名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
バシケーンのイメージビジュアル
バシケーンBashi Ken
Bashi Ken

バシケーン

通算成績36戦3勝

獲得賞金14,294万円

生年月日 2005.03.29(平成17年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
バシケーンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
10 JGⅡ東京ハイジャンプ 東京 障3110 12人気 蓑島靖典 3:29.8 上り13.5
4 OP福島ジャンプS 福島 障3380 10人気 蓑島靖典 3:47.6 上り13.5
12 JGⅠ中山グランドジャンプ 中山 障4250 5人気 五十嵐雄祐 5:11.2 上り14.6映像
6 阪神スプリングJ 阪神 障3900 5人気 蓑島靖典 4:29.3 上り13.8
3 OP春麗ジャンプS 東京 障3300 2人気 蓑島靖典 3:39.0 上り13.3
1 JGⅠ中山大障害 中山 障4100 10人気 蓑島靖典 4:46.1 上り14.0映像
2 OP秋陽ジャンプS 東京 障3300 5人気 蓑島靖典 3:38.9 上り13.3
10 JGⅡ東京ハイジャンプ 東京 障3300 13人気 蓑島靖典 3:40.6 上り13.4
4 障害3歳以上OP 中山 障3210 7人気 蓑島靖典 3:36.7 上り13.5
12 東京ジャンプS 東京 障3300 6人気 蓑島靖典 3:40.6 上り13.4
9 JGⅠ中山グランドジャンプ 中山 障4250 6人気 蓑島靖典 5:04.9 上り14.3映像
1 OPペガサスジャンプS 中山 障3350 5人気 蓑島靖典 3:44.6 上り13.4
4 障害4歳以上OP 阪神 障3110 2人気 蓑島靖典 3:31.4 上り13.6
3 障害4歳以上OP 京都 障3190 6人気 蓑島靖典 3:33.9 上り13.4
3 OP中山新春ジャンプS 中山 障3200 5人気 蓑島靖典 3:35.2 上り13.5
6 OPイルミネーションJS 中山 障3570 6人気 蓑島靖典 4:00.5 上り13.5
2 OP秋陽ジャンプS 東京 障3300 7人気 蓑島靖典 3:40.4 上り13.4
1 障害4歳以上未勝利 東京 障3000 1人気 蓑島靖典 3:24.0 上り13.6
2 障害4歳以上未勝利 中山 障2880 1人気 蓑島靖典 3:12.8 上り13.4
3 障害4歳以上未勝利 中山 障2880 2人気 蓑島靖典 3:18.7 上り13.8
2 障害4歳以上未勝利 東京 障3000 9人気 蓑島靖典 3:21.0 上り13.4
11 OP春麗ジャンプS 東京 障3300 11人気 山本康志 3:46.1 上り13.7
8 OP中山新春ジャンプS 中山 障3200 13人気 山本康志 3:40.7 上り13.8
6 障害3歳以上未勝利 中山 障2880 12人気 蓑島靖典 3:18.7 上り13.8
障害3歳以上未勝利 中山 障2880 3人気 宗像徹
4 障害3歳以上未勝利 新潟 障2850 9人気 大庭和弥 3:07.7 上り13.2
10 障害3歳以上未勝利 新潟 障2850 12人気 蓑島靖典 3:09.7 上り13.3
8 障害3歳以上未勝利 福島 障2750 14人気 蓑島靖典 3:06.2 上り13.5
16 3歳未勝利 中山 ダ1200 12人気 大庭和弥 1:16.0 上り40.0
11 3歳未勝利 中山 ダ1200 13人気 大庭和弥 1:16.3 上り39.7
14 3歳未勝利 小倉 ダ1000 13人気 嘉藤貴行 1:02.1 上り37.7
13 2歳未勝利 中山 ダ1200 10人気 大庭和弥 1:16.3 上り40.7
10 2歳未勝利 東京 ダ1300 10人気 大庭和弥 1:23.7 上り39.6
16 2歳未勝利 東京 ダ1600 14人気 大庭和弥 1:44.4 上り42.1
12 2歳未勝利 東京 芝1600 10人気 大庭和弥 1:39.1 上り36.8
10 2歳新馬 中山 芝1600 11人気 吉田隼人 1:41.7 上り39.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
バシケーンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
シルクジャスティスブライアンズタイムBrian's TimeRoberto
Kelley's Day
ユーワメルドサティンゴ
ピーチガール
リンダトリアーノロドリゴデトリアーノRodrigo de TrianoEl Gran Senor
Hot Princess
ミスコンテストリアルシャダイReal Shadai
コンカロConcaro
STORY

