名馬の記憶を、
再生する。
サイトの出馬表
このサイトの、すべての入口。- 今週の競馬WEEKLY重賞日程・観戦コラム・展開シミュレーション
- 名馬録HORSES馬柱と映像で辿る、一頭の全成績と引退後
- レースRACES重賞ごとの歴代優勝馬と、その映像
- 年表TIMELINE一年一走 — 1950年から、年ごとの紙面で
- 物語STORIES三冠馬の系譜、芦毛の怪物たち — 連載読み物
- 牧場帖BOKUJŌ-CHŌ北海道 — 引退馬たちの「いま」を訪ねる帳面
- ドリームレースDREAM時代を越えた夢の一戦を、千回走らせる
- このサイトについてABOUT方針・映像と画像の扱い・お問い合わせ
物語で辿る
テーマ別に名馬の歴史を読む・観る年表ICHINEN-ISSO — 2400m
牧場帖
一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。名馬録
スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。
ブラストワンピース
通算成績18戦7勝
獲得賞金5億8,942万円
生年月日 2015.04.02(平成27年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 5 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 3人気 | 岩田康誠 | 2:00.0 | 上り35.9 | 映像 | |
| 3 | GIII鳴尾記念 | 中京 芝2000 | 5人気 | 岩田康誠 | 2:01.4 | 上り34.0 | 映像 | |
| 中 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 9人気 | 横山武史 | — | 映像 | ||
| 11 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 7人気 | 池添謙一 | 1:59.5 | 上り34.6 | 映像 | |
| 16 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 4人気 | 川田将雅 | 2:18.0 | 上り40.3 | 映像 | |
| 7 | GI大阪杯 | 阪神 芝2000 | 3人気 | 川田将雅 | 1:59.0 | 上り34.4 | 映像 | |
| 1 | GIIアメリカジョッキークラブカップ | 中山 芝2200 | 1人気 | 川田将雅 | 2:15.0 | 上り36.1 | 映像 | |
| 11 | GI凱旋門賞 | パリロンシャン 芝2400 | 5人気 | 川田将雅 | — | 映像 | ||
| 1 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 3人気 | 川田将雅 | 2:00.1 | 上り34.9 | 映像 | |
| 8 | GII目黒記念 | 東京 芝2500 | 1人気 | 池添謙一 | 2:29.1 | 上り35.8 | 映像 | |
| 6 | GI大阪杯 | 阪神 芝2000 | 1人気 | 池添謙一 | 2:01.3 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | 池添謙一 | 2:32.2 | 上り35.7 | 映像 | |
| 4 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 1人気 | 池添謙一 | 3:06.5 | 上り34.1 | 映像 | |
| 1 | GIII新潟記念 | 新潟 芝2000 | 1人気 | 池添謙一 | 1:57.5 | 上り33.5 | 映像 | |
| 5 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 2人気 | 池添謙一 | 2:23.8 | 上り34.5 | 映像 | |
| 1 | GIII毎日杯 | 阪神 芝1800 | 1人気 | 池添謙一 | 1:46.5 | 上り33.9 | 映像 | |
| 1 | ゆりかもめ賞 | 東京 芝2400 | 2人気 | 池添謙一 | 2:27.6 | 上り34.0 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 東京 芝1800 | 5人気 | 池添謙一 | 1:51.4 | 上り33.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ハービンジャーHarbinger | Dansili | デインヒルDanehill |
| Hasili | ||
| Penang Pearl | Bering | |
| Guapa | ||
| 母ツルマルワンピース | キングカメハメハKing Kamehameha | Kingmambo |
| マンファスManfath | ||
| ツルマルグラマー | フジキセキFuji Kiseki | |
| エラティスElatis |
旅程 — この馬の物語
2015年生まれの鹿毛の牡馬。父ハービンジャー、母ツルマルワンピース。主な勝ち鞍は有馬記念・毎日杯・新潟記念。
突風と、母の名 ― 血と名付け
2015年4月2日、北海道安平町のノーザンファーム。母ツルマルワンピースの初仔として、鹿毛の牡馬が生まれた。生まれたときから脚が内向していて、育成は慎重に運ばれている。デビュー前から悪かったのは右前脚の球節である。一口馬主法人のシルクレーシングが「ツルマルワンピースの15」として募った額は総額2000万円、一口4万円の500口。1歳のころはまだ見栄えのする馬体ではなく、評価が動いたのは2歳の夏、肉付きが一気に変わってからだった。 母ツルマルワンピースは中央で21戦3勝。2010年の阪神ジュベナイルフィリーズでレーヴディソールの5着に入っている。管理していたのは栗東の橋口弘次郎で、その厩舎から移ってきたアンヴェイルという馬が、のちにこの仔を預かる調教師に開業初勝利をもたらすことになる。 父ハービンジャーは、2010年のキングジョージ六世&クイーンエリザベスステークスを11馬身差で圧勝したイギリス馬である。そのレース史上最大の着差とコースレコードを同時に置いていき、しかし直後の調教で左前脚を骨折して引退し、日本で種牡馬になった。母の父はキングカメハメハ。二代母ツルマルグラマーの半弟には、2009年の日経賞を勝ち、同じ年の天皇賞・春と2007年の菊花賞では2着に泣いたアルナスラインがいる。牝系はファミリーナンバー9-c、テューダーミンストレルやフェアトライアルを送り出したレディジュラーの直牝系にあたる。 名は「突風」と、母の名の一部から採られた。ブラストワンピース。 預けられたのは美浦の大竹正博。旧姓を大崎という。父は元騎手の大崎昭一――1969年のダイシンボルガード、1981年のカツトップエースで東京優駿を二度制した名手である。息子は当初獣医師を志していたが、1992年に父がレッツゴーターキンで天皇賞・秋を勝ったのを見て、競馬の世界で働くことを考えるようになった。麻布大学の獣医学部を出て、北海道の牧場で馬乗りを覚え、競馬学校の厩務員課程を経て調教助手になり、2009年に自分の厩舎を開いている。ブラストワンピースが入厩したとき、開業からまだ九年目だった。 この馬はレースで緑色のシャドーロールを着けていた。影を怖がる癖を矯正するためではない。顔の大きな馬なので見栄えを良くするために着けているのだと、大竹は説明している。
無傷の三連勝 ― 二〇一七年秋から二〇一八年春
2017年11月19日、東京の芝1800m、2歳新馬。同じ日、京都ではマイルチャンピオンシップが行われていた。鞍上には、栗東所属ながらその日東京で乗る予定のあった池添謙一が起用された。脚元の事情からダートでのデビューも検討された馬は、単勝5番人気。14頭立ての好位から進み、直線では一瞬前が壁になりながら、進路が開くと瞬時に反応して上がり3ハロン33秒3で差し切った。まさかあんな脚を使うとは思わなかった、と大竹は驚いている。夏の北海道でデビューさせる予定を球節の状態で先送りした末の、秋の初陣だった。 年明けのゆりかもめ賞は稍重の東京芝2400m。メンバー最速の上がり34秒0で突き放し、2着ドレークに4馬身差をつけた。背腰に疲れの残りやすい体質で、この2戦目からは二か月前後の間隔を空けるローテーションが敷かれていく。 3戦目に選んだのは阪神の毎日杯。ここまでは脚元の事情で右回りを避けてきたから、コーナーの大きいワンターンのこのレースが、初めての右回りだった。直線入り口で内ラチに接触するアクシデントがありながら、2着ギベオンに2馬身差。デビューから無傷の三連勝で、重賞初制覇だった。陣営は皐月賞を使わず、東京優駿への直行を表明する。
東京の直線 ― 二〇一八年五月二十七日
中間で馬体が増えた。当日は前走から10キロ増の532キロ。それでも、無敗のダノンプレミアムに次ぐ2番人気に支持された。 池添が唯一の不安に挙げていたのはスタートだった。その不安が当たる。ゲートで立ち遅れ、後方からの競馬になった。道中で位置を押し上げていったが、四コーナーでは下がってきたジェネラーレウーノを交わすロスがあり、直線に入ってからは外のワグネリアンに進路を塞がれて、思うように加速できない。最後は差を詰めたものの、勝ったワグネリアンから0秒2差の5着だった。 レース後、池添は、自分が直線でうまく出してやれていたら結果は違ったはずだと悔やんだ。この悔いは、四年近く経ってからもう一度、まったく違う場面で口をついて出ることになる。
大外、ノーステッキ ― 新潟記念と菊花賞
夏を休ませて、秋初戦は新潟記念。古馬と初めて相対する一戦を、3歳の54キロで迎えた。後方に待機し、直線では大外へ持ち出して、鞭を使わないまま抜け出す。1分57秒5、上がり33秒5、2着メートルダールに0秒3差。ノーステッキで勝てた、と池添は振り返っている。3歳馬による新潟記念制覇は35年ぶりで、自身の重賞2勝目だった。 クラシック最終戦の菊花賞は1番人気。ところが京都の芝3000mは、このレースには珍しいほどのスローに落ち着いた。最初の下り坂でペースが緩んだため後方に控え、一周目のスタンド前でいつでも動けるよう外目に位置を確保し、早めに動いたエタリオウをマークして進む。二周目の四コーナーで遠心力に振られて外へ膨れ、それを立て直す間に、決め手のある馬たちが伸びてきた。フィエールマンの4着、勝ち馬とは0秒4。 この新潟記念と菊花賞で、手入れの行き届いた馬に贈られるベストターンドアウト賞を、担当の持ち乗り調教助手・八木大介が続けて受けている。まだGIには手が届いていなかったが、パドックに引かれてくるこの馬は、仕上げの美しい一頭だった。
中山二五〇〇 ― 二〇一八年十二月二十三日
有馬記念のファン投票で、この馬は19位だった。6063票。GIをまだ勝っていない3歳馬に、票はそれほど集まらない。それでも出走16頭のうち3歳はこの一頭だけで、単勝は8.9倍の3番人気に推された。1番人気は天皇賞・秋を勝ったレイデオロ、2番人気はジャパンカップでアーモンドアイに0秒3差まで迫ったキセキ。この日は、サトノダイヤモンドの引退レースでもあった。 枠順抽選会で、池添は4枠8番を引き当てた。 稍重の中山。最内からオジュウチョウサンがハナを主張したが、一コーナー手前でキセキが先頭に立つ。ブラストワンピースは中団のやや前、外を回って追走した。三コーナーから四コーナーにかけて早めに仕掛け、直線では逃げ粘るキセキを残り100mで交わす。外から伸びてきたのがレイデオロだった。上がりはレイデオロの35秒4が最速で、こちらは35秒7。それでもクビだけ、先にゴール板を過ぎたのはブラストワンピースの方だった。2分32秒2。 3歳馬による有馬記念制覇は史上19頭目、2016年のサトノダイヤモンド以来である。GIは三度目の挑戦で、初めて手が届いた。 鞍上の池添にとっては、有馬記念4勝目だった。2009年のドリームジャーニー、2011年と2013年のオルフェーヴル――それまでの三勝は、いずれも全兄弟である二頭で挙げたものだ。四勝目は、血も厩舎も違う3歳馬で来た。同一レースの最多勝記録は、この日更新された。 そして大竹正博にとっては、開業10年目にして初めてのGIだった。父・大崎昭一が騎手として二度勝ったレースが、この中山の2500mである。1967年、21歳でカブトシローに騎乗して当時の八大競走における最年少勝利記録をつくり、1979年にはグリーングラスの引退レースにテン乗りで臨み、三コーナーで先頭に立ってそのまま押し切った。息子が調教師として最初に手にしたタイトルは、父が二度立ったのと同じ場所にあった。 この年、ブラストワンピースはJRA賞最優秀3歳牡馬に選ばれている。
世界へ ― 二〇一九年
古馬になった初戦は大阪杯。前年の有馬記念で戦ったキセキやマカヒキに加え、同世代のダービー馬ワグネリアン、マイルチャンピオンシップを勝ったステルヴィオ。自身を含めGI馬8頭が並ぶ中で1番人気に推された。後方から三、四コーナーにかけて進出を試みたが、直線では外へ持ち出す形になって伸びきれず、流れ込むだけの6着に終わる。 大阪杯を戦った多くが宝塚記念へ向かう中、この馬が選んだのは目黒記念だった。当初はクリストフ・ルメールと初めて手を組む予定だったが、ルメールが騎乗停止となって池添が続投する。メンバー最重量の59キロを背負って1番人気。高速馬場のレコード決着となり、直線で失速して8着。有馬記念のあと、1番人気を背負って二度続けて敗れたことになる。 夏の札幌記念で、川田将雅と初めてコンビを組んだ。ワグネリアン、フィエールマンら同世代のGI馬が集まった一戦で3番人気。道中は9番手の後方に置かれた。直線で馬群の狭いところを突いて先団に取り付き、一歩抜け出していたサングレーザーをクビ差で捉える。この年の初勝利だった。 そこからイギリスへ渡って調整を積み、10月6日、パリロンシャン。フィエールマン、キセキとともに凱旋門賞のゲートに入った。午前中に降った雨で馬場は重。道中は中団の好位を進んだが、直線で伸びを欠き、12頭立ての11着に終わる。川田は敗因に馬場を挙げつつ、ゴールを過ぎてもすぐには止まれず、止まってからも歩くのがやっとになるほど体力を出し切った、とこの馬を労った。 帰国後、連覇の懸かる有馬記念を含む年内の競走はすべて回避し、翌年のアメリカジョッキークラブカップから始動することが決まった。
二周目の三コーナー ― 二〇二〇年
1月26日、中山のアメリカジョッキークラブカップ。前年のオールカマーを制したスティッフェリオ、ミッキースワローらを相手に1番人気。まずまずのスタートから先団につけ、直線では内に進路を取って、先に抜け出したステイフーリッシュをゴール前で差し切った。重賞5勝目。グランプリ馬の貫禄、という言い方が、この日は素直に当てはまった。 だが、そこからの一年は長かった。4月の大阪杯は3番人気で7着。前年とまったく同じ、最も嫌な形になったと大竹は振り返っている。宝塚記念はファン投票10位の支持を受けて4番人気に推されたが、稍重の馬場で16着。11月の天皇賞・秋は2019年の目黒記念以来となる池添とのコンビで、見せ場をつくれないまま11着。馬体重は550キロまで増えていた。 12月27日、有馬記念。二年前に頂を取ったのと同じ中山の2500mに、9番人気で戻ってきた。鞍上は横山武史。先行策を取ったが、二周目の三コーナーの手前で一気に後退した。異状を感じた鞍上が競走を止め、レースは直線を待たずに終わっている。診察の結果は心房細動。脚元に問題はなかった。
二度目の馬生
心房細動は、多くの場合すぐに正常な拍動へ戻る。1988年から1997年までのJRAの出走延べ40万4090頭を対象にした疫学調査では発生は123頭、そのうち114頭が24時間以内に治療なしで回復していた。身体には後を引かない。ただ、全力で走っている最中にそれを起こした馬が、走ること自体を避けるようになる可能性は残る――そうした懸念とともに、2021年6月5日、中京の鳴尾記念で復帰した。鞍上は岩田康誠。5番人気で、勝ったユニコーンライオンから0秒7差の3着。走ることを、この馬はやめていなかった。 次走は8月22日の札幌記念。この間、6月24日付で大竹厩舎の管理馬はいったん手塚貴久厩舎へ籍を移しており、札幌記念はその期間中の一戦になった。8枠12番から3番人気に推され、勝ったソダシから0秒5差の5着。8月下旬に、馬はふたたび大竹厩舎へ戻っている。 そのあと、右前脚の球節が悲鳴をあげた。デビュー前から不安を抱えていたのと同じ関節である。痛みが出て放牧に出された。復帰を目指して治療が続けられたが患部の状態は改善せず、2022年1月19日に引退が発表され、翌20日付で競走馬登録が抹消された。18戦7勝、獲得賞金5億8942万1000円。母はその後も同じ配合で仔を産み、全妹サンドレスも全弟ブラストウェーブも、兄と同じ大竹厩舎に入っている。 治療と並行して種牡馬入りが模索されたが、父ハービンジャーがなお種牡馬として第一線にあること、中長距離を担う種牡馬の需要という現実があり、実現しなかった。行き先は北海道苫小牧市のノーザンホースパーク。乗馬になることが発表された。 その報せに、池添はインスタグラムでこう書いた。「(前略)ダービー、菊花賞、大阪杯と自分が上手く乗れば勝ってたんじゃないかと…そうすれば種牡馬としての道があったのにと…申し訳ない気持ちでいっぱいです。有馬記念だけでも種牡馬になれると思っていました。(中略)騎手としての責任を感じています」[^1]。2018年の東京の直線で口にした悔いを、この人はまだ手放していなかった。 ただ、それは競馬というブラッドスポーツの物差しの上での話である。苫小牧の牧場で、この馬は鞍を着け直し、馬場馬術という別の競技を覚え始めた。手綱を取るのは加藤諒。最初にすれ違ったときは体が大きすぎて、サラブレッドだと思わなかったという。手入れをしているとしきりにちょっかいを出してくる。「人を見て態度を変えているんです。賢い馬なんですよ」[^2]。 2023年8月、北海道馬術大会の馬場馬術で1位。9月の北海道秋季馬術大会でも1位に入り、引退競走馬による全国大会RRCのファイナルにも進んだ。よそ行きの場面ほど勝負強い、と加藤は言う。 脚を内に向けて生まれた鹿毛は、520キロでデビューし、550キロまで大きくなり、中山の2500mで一度だけ日本の頂に立った。血を継ぐ道は与えられなかったが、鞍を置く背中は残った。その牧場で、この馬は今日も人の手にちょっかいを出している。
出典:Number Web「有馬記念の覇者が“乗馬”に…ブラストワンピースはなぜ種牡馬になれなかったのか? 血統専門家「タイトルがもうひとつあれば…」(島田明宏)」2022年2月12日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/852018 、閲覧日:2026年7月25日。/テレ東スポーツ「ブラストワンピース 馬術競技でも大活躍中の「重戦車」ブラピはヤンチャで人懐っこい【もうひとつの引退馬伝説2】」2025年12月28日配信、https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2025/12/041041.html 、閲覧日:2026年7月25日。
このサイトについて
名馬ジャーニーとは
名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。
情報について
本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。
競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。
文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。
画像について
本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。
映像について
本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。
動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。
名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。
広告について
本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。
アクセス解析について
本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。
免責事項
掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
お問い合わせ・権利者の方へ
掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。