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ベルシャザール
通算成績18戦6勝
獲得賞金3億5,113万円
生年月日 2008.04.25(平成20年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 11 | GIドバイワールドカップ | アラブ首長国連邦 ダ2000 | 9人気 | C.ルメール | — | 映像 | ||
| 3 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 1人気 | C.デムーロ | 1:36.4 | 上り35.1 | 映像 | |
| 1 | GIジャパンカップダート | 阪神 ダ1800 | 3人気 | C.ルメール | 1:50.4 | 上り36.1 | 映像 | |
| 1 | GIII東京中日S杯武蔵野S | 東京 ダ1600 | 1人気 | C.ルメール | 1:35.3 | 上り36.0 | — | |
| 1 | OPブラジルカップ | 東京 ダ2100 | 1人気 | 柴田善臣 | 2:08.3 | 上り35.6 | — | |
| 2 | OPラジオ日本賞 | 中山 ダ1800 | 1人気 | 吉田豊 | 1:50.4 | 上り36.7 | — | |
| 1 | 白川郷S | 中京 ダ1800 | 1人気 | 浜中俊 | 1:50.9 | 上り35.9 | — | |
| 3 | ナリタブライアンC | 京都 ダ1800 | 8人気 | 浜中俊 | 1:51.0 | 上り37.2 | — | |
| 15 | GIIIダービー卿チャレンジトロフィー | 中山 芝1600 | 5人気 | 四位洋文 | 1:34.5 | 上り34.6 | — | |
| 17 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 6人気 | 後藤浩輝 | 3:08.1 | 上り40.1 | 映像 | |
| 4 | GIIセントライト記念 | 中山 芝2200 | 2人気 | 安藤勝己 | 2:10.7 | 上り34.8 | — | |
| 3 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 8人気 | 後藤浩輝 | 2:31.9 | 上り36.7 | 映像 | |
| 11 | GI皐月賞 | 東京 芝2000 | 3人気 | 安藤勝己 | 2:01.9 | 上り36.3 | 映像 | |
| 2 | GIIスプリングS | 阪神 芝1800 | 4人気 | 安藤勝己 | 1:46.5 | 上り34.6 | 映像 | |
| 4 | GIII共同通信杯 | 東京 芝1800 | 2人気 | M.デムーロ | 1:48.8 | 上り34.3 | — | |
| 1 | OPホープフルS | 中山 芝2000 | 4人気 | C.ルメール | 2:00.4 | 上り34.7 | — | |
| 3 | OP萩S | 京都 芝1800 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:49.7 | 上り34.5 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 京都 芝1800 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:56.0 | 上り34.9 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父キングカメハメハKing Kamehameha | Kingmambo | Mr. Prospector |
| Miesque | ||
| マンファスManfath | ラストタイクーンLast Tycoon | |
| Pilot Bird | ||
| 母マルカキャンディ | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ジーナロマンティカGina Romantica | セクレトSecreto | |
| Waya |
旅程 — この馬の物語
