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コスモサンビーム
通算成績16戦5勝
獲得賞金2億6,061万円
生年月日 2001.03.28(平成13年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 中 | GIII阪急杯 | 阪神 芝1400 | 2人気 | 本田優 | — | — | ||
| 1 | GII毎日放送賞スワンS | 京都 芝1400 | 11人気 | 本田優 | 1:21.5 | 上り35.2 | — | |
| 9 | GIII富士S | 東京 芝1600 | 4人気 | 柴田善臣 | 1:33.5 | 上り34.9 | — | |
| 10 | GIII京成杯オータムH | 中山 芝1600 | 2人気 | 佐藤哲三 | 1:33.9 | 上り36.0 | — | |
| 5 | GIII関屋記念 | 新潟 芝1600 | 7人気 | 佐藤哲三 | 1:33.0 | 上り33.1 | — | |
| 12 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 7人気 | 四位洋文 | 2:25.8 | 上り36.4 | 映像 | |
| 2 | GINHKマイルカップ | 東京 芝1600 | 4人気 | 四位洋文 | 1:33.3 | 上り34.7 | 映像 | |
| 4 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 3人気 | D.バルジュー | 1:59.3 | 上り34.1 | 映像 | |
| 5 | GIIフジTVスプリングS | 中山 芝1800 | 1人気 | D.バルジュー | 1:48.8 | 上り36.3 | — | |
| 1 | GI朝日杯FS | 中山 芝1600 | 4人気 | D.バルジュー | 1:33.7 | 上り35.8 | — | |
| 1 | GII京王杯2歳S | 東京 芝1400 | 1人気 | 武豊 | 1:21.8 | 上り34.4 | — | |
| 1 | OPききょうS | 阪神 芝1400 | 1人気 | 武豊 | 1:21.9 | 上り35.6 | — | |
| 2 | GIII小倉2歳S | 小倉 芝1200 | 3人気 | 佐藤哲三 | 1:10.2 | 上り37.0 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 小倉 芝1200 | 1人気 | 武豊 | 1:09.2 | 上り35.4 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 阪神 芝1600 | 1人気 | 武豊 | 1:37.3 | 上り36.6 | — | |
| 5 | 2歳新馬 | 阪神 ダ1200 | 2人気 | 安藤勝己 | 1:14.9 | 上り38.1 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ザグレブZagreb | Theatrical | Nureyev |
| ツリーオブノレッジTree of Knowledge | ||
| Sophonisbe | ウォローWollow | |
| Southern Seas | ||
| 母ロビースレインボウRobbies Rainbow | Rainbow Quest | Blushing Groom |
| I Will Follow | ||
| Mary Martin | Be My Guest | |
| Centre Piece |
旅程 — この馬の物語
2001年生まれの青鹿毛の牡馬。父ザグレブ、母ロビースレインボウ。主な勝ち鞍は朝日杯FS・京王杯2歳S・毎日放送賞スワンS。
見限られた父
2002年、一頭の種牡馬が日本を去った。ザグレブという。アメリカで生まれ、アイルランドで調教された馬で、生涯のキャリアは四戦しかない。そのうちの一つがアイリッシュダービーだった。二着に六馬身をつけている。 1997年、日高の種牡馬場に迎えられた。期待は大きかったが、初年度の産駒が走らない。以後は繁殖牝馬が集まらなくなり、2002年を最後に日本での供用は打ち切られた。売り先は、故郷のアイルランドである。 置いていかれた産駒の中に、前の年の春に生まれた青鹿毛がいた。2001年3月28日、北海道新冠町のヤマオカ牧場。母はロビースレインボウといって、イギリス生まれの、日本に輸入された牝馬である。その父は1985年の凱旋門賞を勝ったレインボウクエスト。母の名にも、その父の名にも、虹が入っている。そこへ与えられた名の意味を、JRAの登録はこう記している。冠名+太陽光線。冠名は「コスモ」、名義は岡田繁幸の夫人・岡田美佐子だった。 預かったのは栗東の佐々木晶三厩舎である。担当の厩務員は立山勇といって、GIの日にはパドックで目を引く白いスーツを着る人だった。 デビューは2003年6月28日、阪神のダート1200メートル。雨で馬場は重く、鞍上は安藤勝己。五着だった。二週間後、芝のマイルに替わって武豊が乗り、二着。三戦目、小倉の芝1200メートルで、ようやく先頭でゴール板を過ぎた。
五馬身
