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ビートブラック
通算成績34戦6勝
獲得賞金3億2,021万円
生年月日 2007.05.23(平成19年)毛色 青毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 7人気 | 石橋脩 | 2:03.8 | 上り39.4 | 映像 | |
| 4 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 5人気 | 石橋脩 | 2:13.0 | 上り34.9 | — | |
| 9 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 8人気 | 石橋脩 | 2:33.4 | 上り37.4 | 映像 | |
| 7 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 8人気 | 石橋脩 | 2:24.0 | 上り35.6 | 映像 | |
| 4 | GIIアルゼンチン共和国杯 | 東京 芝2500 | 7人気 | 石橋脩 | 2:30.6 | 上り34.8 | — | |
| 取 | GII京都大賞典 | 京都 芝2400 | 幸英明 | — | — | |||
| 9 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 9人気 | 石橋脩 | 2:13.7 | 上り38.1 | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 14人気 | 石橋脩 | 3:13.8 | 上り36.5 | 映像 | |
| 10 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 6人気 | 浜中俊 | 3:15.8 | 上り41.2 | — | |
| 6 | GIIIダイヤモンドS | 東京 芝3400 | 4人気 | 岩田康誠 | 3:37.6 | 上り35.4 | — | |
| 4 | GII日経新春杯 | 京都 芝2400 | 4人気 | 浜中俊 | 2:24.1 | 上り35.4 | — | |
| 11 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 1人気 | 安藤勝己 | 3:53.7 | 上り40.0 | — | |
| 5 | GIIアルゼンチン共和国杯 | 東京 芝2500 | 2人気 | 松岡正海 | 2:32.5 | 上り36.1 | — | |
| 2 | GII京都大賞典 | 京都 芝2400 | 4人気 | 安藤勝己 | 2:24.3 | 上り33.2 | — | |
| 11 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 12人気 | 武豊 | 2:11.6 | 上り35.9 | 映像 | |
| 7 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 9人気 | 岩田康誠 | 3:21.3 | 上り35.8 | 映像 | |
| 1 | OP大阪ーハンブルクカップ | 阪神 芝2400 | 1人気 | 岩田康誠 | 2:26.4 | 上り35.3 | — | |
| 4 | GIIIダイヤモンドS | 東京 芝3400 | 1人気 | M.デムーロ | 3:32.5 | 上り34.9 | — | |
| 10 | GII日経新春杯 | 京都 芝2400 | 4人気 | 幸英明 | 2:26.3 | 上り36.2 | 映像 | |
| 1 | オリオンS | 阪神 芝2400 | 1人気 | M.デムーロ | 2:27.0 | 上り34.9 | — | |
| 3 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 13人気 | 幸英明 | 3:06.3 | 上り34.4 | 映像 | |
| 1 | 兵庫特別 | 阪神 芝2400 | 5人気 | 浜中俊 | 2:28.6 | 上り36.3 | — | |
| 7 | 弥彦特別 | 新潟 芝2000 | 6人気 | 松岡正海 | 2:00.5 | 上り34.3 | — | |
| 5 | OP白百合S | 京都 芝1800 | 3人気 | 幸英明 | 1:46.3 | 上り36.1 | — | |
| 1 | 夏木立賞 | 東京 芝2000 | 1人気 | 内田博幸 | 2:02.5 | 上り33.7 | — | |
