名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ブラックエンブレムのイメージビジュアル
ブラックエンブレムBlack Emblem
Black Emblem

ブラックエンブレム

通算成績10戦4勝

獲得賞金16,434万円

生年月日 2005.01.22(平成17年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ブラックエンブレムの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
9 GIIIバランシーン アラブ首長国連邦 芝1777 M.キネーン
1 GI秋華賞 京都 芝2000 11人気 岩田康誠 1:58.4 上り34.6映像
15 GII関西TVローズS 阪神 芝1800 4人気 岩田康誠 1:49.4 上り37.9
4 GI優駿牝馬 東京 芝2400 6人気 松岡正海 2:29.1 上り35.8映像
10 GI桜花賞 阪神 芝1600 4人気 松岡正海 1:35.1 上り35.0映像
1 GIIIフラワーカップ 中山 芝1800 1人気 松岡正海 1:49.5 上り36.1
1 きんせんか賞 中山 芝1600 1人気 松岡正海 1:35.1 上り36.5
3 葉牡丹賞 中山 芝2000 6人気 柴山雄一 2:03.5 上り34.6
1 2歳未勝利 東京 芝1600 4人気 佐藤哲三 1:36.5 上り34.5
8 2歳新馬 札幌 芝1800 5人気 藤岡佑介 1:51.7 上り35.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ブラックエンブレムの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ウォーエンブレムWar EmblemOur EmblemMr. Prospector
Personal Ensign
Sweetest LadyLord at War
Sweetest Roman
ヴァンドノワールヘクタープロテクターHector ProtectorWoodman
Korveya
プリンセスデリーデPrincesse d'ElideVaguely Noble
Flashy
STORY

旅程 — この馬の物語

2005年生まれの黒鹿毛の牝馬。父ウォーエンブレム、母ヴァンドノワール。主な勝ち鞍は秋華賞・フラワーC。

二〇〇六年、中山 ― 姉が還らなかった日

2006年、中山競馬場。一頭の牝馬がレースの最中に心房細動を起こし、そのまま還らなかった。ロイヤールハント。2003年2月14日生まれ、父フサイチコンコルド、母ヴァンドノワール。ノーザンファームの生産で、田原邦男が初めてセレクトセールで競り落とした馬だった。当歳で735万円、リザーブ価格――売り手が定めた最低落札価格――での購買である。二歳の夏に札幌で一度走り、二度目の出走が中山だった。生涯二戦、勝ち星は無い。 預かっていたのは美浦の小島茂之。2002年に馬主資格を取った田原とは、そのころからの付き合いだった。入厩してからの調教もよく、素晴らしい馬だと馬主に伝えていた矢先の出来事だった。 その小島が、ノーザンファームに掛け合った。ロイヤールハントの下に二歳下の妹がいる、譲ってほしい、と。 田原が牧場へ見に行くと、出てきたのは蹄を痛め、毛並みもよくない、もっさりとした馬だった。セリ場で磨き上げられた馬ばかりを見てきた目には、大丈夫かと思えたという。それでも彼は連れて帰ることに同意する。「購入したのは完全に師の情熱ですね」[^1]。のちに田原はそう振り返っている。

出典:JBISサーチ「馬主って、こんなに楽しい 第4回 田原邦男さん」、https://enjoy.jbis.or.jp/owner/message/04/、閲覧日:2026年8月1日。

黒い紋章 ― 名と血

妹は、姉が倒れる一年前に生まれていた。2005年1月22日、北海道安平町――当時の早来町――のノーザンファーム。黒鹿毛の牝馬である。 名はブラックエンブレムになった。母ヴァンドノワールは黒ワインの意で、そのノワール(黒)と、父ウォーエンブレムの後半とを継いだ形になる。だがこの名には、もう一つの読み方が与えられていた。黒い紋章――喪章である。還らなかった姉を悼む名だった。 父ウォーエンブレムは2002年のケンタッキーダービーとプリークネスステークスを勝った米国の二冠馬で、サンデーサイレンスを失った社台グループが1700万ドルを投じて日本へ連れてきた、次代の柱になるはずの種牡馬だった。ところがこの馬は、あてがわれる繁殖牝馬のほとんどに興味を示さなかった。初年度に種付けが成立したのは七頭。シンジケートは一年で解散する。二年目の2004年、種付けの場所を釧路へ移すなどの試行錯誤を重ねてようやく約五十頭と交配でき、翌2005年に生まれて競走馬登録に至った産駒は三十三頭だった。ブラックエンブレムは、その三十三頭のうちの一頭である。 母系も薄くはない。祖母プリンセスデリーデはイギリス生まれで、その父はヴェイグリーノーブル。この牝系からは、京都大賞典と京都記念を勝ったナリタセンチュリーが出ている。血統表の五代内には Mr. Prospector が3×4で入っていた。

