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ビッグウィーク
通算成績26戦5勝
獲得賞金2億1,912万円
生年月日 2007.03.20(平成19年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 11 | 障害4歳以上OP | 新潟 障2890 | 6人気 | 小坂忠士 | 3:10.1 | 上り13.2 | — | |
| 5 | 障害3歳以上OP | 京都 障3170 | 1人気 | 小坂忠士 | 3:32.1 | 上り13.4 | — | |
| 9 | 阪神ジャンプS | 阪神 障3140 | 4人気 | 小坂忠士 | 3:30.8 | 上り13.4 | — | |
| 2 | 障害3歳以上OP | 小倉 障2900 | 2人気 | 小坂忠士 | 3:09.9 | 上り13.1 | — | |
| 1 | 障害3歳以上未勝利 | 中京 障3000 | 1人気 | 小坂忠士 | 3:21.8 | 上り13.5 | — | |
| 13 | GIII鳴尾記念 | 阪神 芝2000 | 15人気 | 秋山真一郎 | 2:00.2 | 上り35.7 | — | |
| 14 | OP都大路S | 京都 芝1800 | 14人気 | 幸英明 | 1:49.7 | 上り37.5 | — | |
| 12 | OP大阪ーハンブルクカップ | 阪神 芝2400 | 10人気 | 四位洋文 | 2:30.6 | 上り37.8 | — | |
| 7 | OP福島テレビOP | 福島 芝1800 | 6人気 | 田中勝春 | 1:49.2 | 上り36.0 | — | |
| 12 | GIII小倉大賞典 | 小倉 芝1800 | 7人気 | 中舘英二 | 1:46.9 | 上り35.7 | — | |
| 14 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 13人気 | 福永祐一 | 1:34.4 | 上り35.8 | — | |
| 16 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 5人気 | C.ルメール | 4:08.4 | 上り53.4 | — | |
| 17 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 14人気 | 川田将雅 | 1:59.8 | 上り38.9 | 映像 | |
| 11 | GII毎日王冠 | 東京 芝1800 | 11人気 | 川田将雅 | 1:47.5 | 上り34.3 | — | |
| 10 | GII日経賞 | 阪神 芝2400 | 4人気 | 四位洋文 | 2:30.0 | 上り38.8 | — | |
| 6 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 6人気 | 川田将雅 | 2:15.0 | 上り35.6 | — | |
| 1 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 7人気 | 川田将雅 | 3:06.1 | 上り34.4 | 映像 | |
| 3 | GII神戸新聞杯 | 阪神 芝2400 | 5人気 | 川田将雅 | 2:26.4 | 上り34.1 | — | |
| 1 | 玄海特別 | 小倉 芝2000 | 1人気 | 川田将雅 | 1:58.3 | 上り35.2 | — | |
| 1 | 都井岬特別 | 小倉 芝1800 | 1人気 | 川田将雅 | 1:47.6 | 上り35.0 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 阪神 芝1800 | 1人気 | 川田将雅 | 1:46.8 | 上り35.0 | — | |
| 2 | 3歳未勝利 | 京都 芝1800 | 5人気 | 池添謙一 | 1:47.4 | 上り35.6 | — | |
| 2 | 3歳未勝利 | 京都 芝1600 | 1人気 | 武豊 | 1:34.8 | 上り35.5 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 阪神 芝1600 | 4人気 | 藤岡佑介 | 1:35.2 | 上り35.7 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 京都 芝1600 | 8人気 | 藤岡佑介 | 1:36.4 | 上り35.6 | — | |
