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アユサン
通算成績8戦2勝
獲得賞金1億5,874万円
生年月日 2010.02.21(平成22年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 11 | GIIIダービー卿チャレンジトロフィー | 中山 芝1600 | 11人気 | 丸山元気 | 1:35.4 | 上り36.8 | — | |
| 15 | GII中山記念 | 中山 芝1800 | 13人気 | 丸山元気 | 1:51.6 | 上り38.3 | 映像 | |
| 4 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 3人気 | 丸山元気 | 2:25.9 | 上り35.1 | 映像 | |
| 1 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 7人気 | C.デムーロ | 1:35.0 | 上り35.5 | 映像 | |
| 3 | GIIIチューリップ賞 | 阪神 芝1600 | 5人気 | 丸山元気 | 1:35.6 | 上り35.1 | — | |
| 7 | GI阪神ジュベナイルフィリーズ | 阪神 芝1600 | 4人気 | 丸山元気 | 1:34.8 | 上り36.4 | 映像 | |
| 2 | アルテミスS | 東京 芝1600 | 4人気 | 丸山元気 | 1:33.9 | 上り33.5 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 東京 芝1400 | 1人気 | 蛯名正義 | 1:25.0 | 上り33.6 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ディープインパクトDeep Impact | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ウインドインハーヘアWind in Her Hair | Alzao | |
| Burghclere | ||
| 母バイザキャットBuy the Cat | Storm Cat | Storm Bird |
| Terlingua | ||
| Buy the Firm | Affirmed | |
| By the Hand |
旅程 — この馬の物語
2010年生まれの鹿毛の牝馬。父ディープインパクト、母バイザキャット。主な勝ち鞍は桜花賞。
アユ、さん ― 名前と、北関東の三人
2010年2月21日、北海道日高町の下河辺牧場に、鹿毛の牝馬が生まれた。母バイザキャットの八番仔だった。 母は1995年のアメリカ産。父はストームキャットで、その母バイザファームは1991年にトップフライトハンデキャップを勝った牝馬である。自身は現地で3戦1勝、アメリカで産んだ4頭はいずれも北米で勝ち上がり、なかでも三番仔サキトゥミーは4勝を挙げてリステッド競走まで手にしていた。2006年、キーンランドの繁殖牝馬セールにその馬が出たとき、日高から来た下河辺牧場が札を上げる。狙いははっきりしていた——やがて種牡馬になるディープインパクトには、ストームキャットの牝馬が合うのではないか。そのディープインパクトとの二年目の交配で生まれたのが、この八番仔だった。牝馬にしては体格に恵まれ、歩きが柔らかく、気性も落ち着いていた。ただ一つ、後ろ脚の成長だけが遅れていた。 馬を買ったのは、群馬県高崎市で会社を営む星野壽市。所有馬に家族の名前を付け続けて種が尽き、こんどは銀座のおねえちゃんと呼ぶ人の名を借りた。「アユ」に「さん」を添えて、アユサン。人の名前に、呼称をひとつ。それだけの名前だった。 預けた先は美浦の手塚貴久。栃木県足利市の出身で、父は足利競馬の調教師だった。のちに手綱を託される丸山元気は群馬県伊勢崎市の生まれで、父は高崎競馬の騎手。馬主、調教師、騎手——三人とも北関東に根を持っている。デイリースポーツはこれを北関東ラインと呼んだ。 2012年10月6日、東京の芝1400メートル。蛯名正義を背にした新馬戦は、スタートで後手を踏みながら、直線で外へ持ち出すと前をまとめて差し切った。蛯名が追う手を緩め、後ろを振り返る余裕さえ見せて1馬身3/4差。初出走初勝利。体質が弱く、デビュー直前には熱を出していた馬の、あっけないほど鮮やかな一勝だった。