札幌の八着 ― 二〇〇七年

デビューは2007年8月12日、札幌の芝1800m。開幕週の2歳新馬戦で、鞍上は藤岡佑介。5番人気に推されたが、サブジェクトの前に8着だった。 いったん放牧に出て、秋に美浦へ入る。11月4日、東京の芝1600m。佐藤哲三が手綱を取り、4番人気で未勝利戦を勝ち上がった。上がり三ハロンは34秒5、二戦目での初勝利である。 暮れは阪神ジュベナイルフィリーズに登録したが、一勝馬は抽選対象で、その抽選に漏れて出走できなかった。同じ週の葉牡丹賞に回り、柴山雄一を背に6番人気の3着。年内はそこまでで、山元トレーニングセンターへ放牧に出された。

一枠一番 ― 中山で二つ

2月14日に美浦へ帰厩。3月1日のきんせんか賞は中山の芝1600m、枠は一枠一番だった。手綱は松岡正海。1番人気に応えて4馬身差で快勝し、オープン馬になった。 三週間後の3月22日、同じ中山、同じ一枠一番でフラワーカップ。重賞は初挑戦だったが、ここでも1番人気に支持された。松岡は好スタートからハナを切り、一度も先頭を譲らないまま直線を粘り切る。二着レッドアゲートとの差はタイム上では付かないほどきわどかったが、先にゴール板を通過したのはブラックエンブレムだった。 開業から六年目の小島茂之にとって、これが重賞初勝利だった。田原邦男にとっても初めての重賞である。蹄を痛めた、もっさりとした牝馬を牧場から連れ帰った二人が、中山のウイナーズサークルに立っていた。

桜と樫 ― 届かなかった春

4月4日、栗東トレーニングセンターへ入った。関東の厩舎が大一番の前だけ馬を関西に置く、いわゆる栗東留学である。 4月13日、阪神の桜花賞。18頭立ての八枠十六番で4番人気。馬体重は460kg、キャリアで最も重い数字だった。結果は10着、見せ場は作れなかった。勝ったのは12番人気のレジネッタで、三連単は700万円を超える波乱になった。 一か月半後の優駿牝馬は、稍重の府中の2400m。馬体重は444kg、桜花賞から16kg落ちていた。6番人気。松岡は最初のコーナーを二番手で通過し、四コーナーでも三番手のまま直線を向く。坂の上で先に抜け出したのはエフティマイア、それを内から差し切ったのがトールポピーだった。桜花賞馬レジネッタが三着に追い込み、ブラックエンブレムはそのレジネッタからクビ差の4着でゴールする。勝ち馬とは0秒3。前で運び、粘って、三頭ぶんだけ足りなかった。 春のクラシックは、そうして終わった。