2008年生まれの青鹿毛の牡馬。父キングカメハメハ、母マルカキャンディ。主な勝ち鞍はジャパンカップダート・東京中日S杯武蔵野S。
王の名 ― 千歳の五番仔
2008年4月25日、北海道千歳市の社台ファームで、青鹿毛の牡馬が生まれた。母マルカキャンディの五番仔である。 母は遅い馬だった。1996年生まれ、父サンデーサイレンス。1998年暮れの阪神でデビュー勝ちを収めながら、次の条件を勝ち上がるのに九戦を要し、二勝目を挙げたのは翌年の七月。春のクラシックには間に合わなかった。三十四戦目でようやくオープン入りを果たし、五歳の秋、2001年10月14日の府中牝馬ステークスで後方から追い込んで、ゴール前でティコティコタックを差し切る。三十七戦七勝。翌月のエリザベス女王杯九着を最後にターフを去り、生まれ故郷の社台ファームで繁殖に上がった。 五番仔の前にこの腹から生まれた牡馬は、二頭いる。三番仔のナイトフッドと、四番仔のブレトワルダ。ナイトフッドは騎士の位、ブレトワルダはアングロサクソン七王国の時代に最も強い王を指した称号である。牡馬たちには、位の名が与えられていた。二番仔の牝馬ライムキャンディは、2008年のクイーンカップで二着に入っている。 そして五番仔には、王そのものの名が与えられた。ベルシャザール。劇音楽『ベルシャザールの饗宴』に登場するバビロニアの王である。旧約聖書のダニエル書に、その一夜が書かれている。奪ってきた神殿の器で酒宴を開いていた王の前に、突然人の手が現れて壁に文字を書く。賢者たちには読めなかったその文字を、ダニエルが読み解いた。メネ、メネ、テケル、ウパルシン。あなたの治世は数え終えられた。あなたは秤にかけられ、目方の足りないことがあらわれた。あなたの国は分かたれる――その夜、王は殺された。 重い名である。 父はキングカメハメハ。預けられたのは栗東の松田国英厩舎だった。2004年にNHKマイルカップと東京優駿を勝ったキングカメハメハを管理していたのが、その松田である。父を鍛えた厩舎に、その仔が入った。同じ配合の全兄ブレトワルダは、五戦一勝でターフを去っている。 2010年10月9日、京都の芝1800m、二歳新馬。鞍上は安藤勝己。重馬場を1分56秒0で走り切り、一番人気に応えて勝った。三週間後の萩ステークスも一番人気に推されたが、ショウナンマイティの差し脚に0秒4届かず三着に終わる。
有馬記念の日に ― 二〇一〇年十二月二十六日
その年の暮れ、中山。二歳馬のオープン特別、ホープフルステークス。芝2000m。手綱を取ったのはクリストフ・ルメール。フランスを本拠に、毎年のように短期免許で日本へ来ていた騎手である。単勝8.1倍の四番人気。 のちに共同通信杯を勝つナカヤマナイトとの追い比べになり、これを凌いで二勝目を挙げる。 その日の中山のメインレースは、第55回有馬記念だった。ルメールはそちらでルーラーシップに騎乗し、六着。ルーラーシップの父も、キングカメハメハである。一日のうちに、この男は同じ父を持つ二頭の背中に跨っていた。片方は女帝エアグルーヴの仔として生まれた良血で、片方はまだ二勝目を挙げたばかりの二歳馬だった。 三年後の暮れ、この馬とこの騎手は、もう一度組むことになる。
東京の皐月賞 ― 二〇一一年春
年が明けて2月13日、東京の共同通信杯。ミルコ・デムーロが乗り、二番人気。上がり34秒3の脚を使いながら、ナカヤマナイトの四着に終わった。暮れの中山で下した相手に、府中で先着されたことになる。 3月11日、東日本大震災。中山での開催が組めなくなり、春の番組は大きく組み替えられた。3月26日のスプリングステークスは阪神で行われている。安藤勝己に戻って四番人気、上がり34秒6で二着に押し上げ、皐月賞への優先出走権を手にした。0秒1だけ前にいたのはオルフェーヴルである。 皐月賞もまた、中山ではなかった。4月24日、東京の芝2000m。三番人気に支持されながら見せ場を作れず十一着、勝ち馬から1秒3。先頭でゴールしたのは、やはりオルフェーヴルだった。
七馬身の後ろで ― 東京優駿
