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クロノジェネシス
通算成績17戦8勝
獲得賞金12億473万円
生年月日 2016.03.06(平成28年)毛色 芦毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 2人気 | C.ルメール | 2:32.2 | 上り36.0 | 映像 | |
| 7 | GI凱旋門賞 | パリロンシャン 芝2400 | 3人気 | O.マーフィー | — | 映像 | ||
| 1 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 1人気 | C.ルメール | 2:10.9 | 上り34.4 | 映像 | |
| 2 | GIドバイシーマクラシック | メイダン 芝2410 | 1人気 | 北村友一 | — | 映像 | ||
| 1 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 1人気 | 北村友一 | 2:35.0 | 上り36.2 | 映像 | |
| 3 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 2人気 | 北村友一 | 1:57.9 | 上り32.8 | 映像 | |
| 1 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 2人気 | 北村友一 | 2:13.5 | 上り36.3 | 映像 | |
| 2 | GI大阪杯 | 阪神 芝2000 | 4人気 | 北村友一 | 1:58.4 | 上り34.0 | 映像 | |
| 1 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 1人気 | 北村友一 | 2:16.4 | 上り35.8 | 映像 | |
| 5 | GIエリザベス女王杯 | 京都 芝2200 | 2人気 | 北村友一 | 2:14.4 | 上り33.3 | 映像 | |
| 1 | GI秋華賞 | 京都 芝2000 | 4人気 | 北村友一 | 1:59.9 | 上り36.1 | 映像 | |
| 3 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 2人気 | 北村友一 | 2:23.2 | 上り35.4 | 映像 | |
| 3 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 3人気 | 北村友一 | 1:33.1 | 上り32.9 | 映像 | |
| 1 | GIIIデイリー杯クイーンカップ | 東京 芝1600 | 1人気 | 北村友一 | 1:34.2 | 上り33.1 | 映像 | |
| 2 | GI阪神ジュベナイルフィリーズ | 阪神 芝1600 | 2人気 | 北村友一 | 1:34.2 | 上り33.9 | 映像 | |
| 1 | OPアイビーS | 東京 芝1800 | 3人気 | 北村友一 | 1:48.6 | 上り32.5 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 小倉 芝1800 | 1人気 | 北村友一 | 1:50.0 | 上り34.5 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父バゴBago | Nashwan | Blushing Groom |
| Height of Fashion | ||
| Moonlight's Box | Nureyev | |
| Coup de Genie | ||
| 母クロノロジスト | クロフネKurofune | フレンチデピュティFrench Deputy |
| ブルーアヴェニューBlue Avenue | ||
| インディスユニゾン | サンデーサイレンスSunday Silence | |
| ラスティックベルRustic Belle |
旅程 — この馬の物語
2016年生まれの芦毛の牝馬。父バゴ、母クロノロジスト。主な勝ち鞍は秋華賞・宝塚記念・有馬記念。
時の名 ― 一四〇〇万円の芦毛