九月七日、小倉2歳ステークス。三番人気だった。 相手はメイショウボーラーである。夏の小倉で二戦二勝、いずれも前へ行って勝っていた。この日も先頭を奪い、速い流れを作る。三番手から二番手へ上がったコスモサンビームは食い下がったが、直線で突き放された。差は五馬身。勝ち時計はレースレコードだった。 十月、阪神のききょうステークスで二勝目を挙げる。十一月十五日には東京の京王杯2歳ステークスに出て、武豊を乗せて一番人気に推された。十頭立ての四番手から抜け出し、アポインテッドデイを退ける。一分二十一秒八。レコードタイムでの重賞初制覇だった。
首
十二月十四日、中山。二歳の王者を決める一戦に、コスモサンビームは最内の一番枠から出た。 鞍上が替わっていた。武豊はこの日、同じレースにグレイトジャーニーで乗っている。空いた鞍に座ったのは、短期免許で来日していたイタリア人だった。ダリオ・バルジュー。サルデーニャ島の出身で、日本の冬を過ごすのは二度目になる。JRAのGIは、まだ勝っていない。 一番人気は、小倉で五馬身ちぎった相手である。四連勝で来ていた。ただしこの日は大外の枠を引いていた。内の先行馬より前へ出るには、余分に脚を使うことになる。先頭を取るまでに手間取り、取ってからも抑えが利かない。流れは速くなった。 内では、その速さに乗らずに済んでいる。二つ目の角で五番手。三つ目で四番手。最後の角で三番手。角を回るたびに、前がひとつずつ空いた。 直線。バルジューは馬を外へ持ち出す。前を行くのは、ここまで引っ張ってきたメイショウボーラーである。その脚が、終いで上がった。外から並びかけたのは、ゴール板の手前だった。 差し切ったところが、決勝線である。首の長さぶんだった。 バルジューにとって、日本で初めてのGIだった。佐々木晶三にとっては二つ目で、一つ目は二週間前のジャパンカップである。半月のあいだに、この厩舎は年に一度あるかどうかの日を二度迎えた。
同じ父の二頭
年が明けて、コスモサンビームはJRA賞の最優秀二歳牡馬に選ばれた。 三月のスプリングステークスは一番人気で五着。勝ったのはブラックタイドである。 四月十八日、皐月賞。三番人気で、五番手を進んだ。直線では伸びたが、前は遠い。四着だった。 勝ったのはダイワメジャー。二着にコスモバルク、三着にメイショウボーラー、そして四着がコスモサンビームである。二着と四着は、どちらもザグレブの仔だった。どちらも「コスモ」の冠名を背負っていた。日本で見切りをつけられた種牡馬の産駒が、クラシックの一冠目で二頭、前のほうにいたことになる。
白いスーツ
五月九日、東京。NHKマイルカップの枠は、朝日杯と同じ一枠一番だった。 パドックへ引いてきた立山勇は、白いスーツを着ていた。GIの日の、この人の装いである。 レースは中団の九番手。手応えは絶好だった。直線を向いて抜け出しかけたところへ、キングカメハメハが来る。一分三十二秒五、レースレコードで駆け抜けたその馬に五馬身離されて、二着だった。 九年後、立山はこの一戦をこう振り返っている。「直線は、よし!って声が出たが…。最後は5馬身も離されたから納得の2着やね」[^1]
出典:スポーツニッポン「【NHKマイルC】サファイア名厩務員 スーツ替えても腕変わらず」2013年5月3日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/05/03/kiji/K20130503005724390.html 、閲覧日:2026年8月2日。
四つの角
三週間後、日本ダービー。七番人気だった。 十八頭立ての、十八番手。一つ目の角も、二つ目も、三つ目も、四つ目も、位置は動かない。それでも府中の直線で六頭を抜き返し、十二着で入線した。 レース後、左第一指節種子骨の骨折が見つかる。球節にある小さな骨である。全治一年と診断された。 三歳の夏も、秋も、菊花賞も、有馬記念も、四歳の春も、この馬はいない。次にゲートへ入るまでに、十四か月がかかった。
六日おいて
2005年7月31日、新潟の関屋記念。十八頭の十七番手を進み、最後の六百メートルを三十三秒一で上がって五着まで来た。勝ったのはサイドワインダー。二着には、皐月賞で先着を許したダイワメジャーがいた。 九月の京成杯オータムハンデキャップは二番人気で十着。十月の富士ステークスは九着。四歳の秋は、そこまで何も出ていない。 厩舎は、その富士ステークスから中六日で、京都のスワンステークスに使った。芝は重馬場。背負う斤量は五十七キロ。人気は十一番目だった。 鞍上は本田優。四十六歳のベテランで、この馬に乗るのは初めてである。中団の九番手から、最後の角でひとつだけ位置を上げた。そして直線で捉えたのが、関屋記念で自分の前を走り切ったサイドワインダーである。半馬身。 一年十か月ぶりの重賞である。
二月二十六日
2006年2月26日、阪神。阪急杯。馬場は不良だった。五十八キロを背負って二番人気に推されている。馬体重は五百四キロ。この馬の生涯でいちばん重い。 三コーナーで十一番手。四コーナーで、十五番手。 最後の直線で、競走を取りやめた。急性心不全だった。五歳。JRAの競走馬登録は、その日のうちに抹消されている。 一年後の同じ阪急杯が、本田優にとって騎手最後の騎乗になった。その週かぎりで鞍を降り、調教師になっている。 白いスーツは、のちに封印された。もう五十二歳だから、と立山は笑っている。 負けには、納得できる幅がある。五馬身も離されたのなら、相手が強かった、で片がつく。阪神の直線には、その幅がなかった。着順もタイムも着差も残っていない。記録に載っているのは、競走中止の三文字だけである。 残ったのは、師走の中山だ。最内の一番から出た二歳馬が、角を回るたびにひとつずつ前へ出て、逃げ切ろうとしていた一番人気の外へ、首の長さだけ顔を出した。陽の光という名を持つ馬の、いちばん明るい数十秒だった。
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