旅程 — この馬の物語

2005年生まれの栗毛の牡馬。父シルクジャスティス、母リンダトリアーノ。

新冠の栗毛 ― 名の始まり

2005年3月29日、北海道新冠町の上井農場に、栗毛の牡馬が生まれた。父シルクジャスティスは1997年の有馬記念を勝った馬で、種牡馬としてはまだ中央の重賞に手が届いていない。母リンダトリアーノは1998年生まれの栗毛。自身は21戦して1勝、その最後の一戦は新潟の障害未勝利戦で、12頭立ての12着だった。 馬名の由来は「馬主名+人名」と記録されている。馬主・石橋英郎の持ち馬には、同じ母から出たビシバシン、バシタップ、バシクンレッツゴーが並ぶ。バシケーンの「バシ」も、その連なりの中にある。母の下にはほかに、ステイゴールドを父に持つ牝馬クリノメダリストがいた。 母が競走馬として最後に跳んだ場所が障害だったことは、この栗毛がいずれ辿る道を、静かに先取りしていたようにも見える。

八度の二桁 ― 平地に居場所はなかった

2007年9月30日、中山の芝1600m、2歳新馬。鞍上は吉田隼人、単勝は11番人気で、結果は10着だった。 そこから平地で8戦。すべて二桁人気に置かれ、すべて二桁着順で帰ってきた。うち4度は最下位である。芝でもダートでも、1000mでも1600mでも、前の集団は遠かった。手綱の多くを取ったのは大庭和弥だった。 2008年3月30日、中山ダート1200mの3歳未勝利で16着。ここで陣営は平地に見切りをつける。3歳の春だった。

入障十一戦 ― 蓑島靖典が離さなかった手綱

2008年6月29日、福島の障害3歳以上未勝利。障害転向初戦の鞍上が、蓑島靖典だった。 蓑島は1982年11月14日、北海道足寄町の生まれ。JRA初の十勝支庁出身騎手として2001年に美浦の後藤由之厩舎からデビューし、同期には大庭和弥がいた。初年度に10勝を挙げて関東の新人賞を受けたが、減量の特典が外れる頃から騎乗数は細り、2005年は平地・障害ともに未勝利で年を終えている。デビュー2年目から乗り始めた障害へ、少しずつ軸足を移していた頃だった。 入障後もすぐには結果が出ない。8着、10着、4着。9月20日の中山では宗像徹を背に、レースを途中で取りやめている。 2009年2月21日、東京。前走で鞍を任せた山本康志から蓑島に戻ると、そこから手綱はもう動かなかった。2着、3着、2着と着実に押し上げ、5月9日、東京の障害4歳以上未勝利で1番人気に応えて先頭でゴールする。障害に転じて11戦目、通算では19戦目にして手にした初勝利だった。 調教師の高橋義博は、この馬を、使いながら何かを得て、そのたびに強くなっていく馬だと見ていた。だから負けても使い続けた。

二〇一〇年十二月二十五日 ― 中山大障害

2010年3月27日、中山のペガサスジャンプステークス。13頭立ての5番人気で、0.3秒の差をつけて勝った。障害のオープンを勝ったことで、この馬の前に大きなレースが開ける。 4月17日、中山グランドジャンプ。不良馬場の4250mを63.5キロで運んで9着。6月の東京ジャンプステークスは12着、10月の東京ハイジャンプは13番人気の10着。秋陽ジャンプステークスは2年続けて2着に終わった。9月26日、中山の障害オープンでは、タマモグレアーという馬に1秒先着されて4着に沈んでいる。 そして12月25日、第133回中山大障害。中山の障害4100m、12頭立て。バシケーンは8番枠、単勝10番人気。斤量63キロ、馬体重450キロ。 道中は中団。折り合いさえ気をつけていればいい――蓑島はそう決めてこの馬を運んだ。最終障害を越えると、前では一頭が早めに抜け出して後続を突き放しにかかっている。3か月前に自分を負かした、あのタマモグレアーだった。 並びかけ、ゴール板の上で、ハナだけ出た。4分46秒1。 「この馬で勝てたのがうれしい」[^1]。デビュー10年目の蓑島にとって、初めてのGI級タイトルだった。6年前の同じ中山大障害が、彼のJGI初騎乗である。高橋義博には開業12年目の重賞初勝利で、それがいきなりのJ・GIだった。父シルクジャスティスにとっても、産駒が初めて刻んだJRAの重賞である。

出典:スポーツニッポン「【中山大障害】バシケーンG1初V!“断髪式”決行へ」2010年12月26日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/12/26/kiji/K20101226Z00002710.html 、閲覧日:2026年8月1日。

