名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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バンブーエールのイメージビジュアル
バンブーエールBamboo Ere
Bamboo Ere

バンブーエール

通算成績25戦10勝

獲得賞金35,578万円

生年月日 2003.04.05(平成15年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
バンブーエールの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 JpnⅡ東京盃 大井 ダ1200 1人気 松岡正海 1:11.3 上り36.8
1 JpnⅢクラスターカップ 盛岡 ダ1200 1人気 松岡正海 1:10.0
3 GIIIプロキオンS 阪神 ダ1400 2人気 松岡正海 1:23.0 上り36.1
2 JpnⅢさきたま杯 浦和 ダ1400 2人気 松岡正海 1:26.6 上り36.8
4 GIドバイGシャヒーン アラブ首長国連邦 ダ1200 武豊
8 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 10人気 松岡正海 1:35.8 上り36.2映像
5 GIII根岸S 東京 ダ1400 1人気 松岡正海 1:22.8 上り36.2
1 JpnⅠJBCスプリント 園田 ダ1400 2人気 松岡正海 1:25.6 上り36.9映像
1 OPペルセウスS 東京 ダ1400 2人気 三浦皇成 1:22.7 上り35.7
1 OPBSN賞 新潟 ダ1200 1人気 松岡正海 1:10.1 上り36.0
1 OP北陸S 新潟 ダ1200 2人気 松岡正海 1:09.9 上り36.3
4 GIIIプロキオンS 阪神 ダ1400 11人気 浜中俊 1:22.5 上り36.1
1 OP栗東S 京都 ダ1200 5人気 幸英明 1:11.3 上り36.7
2 OPコーラルS 阪神 ダ1400 9人気 幸英明 1:24.6 上り36.7
12 JpnⅢ佐賀記念 佐賀 ダ2000 3人気 池添謙一 2:11.1
16 GIII平安S 京都 ダ1800 12人気 上村洋行 1:52.8 上り37.8
2 GIダービーグランプリ 盛岡 ダ2000 3人気 池添謙一 2:06.3
2 GIジャパンダートダービー 大井 ダ2000 6人気 池添謙一 2:06.3 上り40.0
5 GIIIユニコーンS 東京 ダ1600 6人気 池添謙一 1:38.1 上り38.9
1 OP昇竜S 中京 ダ1700 6人気 池添謙一 1:44.5 上り38.2
7 OP端午S 京都 ダ1800 7人気 池添謙一 1:52.6 上り36.8
1 3歳500万下 阪神 ダ1200 5人気 秋山真一郎 1:11.9 上り37.1
1 2歳未勝利 小倉 ダ1000 5人気 川田将雅 0:59.6 上り36.6
13 2歳未勝利 小倉 ダ1000 3人気 安藤勝己 1:01.5 上り37.3
3 2歳新馬 小倉 芝1200 3人気 安藤勝己 1:10.6 上り35.8

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
バンブーエールの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
アフリートAfleetMr. ProspectorRaise a Native
Gold Digger
Polite LadyVenetian Jester
Friendly Ways
レインボーウッドRainbow WoodRainbow QuestBlushing Groom
I Will Follow
Priceless FameIrish Castle
Comely Nell

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの栗毛の牡馬。父アフリート、母レインボーウッド。

荻伏の栗毛

2003年4月5日、北海道浦河町荻伏のバンブー牧場で栗毛の牡馬が生まれた。父アフリート、母レインボーウッド。母は1991年に英国で生まれた牝馬で、生産し所有していたのはドバイのシェイク・モハメドである。 名は、牧場の冠名「バンブー」に、オランダのプロサッカーリーグ、エールディヴィジの「エール」を継いだもの。同じ母から出た兄たちにも、バンブーゴンザレス、バンブーロベカルと、ピッチの上から借りてきたような音が並ぶ。一つ下の半弟バンブーカレカの父は、バンブーメモリーだった。1989年の安田記念と1990年のスプリンターズステークスを勝ち、二年続けてJRA賞最優秀スプリンターに選ばれた、同じ牧場生まれの短距離王である。母の一族をさかのぼれば、祖母プライスレスフェイムの牝系から、アメリカでGIを四つ勝ったレイクウェイが出ている。 預けられたのは栗東の安達昭夫厩舎。1979年に騎手になり、通算125勝で1994年に鞍を降り、2000年に厩舎を開いた男である。重賞は勝っていたが、GIはまだなかった。 2005年7月24日、小倉の芝1200メートルでデビューする。鞍上は安藤勝己。3番人気の3着だった。三週間後、ダート1000メートルに替えて13着。三戦目、川田将雅に手綱が替わって未勝利を勝ち上がる。芝を走ったのは、生涯でこの新馬戦の一度きりになった。

