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キャプテントゥーレ
通算成績20戦5勝
獲得賞金3億8,097万円
生年月日 2005.04.05(平成17年)毛色 芦毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 12 | GIII七夕賞 | 中山 芝2000 | 1人気 | 小牧太 | 2:01.4 | 上り36.3 | — | |
| 2 | GII金鯱賞 | 京都 芝2000 | 2人気 | 小牧太 | 2:02.5 | 上り36.4 | 映像 | |
| 5 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 小牧太 | 1:57.9 | 上り35.4 | — | |
| 2 | GII中山記念 | 中山 芝1800 | 4人気 | 小牧太 | 1:46.4 | 上り34.9 | — | |
| 13 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 9人気 | 小牧太 | 2:00.1 | 上り36.4 | 映像 | |
| 1 | GIII朝日チャレンジカップ | 阪神 芝2000 | 2人気 | 小牧太 | 1:59.2 | 上り34.8 | — | |
| 7 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 3人気 | 横山典弘 | 1:32.0 | 上り35.3 | 映像 | |
| 3 | GII読売マイラーズカップ | 阪神 芝1600 | 5人気 | 川田将雅 | 1:33.1 | 上り34.0 | — | |
| 11 | GIIアメリカジョッキークラブカップ | 中山 芝2200 | 1人気 | C.ルメール | 2:14.5 | 上り36.7 | — | |
| 4 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 3人気 | 川田将雅 | 1:33.4 | 上り34.4 | 映像 | |
| 12 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 6人気 | 川田将雅 | 1:58.5 | 上り34.9 | 映像 | |
| 1 | GIII朝日チャレンジカップ | 阪神 芝2000 | 1人気 | 川田将雅 | 2:00.0 | 上り34.0 | — | |
| 4 | GIII関屋記念 | 新潟 芝1600 | 4人気 | 川田将雅 | 1:33.2 | 上り33.8 | — | |
| 1 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 7人気 | 川田将雅 | 2:01.7 | 上り35.2 | 映像 | |
| 4 | GII報知杯弥生賞 | 中山 芝2000 | 5人気 | 川田将雅 | 2:02.2 | 上り35.1 | — | |
| 3 | GI朝日杯フューチュリティステークス | 中山 芝1600 | 4人気 | 川田将雅 | 1:33.9 | 上り35.4 | 映像 | |
| 1 | GIIデイリー杯2歳S | 京都 芝1600 | 3人気 | 川田将雅 | 1:35.6 | 上り34.5 | — | |
| 3 | OP野路菊S | 阪神 芝1800 | 1人気 | 武豊 | 1:47.9 | 上り35.4 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 小倉 芝1800 | 1人気 | 武豊 | 1:50.4 | 上り35.0 | — | |
| 8 | 2歳新馬 | 阪神 芝1800 | 1人気 | 武豊 | 1:50.3 | 上り37.1 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父アグネスタキオンAgnes Tachyon | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| アグネスフローラ | ロイヤルスキー | |