ちょんまげを落とす ― 断髪式の日

高橋義博は1951年、栃木県の生まれ。大学では牛を学び、卒業後はアルゼンチンに渡って厩務員を経験した。帰国後は美浦で長く調教助手を務め、47歳で調教師試験に合格、1999年3月に自分の厩舎を開いた。 その高橋には公約があった。重賞を勝ったら、伸ばし続けている長髪を切る――。 2011年1月6日、美浦の高橋義博厩舎で断髪式が行われた。50人近い関係者と報道陣が集まり、後藤浩輝が高枝切りバサミと電動式の芝刈り機を持ち込んで笑いを誘う。順に鋏が入り、最後の一房を切ったのは、大障害の手綱を取った蓑島靖典だった。 「これまでは『ちょんまげの高橋です』と言えば分かってもらえていましたが」[^1]。トレードマークを失った調教師は、そう言って笑った。 バシケーンはこの年、2010年のJRA賞最優秀障害馬に選ばれている。

出典:競馬ラボ「有言実行!高橋義博師、髪を切る」2011年1月6日配信、https://smart.keibalab.jp/topics/6923/ 、閲覧日:2026年8月1日。

左前 ― 一年一か月の空白

2011年2月5日、東京の春麗ジャンプステークス。2番人気に支持され、中団から追い上げてランヘランバの3着。次は中山グランドジャンプ、と目標は決まっていた。 その大一番へ向かう途中で、左前脚に浅屈腱炎が出た。 腱の故障は平地の馬にとっても重い。まして障害馬は、飛越のたびに着地の衝撃を前肢で受け止める。長期休養に入ったバシケーンがふたたびゲートに立つのは、1年1か月後のことになった。 2012年3月10日、阪神スプリングジャンプで復帰して6着。4月14日の中山グランドジャンプは、この一戦だけ五十嵐雄祐が手綱を取り、中団から失速して12着。6月30日の福島ジャンプステークスは後方から詰めて4着まで押し上げた。 10月14日、東京ハイジャンプ10着。これが最後の一戦になる。11月23日、競走馬登録抹消。通算36戦3勝、獲得賞金1億4294万3000円。そのうち7542万円余りは、あの12月25日の一日で稼いだものだった。

相馬へ ― 神馬になった大障害馬

引退したバシケーンは、いったん福島県田村市の牧場で余生に入った。それから二か月ほど経った2013年2月、思いがけない話が届く。相馬市の相馬中村神社が、この馬を神馬(しんめ)として迎えるという。GIを勝った馬が社の馬になるのは、きわめて珍しいことだった。 「屈腱炎で引退した馬なので、乗り回されないのはいいこと」[^1]。高橋義博は、そう言って喜んだ。 相馬中村神社は、相馬野馬追の出陣式が行われる社である。野馬追は国の重要無形民俗文化財で、雲雀ヶ原に数百騎の騎馬武者が集う。出陣する馬の9割ほどは元競走馬だといわれる。2011年3月の震災のあとは祭場地が緊急時避難準備区域に含まれ、その年は規模を縮小して開かれた。バシケーンが相馬に渡ったのは、その二年後である。 平地で二桁人気を並べ続けた馬が、中山の障害で王冠を得て、東北の社の神馬になった。2018年、引退名馬繋養展示事業の助成対象馬となり、同年7月、同じ相馬市のナインスターステーブルへ移っている。

出典:デイリースポーツ「中山大障害Vのバシケーンが神馬に」2013年2月8日配信、https://www.daily.co.jp/horse/2013/02/08/0005726113.shtml 、閲覧日:2026年8月1日。

鞍上のいま

バシケーンが相馬へ渡ったあとも、蓑島靖典は障害を跳び続けた。2023年、サクセッションで新潟ジャンプステークスを勝つ。バシケーンの中山大障害以来、13年ぶりの重賞だった。 2024年2月10日、小倉の障害オープン。2周目の生垣障害の着地でつまずき、蓑島は落馬して頭を打った。目が覚めたのは翌朝で、骨折はなかった。ただ、左耳の聴力が戻らなかった。 およそ2年、レースから離れた。いくつもの病院を回り、そのたびに回復は難しいと告げられたという。このまま戻れば周りに迷惑をかける、と心が折れかけたとき、美浦のファン交流イベントでかけられた声に踏みとどまった。「自分には競馬しかないなと思いました」[^1]。2026年2月、蓑島はトレセンに戻り、調教で馬に跨っている。騎手としての復帰を望みながら、調教師への転身も視野に入れていると語る。 2010年の暮れ、中山の最終障害の先で、10番人気の栗毛が前を捉えた。あの数完歩が、馬にとっても、鞍上にとっても、厩舎にとっても、いちばん高い場所だった。 栗毛は相馬へ渡り、鞍上は美浦へ戻った。手綱の感触は、耳では聞かない。

出典:デイリースポーツ「落馬の後遺症と向き合いながら前を向く蓑島の強さ 約2年の休養経て今年2月から調教騎乗を再開「自分には競馬しかない」」2026年4月7日配信、https://www.daily.co.jp/umaya/news/2026/04/07/0020213319.shtml 、閲覧日:2026年8月1日。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース