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ブランディス
通算成績36戦9勝
獲得賞金2億7,650万円
生年月日 1997.03.20(平成9年)毛色 鹿毛性 セン
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | JGⅠ中山グランドジャンプ | 中山 障4250 | 2人気 | 大江原隆 | 4:47.0 | 上り13.5 | 映像 | |
| 1 | JGⅠ中山大障害 | 中山 障4100 | 3人気 | 大江原隆 | 4:40.9 | 上り13.7 | — | |
| 3 | OP秋陽ジャンプS | 東京 障3300 | 1人気 | 大江原隆 | 3:40.2 | 上り13.3 | — | |
| 1 | 障害3歳以上OP | 中山 障3210 | 1人気 | 大江原隆 | 3:36.0 | 上り13.5 | — | |
| 1 | 障害4歳以上OP | 中山 障3200 | 1人気 | 大江原隆 | 3:35.8 | 上り13.5 | — | |
| 1 | 障害4歳以上OP | 中山 障3200 | 1人気 | 田嶋翔 | 3:43.6 | 上り14.0 | — | |
| 2 | OP春麗ジャンプS | 中山 障3200 | 7人気 | 大江原隆 | 3:36.2 | 上り13.5 | — | |
| 1 | 障害4歳以上未勝利 | 中山 障2880 | 1人気 | 大江原隆 | 3:17.6 | 上り13.7 | — | |
| 4 | 障害3歳以上未勝利 | 中山 障2880 | 4人気 | 大江原隆 | 3:15.8 | 上り13.6 | — | |
| 9 | 日高特別 | 札幌 芝2000 | 9人気 | 小野次郎 | 2:03.0 | 上り36.1 | — | |
| 14 | 洞爺湖特別 | 函館 芝2000 | 10人気 | 木幡初広 | 2:05.4 | 上り37.4 | — | |
| 6 | 潮来特別 | 中山 芝2500 | 4人気 | 蛯名正義 | 2:34.1 | 上り35.9 | — | |
| 4 | 大島特別 | 東京 ダ1600 | 5人気 | 蛯名正義 | 1:38.6 | 上り36.5 | — | |
| 4 | 4歳以上1000万下 | 東京 ダ1600 | 5人気 | 蛯名正義 | 1:38.4 | 上り36.6 | — | |
| 1 | 3歳以上500万下 | 中山 ダ2400 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:33.1 | 上り38.0 | — | |
| 9 | 3歳以上500万下 | 東京 芝1800 | 4人気 | 後藤浩輝 | 1:51.5 | 上り36.5 | — | |
| 16 | 3歳以上500万下 | 札幌 芝2000 | 3人気 | 勝浦正樹 | 2:05.8 | 上り37.9 | — | |
| 5 | 3歳以上500万下 | 札幌 ダ1700 | 2人気 | 勝浦正樹 | 1:46.9 | 上り39.5 | — | |
| 2 | 3歳以上500万下 | 札幌 ダ1700 | 3人気 | 勝浦正樹 | 1:46.5 | 上り38.0 | — | |
| 3 | 湯浜特別 | 函館 芝2000 | 4人気 | 勝浦正樹 | 2:05.5 | 上り36.5 | — | |
| 4 | 館山特別 | 中山 芝2000 | 4人気 | 後藤浩輝 | 2:03.4 | 上り38.2 | — | |
| 7 | 4歳以上900万下 | 東京 芝2000 | 8人気 | 後藤浩輝 | 2:01.9 | 上り35.8 | — | |
| 6 | 4歳以上900万下 | 東京 ダ2100 | 12人気 | 蛯名正義 | 2:12.2 | 上り37.1 | — | |
| 15 | 4歳以上900万下 | 中山 ダ1800 | 4人気 | 勝浦正樹 | 1:55.8 | 上り39.9 | — | |
| 1 | 4歳以上500万下 | 中山 ダ1800 | 1人気 | 蛯名正義 | 1:54.2 | 上り39.0 | — | |
| 2 | 4歳以上500万下 | 中山 ダ1800 | 2人気 | 蛯名正義 | 1:55.2 | 上り39.3 | — | |
| 6 | 4歳以上500万下 | 東京 芝1800 | 1人気 | 勝浦正樹 | 1:50.0 | 上り36.5 | — | |
| 2 | 4歳以上500万下 | 東京 芝1800 | 3人気 | 勝浦正樹 | 1:48.9 | 上り35.4 | — | |
| 2 | 4歳500万下 | 中山 芝1800 | 2人気 | 勝浦正樹 | 1:50.9 | 上り37.0 | — | |
| 9 | GII報知杯弥生賞 | 中山 芝2000 | 11人気 | 江田照男 | 2:04.1 | 上り37.6 | — | |
| 2 | 4歳500万下 | 中山 芝2200 | 6人気 | 後藤浩輝 | 2:16.1 | 上り36.8 | — | |
| 2 | 4歳500万下 | 東京 ダ1600 | 5人気 | O.ペリエ | 1:40.1 | 上り36.6 | — | |
| 8 | OPいちょうS | 東京 芝1600 | 8人気 | 勝浦正樹 | 1:36.5 | 上り35.8 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 札幌 芝1800 | 3人気 | 勝浦正樹 | 1:52.8 | 上り38.5 | — | |
| 4 | 3歳新馬 | 函館 芝1200 | 5人気 | 小野次郎 | 1:13.5 | 上り38.2 | — | |
| 8 | 3歳新馬 | 函館 芝1200 | 8人気 | 小野次郎 | 1:13.3 | 上り38.0 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サクラバクシンオーSakura Bakushin O | サクラユタカオー | テスコボーイTesco Boy |
| アンジェリカ | ||
| サクラハゴロモ | ノーザンテーストNorthern Taste | |
| クリアアンバーClear Amber | ||
| 母メゾンブランシュ | Alleged | Hoist the Flag |
| Princess Pout | ||
| ブランシユレインBlanche Reine | Nureyev | |
| Belga |
旅程 — この馬の物語
1997年生まれの鹿毛のせん馬。父サクラバクシンオー、母メゾンブランシュ。
芝千二百から
1999年7月18日、函館競馬場の第六競走。芝千二百メートルの新馬戦に、鹿毛の一頭が出走した。父はサクラバクシンオー。スプリンターズステークスを二年続けて勝ち、千二百メートルという距離をほとんど自分の名前にしてしまった馬である。その仔を、いちばん短いところに置いてみる。順当な考えだった。 結果は十頭中の八着。二週間後、同じ函館の同じ千二百でもう一度走らせて、七頭中の四着だった。 三戦目で距離を伸ばした。八月二十九日、札幌の芝千八百メートル。鞍上を勝浦正樹に替えて、ここを勝ち上がる。デビューから六週間で未勝利を抜けたのは早い部類に入る。ただし勝った場所は、父の名前から六百メートル遠かった。秋にはオープンのいちょうステークスへ向かい、八頭立ての八着。距離も格も、まだどこにも噛み合っていない。 母はメゾンブランシュ、母の父はAlleged。祖母はフランスから輸入されたブランシユレイン、綴りはBlanche Reine——白い女王という。この一族は代々、名前に「ブランシュ」を、つまり白を継いできた。早来のノーザンファームで生まれたこの鹿毛だけが、その白から少しずれた名をもらっている。ブランディス。
ダート二千四百の一勝