十一番人気 ― 二〇〇八年十月十九日

秋初戦は9月21日のローズステークス、馬場は重。鞍上は岩田康誠に替わり、4番人気に支持されたが15着に沈んだ。田原は敗因を考えて、重馬場がまったく苦手なのではないかと思い当たる。そう信じるしかなかった、とのちに語っている。 一か月後、10月19日の京都。牝馬三冠の最終戦、秋華賞。天候は晴、芝は良。この一戦の前にも、陣営はふたたび馬を栗東に置いていた。単勝2990円、18頭立ての11番人気。人気はオークス馬トールポピーと桜花賞馬レジネッタが分け合っている。同じ小島厩舎からは、16番人気のプロヴィナージュも同じゲートに入った。 エアパスカルが引っ張り、向正面でプロヴィナージュがハナを奪ってペースは速くなった。前が飛ばせば、中団以降で待つ馬に有利な流れになる――そう見えた。ブラックエンブレムはその馬群の内、中団でじっと脚を溜めている。オークスもローズステークスも前で運んで負けていた馬が、この日だけは違う競馬をしていた。 直線、ハナを奪ったプロヴィナージュが粘りに粘る。息の入らない流れに脚を使わされた後続は、前との差をなかなか詰められない。十六番人気の逃げ切りかと見えた瞬間、内から一頭、外から一頭が出てきた。内がブラックエンブレム、外が8番人気のムードインディゴ。1分58秒4。プロヴィナージュを交わし去り、外から迫るムードインディゴを二分の一馬身だけ抑えて、先頭でゴールした。 三連単の払い戻しは1098万2020円。同じ年の桜花賞の700万円も、前年のNHKマイルカップの900万円も上回る、当時のGI史上最高の配当だった。 小島茂之は開業六年目、GI初出走から三年半で最初のGIを手にした。同じ日を、田原邦男はこう振り返っている。「大人になって、こんなに無邪気に喜んでいいのかなと思うくらいはしゃいでしまって」[^1]。席から口取りへ向かう道順を、彼は覚えていないという。

出典:JBISサーチ「馬主って、こんなに楽しい 第4回 田原邦男さん」、https://enjoy.jbis.or.jp/owner/message/04/、閲覧日:2026年8月1日。

鼻から ― 二〇〇九年の終わり

四歳になった2009年、陣営はドバイ遠征を選ぶ。1月21日に関西国際空港を発ち、2月5日のケープヴェルディステークスを初戦に据えて調整に入った。ところが1月28日、鼻出血が確認される。規定により20日間は出走できない。初戦は諦め、目標を2月20日のバランシーンステークスへ切り替えた。 ナドアルシバの芝1777m、鞍上はキネーン。だが、レースの最中にまた鼻から血が出た。九頭立ての9着、勝ち馬から大きく離された最下位である。これが生涯十戦目になった。 帰国後は投薬で出血を抑えながら、夏のクイーンステークスでの復帰を目指した。8月12日、ダートコースでの追い切りのあと、また出血した。8月14日、競走馬登録抹消。10戦4勝、獲得賞金1億6434万3000円。四歳の夏だった。 京都で先頭でゴールしてから、まだ十か月と経っていなかった。

安平の母 ― 黒が残るということ

生まれ故郷のノーザンファームに戻り、繁殖牝馬になった。 初仔テスタメントはディープインパクトとの間に生まれ、小島茂之厩舎で二十六戦を走って三つ勝った。二番仔ブライトエンブレムは父ネオユニヴァース、2014年の札幌2歳ステークスを勝ち、母の産駒として初めて重賞を制している。管理したのは、やはり小島茂之だった。六番仔ウィクトーリアは父ヴィクトワールピサ、2019年のフローラステークス。これも小島厩舎である。牧場から連れ帰った牝馬に初めての重賞とGIをもらった厩舎が、その息子と娘でまた重賞を勝ったことになる。 八番仔はキタサンブラックとの間に生まれ、ブラックノワールと名づけられた。黒は、この一族の名からまだ消えていない。 田原邦男と小島茂之の付き合いも続いた。2019年のセレクトセールで、二人はまた一頭を最低落札価格で買っている。800万円。名はオニャンコポン、アカン語で「偉大な者」の意である。2022年1月、この馬は京成杯を勝った。ロイヤールハントを競り落とした2003年のセレクトセールから、十九年が経っていた。 父ウォーエンブレムは2015年の種付けを最後に種牡馬を退き、アメリカへ帰って功労馬繋養施設で余生を送り、2020年3月11日に世を去った。二十一歳。日本に残した産駒は多くない。その少ない仔の一頭が、京都で牝馬三冠の一冠を勝った。 姉が還らなかったとき、妹はまだ一歳で、北海道にいた。喪章の名を与えられ、やがて京都で先頭に立ち、四歳の夏に鼻からの血で走ることをやめた。そして生まれ故郷で母になり、十頭を超える仔を送り出した。悼むために付けられた黒い紋章は、いつのまにか、続いていくもののほうの印になった。

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