| 2 | 新緑賞 | 東京 芝2300 | 4人気 | 吉田豊 | 2:21.7 | 上り34.8 | — | |
| 3 | 3歳500万下 | 阪神 芝2200 | 4人気 | 鮫島良太 | 2:15.1 | 上り35.3 | — | |
| 11 | 3歳500万下 | 阪神 ダ1400 | 3人気 | 横山典弘 | 1:27.6 | 上り37.9 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 阪神 ダ1400 | 2人気 | 鮫島良太 | 1:25.5 | 上り37.2 | — | |
| 3 | 3歳未勝利 | 中京 ダ1700 | 2人気 | 鮫島良太 | 1:49.8 | 上り39.5 | — | |
| 5 | 3歳未勝利 | 京都 ダ1400 | 2人気 | 岩田康誠 | 1:26.4 | 上り38.2 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 阪神 ダ1400 | 2人気 | 岩田康誠 | 1:27.3 | 上り38.4 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 阪神 ダ1400 | 10人気 | 鮫島良太 | 1:26.1 | 上り37.9 | — | |
| 11 | 2歳未勝利 | 京都 ダ1800 | 5人気 | 浜中俊 | 1:57.7 | 上り42.3 | — | |
| 4 | 2歳新馬 | 京都 ダ1800 | 5人気 | 鮫島良太 | 1:57.6 | 上り39.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ミスキャスト | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ノースフライトNorth Flight | トニービンTony Bin | |
| シヤダイフライト | ||
| 母アラームコール | ブライアンズタイムBrian's Time | Roberto |
| Kelley's Day | ||
| インワンズジョイ | Rainbow Quest | |
| Kaweah Maid |
旅程 — この馬の物語
2007年生まれの青毛の牡馬。父ミスキャスト、母アラームコール。主な勝ち鞍は天皇賞。
誤った配役 ― 新冠の青毛
2007年5月23日、北海道新冠町のノースヒルズマネジメントで、一頭の青毛の牡馬が生まれた。父ミスキャスト、母アラームコール。所有したのは、ノースヒルズ代表の前田幸治である。与えられた名の意味は「黒を打ち負かす」。青毛の馬に、黒を負かす名がついた。 父ミスキャストは、その名のとおりの馬だった。ミスキャスト――演劇における、誤った配役。1998年5月23日、浦河の大北牧場に生まれている。父はサンデーサイレンス、母は1994年に安田記念とマイルチャンピオンシップを勝ち、「マイルの女王」と呼ばれたノースフライト。血統表だけを見れば、これ以上ない配役だった。新馬戦を1番人気で勝ち、弥生賞3着、皐月賞はアグネスタキオンの6着。東京優駿のトライアル・プリンシパルステークスを2分12秒9のレースレコードで制した直後に左トウ骨遠位端の骨折が見つかり、以後は準オープンを勝ち上がり、福島記念でアタマ差の2着まで迫りながら、重賞を勝てないまま24戦5勝で引退した。2006年からアロースタッドで種牡馬になっている。 その仔が、父とまったく同じ5月23日に生まれた。 母アラームコールはブライアンズタイム産駒で、その母は英国生まれのインワンズジョイ。母は新冠で仔を産み続けたが、その産駒で中央のGIを勝ったのは、結局この青毛だけである。血の大きな結び目は、父の側にあった。マイルの女王の血が、重賞を勝てなかった息子を経て、この馬に渡っている。 栗東の中村均厩舎に入った。京都市左京区一乗寺の生まれで、麻布獣医科大学を首席で卒業し、調教師だった父の厩舎に厩務員として入ったところから始めた男である。中学生のころに洋画に夢中になり、映画雑誌を買い集めていたという。
砂の八戦 ― 配役違いの半年
2009年10月18日、京都競馬場のダート1800メートル。鮫島良太を背に5番人気で新馬戦に出て、4着だった。次の未勝利戦も同じ京都のダート1800で11着。阪神のダート1400に短縮すると2着、続く1400でも2着。年が明けて京都の1400は5着、中京の1700は3着。そして2010年2月27日、重馬場の阪神ダート1400メートル、七戦目でようやく初勝利を挙げる。鞍上はやはり鮫島良太だった。 昇級初戦もダート1400。横山典弘を乗せて3番人気に推されたが、11着に沈んだ。 デビューから八戦、この馬はすべて砂の上を走っている。しかもその大半が千四百メートルだった。のちに三千二百メートルの盾を掲げることになる馬は、デビューからの半年を、短い砂のレースに配役されていた。 4月4日、阪神の芝2200メートル。初めての芝で3着。勝ったのはトゥザグローリーである。
