着。勝ったのはロードカナロアである。 秋は前哨戦を使わずマイルチャンピオンシップへ直行した。デビューから九戦を共にした秋山から岩田康誠へ手綱が渡り、中団に控える形を初めて試した。18頭の18着。レース後に筋肉痛を発症して放牧に出される。 四戦して一つも勝てなかった。同じ年、秋山真一郎の側でも記録が一つ途切れている。1998年から続いていた連続重賞勝利が十五年で止まり、2013年の彼には重賞の勝ち鞍がない。 翌年、二つ下の半弟レッドアルヴィスが蛯名正義を背にユニコーンステークスを勝ち、この一族がダートでも走ることを証明してみせた。兄が砂で沈んだ、その翌年である。その弟は2016年、放牧中に蹄葉炎を発症し、五歳で世を去った。 この馬の成績表には、生涯を通じて奇妙な空白がある。二着が一度もない。三着も一度もない。22回ゲートを出て七度は先頭でゴールし、残る十五回のうち掲示板に載ったのは三度だけだった。勝つか、届かないか。中間のない馬だった。

死んでいなかった ― 中山の直線

2014年の初戦は阪神の阪急杯。自身では最も短い1400mで、11着だった。 4月6日、稍重の中山、ダービー卿チャレンジトロフィー。秋山が戻ってきた。4番人気。好スタートから先頭に立ち、3コーナーで一度は後ろに下がりながら、内から差を詰め直して、カオスモスらの追撃をクビ差だけ抑えた。2012年の毎日王冠から一年六か月ぶりの勝利であり、重賞四勝目である。父ダイワメジャーが2005年に勝っている競走でもあった。鞍上は復活と言っていいと喜び、師はこの馬は死んでいなかったのだと言った。 勢いのまま向かった6月の安田記念で待っていたのは、三歳の秋にクビ差で退けたあの相手だった。ジャスタウェイはその後に天皇賞(秋)とドバイのGIを勝ち、この年のレーティングで世界一に立つ馬になっていた。不良馬場の府中でその相手が勝ち、カレンブラックヒルは9着。 秋は距離を延ばした。新潟のオールカマーは7着、勝ったのはマイネルラクリマである。11月2日の天皇賞(秋)は58キロを背負って逃げ、直線で交わされて9着。粘るこの馬とマイネルラクリマを抜き去ったイスラボニータを、さらに大外から差し切ったのがスピルバーグだった。12月の金鯱賞は5着。 一年で六回走って、勝ったのは中山の一度きり。それでもその一度が、この馬をまだ終わっていない馬にしていた。

小倉の五勝目 ― そして最後の上がり

2015年の始動は2月22日、小倉大賞典。初めて走る小倉、重馬場、そしてトップハンデの58キロ。3番人気だった。逃げたメイショウナルトの2番手を追走して先頭に立つと、直線でコスモソーンパークとダコールの猛追を振り切った。重賞五勝目。四年前に秋山がサンライズベガで勝っている舞台でもある。 そこからは、勝ち星のない一年だった。不良馬場の産経大阪杯は松山弘平が乗って8着。6月の安田記念は秋山が落馬で負傷したため武豊に手綱が渡り、7着。勝ったのはモーリスだった。7月の中京記念は58.5キロを背負って1番人気に推されたが7着——生涯で最後に単勝一番の支持を集めたのが、この一戦である。10月の富士ステークスは10番人気の8着。 11月22日、京都のマイルチャンピオンシップ。18頭立ての13番人気。三年半前の春に無敗でマイル王になった馬は、最後の直線で上がり3ハロン33秒8を使った。22戦のなかで、いちばん速い上がりだった。着順は13着。勝ったのは、六月に府中で先着を許したモーリスである。 四日後、11月26日付で競走馬登録が抹消される。22戦7勝、獲得賞金3億3284万7000円。デビューから最後の一戦まで、この馬の厩舎は一度も動かなかった。そして22回の騎乗のうち19回は、同じ男が背にいた。

新冠の種牡馬 ― 黒い犬の名を負って

引退後は日高の新冠町、優駿スタリオンステーションで種牡馬になった。 産駒が走り出したのは2019年である。5月16日、門別のフレッシュチャレンジをダリルが勝って産駒初勝利。7月21日には福島の新馬戦をオヌシナニモノが六馬身差で圧勝し、JRAでの初勝利を挙げた。以後、この父の血は地方のダートに根を張っていく。アザワクは門別のグランシャリオ門別スプリントを三年続けて勝ち、道営スプリントも制した。ナムラマホーホは名港盃を二度、ほかにベイスプリント、東海菊花賞、名古屋記念。オヌシナニモノは金沢スプリングカップと日本海スプリントをそれぞれ二度勝った。スマイルミーシャは兵庫ダービーと園田金盃を手にしている。 父自身が砂を踏んだのは、1番人気で15着に終わったあの一度だけだった。その砂で、仔たちが勝ち鞍を積んでいる。 人の側も、それぞれの続きを歩いた。平田修は2017年、ゴールドドリームでフェブラリーステークスを制する。この馬が挑んで沈んだダートのGIを、四年後に別の馬で獲ったことになる。翌2018年にはケイアイノーテックで二度目のNHKマイルカップを勝った。当時この馬を担当していた調教助手の小林真也は、のちに自身の厩舎を開いている。 秋山真一郎は、あの五月の一勝に続けて同じ2012年の暮れ、ローブティサージュで阪神ジュベナイルフィリーズを勝ち、GIを二つにした。2019年には北九州記念を勝って小倉の平地重賞を完全制覇する。小倉のそれを全部勝っている騎手は、河内洋と武豊と彼の三人だけである。2023年、初めての受験で調教師試験に合格し、2024年2月末で騎手を退いた。引退式は、思い入れの深い小倉で行われた。2025年3月に自分の厩舎を開き、いまは馬を送り出す側にいる。 父ダイワメジャーは2026年1月20日、25歳で死んだ。その息子は十七歳になっている。 名の由来になった犬は、ネパールの一帯にしかいない黒い犬である。家を守る番犬であり、嗅覚で獣を追う猟犬でもあり、知的で勇敢だとされる。その名を負った黒鹿毛は、いまも新冠の牧場で種牡馬として繋養されている。二十二回ゲートを出て、七度先頭でゴールし、二着も三着も一度もなかった馬だ。勝つときは誰にも前を譲らず、届かないときは静かに退いた。十六年目にしてようやくGIのゴール板を先頭で過ぎた男を、そこまで運んだのが、この黒い犬の名を持つ馬である。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース