名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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シーザリオのイメージビジュアル
シーザリオCesario
Cesario

シーザリオ

通算成績6戦5勝

獲得賞金22,829万円

生年月日 2002.03.31(平成14年)毛色 青毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
シーザリオの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIアメリカンオークス アメリカ 芝2000 福永祐一 1:59.0 映像
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 1人気 福永祐一 2:28.8 上り33.3映像
2 GI桜花賞 阪神 芝1600 1人気 吉田稔 1:33.5 上り34.4映像
1 GIII時事通信杯フラワーC 中山 芝1800 1人気 福永祐一 1:49.0 上り34.4映像
1 寒竹賞 中山 芝2000 4人気 福永祐一 2:01.6 上り35.3
1 2歳新馬 阪神 芝1600 2人気 福永祐一 1:36.7 上り34.6

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
シーザリオの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
スペシャルウィークSpecial WeekサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
キャンペンガールマルゼンスキーMaruzensky
レディーシラオキ
キロフプリミエールKirov PremiereSadler's WellsNorthern Dancer
Fairy Bridge
QueridaHabitat
Principia
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの青毛の牝馬。父スペシャルウィーク、母キロフプリミエール。主な勝ち鞍は優駿牝馬・アメリカンオークス・時事通信杯フラワーC。

鬆の入った骨

2002年3月31日、北海道早来町のノーザンファームで青毛の牝馬が生まれた。父はスペシャルウィーク。東京優駿と天皇賞の春秋、ジャパンカップを勝って種牡馬に上がった馬の、二世代目の産駒である。初年度の産駒は、まだ伸び悩んでいた。 母はキロフプリミエール。イギリスに生まれ、アメリカで13戦5勝、G3のラトガーズBCハンデキャップを勝ち、1995年に日本へ輸入された牝馬である。その三代母は、英オークスを勝ったピア。血統表を四代さかのぼった先に、オークス馬がいた。 角居勝彦のもとへは、こんな言葉とともに話が来た。種子骨に少し鬆が入っているのだけれど、いい母系の馬だからやってみないか。角居はこの牝馬を、同い年のディアデラノビアとともに預かった。当歳のころに見た印象は、バランスも格好も良い馬、というものだった。 キャロットファームが総口数400口、1口3万5000円、総額1400万円で募集した。名は、シェークスピアの喜劇『十二夜』から採られる。難破して兄と生き別れた娘ヴァイオラが、男装して仕えるときに名乗った偽名——シーザリオ。 デビューは2004年の夏の予定だった。だが靭帯炎が出た。前脚の球節にある種子骨の、生まれつきの弱さに由来する脚部不安である。持ち掛けられた言葉のとおりだった。入厩は2歳の11月まで延びた。 その年の暮れ、角居厩舎の忘年会で、福永祐一が頭を下げた。今年は貢献できずに申し訳ありませんでした、と。角居はむしろ逆だと思った。良い思いをさせてやれなかったのは、こちらの方だ。その場で角居は、クリスマスにデビューさせる牝馬の鞍上に、福永を指名した。

三つ勝つ

2004年12月25日、阪神の芝1600m。調教助手の岸本教彦は、この馬を素直で走ると評し、競馬学校時代からの知己である福永にそう伝えていた。初めて跨った福永は、口向きにも乗り心地にも引っかかるところがなく、聞いていたとおりの馬だと理解した。2番人気。中団から差して、1馬身半。 中1週で中山の寒竹賞へ向かう。3歳500万下の芝2000m、牡馬が相手で4番人気。3番手を追走し、後ろから伸びてきた1番人気のアドマイヤフジをクビ差で抑えた。この二戦で使い詰めたぶん、少し間を空けることになる。 3月19日、桜花賞への最終便であるフラワーカップ。単勝1.4倍。好位から抜け出し、逃げ粘るスルーレートに2馬身半をつけた。1分49秒0は、中山で行われた同競走に限ればレコードだった。 三戦三勝。次は、阪神の桜だった。

先約

その春、福永にはもう一頭、牝馬クラシック路線にお手馬がいた。2歳から乗り続けて4戦3勝のラインクラフトである。福永は先約を優先し、桜花賞ではラインクラフトに騎乗した。二年前の牡馬クラシックでも、彼はエイシンチャンプとネオユニヴァースという二頭を抱え、同じように先約のほうを選んでいる。 シーザリオの手綱は、地方・愛知の吉田稔に渡った。 4月10日、阪神。単勝3.9倍で1番人気に推されたのはシーザリオ、4.6倍でラインクラフト、6.5倍でエアメサイアが続いた。ところが一コーナーの位置争いで他馬に入られ、シーザリオは後方へ置かれる。ラインクラフトは好位の4番手にいた。 最終コーナーを10番手で通過し、そこから出走馬中いちばん速い上がり三ハロン34秒4で追い込んだ。届かなかった。アタマ差。前で粘ったラインクラフトの時計は、桜花賞のレースレコードだった。レース後、吉田は位置取りのことと、流れに乗れなかったことを口にしている。 六戦のうち、彼女が先頭でゴール板を通らなかったのは、この一度きりである。

大外から

ラインクラフトは、桜花賞馬として初めてNHKマイルカップへ向かった。距離適性を見た判断だった。角居があらためて騎乗を依頼し、優駿牝馬で福永とシーザリオの手が戻った。 5月22日、東京。芝2400m、良馬場。典型的な逃げ馬が見当たらず、福永自身、ペース次第では逃げてもいいと話していたほどのメンバー構成だった。 ゲートが開く。出脚がつかない。外から次々に被せられ、隊列が決まったときには、最初のコーナーを十五番手で通っていた。想定していたどの形でもない。 前ではエイシンテンダーが緩やかに逃げていた。ペースは動かず、順序も動かない。長い向正面のあいだ、彼女の位置は変わらなかった。四つ目の角を回っても、まだ前に十頭以上がいる。 直線。余力を残したエイシンテンダーが逃げ込みにかかり、そこへエアメサイアが並びかけ、ディアデラノビアが追いかかった。府中の直線は、その三頭の争いに見えていた。 大外から、青毛が来た。 上がり三ハロン33秒3。出走馬のなかでいちばん速い脚だった。ゴール板の手前でエアメサイアを捉えきり、クビ差だけ前に出た。 福永はレース後、褒められた騎乗ではなかったと言い、馬に勝たせてもらったのだと語っている。

ハリウッドパーク

このオークスは、いくつもの初めてを連れてきた。父スペシャルウィークには産駒による初のGI。生産したノーザンファームは、これで五大クラシックを完全制覇した。福永は前年のダイワエルシエーロに続くオークス連覇で、史上5人目。そして、異なる馬で同じ年の桜花賞と優駿牝馬を勝った騎手は、1965年の加賀武見以来、彼が二人目だった。 次走はアメリカに決まった。7月3日、ハリウッドパーク競馬場のアメリカンオークス。3歳牝馬にとってオークスの後の有力な目標のひとつで、前年には桜花賞馬ダンスインザムードが僅差の2着に入っていた。ただし日本調教馬によるアメリカでの勝利は、1959年のハクチカラ以来、46年途絶えたままだった。 角居にとっては、開業してから初めての海外遠征である。世界に通用する厩舎にすると掲げていた男の、最初の一歩だった。角居は前年ダンスインザムードを送り出した藤沢和雄厩舎のスタッフから段取りを聞き、聞いたことを一つずつ工夫に変えていく。遠征期間中の独立記念日に競馬場の近くで派手な花火が上がると知ると、普段は使わないメンコを用意した。現地には綱を張れる洗い場がないと知ると、日本にいるうちから、一人が馬を持ち一人が洗う方法に切り替えた。 一緒に行くはずだった僚馬ディアデラノビアは骨折が判明し、遠征は一頭になった。6月20日、現地入り。調教では、日本では行われないポニーの誘導で馬場を出入りした。彼女はそのポニーより落ち着いていた。角居は本番の馬場入りにもポニーを使うと決めた。 枠順抽選で引いたのは大外の13番。当日に1頭の取消が出て、12頭立てになった。1番人気は、フランケル調教師がスーパーフィリーと呼んだ4戦無敗のメリョールアインダ。シーザリオはスリーディグリーズと並ぶ2番人気だった。 初めて走る競馬場で、どこから動くか。福永は横山典弘の言葉を思い出している。どこの競馬場だろうと2000メートルは2000メートルだ。三、四番手につけ、三コーナーあたりから動く。それが立てた作戦だった。この競馬場は小回りで直線が短く、三コーナーはもう残り二ハロンの地点にあたる。 スタートだけは気をつけようと考えていた福永の思いどおり、好発を切った。スローの流れの3番手。三コーナーの手前で追い出すと、馬なりのまま先頭に立った。直線は独走だった。追い込んできたメリョールアインダとの差は4馬身。 1分59秒03。2003年のディミトロヴァの記録を0秒95縮めるレースレコードで、4馬身という着差もまた、この競走のレコードだった。現地の実況は、彼女を日本のスーパースターと呼んだ。 日本調教馬による初めてのアメリカG1制覇だった。父内国産馬として、また中央のクラシックを勝った馬として、初めての海外G1でもあった。牡牝を問わず、3歳の日本調教馬が海外で勝ったのも、これが初めてだった。角居厩舎にとっても、最初の海外G1である。 母キロフプリミエールもまた、アメリカで走り、アメリカで重賞を勝った牝馬だった。娘は同じ国で、母が届かなかった格を獲った。

右前の、外側

陣営は秋のブリーダーズカップ・フィリー&メアターフまで視野に入れたローテーションを口にしていた。 しかし帰国後、放牧に出されたノーザンファームで、右前外側の繋靭帯炎を発症していることが分かった。三年前に持ち掛けられたときの言葉が、いちばん高いところで追いついてきた。長期休養に入る。 休んでいるあいだに、評価だけが上がっていった。2005年のレーティングで与えられた120ポンドは、国際的に整合性のあるレーティングを受けた日本調教牝馬として史上最高の数字で、1997年のジャパンカップで2着に入ったエアグルーヴの119ポンドを超えていた。同じ年の3歳芝部門でも、東京優駿で124ポンドを得たディープインパクトに次ぐ2位である。 JRA賞最優秀3歳牝馬の投票では147票を集めた。桜花賞とNHKマイルカップを勝ち、秋にはマイルチャンピオンシップで古馬相手に3着まで走ったラインクラフトが138票。9票の差だった。最優秀父内国産馬にも211票で選ばれている。 2006年、炎症は引いてきたように見えた。新設された第1回ヴィクトリアマイルへ向けて調整が進む。だが、その過程で繋靭帯炎が再発した。炎症は慢性化しており、全治には一年以上かかると見られた。4月5日に引退が発表され、19日付でJRAの競走馬登録が抹消された。 三歳の五月に日本のオークスを勝ち、七月にアメリカのオークスを勝ち、四歳の四月に競走馬をやめた。走ったのは六度だった。

舞台の名前

引退した時期が日本では種付けシーズンにあたっていたため、その年のうちに繁殖に上がった。2006年4月22日にクロフネ、不受胎から5月16日にキングカメハメハ。翌2007年5月2日、初仔となる牡馬が生まれる。名はトゥエルフスナイト。母が偽名を借りてきた芝居そのものの題だった。 続く二番仔は牝馬で、ヴァイオラと名づけられた。男装を解いたあとの、本当の名前である。トゥエルフスナイトは2010年9月18日に札幌で初勝利を挙げたが、体質の弱さから1戦1勝で登録を抹消された。ヴァイオラは慎重に調整されながら、デビュー前の2011年5月、蹄葉炎の悪化で死んだ。 名前はそのあとも同じ棚から選ばれた。ロザリンド、クローディオ、グローブシアター、シーリア、ファーストフォリオ、テンペスト。劇の登場人物、劇の題、劇場、そして戯曲を初めて一冊にまとめた本。牧場の名簿に、シェークスピアが一頭ずつ並んでいった。 キングカメハメハ産駒の二頭が脚部不安で大成しなかったことを受け、2009年、陣営は四肢の頑健なシンボリクリスエスを選ぶ。2010年2月11日に生まれた三番仔がエピファネイアだった。菊花賞とジャパンカップを含む重賞4勝。その菊花賞で手綱を取ったのは、福永祐一である。母に五度跨った男が、八年後、その息子でGIを勝った。エピファネイアは種牡馬に上がると、初年度産駒から無敗の牝馬三冠馬デアリングタクトを出した。 六番仔リオンディーズは朝日杯フューチュリティステークスを勝ち、2015年度の最優秀2歳牡馬に選ばれた。九番仔サートゥルナーリアはホープフルステークスと皐月賞を勝ち、2019年度の最優秀3歳牡馬になった。 三頭のGI馬。ダンシングキイ、ハルーワスウィートに並ぶ日本記録タイである。異なる種牡馬で三頭のGI馬を出したこと、三頭ともGI牡馬だったこと、そしてGI馬である母が三頭のGI馬を産んだこと——この三つは、いずれも日本競馬史上で初めてのことだった。四番仔ロザリンドは自身は未勝利に終わったが、繁殖に上がってオーソリティを産んでいる。 十二頭を産んだ。2021年2月27日、子宮周囲の動脈断裂による出血性ショックで、ノーザンファームで死んだ。

三つ目のオークス

アメリカンオークスの先に、もう一つのオークスがあった。福永は、ヨークシャーオークスへ向かうプランを胸のうちで温めていたのだという。日本とアメリカとヨーロッパ、三つの大陸のオークスを、三歳の一年で獲る。その構想は角居に相談する機会も持たないまま、故障と引退で消えた。 「ハリウッドパークの3コーナーから先頭に立って、このままちぎって勝てる!と確信できたあの凄い手応えは、いつまでも忘れないでしょうね」[^1] 忘れないでしょうね、と彼は言う。だがそれは誓いというより、条件だったのではないか。あの手応えは、その後どこの競馬場でも、誰にも配られなかった。次の一戦で確かめ直すことも、翌年の府中で古馬と比べることも、三つ目のオークスで答え合わせをすることもできない。六度の出走のうちの最後の一度に、たった一度だけ渡されて、それきりだった。だから彼は忘れられない。覚えている以外に、あの数秒を残しておく方法がなかった。 福永は2023年2月28日に騎手を引退し、翌日付で調教師免許を受け、2024年3月6日に自分の厩舎を開けた。二十年を超えて手綱を握り、この馬を、自分が乗ったなかで群を抜く最強の牝馬だと評した男である。その手にいまも残っているのは、記録ではないのだろう。仕掛けに応えて、馬のほうから馬なりで前へ出ていった、あのカリフォルニアの数秒だ。

出典:Number Web(文=片山良三)「福永祐一「まさに運命の名牝ですね」 シーザリオは日米欧オークスを獲るつもりだった? 今だから明かした“幻の仰天構想”とは」2022年5月21日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/853191 、閲覧日:2026年8月2日。

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