二着、七着、クビ差の三着
11月3日、この年に新設されたアルテミスステークスで丸山元気に乗り替わる。以後、彼女の背は引退まで丸山のものになった。後方から追い込み、先に抜け出したコレクターアイテムに並びかけたが、ゴール前で半馬身だけ粘られて2着。負けはしたが、東京のマイルで33秒5の上がりを使っていた。 12月9日、阪神ジュベナイルフィリーズ。4番人気で迎えた初のGIは、大外18番枠から、初めての右回りで、しかも両前脚にソエが出ていた。何もかもが噛み合わないまま7着。勝ったのはローブティサージュだった。 年が明けるとクイーンカップを予定したが、寝違えて回避する。3月2日、チューリップ賞が再始動の場になった。関西馬がひしめくなかでただ一頭の関東馬、5番人気。逃げるクロフネサプライズを見る位置から追い上げたものの伸びあぐね、逆に千切られ、後ろからは横一線で迫られた。それでもクビ差だけ守り切って3着。桜花賞への優先出走権を、ぎりぎりで手にした。 勝ち鞍は、まだ新馬戦の一つきりだった。
四月六日
前哨戦を終えたアユサンは、美浦に戻らなかった。栗東に滞在したまま本番を待つ。丸山は二週続けて美浦から栗東へ出向き、自分で追い切りに跨った。チューリップ賞のあとは強く攻めた。馬体は12キロ絞れて484キロ。体質の弱さに泣き続けてきた馬が、初めて不安のない状態で大一番を迎えようとしていた。 同じ週、京都の南禅寺で花見をした一人のイタリア人が、絵馬に母国語でこう書き残している。世界のGIをたくさん勝ちたい。クリスチャン・デムーロ、二十歳。母国イタリアの競馬は財政難で賞金が削られ、開催のボイコットが続いていた。騎乗機会を求めて国から国へ渡り歩く日々のなかで、日本は、親日家の兄ミルコが世界一だと勧めてくれた場所だった。 ただ、桜花賞には縁がなかった。前年はハナズゴールでチューリップ賞を勝ちながら、短期免許の期間に本番の日が入っていない。この一戦のためだけに免許を取り直し、母国との約束まで調整して参戦にこぎつけたのに、こんどは馬が直前に故障して回避した。今年はエバーブロッサムの依頼を受けていたが、賞金が足りずに除外。二年続けて、桜には手が届かないはずだった。 そして前日、4月6日。福島の3歳未勝利戦で先頭に立った瞬間、丸山の馬が外へ逃避した。地面に叩きつけられた丸山は失神し、脳震盪、腰部打撲、腰椎横突起骨折と診断される。桜花賞の騎乗は不可能になった。 意識を取り戻した丸山は、代打に決まった若いイタリア人へ、手塚を通じてこの馬の乗り方を余さず伝えた。「出来はいい。中団で折り合えば必ず最後は脚を使う」[^1]
出典:スポーツニッポン「【桜花賞】アユサン差し返した!デムーロ兄弟、史上初G1ワンツー」2013年4月8日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/04/08/kiji/K20130408005566130.html 、閲覧日:2026年7月29日。
クビ差 ― 二〇一三年四月七日