2016年3月6日、北海道安平町のノーザンファームに一頭の牝馬が生まれた。父はバゴ。2004年の凱旋門賞を勝ち、日本へ渡って種牡馬になった黒鹿毛のフランス馬である。母はクロノロジスト。中央で二度走り、三歳の秋に中京のダートで一つ勝っただけの芦毛の牝馬だった。 名は、母の名の一部に「創世記」を重ねて、クロノジェネシス。時と、始まり。母から受け継いだ芦毛の毛色は、母の父クロフネから流れてきたものだった。 一口馬主のクラブでの募集価格は、1口35万円の40口、総額1400万円。ノーザンファーム早来で育てた厩舎長は、育成中はそこまで目立つ馬ではなかったと、のちに振り返っている。 ただし血の側には、すでに走る馬がいた。一歳上の半姉ノームコアは、2019年のヴィクトリアマイルを1分30秒5という時計で駆け抜け、翌年には香港カップまで勝つことになる。母の母インディスユニゾンは、フサイチエアデールの全妹にあたる。地味な成績の母から、続けて大物の出る牝系だった。 2018年6月6日、栗東の斉藤崇史厩舎に入る。まだJRAの重賞を勝っていない、三十代半ばの調教師である。素質は入厩の時点で疑いようがなく、ただひとつの課題はカイバ食いの細さだった。だから調教も、レース間隔も、使いすぎないように組まれていく。
追い切りの一鞍から ― 北村友一
デビュー戦は、新潟のマイル戦になるはずだった。ところがその週は札幌でワールドオールスタージョッキーズが行われる関係で騎手の手配がつかず、一週ずれて、2018年9月2日、小倉の芝1800mになる。鞍上は北村友一。 始まりは、実際にはもう少し前にある。北村はデビュー前の追い切りでこの馬に跨り、その一鞍で、この馬にはずっと乗り続けたい、どこへ遠征するにしても自分に乗せてほしいと斉藤に申し出ていた。全17戦のうち14戦を彼が務めることになる関係は、レースより先に、朝の坂路から始まっていた。 440キロの馬体で1番人気に応え、好位から抜け出して2馬身差。二戦目は東京へ遠征し、牡馬相手のアイビーステークスを上がり3ハロン32秒5の脚で連勝した。 12月、阪神ジュベナイルフィリーズ。2番人気に推されながらスタートで後手を踏み、大外を回して伸びたが、ダノンファンタジーに半馬身届かなかった。北村はのちに、この一戦がいちばん悔しかったと語っている。当時の彼にはまだGIの勲章がなく、自分のせいで負けてはいけないと思い詰めて臨んだ末の2着だった。馬の差ではなく騎手の差だ、と思わされたのだという。
二度、三着 ― 越えられない春
年が明け、東京のクイーンカップを1番人気で快勝する。上がり33秒1で先頭に立ち、ビーチサンバを退けての重賞初制覇。斉藤崇史にとっても、JRA重賞の初勝利だった。 桜花賞は3番人気。3コーナーの入り口で内に寄せられて後肢を落とし、リズムが乱れた。それでも上がり32秒9で追い込んだが、前ではグランアレグリアが先行して抜け出し、レコードで駆け抜けたあとだった。3着。 優駿牝馬は2番人気。直線で早めに動いたところを残り150mでラヴズオンリーユーに交わされ、12番人気のカレンブーケドールにも捉えられて、また3着。淀みのない流れで脚が溜まらなかった、と北村は敗因を挙げた。 馬体は減っていた。新馬戦で440キロあった数字は、優駿牝馬で432キロ。カイバ食いの細さは、まだこの馬の一部だった。二度続けてGIの3着。能力の高さは疑いようがなかったが、あと一歩が、どうしても足りなかった。
二十キロ ― 淀で開いた扉
夏は北海道で過ごした。5月下旬に栗東を出て、戻ってきたのは三か月あまり後。落ち着きが出て、物事に対するゆとりが生まれ、カイバ食いも良くなり、体が大きくなっていた。斉藤はそれを、この馬だけの特別な変化ではなく、この時期どの馬にも起こる成長なのだと言う。ただ、この馬にとっては待ち望まれた成長だった。 トライアルを使わず、ぶっつけで秋華賞へ。前日に列島へ上陸した台風19号の雨が残り、京都の芝は稍重。桜花賞馬もオークス馬も不在という17年ぶりの顔ぶれのなかで、4番人気。パドックに現れたクロノジェネシスは、春から20キロ増えた452キロだった。 ビーチサンバが1000m通過58秒3で引っ張る流れを、6番手のインで我慢する。直線、力強く馬群を割って抜け出し、カレンブーケドールを突き放してゴールした。GI初制覇。北村友一にとっては同年春の大阪杯(アルアイン)に続くJRA・GI2勝目、斉藤崇史にとってはJRA・GI初制覇である。 この一戦には、外から見えない重さがあった。「じつはオーナーサイドからは、ここで負けたら乗り替わりになると告げられていました」[^1]。勝ったから、手綱は残った。 続くエリザベス女王杯は5着。坂の下りで急にペースの上がる京都外回りの流れに戸惑ったのかもしれない、と北村は振り返っている。
