名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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ビッグテーストのイメージビジュアル
ビッグテーストBig Taste
Big Taste

ビッグテースト

通算成績25戦6勝

獲得賞金19,797万円

生年月日 1998.03.09(平成10年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ビッグテーストの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
4 4歳以上500万下 小倉 ダ1700 8人気 長谷川浩大 1:45.2 上り37.0
7 OP牛若丸ジャンプS 京都 障3190 4人気 嘉堂信雄 3:38.2 上り13.7
6 OPペガサスジャンプS 中山 障3350 1人気 常石勝義 3:45.8 上り13.5
8 OP春麗ジャンプS 東京 障3300 1人気 常石勝義 3:43.6 上り13.6
4 JGⅠ中山大障害 中山 障4100 1人気 常石勝義 4:42.2 上り13.8
2 OPイルミネーションJS 中山 障3350 1人気 常石勝義 3:47.9 上り13.6
1 JGⅠ中山グランドジャンプ 中山 障4250 4人気 常石勝義 4:48.9 上り13.6映像
3 OPペガサスジャンプS 中山 障3350 2人気 熊沢重文 3:47.9 上り13.6
1 OP春麗ジャンプS 中山 障3200 1人気 常石勝義 3:36.1 上り13.5
1 OP中山新春ジャンプS 中山 障3200 2人気 常石勝義 3:39.0 上り13.7
5 障害3歳以上OP 阪神 障3140 1人気 R.ロケット 3:31.5 上り13.5
1 障害3歳以上OP 京都 障3170 2人気 常石勝義 3:33.0 上り13.4
2 障害3歳以上OP 京都 障3170 3人気 常石勝義 3:31.8 上り13.4
2 障害3歳以上OP 京都 障3170 3人気 常石勝義 3:33.1 上り13.4
8 障害3歳以上OP 小倉 障2900 5人気 常石勝義 3:16.0 上り13.5
3 小倉サマージャンプ 小倉 障3390 10人気 常石勝義 3:45.3 上り13.3
7 障害4歳以上OP 東京 障3300 7人気 常石勝義 3:39.5 上り13.3
1 障害4歳以上未勝利 京都 障2910 5人気 常石勝義 3:15.0 上り13.4
3 障害4歳以上未勝利 阪神 障3000 7人気 常石勝義 3:23.3 上り13.6
9 3歳以上500万下 京都 ダ1400 6人気 武豊 1:27.5 上り39.6
8 3歳以上500万下 阪神 ダ1400 7人気 村本善之 1:26.4 上り37.7
5 3歳以上500万下 阪神 ダ1200 2人気 村本善之 1:13.3 上り37.3
6 3歳500万下 阪神 ダ1200 10人気 村本善之 1:14.2 上り37.6
9 OPもみじS 京都 芝1200 7人気 村本善之 1:10.7 上り35.2
1 3歳新馬 京都 ダ1400 3人気 村本善之 1:27.5 上り38.4

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ビッグテーストの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ノーザンテーストNorthern TasteNorthern DancerNearctic
Natalma
Lady VictoriaVictoria Park
Lady Angela
クラフテイワイフCrafty WifeCrafty ProspectorMr. Prospector
Real Crafty Lady
Wife MistressSecretariat
Political Payoff
STORY