18頭立て。突然の乗り替わりで臨むアユサンの単勝は18.0倍、7番人気。前哨戦を制したクロフネサプライズに武豊、メイショウマンボに武幸四郎が乗り、この日の阪神は武兄弟の対決として語られていた。 サマリーズがハナを奪って速い流れをつくる。アユサンは中団の馬群のなか、託された言葉どおりに我慢していた。四角でサマリーズが失速し、クロフネサプライズが先頭で直線を向く。その背後から馬群に進路を見つけ、外へ持ち出して伸びると、残り200メートルで先頭に立った。 だが大外から、レッドオーヴァルが来る。鞍上はミルコ・デムーロ——兄だった。残り100メートル、兄の馬が半馬身前に出る。弟が右のムチを続けざまに入れると、アユサンはもう一度伸びた。差し返し、ゴール板の手前で前へ出る。クビ差。1分35秒0。 入線した直後、クリスチャンは左手を空へ突き上げ、アユサンの首に抱きつき、それから隣を走る兄と手を合わせた。彼にとって、世界を通じて初めてのGIだった。兄弟騎手によるJRA・GIのワンツーは史上初。1984年のグレード制導入以降、出馬表が確定したあとの騎手変更で勝ったGIも、これが初めてだった。そして1勝馬による桜花賞制覇は、1948年ハマカゼ、1954年ヤマイチ、1980年ハギノトップレディ、1995年ワンダーパヒュームに続いて、1946年以降5頭目である。 手塚には2011年の朝日杯フューチュリティステークス以来のGIで、クラシックは初めて。星野は1997年に馬主資格を得て以来、初めての重賞がGIになった。下河辺牧場にとっては2004年のダイワエルシエーロ以来のJRA・GIである。そしてこの日、星野は名前の主を阪神競馬場へ招いていた。自分の名を貸した馬が、目の前でゴール板を先頭で通過していった。 勝った男は、勝てなかった男の名を何度も口にした。手塚も同じだった。「彼いなくして、この桜花賞は勝てなかったと思いますね」[^1]
出典:スポーツナビ「史上初の兄弟騎手GIワンツー! デムーロ弟が兄撃破=桜花賞」2013年4月7日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201304070005-spnavi 、閲覧日:2026年7月29日。
戻った手綱、そして母に
5月19日、オークス。傷の癒えた丸山が戻り、代打を務めたデムーロはライバルのレッドオーヴァルに乗った。丸山にはJRA・GI初制覇がかかっていた。3番人気。中団から直線で馬群を割ったが、先に抜け出した9番人気メイショウマンボには3馬身以上及ばず4着。装鞍所までは完璧だったのに、パドックで入れ込んでしまった。返し馬までのアプローチに失敗した、調教が強過ぎたのかもしれない——手塚はそう敗因を挙げ、秋華賞へ向けてやり直すと言った。 夏は放牧に出さず厩舎で過ごした。ところが8月下旬、馬房のなかで左前脚の球節を腫らす。雷に驚いてぶつけたのかもしれないが、はっきりした原因は分からない——手塚はそう語るほかなかった。ローズステークスを諦め、左前脚の腱周囲炎で秋華賞も、年内も断念。牝馬三冠の最終戦に、桜の女王は姿を見せなかった。 2014年3月2日、中山記念。9か月半ぶりの実戦は15着だった。続くダービー卿チャレンジトロフィーも11着。目標にしたヴィクトリアマイルは、一週前の追い切りで左前肢に跛行が出て回避となり、そのまま復帰は叶わない。12月26日、競走馬登録抹消。8戦2勝。勝ったのは、東京のデビュー戦と、阪神の桜花賞だけだった。 生まれ故郷の下河辺牧場で繁殖牝馬になった。2022年春、四番仔エンギダルマがスプリングステークスに出走する。馬主は星野、厩舎は手塚、鞍上は丸山——アユサン以来、ふたたび北関東ラインが揃っていた。皐月賞への切符は4着で逃したが、その名は上毛かるたの「縁起だるまの少林山」から採られている。母の名が銀座から来たのに対して、息子の名は群馬から来た。 そして同じ年の暮れ、五番仔ドルチェモアが阪神の芝マイルに立っていた。夏の札幌でデビュー勝ち、秋にサウジアラビアロイヤルカップ、12月に朝日杯フューチュリティステークス。無傷の三連勝で2歳王者となり、その年のJRA賞最優秀2歳牡馬に選ばれる。母が7番人気でクビ差だけ前に出た、あの直線と同じ場所だった。母仔でのGI制覇。2006年にキーンランドで見出された一頭の血は、日高の同じ牧場で、確かに次の代へ渡っていた。
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