出典:Number Web「有馬記念でのラストランへ…クロノジェネシスを“誰よりも知る”北村友一の告白「負けたら乗り替わりになると告げられていた」」2021年12月25日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/851376、閲覧日:2026年7月25日。
リミッターが外れる ― 雨の阪神、六馬身
四歳初戦の京都記念は重馬場。好位から直線半ばで先頭に立ち、カレンブーケドールを2馬身半突き放した。だが北村がこのレースで本当に気づいたのは、着差ではなく自分の体の痛みだった。調教でこの馬を制御しきれなくなっている。乗ったあとに肩や腰が痛む。テンションが高いせいだと思っていたが、そうではなかった。馬がパワーアップしていたのだ。北村はその日から、自分のトレーニングの強度を上げた。どんどん成長していく馬に、置いていかれないために。 大阪杯は4番人気。3番手から逃げるダノンキングリーに迫ったが、内で脚を溜めていたラッキーライラックにクビ差だけ届かず2着。 そして6月28日、宝塚記念。GI馬8頭という顔ぶれのなか、直前の雨で馬場は稍重になった。ファン投票6位、単勝2番人気。前半1000m1分ちょうどの流れを好位の後ろで進み、3コーナーからキセキが外を上がっていくのに呼応して自らも進出する。直線、渋った馬場で伸びあぐねる各馬を尻目に、この馬だけが伸びた。2着キセキに6馬身。 牝馬が牡馬を六馬身ちぎった、と書けば話は分かりやすい。だが管理する男は、その物差しを好まない。牝馬なのに、牡馬に勝ったから凄い——そういう言い方は違うと思う、と斉藤崇史は言う。「それは牝馬に失礼ですよ」[^1]。性別ではなく一頭ずつを見る男のもとで、クロノジェネシスは、ただ強い馬になっていた。
出典:Number Web「有馬記念でのラストランへ…クロノジェネシスを“誰よりも知る”北村友一の告白「負けたら乗り替わりになると告げられていた」」2021年12月25日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/851376、閲覧日:2026年7月25日。
二つのグランプリと、ひとつの特別賞
秋初戦は天皇賞(秋)。四か月ぶりの実戦で2番人気に支持され、中団の後ろから上がり32秒8で追い込んだが、前にはアーモンドアイとフィエールマンがいた。3着、コンマ1秒差。 暮れの有馬記念、ファン投票1位。ジャパンカップを勝って引退したアーモンドアイ、無敗の三冠馬コントレイルとデアリングタクト——その年を彩った名前が揃って出走を見送るなか、ファンが選んだ一番はクロノジェネシスだった。単勝2.5倍。先行するバビットとフィエールマンを直線で捉え、外から迫るサラキアをしのぎ切る。 宝塚記念と有馬記念。同じ年に春秋のグランプリを二つとも勝った牝馬は、前年のリスグラシューに次いで史上2頭目だった。しかも同じ12月、香港のシャティンでは半姉ノームコアが香港カップを勝っている。姉妹が同じ年の同じ月に、海を隔ててGIを一つずつ。 年が明けて発表されたJRA賞では、年度代表馬にも最優秀4歳以上牝馬にも、アーモンドアイの名が並んだ。二つのグランプリを勝った馬に贈られたのは、特別賞である。数字の上では、そういう年だった。それでも、暮れの中山でファンが一番に選んだのが誰だったかという事実は、票の形で残っている。
五月二日 ― 手綱が離れた日
五歳初戦はドバイ。メイダンのシーマクラシックで、直線に先に抜け出したラヴズオンリーユーを捉えて先頭に立ったが、ゴール寸前に外からミシュリフに差されてクビ差の2着だった。 北村にとっては34歳にして初めての海外騎乗であり、そして思いがけない一週間でもあった。感染対策で減便された航空便の都合から一週間前に現地入りしたものの、毎日の調教には調教助手が乗る。することがない。北村は馬房に入り浸り、彼女と遊んで過ごした。追い切りのあとでもおとなしいこの馬を、まるでペットのようだと思ったという。これほど長い時間を一緒に過ごしたのは、それが初めてだった。 帰国して、春は宝塚記念の連覇、秋は凱旋門賞——そういう計画が動き始めた矢先の、5月2日だった。阪神競馬第2競走で北村は落馬する。頸椎3本、胸椎7本、腰椎1本、そして肩甲骨。大手術と一か月と三週間の入院を経て、背中に8本のボルトを入れたまま退院したのは、宝塚記念の三日前のことだった。 6月27日、阪神。代わって手綱を取ったのはクリストフ・ルメール。ファン投票1位、単勝1.8倍。好位から進め、3コーナーでキセキが動いても慌てずに内へ入れ、直線で前を粘るユニコーンライオンとレイパパレを残り200mから交わして2馬身半。2014年のゴールドシップ以来、史上2頭目の宝塚記念連覇であり、牝馬では初めてのグランプリ3連覇だった。 北村はそれをテレビで見ていた。自分なら3コーナーで外から一緒に上がって押し切りにいっただろう、と思い、いつのまにか自分がこの馬に対して固定観念を作っていたことに気づかされた。レースのあと、斉藤から電話がかかってきた。一緒に喜びたかった、と。 「壁にかかったカレンダーの去年の宝塚記念の写真を見ても、それが自分だという実感がないんです」[^1]。彼女が一つ勝つたびに、手綱を離した男のなかで、去年が遠くなっていった。