5月29日、雨の府中。馬場は不良、十八頭立て。単勝18.5倍の八番人気だった。皐月賞のときより十六キロ増えて542キロで出てきている。鞍上は後藤浩輝、この馬に乗るのは初めてだった。 好位から、正攻法で運んだ。直線で抜け出したオルフェーヴルは、外から迫ったウインバリアシオンを突き放して独走に入る。決着は二頭でついた。だがそこから七馬身後ろで、もうひとつのレースが起きていた。三着争いである。後方から伸びてきたナカヤマナイトに一度かわされ、ゴール前でもう一度差し返す。共同通信杯で先着された相手を、ダービーの最後の百メートルで捕まえ返した。 レース後、松田国英は、この日の馬場は厳しかったが正攻法であれだけの競馬ができた、力があるとあらためて思った、と振り返っている。後藤も、最大限いいところは見せられた、と満足そうだった。 秋。9月18日のセントライト記念は安藤勝己で二番人気の四着。10月23日の菊花賞は六番人気。京都の三千メートルで上がりは40秒1、勝ち馬から5秒3差の十七着だった。その日、三冠を達成したのもオルフェーヴルである。 一つの世代に、そういう馬が一頭いた。
一年二カ月 ― 壁の文字
四歳の始動は2012年4月1日、中山のダービー卿チャレンジトロフィー。四位洋文が乗り、五番人気。芝1600mを十五着。 そのあと、骨折が判明した。休養は一年二カ月に及ぶ。 戻ってきたのは2013年5月26日、京都のナリタブライアンカップだった。準オープンの一戦だが、条件がひとつ違っていた。ダート1800m。デビューから十戦、この馬はすべて芝を走っている。浜中俊を背に、八番人気で三着に粘った。新馬戦から皐月賞、セントライト記念まで手綱を取った安藤勝己は、その年の1月31日に騎手免許を返上している。骨折明けの鞍上は、もう別の男だった。 砂へ移した理由は、はっきりしている。「(骨折した馬に)芝のスピード競馬はさせたくない」[^1]。調教師はそう語った。 バビロンの王は、宴の夜に壁の文字を突きつけられて国を失った。この馬の壁には、四歳の春に一行だけ書かれていた――ここではない、と。それを読み解いたのは、父を鍛えた男だった。 6月29日、中京の白川郷ステークス。一番人気に応え、二着スズカルーセントに五馬身差をつける。2010年12月のホープフルステークス以来、二年半ぶりの勝利だった。9月15日、不良馬場の中山でラジオ日本賞。吉田豊が乗って一番人気に推されたが、グラッツィアの二着。10月20日、東京のブラジルカップは柴田善臣で一番人気に応え、ダート2100mを勝って四勝目を挙げた。
出典:スポニチアネックス「【武蔵野S】ベルシャザール快勝!骨折休養から砂転戦で開花」2013年11月11日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/11/11/kiji/K20131111006988340.html 、閲覧日:2026年7月30日。
十二年前と同じ道 ― 武蔵野ステークス
11月10日、東京。武蔵野ステークス。ルメールが戻ってきた。二歳の暮れ以来、およそ三年ぶりの手綱である。単勝3.5倍の一番人気。五番手から運び、直線で四分の三馬身だけ抜け出した。重賞初勝利。五歳の十一月だった。 「4コーナーでズブさを見せたが、直線で追うと素晴らしい反応と伸び。ダートのG1なら中央でも地方でも通用する」[^1]。ルメールはそう言った。 この道は、十二年前に同じ厩舎の馬が通っている。クロフネ。2001年春にNHKマイルカップを勝ち、秋にダートへ転じて、十月の武蔵野ステークスを1分33秒3、翌月のジャパンカップダートを2分05秒9、いずれもレコードで勝った。その年のJRA賞最優秀ダートホースには、二百八十三票のうち二百八十二票が集まっている。管理していたのは、やはり松田国英だった。 ただし、この時点の陣営はジャパンカップダートに前のめりではなかった。中二週になるから無理はさせず、来年のフェブラリーステークスを目標にしたい――武蔵野ステークスの直後、松田はそう語っている。 それでも、十二月一日の阪神に、この馬はいた。
出典:スポニチアネックス「【武蔵野S】ベルシャザール快勝!骨折休養から砂転戦で開花」2013年11月11日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/11/11/kiji/K20131111006988340.html 、閲覧日:2026年7月30日。
最後のジャパンカップダート ― 二〇一三年十二月一日