| 8 | 2歳新馬 | 阪神 芝1600 | 6人気 | 武豊 | 1:36.5 | 上り34.8 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父バゴBago | Nashwan | Blushing Groom |
| Height of Fashion | ||
| Moonlight's Box | Nureyev | |
| Coup de Genie | ||
| 母タニノジャドール | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| タニノブーケ | ノーザンディクテイター | |
| タニノヒユールパス |
旅程 — この馬の物語
2007年生まれの青鹿毛の牡馬。父バゴ、母タニノジャドール。主な勝ち鞍は菊花賞。
重大な週 ― 酒の名が尽きて
2007年3月20日、北海道新ひだか町のカントリー牧場に、青鹿毛の牡馬が生まれた。父は2004年の凱旋門賞馬バゴ。引退して日本に輸入され、種牡馬としての供用が始まったばかりで、初年度に102頭の牝馬を集めていた。その最初の世代の一頭である。母はタニノジャドール、母の父はサンデーサイレンス。 牧場の繁殖主任は、この仔を、おとなしくて群れのなかでは目立たない馬だったと振り返っている。生産者であり馬主でもある谷水雄三は、冠名「タニノ」に酒の名を重ねて所有馬を名づけてきた。タニノギムレット――カクテルの名である。だがそのころには、使える酒名のストックが尽きていた。三年前のウオッカと同じように冠名は外され、この牡馬には「重大な週」を意味する名が与えられる。ビッグウィーク。 デビュー前、調教で跨がった武豊が「この馬、ゆくゆくは走ってきますよ」と言い残していた――菊花賞を前にした週、厩舎の助手はそう明かしている[^1]。そのときはまだ、どの週が重大なのか、誰にも分からなかった。
出典:スポーツニッポン「【菊花賞】ビッグウィークに漂う下克上の雰囲気」2010年10月22日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/10/22/kiji/K20101022Z00002140.html 、閲覧日:2026年7月30日。
菊だけが空いていた ― カントリー牧場の四十七年
カントリー牧場は1963年、ゴルフ場を営む実業家・谷水信夫が静内に三十ヘクタールの土地を買って開いた牧場である。信夫は鍛え抜いて強くするという信条を持ち、牧場で毎日三千から四千メートルを走らせた。世間はそれを谷水式ハードトレーニングと呼んだ。 創業二年目の生産馬から、1968年にマーチスが皐月賞を、タニノハローモアが東京優駿を勝つ。1970年にはタニノムーティエが皐月賞と東京優駿を連勝した。ところが、三頭とも最後の一冠には届かない。マーチスとタニノハローモアは菊花賞でアサカオーに阻まれ、ムーティエは十一着に沈んだ。やがて信夫が交通事故で急逝し、三十二歳の雄三が牧場を継ぐ。成績は急速に落ち込み、牧場の順位は1974年の三位から、1980年には九十七位まで沈んだ。 浮き上がったのは2002年、タニノギムレットの東京優駿である。二十八年ぶりのGI級制覇だった。2007年にはその娘ウオッカが、牝馬として六十四年ぶりのダービー馬になる。それでも菊花賞だけが、四十年以上、空いたままだった。 ビッグウィークの母系も、その牧場の歴史そのものだ。信夫がイギリスから買って牧場に入れた、アイルランド産の牝馬イシュクーダー。その娘タニノヒュールパス、孫のタニノブーケは1984年のデイリー杯3歳ステークスを勝ち、繁殖に上がって新潟記念のタニノボレロと、神戸新聞杯のタニノクリエイトを産んだ。母タニノジャドールは、その二頭の妹にあたる。 そしてタニノクリエイトもまた、神戸新聞杯を勝って菊花賞へ向かい、マヤノトップガンの年に十四着で終わっていた。同じ牝系が、同じ順路をたどって、同じ舞台に届かなかった。
四度の二着
2009年9月27日、阪神の芝1600メートル。武豊を背にした新馬戦は八着だった。11月の京都、12月の阪神と未勝利戦で二着。年が明けた1月の京都では単勝2.3倍の一番人気に推されながら、また二着。三戦続けて、あと一歩が縮まらない。 体は細く、見た目も幼く、走り方は頭が高い。長浜博之は、その幼さがそのまま取りこぼしになっていたと見ていた。加えてソエ――管骨骨膜炎がずっと痛んでいたのだと、厩舎スタッフはのちに明かしている。無理はさせず、五か月の放牧に出された。 6月の復帰戦も二着。四度目である。ようやく勝ったのは7月10日、阪神の芝1800メートルだった。初めて手綱を取った川田将雅とのコンビで、二着に二馬身。デビューから六戦目、三歳の夏だった。