出典:Number Web「有馬記念でのラストランへ…クロノジェネシスを“誰よりも知る”北村友一の告白「負けたら乗り替わりになると告げられていた」」2021年12月25日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/851376、閲覧日:2026年7月25日。
重い土、そして中山の芝
父バゴが凱旋門賞を勝ったのは2004年。その17年後、娘が同じパリロンシャンのゲートに入った。第100回。鞍上はオイシン・マーフィー。 スタートから大きく外へ出したクロノジェネシスは、そこから徐々に馬群へ寄せ、逃げるアダイヤーを見る2番手で最後の直線を向いた。残り200mまでは、届くかもしれないと思わせる手応えだった。だが内のオープンストレッチから伸びたタルナワと、外から来たハリケーンレーンに挟まれると脚色が鈍り、最後は大外から一気に伸びたトルカータータッソに突き放される。7着、勝ち馬から5馬身1/4。 「重馬場でも走れる馬ですが、それは日本の馬場だからで、ここの重馬場は違いました」[^1]。斉藤崇史はそう言った。日本の道悪では無類の強さを見せてきた馬にとって、雨を吸ったフランスの土は、まったく別のものだった。 11月、暮れの有馬記念での引退が発表される。12月26日、中山。ルメールを背に2番人気で臨んだ最後の一戦は、中団から直線で懸命に追い上げたものの、エフフォーリアとディープボンドの背中に0.2秒届かず3着。春秋グランプリ四連覇も、有終の美も、この日は掴めなかった。 全レースが終わったあと、中山の芝コースで引退式が行われた。まだ骨折の療養中だった北村友一が、そこに立っていた。17戦のうち14戦、彼女の背にいた男である。走り終えた馬と、走れずにいた男が、同じ芝の上に並んだ。 12月28日、競走馬登録抹消。17戦8勝。
出典:Number Web「落馬事故で大ケガ「ああ、もうクロノジェネシスには乗れない…」最強牝馬を一番知る騎手が明かす《彼女の意外な性格》」2021年10月8日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/850122、閲覧日:2026年7月25日。
創世記のつづき ― ベレシート
安平のノーザンファームに戻り、繁殖牝馬になった。初仔は2023年2月15日に生まれた父エピファネイアの牡馬で、ベレシートと名付けられた。 その間に、彼女を知る二人にも時間が流れている。2022年6月、北村友一は一年一か月ぶりにレースへ戻った。そして2025年6月1日、斉藤崇史が管理するクロワデュノールの手綱を取り、日本ダービーを勝つ。騎手にとっても調教師にとっても、初めてのダービーだった。落馬から、四年が経っていた。 その七週間後、2025年7月20日。小倉の第5レース、二歳新馬、芝1800m。斉藤崇史厩舎のベレシートが、北村友一を背にゲートを出た。母がデビューした競馬場であり、母がデビューした距離である。ベレシートは勝った。 三歳になったベレシートは共同通信杯と京都新聞杯で2着に走り、ダービーへ向かうところで右前脚の浅屈腱の支持靱帯を痛めて出走を回避し、放牧に出た。ここまでの4戦すべてで、鞍上は北村友一である。 一族の時計も進んでいる。半姉ノームコアの娘ドリームコアは、2026年のクイーンカップを勝った。クロノジェネシス自身が重賞で初めて名を刻んだのと、同じ東京のクイーンカップである。 斉藤と北村は、別々の取材で、まったく同じ答えを返したことがある。この馬のいちばんの武器は何か、と問われて——真面目に、一生懸命走ること。ゴーサインを出せば、あとは最後まで走りきる。派手な形容ではない。だが稍重の阪神でも、重馬場の京都でも、パリの重い土の上でも、彼女がしたのは結局それだけだった。 安平の放牧地で草を食む芦毛の牝馬は、いまその一生懸命さを毎年ひとつずつ産み落としている。時の名を持つ一族の物語は、まだ最初の数ページを繰ったところだ。
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