阪神のダート1800m、十六頭立て。翌年からこの競走は中京へ舞台を移し、チャンピオンズカップと名を変えることが決まっていた。ジャパンカップダートと呼ばれる、最後の一戦である。 一番人気はホッコータルマエ。前月のJBCクラシックをレコードで逃げ切ったばかりだった。二番人気はローマンレジェンド。八歳のエスポワールシチーにとっては、この日が引退レースだった。ベルシャザールは単勝8.4倍の三番人気。 流れは緩かった。エスポワールシチーが引っ張り、ホッコータルマエがその背中を見ながら二番手。そこへニホンピロアワーズが圧力をかける。ベルシャザールは、人気馬を前に見る位置で待っていた。 残り三百メートル、ホッコータルマエがエスポワールシチーをかわして先頭に立つ。残り百メートル、外から二頭が飲み込んだ。ゴール板の上でクビだけ前にいたのは、六枠十二番の緑の帽子である。1分50秒4。 ダートに転じて六戦目、五歳の十二月に、この馬はGIを勝った。 ルメールにとっては、2009年のジャパンカップをウオッカで勝って以来、四年ぶりのJRA・GIだった。ジャパンカップダートは2008年のカネヒキリに続く二度目になる。松田国英にとっては、クロフネから十二年ぶり、二度目のこのレースである。 二番人気のローマンレジェンドは直線で下がる一方の十三着、ホッコータルマエは三着だった。年が明けて、JRA賞最優秀ダートホースには、二百八十票のうち百五十四票がこの馬に投じられる。年の前半を条件馬として過ごした馬の、一年だった。
タペタと、右後肢 ― 六歳の春
2014年2月23日、フェブラリーステークス。単勝2.7倍の一番人気に推された。初コンビのクリスチャン・デムーロを背に、ゲートで後手を踏む。前半は後方三番手。外から押し上げて直線もじわじわ伸びたが、四着ノーザンリバーをクビ差かわすのが精一杯の三着だった。勝ったのは最低人気のコパノリッキー。松田は、最初の五十から百メートルで決まると思ったが全部が裏目に出た、と悔しがっている。 3月29日、メイダン。初めての海外遠征、ドバイワールドカップ。当時のこの競走の舞台は砂ではなく、オールウェザーのタペタだった。四コーナーで不利があり十一着。勝ったのは地元のアフリカンストーリーである。同じ日、ジャスタウェイがドバイデューティフリーを、ジェンティルドンナがドバイシーマクラシックを勝った。日本馬が二つの大競走を制した日に、砂で王冠を得たこの馬は、砂でない馬場を十一番目に走り終えた。 帰国後、6月の帝王賞を目指して宮城県の山元トレーニングセンターで着地検疫を受けていたところ、右後肢に異常が見つかる。検査の結果は浅趾屈腱離脱――極めて珍しい病気だった。5月29日付で競走馬登録が抹消される。十八戦六勝、獲得賞金三億五千百十三万九千円。 「ノドや種子骨の手術を乗り越えてG1を勝った馬。種牡馬として成功してほしい」[^1] 喉と種子骨の手術を経て、骨を折って一年二カ月を失い、それでも一度だけ砂の頂に立った馬について、調教師はそう言った。
出典:デイリースポーツ「ベルシャザール引退、右後肢の病気発症」2014年5月28日配信、https://www.daily.co.jp/newsflash/horse/2014/05/28/0007000629.shtml 、閲覧日:2026年7月30日。
青森にて ― そのあとの日々
2015年から種牡馬になった。最初は社台スタリオンステーション。2016年12月にブリーダーズ・スタリオン・ステーションへ移り、2021年10月には青森県へ渡っている。JBISの登録では、2026年7月現在の繋養先は青森県の有限会社フォレブルー。今年の種付料はプライベート。十八歳になった。 産駒は、父が王冠を得た砂の上を走っている。グランコージーは岩手で若駒賞と寒菊賞、ダイヤモンドカップを勝ち、七歳になった2024年にも赤松杯とシアンモア記念を勝った。ネーロルチェンテ、シェナキング、ザビッグレディー、シャイニーロック――名前の多くは、地方競馬の重賞に残っている。 母マルカキャンディは晩年、二度ルーラーシップに配された。2017年のコハクトウと、2018年のレヴィーアクイーンである。コハクトウを預かったのは、この馬と同じ松田国英だった。ルーラーシップは、この馬と父を同じくする一歳上の馬だ。二歳の暮れ、有馬記念の日の中山で同じ騎手が跨っていた二頭の血は、七年を経て同じ腹に戻ってきたことになる。 ジャパンカップダートという名の競走は、十四回で終わった。その最後の一つを持っているのが、バビロンの最後の一夜を生きた王の名を与えられた青鹿毛である。壁に文字が浮かぶのは、たいてい終わりの合図だ。この馬の場合は、そうではなかった。
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