小倉の夏、そして格上挑戦
8月7日、小倉の都井岬特別。一番人気に応えてハナを奪い、二馬身半差で逃げ切った。9月4日の玄海特別では二番手を進み、最終コーナーで抜け出す。追ってきたマイネルゴルトとトレイルブレイザーを四分の三馬身振り切って三連勝。ひと夏で準オープンまで駆け上がった。 猛暑のなかを走り続けても、この馬は平気だった。ほかの馬が肩で息をしているときもけろりとしている、心肺機能が強い――それが厩舎の見立てである。 だが長浜は、古馬の準オープンで張り合うのに手ごろな条件戦が見当たらないと考えていた。そこで選んだのが、三歳限定の格上挑戦だった。菊花賞トライアルの神戸新聞杯。積極的な理由ではない。 9月26日、阪神。一番人気は東京優駿を制したエイシンフラッシュ、二番人気は前年の朝日杯フューチュリティステークスを勝ちダービーで二着したローズキングダム。二頭が1.9倍と3.0倍なら、ビッグウィークは12.7倍の五番人気だった。最内枠からハナを切り、スローに落として引っ張る。向正面で二頭に先頭を譲って三番手に下がったが、直線でもう一度抜け出した。そこへ外から、ダービーの一、二着馬の脚が伸びてくる。三馬身。かわされて三着。それでも菊花賞の優先出走権だけは、手のなかに残った。 母の兄が十五年前にたどったのと、同じ順路だった。
淀、三コーナーの下りから
2010年10月24日、京都は小雨だった。皐月賞を勝ったヴィクトワールピサは凱旋門賞を目指してフランスにあり、ダービー馬エイシンフラッシュは筋肉痛で直前に回避。クラシックを勝った馬が一頭もいない菊花賞になった。 一番人気は2.1倍のローズキングダム、鞍上は武豊。ビッグウィークは23.2倍の七番人気で、重賞はまだ一つも勝っていない。 手綱を取る川田将雅は、騎乗停止明けの週末を迎えていた。三週間前のスプリンターズステークス、ダッシャーゴーゴーで直線を前にサンカルロの進路を塞ぐ斜行があり、二位で入線しながら四着に降着している。自分の手綱が招いた裁定であり、開催四日間の騎乗停止を科されての、この一戦だった。 ゲートが開くと、十一番人気のコスモラピュタが後続を十馬身も突き放して大逃げを打った。ローズキングダムもトウカイメロディもヒルノダムールも中団。ビッグウィークは三番手、大逃げの一頭を除けば実質の先頭で、三千メートルを運んでいく。 三コーナー、京都の坂を上って下る。その下りから、川田は動いた。まだ早い。だが早いままロングスパートを続け、直線を向いてコスモラピュタを追い詰める。残り二百メートルで前を捕らえると、あとは独走だった。 大外から追い込んできたローズキングダムに一馬身四分の一、前々で粘ったビートブラックはさらにその首差うしろ。三分六秒一、上がり三十四秒四。誰の進路も塞がず、文句のつけようのない先頭で、決勝線を過ぎた。 二着でその背中を見送っていたのが、一年あまり前に「ゆくゆくは走ってきますよ」と言い残した男だった。
四十七年目の菊
7月10日の初勝利から、107日目の戴冠だった。菊花賞史上、これより短い助走で頂に届いた馬はいない。1969年のアカネテンリュウも、2008年のオウケンブルースリも、上がり馬の記録はこの日に塗り替えられた。重賞未勝利のまま菊の大輪を手にした馬は、これで三年続いたことになる。 長浜博之にとっては、九度目の菊花賞挑戦だった。1988年に厩舎を開き、1990年にアグネスフローラの桜花賞でGIに手が届いた。そのアグネスフローラが産んだアグネスフライトで2000年の東京優駿を、同じく仔のアグネスタキオンで2001年の皐月賞を勝った。二冠を持ちながら、菊花賞だけがなかった。この日、クラシック三冠競走の全制覇が揃う。 谷水父子とカントリー牧場も同じだった。マーチスの皐月賞、タニノハローモアの東京優駿、タニノムーティエの二冠。四十年以上にわたって空いていた最後の一冠が、開業四十七年目にして埋まった。 表彰式を終えた谷水雄三は、ダービーは四回勝っているが菊花賞は初めてだと言い、母系の祖は先代が輸入した馬で、タニノクリエイトもタニノボレロも走るのだと続けた。馬名の由来を問われると、こう言って笑った。「お酒は(ストックが)なくなっちゃったんでね。今年のシリーズはむちゃくちゃです」[^1] 父バゴにとっても、産駒のJRA・GI初勝利だった。のちにクロノジェネシスを送り出すことになる種牡馬の、最初のタイトルである。川田将雅は、2008年の皐月賞をキャプテントゥーレで勝って以来のクラシック制覇。そして「重大な週」と名づけられた馬は、その名のとおりの一週間を、関わったすべての人に配って回った。
出典:スポーツニッポン「【菊花賞】谷水氏、快挙に“二重の喜び”」2010年10月25日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/10/25/kiji/K20101025Z00001390.html 、閲覧日:2026年7月30日。
故郷が消えていく
菊を勝った馬は、そのまま休養に入った。深管骨瘤が出ていた。四歳の春は天皇賞(春)を目標に、菊花賞と同じ淀の京都記念から始動して六着。前哨戦の日経賞は大差の十着に終わり、レース後に骨折が判明する。目標だった天皇賞は回避、長期休養となった。 8月末に帰厩し、10月の毎日王冠で復帰。天皇賞(秋)は十七着、暮れの不良馬場のステイヤーズステークスは、ルメールを背に十六着だった。五歳では格を落として京都金杯、小倉大賞典、福島テレビオープン。六歳でも大阪-ハンブルクカップ、都大路ステークス、鳴尾記念。どれも掲示板には届かない。菊花賞から数えて、連敗は十一に達した。 その間に、故郷が消えていた。ウオッカが引退した2010年ごろから、谷水は自身の体力の衰えを感じ、オーナーブリーダーとして長い先を見据えた活動はもうできないと考えはじめていた。ビッグウィークの活躍が、その整理を先へ延ばしていた。それでも2012年2月、谷水は栗東で会見を開き、カントリー牧場を三月で解散すると発表する。1963年から四十九年。アイルランドにいたウオッカとその産駒を除く所有馬は岡田スタッドへ、諸施設は千代田牧場へ渡った。目指したのは強い馬より丈夫な馬だった、と谷水はのちに自らの四十年を総括している。 生まれた牧場のなくなった菊花賞馬が、それでもまだ、走っていた。
飛越
2013年6月、鳴尾記念で十三着に敗れたあと、陣営は障害への転向を決めた。クラシックを勝った馬が障害に入るのは、グレード制が導入された1984年以降では初めてのことだった。手綱は小坂忠士に託され、6月27日に障害試験を通る。 7月13日、中京の障害未勝利、三千メートル。一番人気に推された菊花賞馬は、バランスを崩す危うい飛越を見せながらも二番手から早めに先頭へ立ち、三馬身半差で入線した。菊花賞以来、十一連敗を経ての白星である。クラシックを勝った馬が障害でも勝ったのは、1939年の桜花賞馬ソールレディ、1965年の菊花賞馬ダイコーターに続く出来事だった。 勝ったあとも、小坂は手放しでは褒めなかった。「(飛越は)まだ雑だが平地力で勝ってくれた。真面目に走れば相当にやれると思う」[^1] 8月の小倉のオープンで二着、9月の阪神ジャンプステークスは九着、10月の京都では一番人気で五着。飛越はまだ荒く、それでも走るたびに障害馬の形になっていくところだった。 2014年5月17日、新潟の障害オープンで十一着。これが最後の一戦になった。左前脚に浅屈腱炎を発症し、復帰には九か月以上を要すると診断される。陣営は引退を決め、5月25日付で登録を抹消した。二十六戦五勝。四年八か月の現役だった。
出典:スポーツニッポン「【中京4R】菊花賞馬ビッグウィーク 障害初戦“辛くも”勝った」2013年7月14日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/07/14/kiji/K20130714006214390.html 、閲覧日:2026年7月30日。
ジェミニ ― 神楽の面になるまで
登録を抹消されたその日、ビッグウィークは京都産業大学に入厩した。馬術部の馬になり、「ジェミニ」という名を与えられる。競馬の走り方を捨て、馬術の動きを覚え直す訓練を受けて、2017年の夏には競技会にデビューした。 仕事は競技だけではない。大学の体育実技では、馬術部員ではない一般の学生を背に乗せた。ホースセラピーでは、学校へ行けなくなった生徒と向き合った。淀の三千メートルを先頭で駆け抜けた脚は、人を落とさずに歩くための脚になった。 2020年3月、ジェミニは京都を離れ、鳥取県大山町の大山乗馬センターへ移る。大山の裾野が、この馬の新しい仕事場になった。そして2022年からは、そのたてがみが島根県雲南市の西日登神楽社中へ贈られるようになった。断たれた鬣は、出雲大社に奉じられる神楽の面の、髭になり、髪になった。 牧場は2012年に消えた。名づけた谷水雄三も、2023年11月に八十四歳で世を去った。「重大な週」という名が本当に指したのは、結局のところ2010年10月24日の、たった一日だったのかもしれない。それでもこの馬は、あの一日のあとの十年余りを、走ること以外の仕事に使ってきた。学生を乗せ、山陰の風のなかで人を待ち、切られた鬣が面となって舞台の上で揺れている。淀で菊を手にした馬の一週間は、まだ終わっていない。
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