2000年3月5日、中山の弥生賞。皐月賞のトライアルである。十一番人気で九着、勝ったフサイチゼノンから1秒8離された。クラシックの本番に名前を書き込む機会は、この一走で消えている。 そこから二年、この馬は条件戦のなかにいた。芝もダートも、千六百から二千五百まで試された。二着が六度あった。あと少しが六度あった、ということでもある。 2000年12月17日、中山のダート千八百。蛯名正義が乗って、ようやく二勝目を挙げる。 そして2001年12月15日、中山のダート二千四百メートル。一番人気に応え、二着に0秒9をつけて勝った。サクラバクシンオーの仔が、ダートの二千四百を勝つ。父の産駒の勝ち鞍が並ぶ表のなかで、ずいぶん奇妙な一行だった。 三勝目は天井でもあった。2002年は千万下の条件で五回走り、掲示板に載ったのは二度だけ。夏に北海道へ渡ると、函館の洞爺湖特別で十四着、札幌の日高特別で九着。八月十七日のその一戦が、平地での最後になる。 平地二十七戦三勝。この馬はせん馬だった。ブラッドスポーツとしての競馬において、彼が残せるものは、走った記録のほかにない。
六十キロを背負う
2002年12月15日、中山の第五競走。障害三歳以上未勝利。斤量は六十キロだった。平地の終わりごろに背負っていたのは五十五キロから五十七キロで、そこへいきなり三キロ以上が足されたことになる。 鞍上に大江原隆がいた。 大江原は1957年、福島の生まれである。1978年に内藤一雄厩舎からデビューしたが、初年は体重が重く、障害の免許から始めた。平地の免許を取ったのは翌年。以後二十年以上、この人の主戦場は障害だった。 四つ上に兄がいる。大江原哲。弟より七年早くデビューし、障害で百三十勝を挙げ、1986年の中山大障害(春)をライバコウハクで、1992年の春と秋をシンボリクリエンスで勝った。中山の大障害は、大江原家では兄のものだった。 弟に重賞が回ってきたのは1999年4月11日である。中山大障害の春が「中山グランドジャンプ」と名を変えた、その第一回。六番人気のメジロファラオで勝った。デビューから二十一年後、四十一歳で手にした最初の重賞が、いきなり障害の最高峰だった。 ブランディスの障害初戦は十四頭中の四着。年が明けて2003年1月6日、二戦目を好位から抜け出して勝つ。 そこからの一年で、この馬は格を駆け上がった。二月の春麗ジャンプステークスは七番人気ながら二着に食い下がり、0秒1だけ前にビッグテーストがいた。三月の不良馬場を1秒6差で圧勝し(この一戦だけは田嶋翔が乗っている)、四月も勝ち、夏を休んで九月も勝った。三連勝である。 十一月八日、東京の秋陽ジャンプステークス。単勝1.4倍の一番人気に推されて三着。1秒2前にいたのはメルシータカオーだった。 障害七戦四勝。初めて跳んだ一戦をのぞけば、負けたのは二度だけである。次の目標は暮れの中山大障害と決まった。単勝の支持は三番目だった。前年の中山グランドジャンプを勝って2003年のJRA賞最優秀障害馬に選ばれたビッグテーストが一番人気に推され、重賞を三つ続けて勝ってきたウインマーベラスもそこにいた。
雪の十二月、そして一月十日
2003年12月27日、中山は雪だった。芝コースが雪に埋まり、その日の平地の芝競走はすべてダートに替えられた。中山大障害だけは替えようがない。第百二十六回は施行されず、年を越した。仕上がった馬を、二週間そのまま持たせることになる。 四千百メートルは、第三コーナーの手前から始まる。まず順回りに四分の三周。向正面で襷(たすき)コースへ入る。この競走と春の中山グランドジャンプでしか使われない、年に二度だけの専用の走路で、五つ目の障害として大竹柵が待っている。跳んだらそこから逆回りになる。第四、第三と回って、もう一度襷へ戻り、七つ目に大生垣。それからまた順回りに直り、第四コーナーからダートを横切って芝の直線へ出る。七つの障害を、十一回跳ぶ。谷を六回、下って上る。バンケットと呼ばれる坂の昇降である。 ゲートが開いて、先に行ったのはチアズシャイニングだった。ブランディスはその二番手につけ、すぐに前へ出た。 出たら、譲らなかった。 逃げるというのは、障害では贅沢な選択である。前に馬がいないぶん、踏み切りの目測は自分の呼吸で作れる。そのかわり、跳ぶたびに歩幅を組み直す仕事も、着地して脚を揃え直す仕事も、ぜんぶひとりで引き受けることになる。それを十一回。谷を下るたびに前脚へ体重が乗り、上るたびに息が削られる。六十三キロは、そのすべてに付いてくる。 大江原は、前に出た馬を前に置いたままにした。 最後の直線に、障害はない。跳ぶものが尽きたところから、まだ走らなければならない。ブランディスはそこで後続を突き放した。後方から追い上げてきたウインマーベラスが差を詰めたけれど、間に合わなかった。 四分四十秒九。ビッグテーストは四着だった。
最初の一つ
藤原辰雄は1952年、北海道の生まれである。1980年に美浦の坂本栄三郎厩舎で調教助手になり、佐藤嘉秋、伊藤正徳と移って、1994年に調教師免許を取り、翌年に自分の厩舎を開いた。開業初年の暮れ、朝日杯三歳ステークスにフィールドプリンスを送っている。十二頭立ての十二番人気で、十二着。それが最初の重賞挑戦だった。 開業から十年目の2004年1月10日。この中山大障害が、藤原辰雄にとってJRAでの重賞初勝利であり、同時にGI初勝利になった。 馬主は(有)サンデーレーシング。黒地に赤の十字襷、袖に黄の縦縞。この勝負服がJRAのGIを勝ったのも、この日が初めてである。 そして大江原隆にとっては、兄が十一年前の暮れに勝ったのと同じレースだった。1992年12月26日、シンボリクリエンス、大江原哲。同じ四千百メートルを、今度は四十六歳の弟が先頭で通過した。生涯の重賞四勝のうち二つを、大江原はこの一頭から受け取ることになる。 その年、大江原の次男が競馬学校に入った。十四歳の圭は四年後に騎手になり、やがて父と同じように障害へ乗るようになる。
五馬身
2004年4月17日、中山グランドジャンプ。四千二百五十メートル。 逃げたのはメルシータカオーだった。五か月前の秋陽ジャンプステークスで、一番人気のブランディスを1秒2ちぎった馬である。ブランディスはそこへ、早々に並びかけていった。待つ競馬をしなかった。 最後は五馬身あった。 一月に先着したのは、単勝一番人気に推された前年の最優秀障害馬。四月に負かしたのは、五か月前に自分を負かした馬である。この馬が障害で勝てなかったのは、初めて跳んだ一戦を含めて三度きり。そのうち先着を許した二頭には、どちらもJ・GIの舞台で勝ち返したことになる。 障害九戦六勝。六つの勝ち鞍は、未勝利戦からJ・GI二つまで、すべて中山競馬場で挙げたものだった。 秋になって脚部不安が出た。復帰の目処は立たず、引退が決まる。四月の中山グランドジャンプが最後の一走になった。七歳である。その年の暮れ、ブランディスのいない中山大障害を、メルシータカオーが勝っている。2004年のJRA賞最優秀障害馬には、ブランディスが選ばれた。 大江原隆は翌2005年いっぱいで現役を退いた。最後のひと月を藤原辰雄厩舎の所属として過ごし、鞍を降りたあとは調教助手になっている。
跳ばない競技
引退後、ブランディスは北海道へ戻り、ノーザンホースパークで乗馬になった。 名前のほうは、母のところから別の枝へ渡っていった。一つ下の半妹にブランシェリーがいる。その娘が、2015年のマーメイドステークスを勝ったシャトーブランシュ——「白いお城」の意で登録された名である。そしてシャトーブランシュの仔に、イクイノックスがいる。その馬が2022年の暮れに有馬記念を勝った中山の芝の直線は、大伯父にあたる鹿毛のせん馬が先頭で走り抜けた場所と、同じところだった。血は一滴も渡していない。渡したのは、血統書の隅に書かれる続柄の一行だけである。 2008年9月、北海道乗馬連盟の秋季馬術大会に、ブランディスは馬場馬術の競技馬として出た。十一歳。函館の芝千二百で一度、中山の障害未勝利で一度、これで三度目のデビューになる。跳ぶものは一つもなく、時計も計られない。中山の大生垣を先頭で越えた脚が、越えなくていい場所を、合図のとおりに歩いていた。
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