二千メートルの、二つの二着

2006年4月15日、阪神のダート1200メートル。秋山真一郎を背に5番人気で勝ち、二勝目を挙げた。京都の端午ステークスは7着。5月20日、中京のダート1700メートル、昇竜ステークスを池添謙一で勝った。距離が延びても崩れなかった。東京のユニコーンステークスは5着。 そして三歳の夏と秋、この馬は二度、地方競馬の2000メートルで首を差し出すことになる。 7月12日、大井、ジャパンダートダービー。6番人気だった。勝ったのは角居勝彦厩舎のフレンドシップで、内田博幸を背に2分06秒1。バンブーエールは1馬身半差の2着に入った。9月18日、稍重の盛岡、ダービーグランプリ。今度は3番人気に推され、木幡初広のマンオブパーサーにクビ差で及ばない。1番人気だったナイキアースワークは6着に沈んでいる。 三歳の一年で、この馬は地方の大レースの二着というかたちで名を覚えられた。大井の2000メートルは、そのとき1馬身半だけ遠かった。

距離を詰めた日

四歳の年明けは、下がるところまで下がった。1月の平安ステークスは12番人気の16着、2月の佐賀記念は勝ち馬から3秒7離された12着。中距離では、もう戦えなかった。 陣営は距離を詰める。3月末、阪神のコーラルステークスで9番人気の2着。そして5月13日、京都のダート1200メートル、栗東ステークス。幸英明を背に六番手から差し、1分11秒3で勝った。この馬の距離が、そこで決まった。 決まった直後に、左膝を折った。次に競馬場へ戻るまで、一年二か月かかる。 なお同じ5月13日、東京では二十二歳の松岡正海が12番人気のコイウタでヴィクトリアマイルを勝ち、GIの初勝利を挙げている。このときはまだ、二つの勝利のあいだに何の関係もない。

十四か月

2008年7月13日、阪神のプロキオンステークス。一年二か月ぶりの実戦で、浜中俊を背に11番人気の4着。走れることは分かった。 8月3日、新潟のダート1200メートル、北陸ステークス。この日から松岡正海が背にいる。美浦の相沢郁厩舎に所属する二十四歳、栗東の馬に呼ばれた関東の騎手だった。四番手で我慢し、直線で抜け出して1分09秒9。当時のレコードとは0秒3しか違わない時計だった。 9月6日、同じ新潟のBSN賞を1番人気で連勝。10月11日、東京のペルセウスステークスでは57.5キロを積まれ、この一戦だけ、その年デビューしたばかりの三浦皇成が手綱を取った。五番手から抜け出して2着に2馬身半。三浦にとってはこれが年間69勝目で、武豊が持っていた新人の年間最多勝記録に並んだ一鞍になった。その2着馬ユビキタスに乗っていたのは、三年前に小倉の芝でこの馬に初めて跨った安藤勝己である。 オープン特別を三つ続けて勝った。五歳の秋になって、この馬はようやく自分の形を手に入れていた。

園田、十一月三日

曇り。ダートは良。その年のJBCは、園田競馬場で行われた。スプリントは1400メートル、十二頭立て。 四枠四番。松岡が跨る。一番人気は、過去にこの競走を勝っているブルーコンコルドだった。その鞍上は幸英明——一年半前、京都でこの馬に自分の距離を教えた男である。 ゲートが開く。栗毛は押し出されるように先頭へ出た。園田の一コーナーを回るとき、隊列は四番を先頭に、八番、五番、六番と続いていた。二コーナーでも順は変わらない。松岡は動かない。 三コーナーで、後ろが動いた。岩田康誠の三歳馬スマートファルコンが、外から進出してくる。四コーナーで二番手が入れ替わった——四番、六番、五番、八番。先頭だけが、変わらなかった。 園田の直線は短い。追ってきた三歳馬が外へ並びかけようとして、届かない。決勝線を通過したとき、差は一馬身あった。時計は一分二十五秒六。 条件戦とオープン特別しか勝ったことのない五歳の栗毛が、最初に手にしたタイトルは、JpnIだった。同じ牧場から出た先代の短距離王は、芝で頂点に立った。この馬の頂点は、砂の上にあった。 安達昭夫にとっては、開業九年目にして初めてのGI級である。鞍上にとっても、地方交流の重賞はこれが最初の勝利だった。