芝の三歳 ― 十三番人気の三着
芝に替わってから、この馬は動き方が変わった。 4月の東京、新緑賞は上がり34秒8を使って2着。5月15日、同じ東京の芝2000メートルの夏木立賞では内田博幸が跨り、1番人気に応えて上がり33秒7で抜け出す。芝で初めての勝利だった。オープンの白百合ステークスは1800メートルで5着。夏を休んで新潟の弥彦特別が7着、10月3日、阪神の芝2400メートルの兵庫特別を浜中俊で勝ち上がった。距離が延びるほど、前へ出た。 10月24日、京都の菊花賞。十八頭立て、単勝76.0倍の13番人気。三千メートルを先行して運び、勝ったビッグウィーク、二着のローズキングダムに続く三着に踏みとどまる。勝ち馬との差は0秒2、上がりは34秒4だった。 この年の三歳世代は、のちに「最強世代」と呼ばれることになる。皐月賞を勝ったヴィクトワールピサ、東京優駿のエイシンフラッシュ、その年の暮れにジャパンカップを勝つローズキングダム、ルーラーシップ、ヒルノダムール。そのクラシック最終戦の三着に、七戦目でようやく未勝利を抜けた馬の名前が並んだ。 12月、阪神のオリオンステークスをミルコ・デムーロで勝ってオープンに上がる。三歳の一年で四つ勝った。
十一人の鞍上 ― 空白の八戦
四歳の年は京都の日経新春杯から始まった。4番人気で10着。勝ったのはルーラーシップである。2月の東京、芝3400メートルのダイヤモンドステークスは1番人気に推されながら4着。4月、阪神の大阪-ハンブルクカップを岩田康誠で勝った。オープン特別のこの一勝が、長い空白の入口になる。 5月1日、天皇賞(春)。枠は一枠一番、9番人気で7着だった。勝ったのはヒルノダムール。6月の宝塚記念は武豊が跨って11着。 10月9日、八頭立ての京都大賞典。安藤勝己を背に上がり33秒2という自身の最も速い脚を使い、逃げ馬を捉えて抜け出したローズキングダムの0秒2後ろまで迫った。翌月の東京、アルゼンチン共和国杯は2番人気で5着。12月、不良馬場の中山で行われた芝3600メートルのステイヤーズステークスでは単勝2.7倍の1番人気に支持されたが、勝ったマイネルキッツから2秒9も離された11着に終わる。 五歳の春も同じだった。日経新春杯4着、ダイヤモンドステークス6着。3月18日の阪神大賞典は6番人気で10着、勝ち馬から4秒0。もっともその日のターフを語る言葉は、ほとんど別の一頭のために使われた。単勝1.1倍のオルフェーヴルが三コーナーで外ラチまで逸走し、そこから盛り返して二着まで押し戻した一戦である。 デビューから二十七戦。この背中には、十一人の騎手が代わる代わる跨っていた。
四月二十九日、淀 ― 残り千メートルから
2012年4月29日、京都競馬場。第145回天皇賞(春)には「近代競馬150周年記念」の冠がついていた。晴、芝は良。発走十五時四十分、十八頭。 単勝1.3倍の1番人気は、前年の三冠に有馬記念を重ねたオルフェーヴル。2番人気ウインバリアシオン、3番人気トーセンジョーダン、5番人気に前年の覇者ヒルノダムール。ビートブラックの単勝は159.6倍、十四番人気だった。 鞍上は石橋脩。美浦所属、東京都出身の二十八歳で、デビューから十年目にあたる。重賞は2010年のフェアリーステークスが初めてで、それは重賞騎乗112回目のことだった。GIはまだ一つもない。そしてこの日が、ビートブラックに跨る最初の日である。 調教師の中村均は、この一戦に賭けていた。強い馬が何頭もいる、どうせ敵わないかもしれない、それならGIなのだから究極の仕上げをしてみよう――そう考えて二週続けて強い追い切りを課し、水曜の最終追い切りは想像以上に動いた、と振り返っている。一歩間違えれば故障につながる選択だった。 馬番は一枠一番。前年とまったく同じ、最内である。 ゲートを出ていったんハナに立ったが、一周目の下り坂で外からゴールデンハインドがハナを主張してきたので譲り、二番手に控えた。ゴールデンハインド、ビートブラック、そしてナムラクレセント。この三頭が後続を大きく離して淀の三千二百メートルを刻んでいく。石橋は後ろを見なかった。 三コーナーの坂の下り、残り一千メートルの手前。長距離戦の常識では早すぎる地点で、追い出しにかかる。四コーナーを回ったとき、先頭はもうビートブラックだった。直線に向いて後続が慌てて追撃を始めたときには、差は詰まらなくなっていた。 二着トーセンジョーダンに四馬身。三着ウインバリアシオンはさらに二馬身後ろ。十一着に、前年の覇者ヒルノダムールと1番人気オルフェーヴルが同着で入った。ローズキングダムは十五着だった。 3分13秒8。良馬場のこの時計は、2006年にディープインパクトがこの競走で記録した3分13秒4に、0秒4まで迫るものだった。単勝の払戻は15,960円。十四番人気での優勝は、この競走の勝ち馬として最も人気のないものである。 そして、重賞初勝利がGIだった。 「一か八か、でしたね。これで最後バテたら謝るしかないと」[^1]
出典:スポーツナビ「「信じられない」ビートブラック“一か八か”の大激走V=天皇賞・春」2012年4月29日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201205010005-spnavi 、閲覧日:2026年7月30日。
一乗寺の父と子 ― 四十年をまたぐ盾
中村均は1948年9月13日、京都市左京区一乗寺の生まれである。父の中村覚之助も調教師だった。均は大学を出た1971年、栗東のその父の厩舎に厩務員として入り、調教助手を経て、1977年に二十八歳六か月で調教師免許を取る。翌1978年に自分の厩舎を開業した。 父・中村覚之助は、1972年にヤマニンウエーブで天皇賞(秋)を勝っている。均にとって天皇賞は、開業から三十五年目にして初めての勝利だった。秋と春、四十年を隔てて、父と子が天皇賞の盾を掲げたことになる。均のJRAのGIとしては、1984年の優駿牝馬(トウカイローマン)、1996年の朝日杯3歳ステークス(マイネルマックス。現・朝日杯フューチュリティステークス)に続く三勝目で、十六年ぶりだった。 覚之助は2009年5月14日、肺炎で世を去っている。八十九歳だった。ビートブラックが京都のダートで新馬戦に出たのは、その五か月後である。 「逃げてラッキーのように思われるかもしれませんが、良馬場でしたし、ディープインパクトの時計に0秒4まで迫る速いタイムですからね、力で勝ったと思いますよ」[^1]
出典:スポーツナビ「「信じられない」ビートブラック“一か八か”の大激走V=天皇賞・春」2012年4月29日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201205010005-spnavi 、閲覧日:2026年7月30日。
十二人目 ― 降りなかった男
天皇賞のあと、この馬は勝てなかった。 6月の宝塚記念は9着。10月の京都大賞典は出走を取り消した。11月のアルゼンチン共和国杯は五十九キロを背負って4着、ジャパンカップ7着、暮れの有馬記念9着。年が明けて2013年2月の京都記念が4着。そのあと右前繋部に浅屈腱炎が出て、戦列を離れる。 およそ一年二か月ぶりに戻ってきたのは2014年4月6日、阪神の産経大阪杯だった。八頭立ての7番人気で8着。先頭でゴールしたのは、同じ新冠のノースヒルズで三年あとに生まれたキズナである。レース後に古傷が再発し、4月11日付で競走馬登録が抹消された。三十四戦六勝、獲得賞金3億2021万7000円。 デビューから天皇賞までの二十七戦に十一人の騎手が乗った背に、そのあとはただ一人が残った。出走を取り消した京都大賞典を除き、最後の一戦まで、すべてのゲートに石橋脩が入っている。初めて跨った日に盾を獲った男は、勝てなくなってからも降りなかった。
淀を歩く ― 十七年
引退後は京都競馬場で乗馬になり、2015年からは同じ競馬場の誘導馬を務めた。かつて十七頭を後ろに置いて走り抜けた芝を、今度は本馬場入場の先頭で歩く。走る馬たちを連れて出て、レースが始まる前に列を離れる。その役を、2023年の春まで続けた。 同じ年の11月からは、栃木県宇都宮市のJRA馬事公苑で、装蹄師の練習台となる馬として、また乗馬として過ごしている。翌2024年2月13日、乗馬中に転倒して骨盤を骨折し、死んだ。十七歳だった。 父ミスキャストは2017年3月21日、移った先の熊本の牧場で死んでいる。十九歳だった。祖母ノースフライトが死んだのは、その翌2018年の1月22日である。 石橋脩は2017年、阪神ジュベナイルフィリーズをラッキーライラックで勝ち、二つ目のGIを手にしている。中村均は2019年2月末に定年で調教師を引退し、翌年、旭日小綬章を受けた。 配役の話をもう一度する。父の名は「誤った配役」だった。その仔は最初の八戦を砂の上で費やし、四歳の春に挙げた一勝のあとは八度続けて勝てず、十四番人気で十八頭の先頭に立った。淀の三千二百メートルこそがこの馬のために書かれた役だったことは、その日になって初めて分かったのである。 そして走り終えたあとの歳月を、この青毛は同じ芝のいちばん前で過ごした。走らずに、先頭を歩いて。
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