旅程 — この馬の物語

1998年生まれの栗毛の牡馬。父ノーザンテースト、母クラフテイワイフ。

早来の栗毛 ― 名と、血の晩年

1998年3月9日、北海道勇払郡早来町のノーザンファームに、栗毛の牡馬が生まれた。馬主は福岡の(有)ビッグ。冠名の「ビッグ」に四文字が続いて、ビッグテーストという名になった。父の名は、ノーザンテースト。 父は1971年生まれである。この仔が生まれた六日後に、二十七歳になった。日本のリーディングサイアーに通算十度輝いた大種牡馬だが、その座に最後に立ったのは1992年。1999年に十三頭へ種付けしたのを最後に、種牡馬を退くことになる。血の勢いは、静かに下りはじめていた。 母クラフテイワイフはアメリカで二十二戦七勝。重賞には手が届かないまま日本へ渡り、社台ファーム早来で繁殖牝馬になった。この母が、えらかった。母の初仔ブリリアントベリーは、のちに天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップを勝つカンパニーを産む。一歳上の全姉エヴリウィスパーは、天皇賞(秋)馬トーセンジョーダンと京都新聞杯馬トーセンホマレボシの母になった。全兄のビッグショウリは1995年のマイラーズカップを勝っている。 名馬を出す一族ではあった。ただし母自身の産駒がGIを勝ったことは、この栗毛が走り出すまで一度もない。馬は栗東へ送られ、中尾正の厩舎に入った。

ダート千四百の、一勝

2000年10月14日、京都のダート1400メートル。三歳新馬戦を村本善之が乗り、1分27秒5で勝ち上がった。三番人気の馬が、いちばん先にゴールした。 次のもみじステークスは九着。休みを挟んで明けた2001年は、春に一戦、秋に三戦。掲示板に載ったのは一度きりで、勝ち星は増えなかった。十月の京都では武豊が手綱を取ったが、それでも九着だった。 短いダートで通用する速さが、この馬にはなかった。デビューから一年半、勝ったのは最初の一鞍だけ。陣営は障害へ向かうことを決める。跳ぶことを覚えさせる、という選択である。

飛越を覚える ― 弟子が乗る

2002年4月14日、阪神。障害の未勝利戦で、この馬は初めて障害を跳んだ。鞍上は常石勝義。中尾正厩舎からデビューした、師匠の弟子である。 常石には、それまでの六年があった。1996年3月にデビューし、順調に勝ち星を伸ばしていたその八月、小倉のレース中に落馬して脳挫傷を負い、意識不明になった。翌年に復帰すると、小倉3歳ステークスで重賞を初めて勝つ。落ちて、また乗った男だった。 初戦は三着。二週間後の京都で、障害の初勝利を挙げる。夏の小倉サマージャンプは十番人気で三着に粘り、秋の京都では二度続けて二着に泣き、十一月にようやく障害の二勝目を挙げた。勝ち切れない馬だった。それでも飛越だけは、月を追うごとに固くなっていった。

中山だけを走った冬

2003年、ビッグテーストは年明けから春まで、中山競馬場だけを走った。一月の中山新春ジャンプステークスを1秒6突き放して勝つ。二月の春麗ジャンプステークスでは、翌年に障害の頂点を二つ手にするブランディスをわずかに抑え、連勝した。 三月のペガサスジャンプステークスは、熊沢重文が乗って三着。勝ったのは前年のJRA賞最優秀障害馬ギルデッドエージで、道中の先頭から後続を寄せつけないレースぶりだった。 三週間後、同じ中山で、同じ相手と、もう一度向き合うことになる。

四分四十八秒九

2003年4月19日、中山競馬場の第十一競走。曇り。芝は良。発走は午後三時三十五分。 中山グランドジャンプは、当時まだ国際招待競走だった。十六頭のうち六頭が外国調教馬という顔ぶれで、単勝の支持はギルデッドエージに集まり、前年の勝ち馬セントスティーヴンが続く。ビッグテーストは四番人気だった。 コースは長い。第三コーナーのあたりから発走して、まず順回りに四分の三周する。向正面から襷(たすき)コース――年に二度しか使われない大障害コース――へ入り、高さ百六十センチの大竹柵を跳んで、そこから逆回りに変わる。第四コーナー、第三コーナーと回ってもう一度襷へ入り、今度は大生垣。順回りに戻ったら外回りの直線へ出て、最後の障害を跳ぶ。四千二百五十メートルのあいだに、十の障害がある。 セントスティーヴンは大竹柵で先頭に立った。逃げて粘りこむ、という形を早々に作ったことになる。 ビッグテーストは、そこにいない。二周目の一コーナーで、十六頭の十三番手。順位はそこから、ゆっくりとしか動かなかった。二コーナーで十番手あたり。三コーナーで七、八番手。四コーナーでようやく五番手あたりまで来た。派手なところは何もない。一つずつ、前の馬の外を通り抜けていく時間である。 直線に向いて、先頭のセントスティーヴンをギルデッドエージが捉えた。一番人気が抜け出す。決まった、と見えた。 内が空いていた。常石はそこへ入れた。柵沿いを栗毛が伸び、ゴール板の前で前に出て、そのまま一馬身半を離した。 時計は四分四十八秒九。この競走が四千二百五十メートルで行われるようになってからの、最も速い時計だった。常石勝義には初めてのGI。中尾正には、イブキマイカグラ以来十三年ぶりのGIだった。そしてこの日から、父ノーザンテーストの産駒がGIを勝つことは、二度となかった。

骨と、鞍と、十二月

暮れのイルミネーションジャンプステークスで復帰して二着。中山大障害はその年の暮れに行われるはずだったが、降雪でレースそのものが年を越し、2004年1月10日の施行になった。単勝1.9倍。春先にわずかな差で退けたブランディスが、今度は先手を取ってそのまま押し切り、ビッグテーストは四着に終わる。それでも2003年度のJRA賞最優秀障害馬には、この馬が選ばれた。 2004年、春麗ジャンプステークスで八着、ペガサスジャンプステークスで六着。どちらも一番人気に推されていた。四月、右の第三指骨を折って戦線を離れる。 八月二十八日、小倉。常石勝義が豊国ジャンプステークスで落馬した。脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭蓋内血腫。意識が戻るまでに一か月かかった。二度目だった。 十二月十一日、早来。社台スタリオンステーションで、父ノーザンテーストが老衰で死んだ。三十三歳。この馬が生まれた町である。 年が明けて2005年1月15日、京都の牛若丸ジャンプステークス。骨折から戻ったビッグテーストの鞍上には、嘉堂信雄がいた。七着。二週間後、小倉のダート千七百で四着。2月10日、競走馬登録を抹消された。前年三月の中山を最後に、常石がこの馬の背へ戻ることは、ついに一度もなかった。

跳ばなくなってからの十六年

常石勝義は復帰を目指してリハビリを続けたが、度重なる脳の外傷から高次脳機能障害と診断され、断念した。2007年2月28日付で引退。JRA通算八十二勝。その四日前、同期の福永祐一や和田竜二らの計らいで、阪神競馬場に引退式の場が用意されている。競馬学校の花の十二期生のひとりが、二十九歳で鞍を降りた。以後は競馬評論家として原稿を書き、やがて障がい者馬術の選手になる。全国大会の馬場馬術で準優勝するまでになった彼の言葉を、テレビ番組がひとつ残している。「障害があっても生きていける。だからつらいことがあっても夢はあきらめたらあかん」[^1] 馬のほうは、乗馬になった。栗東ホースクラブを経て長野県へ移る。最後は軽井沢の土屋乗馬クラブに落ち着いて、青葉賞を勝ったルゼルと同じ場所で年を取る。2021年11月11日に死んだ。二十三歳だった。 ノーザンテーストの産駒は、中央競馬で二十八年続けて勝ち鞍を挙げている。その膨大な数の勝利のいちばん最後に置かれたGIが、2003年4月19日の中山にある。十度リーディングサイアーに立った血は、平地の大レースではなく、竹柵と生垣の向こうで幕を引いた。引き当てたのは、ダートの千四百では足りなかった栗毛と、二度意識を失って戻ってきた騎手と、その師匠である。早来で生まれた馬が、早来で老いていく父のもとへ、最後の冠を届けたことになる。

出典:テレビ東京「HOPE for tomorrow」バックナンバー「5月23日放送 常石勝義さん(元JRA騎手)」、https://www.tv-tokyo.co.jp/hope/backnumber/140530.html、閲覧日:2026年8月2日。

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