寒さと、砂漠

年が明けて六歳。2月1日、東京の根岸ステークスに59キロを背負って1番人気で臨み、5着。三週間後のフェブラリーステークスは10番人気の8着で、勝ったサクセスブロッケンから1秒2離された。 この馬は寒い時期が苦手だった。冬の二戦は追い切りの動きからしてピリッとしなかったと安達は述べ、松岡もフェブラリーステークスのあと、夏場のほうが状態は良かったように思う、と振り返っている。 三月、ドバイゴールデンシャヒーンに選ばれた。美浦でカジノドライヴとともに検疫を受け、16日に成田からのチャーター便で発つ。28日、ナドアルシバ。鞍上は武豊。1200メートルを4着だった。 母レインボーウッドを英国で生産したのは、いまその国を治めるシェイク・モハメドである。母が生まれてから十八年後、その仔は日本から来て、その国の砂を走った。 帰国後、5月の浦和・さきたま杯は2着。前の年に園田で一馬身後ろにいたスマートファルコンが、今度は前にいた。7月の阪神・プロキオンステークスは3着。中央の重賞は、この日も勝てなかった。

盛岡のクビ差、大井の雨

8月14日、盛岡。晴れ、ダートは良。クラスターカップの単勝は1.1倍で、背には59キロ。押してハナを取り、そのまま1分10秒0で凌ぎ切った。クビ差の2着は安藤勝己のトーセンブライト。四年前の夏、小倉の芝でこの馬に初めて跨った男が、今度は後ろにいた。3着は武豊のメイショウバトラーである。 9月30日、大井。雨。ダートは不良。東京盃は58キロで1番人気。今度は逃げず、三番手で我慢して直線で抜け出した。1分11秒3、1馬身3/4差。2着は三歳のスーニだった。 六歳の夏と秋で、重賞が三つになった。三つとも、中央の外にある。中央では17戦して重賞を一つも勝てず、最高は七月のプロキオンステークスの3着だった。地方には7回行って、3勝と3度の2着を持ち帰り、掲示板を外したのは二年前の佐賀記念の一度きりである。

十月二日

東京盃の二日後、右前脚の浅屈腱に炎症が見つかった。全治九か月以上。三つ目のタイトルを獲ったばかりの六歳は、そのまま走らなくなった。 三十四日後、名古屋。JBCスプリントを勝ったのは、大井の直線で振り切ったばかりのスーニだった。園田で受け取った王座は、一年で、追ってきた三歳馬の手に渡っている。 松岡正海がこの馬に乗ったのは九度で、そのうち五度勝った。負けた四度のうち二度は、真冬の東京だった。 復帰はなかった。2011年12月9日、競走馬登録が抹消される。25戦10勝。

浦河のイーストスタッドで種牡馬になった。初年度に集まった繁殖牝馬は10頭。翌年も、その次の年も、10頭前後だった。それでも産駒はよく勝ち上がり、2015年には地方競馬の新種牡馬ランキングで4位に入る。岐阜金賞のクリノヒビキ、九州ダービー栄城賞のスーパージンガ。血は、父が最も強かった場所へ返っていった。 2021年7月14日、大井競馬場、ジャパンダートダービー。十三頭のうち十二番人気、単勝129.5倍。船橋から来たキャッスルトップが好スタートから先手を取り、直線で外の二頭を振り切って、四連勝で勝った。鞍上の仲野光馬にとって、初めての重賞である。父が2着だった、あの2000メートルだった。 安達昭夫が中央のGIを勝った日は、2009年12月6日と記録されている。阪神のジャパンカップダート、エスポワールシチー。だがその扉を最初に押したのは、十三か月前、園田の砂の上にいた栗毛だった。 浦河町荻伏で生まれた栗毛は、いま同じ浦河の種馬場で二十三歳になっている。中央の重賞にだけ、この馬は最後まで手が届かなかった。届いたものは全部、中央の外の砂の上にある——大井の2000メートルを、十五年遅れで、その血が先頭のまま駆け抜けていった。

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