| アグネスレディー | ||
| 母エアトゥーレ | トニービンTony Bin | カンパラKampala |
| Severn Bridge | ||
| スキーパラダイスSki Paradise | Lyphard | |
| Ski Goggle |
旅程 — この馬の物語
2005年生まれの芦毛の牡馬。父アグネスタキオン、母エアトゥーレ。主な勝ち鞍は皐月賞・デイリー杯2歳S・朝日チャレンジC。
世界の果て ― 千歳の芦毛
2005年4月5日、北海道千歳市の社台ファームに芦毛の牡馬が生まれた。 母系の来歴は、ほとんど地図のようだった。曾祖母スキーゴーグルはアメリカでエイコーンステークス(米G1)を勝ち、その娘スキーパラダイスはフランスのアンドレ・ファーブル厩舎から出走してムーラン・ド・ロンシャン賞(仏G1)を制した。1994年のその一勝は、日本人騎手による海外G1初制覇でもある。鞍上は武豊だった。輸入されたスキーパラダイスが日本で産んだ芦毛の牝馬がエアトゥーレで、2001年の阪神牝馬ステークスを勝ち、翌年には海を渡ってモーリス・ド・ゲスト賞(仏G1)で2着に食い込んだ。曾祖母、祖母、母。芦毛は三代続き、この仔にも渡った。 名は、その母系から採られている。祖母スキーパラダイスの半弟に、きさらぎ賞を勝ち1995年のケンタッキーダービーにまで送り出されたスキーキャプテンという馬がいた。その「キャプテン」に、母エアトゥーレの「トゥーレ」を足す。キャプテントゥーレ。Thule――古代の地理学が世界の北の果てに置いた、伝説の島の名である。一年早く生まれた半姉には、同じ言葉に「究極の」を冠してアルティマトゥーレと名がついていた。世界の果て。この牝系は、名前からして遠くを向いていた。 父はアグネスタキオン。2001年の皐月賞を無敗で制しながら、左前脚の屈腱炎でダービーの舞台に立てず、4戦4勝のまま競走生活を終えた馬である。5代のうちに父系と母系の双方からロイヤルスキーが3×4で入る、締まった配合だった。 社台レースホースが総額5000万円で会員を募り、馬は栗東の森秀行厩舎に入った。森は高校を出て北海道へ渡り、若い頃に社台ファームの千歳分場で働いている。この馬が生まれた牧場である。1995年にスキーキャプテンをケンタッキーダービーへ送り出したのも、母エアトゥーレをヨーロッパへ遠征させたのも、その森である。
代役 ― 二〇〇七年の秋
2007年7月8日、阪神の芝1800m、2歳新馬。武豊が跨った。祖母にも母にも騎乗した男が、三代目の背にいたことになる。栗東の坂路で51秒5といった2歳離れした時計を連発していたこの馬は単勝1.8倍の1番人気に支持され、そして8着に敗れた。 もっとも、この新馬戦は特別だった。勝ったのは、のちに宝塚記念を勝つアーネストリー。2着に阪神ジュベナイルフィリーズと優駿牝馬を勝つトールポピー、3着にシンザン記念を勝つドリームシグナルが入っている。ひとつの新馬戦から、GI・JpnI馬が三頭、重賞勝ち馬が四頭。8着に沈んだこの馬自身が、その三頭のうちの一頭になる。 3週間後、小倉の未勝利戦を武豊で勝ち上がる。秋は新潟2歳ステークスへ向かう予定だったが、この夏に競馬界を揺らした馬インフルエンザの移動制限で帰厩が遅れ、回避した。9月の野路菊ステークスは1番人気で3着。 10月13日、京都のデイリー杯2歳ステークス。武豊は騎乗停止の期間中で、この馬に乗ることができなかった。代役に立ったのが、川田将雅である。佐賀の競馬一族に生まれ、曾祖父が騎手、祖父と父が調教師という家の子だった。前年に初めて重賞を勝ち、初めてGIに騎乗し、その秋に落馬して右腕を折り、年明けにようやくターフへ戻ってきていた。 追い切りで栗東の坂路を49秒8で駆け上がっていたにもかかわらず、周囲の評価は高くない。調教で走るだけの馬だと見られていたのである。単勝7.5倍の3番人気。川田は先手を取る形で運び、タケミカヅチを抑えて重賞初制覇を果たした。 12月の朝日杯フューチュリティステークスはスタートで後手を踏んだ。逃げるゴスホークケンを捕まえられず、直線の坂の手前でもたついて、追い比べになったレッツゴーキリシマも交わせずに3着。代役だったはずの鞍上は、そのまま主戦になっていた。
下手に乗った、という設計図 ― 二〇〇八年四月二十日
3月9日の弥生賞は5番人気の4着。勝ったのはマイネルチャールズだった。川田はこの一戦を、自分の失敗として持ち帰っている。4番手につけながら外を回し続けた。追い切りでは切れる脚を使うのに、レースではじわじわとしか伸びない馬なのだ。前を捕まえに行く競馬では、この馬は届かない――。 4月20日、中山の皐月賞。18頭立ての6番、単勝17.1倍の7番人気。週末に降った雨で、芝はやや緩んでいた。 ゲートが開くと、キャプテントゥーレはひと息でハナに立った。テンの3ハロン36秒2、1000m通過61秒4。馬場の悪化を差し引いても、明白なスローペースである。動くに動けない後続を2馬身のリードで置いたまま、川田はラップを刻み続けた。1番人気マイネルチャールズの松岡正海は、この緩い流れでは動いた方が負けだった、展開が向かなかったとレース後に振り返っている。 4コーナーから直線へ。川田は後ろを振り返らず、この馬の長所であるバテない脚を使い切ることだけを考えて追った。ターフビジョンに映る位置関係を見て、勝ったと思ったという。着差は2馬身半。2着は中団の内から伸びたタケミカヅチで、デイリー杯2歳ステークスに続いて、この馬にまた先着したことになる。3着マイネルチャールズ。武豊は2番人気ブラックシェルに騎乗して6着だった。 レース後、川田は前走をこう総括している。「弥生賞は僕が下手に乗ってしまいました」[^1]。下手に乗った、という自己申告が、そのまま次の一戦の設計図になっていた。 22歳。デビュー4年目。GIもクラシックも、これが初めてだった。管理する森秀行にとっては、2000年のエアシャカール以来2度目の皐月賞。そして父アグネスタキオンは2001年の皐月賞馬である。父と仔が、同じ中山の2000mを勝った。
出典:スポーツナビ「キャプテントゥーレ鮮やか逃走V! 22歳・川田が初クラシック=皐月賞」2008年4月20日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200812040008-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
あと二ハロン
「ダービーではあと2ハロン(400メートル)の延長、これがキャプテントゥーレにとってどれくらい大きなものかはハッキリとはまだ分からないですけど、きょうの感じだと止まるような感じはしませんでした」[^1] 皐月賞の直後、川田はそう言った。森も次走はダービー直行と明言していた。 二日後の4月22日、遠征先の中山競馬場から栗東へ帰る準備をしているとき、歩様に異変が見つかる。競馬場の診療所で検査を受けると、左第三手根骨の骨折だった。復帰までおよそ一年。ダービーは消えた。 父と、同じだった。アグネスタキオンも皐月賞を勝った直後に故障し、ダービーの舞台に立てないまま去っている。違ったのは、父は二度と走らなかったことだ。 6月1日、東京優駿。皐月賞馬のいない府中を勝ったのは、ディープスカイだった。父はアグネスタキオン。デビューから5戦勝てず、3歳の1月にようやく未勝利を脱した栗毛である。自らは一度も立てなかったダービーの表彰台に、父は同じ年の春、別の仔の名で立った。 そのゲートに、皐月賞馬はいなかった。
出典:スポーツナビ「キャプテントゥーレ鮮やか逃走V! 22歳・川田が初クラシック=皐月賞」2008年4月20日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200812040008-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
一年四か月 ― 姉と弟の週末
2009年2月まで担当した調教助手の牧浦充徳は、のちに自分の厩舎を開く。長い休養から戻ってきたこの馬の世話を引き継いだのは、地方競馬の騎手からトレーニングセンターに移ってきた徳江涼だった。 復帰は2009年8月9日、新潟の関屋記念。1年4か月ぶりのレースで、上がり33秒8の脚を使って4着に入る。久々を思えば、地力の残っていることは十分に伝わった。 9月12日、阪神の朝日チャレンジカップ。1番人気に応え、直線で3歳馬ブレイクランアウトとの叩き合いを制した。皐月賞から1年5か月ぶりの勝利である。 そして翌13日、同じ阪神でセントウルステークスが行われた。勝ったのは半姉のアルティマトゥーレ。エアトゥーレの初仔で、体質の弱さから1年5か月の休養を挟み、美浦へ移って蘇った牝馬だった。土曜に弟、日曜に姉。エアトゥーレの仔が、二日続けて重賞のゴール板を先頭で通過した。 秋のGIは厳しかった。11月1日の天皇賞(秋)は2番手から進んで直線で失速し12着。11月22日のマイルチャンピオンシップは好スタートから2番手を追走したが、直線で外へよれて4着。勝ったのは、いずれもカンパニーだった。
逃げて、粘って
2010年は1月のアメリカジョッキークラブカップから始まった。1番人気、鞍上はC.ルメール。3番手を進んで直線で止まり、11着。4月のマイラーズカップは好位から馬群を割って3着、6月の安田記念は横山典弘を背に4番手から伸びを欠いて7着だった。 9月11日、阪神の朝日チャレンジカップ。小牧太に乗り替わったこの日、キャプテントゥーレは自分でハナを切って押し切った。連覇であり、重賞4勝目であり、そしてこれが最後の勝利になった。10月31日の天皇賞(秋)は3番手から13着。勝ったのはブエナビスタである。 6歳の2011年、小牧を背にした四戦は、この馬の走り方をそのまま並べたようなシーズンだった。2月の中山記念は逃げて粘り、ヴィクトワールピサの2着。4月の産経大阪杯は速い流れを自分で作って5着。5月の金鯱賞は不良馬場を平均ペースで引っ張り、直線でルーラーシップにかわされて2着。GIには届かない。それでも逃げても先行しても、古馬の重賞戦線から落ちなかった。 7月10日、中山の七夕賞。1番人気に支持され、2番手に控えて運んだが、直線半ばで失速して12着。これが最後の一戦になる。10月20日付でJRAの競走馬登録が抹消された。20戦5勝、重賞4勝、獲得賞金3億8097万2000円。デビューから引退まで、厩舎は栗東の森秀行のまま変わらなかった。
千歳へ
2012年、北海道安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬になった。2016年のシーズンはレックススタッドに移り、その年の種付けを最後に種牡馬を退く。産駒からは2018年の黒潮盃を勝ったクロスケが出た。母の父としては、2026年のリリーカップをセルアウトクラウドが勝っている。 一族の時間も流れた。母エアトゥーレは2018年に繁殖を退き、2021年3月13日に24歳で死んだ。重賞勝ち馬を四頭送った牝馬だった。半姉アルティマトゥーレは、2016年2月15日、五番仔を産んだ翌日に世を去っている。12歳。残された弟妹は走り続けた。半弟クランモンタナが2016年の小倉記念を勝ち、半妹コンテッサトゥーレは桜花賞で3着に入り、半弟シルヴァーソニックは2022年のステイヤーズステークスを、翌年にはサウジアラビアのレッドシーターフハンデキャップを制した。世界の果てを名に負った一族は、ほんとうに海を渡っていった。 川田将雅のほうも歩き続けた。キャプテントゥーレで得たGIの一勝から、次のJRA・GIまでには二年半かかっている。2010年の菊花賞をビッグウィークで、2012年の優駿牝馬をジェンティルドンナで、2014年の桜花賞をハープスターで勝ち、そして2016年5月29日、六年連続十回目の挑戦となった東京優駿をマカヒキで勝った。史上八人目の五大クラシック完全制覇である。その五つのうち最初のひとつが、あの中山の逃げ切りだった。皐月賞馬が立てなかった府中の2400mに、代役として跨った若武者のほうが、八年かけて辿り着いたことになる。 2016年12月、キャプテントゥーレは生まれた牧場へ帰った。11歳だった。名を分けてくれた大叔父スキーキャプテンは、ケンタッキーのダービーを14着で走り終えている。名を継いだこの馬は、府中のダービーに出ることができなかった。二頭のキャプテンは、どちらもダービーの向こう側には辿り着いていない。それでもあの日の中山で、この馬は最初から最後まで先頭を走っていた。2026年4月5日で、21歳になった。
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