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アストンマーチャン
通算成績11戦5勝
獲得賞金2億4,899万円
生年月日 2004.03.05(平成16年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10 | GIIIシルクロードS | 京都 芝1200 | 1人気 | 武豊 | 1:10.0 | 上り36.3 | — | |
| 14 | GII毎日放送賞スワンS | 京都 芝1400 | 1人気 | 中舘英二 | 1:22.3 | 上り37.1 | — | |
| 1 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 3人気 | 中舘英二 | 1:09.4 | 上り36.3 | 映像 | |
| 6 | GIIITV西日本北九州記念 | 小倉 芝1200 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:08.1 | 上り35.7 | — | |
| 7 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 2人気 | 武豊 | 1:34.9 | 上り34.9 | 映像 | |
| 1 | GIIフィリーズレビュー | 阪神 芝1400 | 1人気 | 武豊 | 1:21.8 | 上り35.0 | 映像 | |
| 2 | GI阪神ジュベナイルフィリーズ | 阪神 芝1600 | 1人気 | 武豊 | 1:33.1 | 上り34.5 | 映像 | |
| 1 | GIIIKBSファンタジーS | 京都 芝1400 | 3人気 | 武豊 | 1:20.3 | 上り33.6 | 映像 | |
| 1 | GIII小倉2歳S | 小倉 芝1200 | 3人気 | 鮫島良太 | 1:08.4 | 上り35.9 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 小倉 芝1200 | 1人気 | 和田竜二 | 1:08.9 | 上り35.3 | — | |
| 2 | 2歳新馬 | 小倉 芝1200 | 2人気 | 武豊 | 1:08.2 | 上り34.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父アドマイヤコジーン | Cozzene | Caro |
| Ride the Trails | ||
| アドマイヤマカディ | ノーザンテーストNorthern Taste | |
| ミセスマカディーMrs McArdy | ||
| 母ラスリングカプス | Woodman | Mr. Prospector |
| プレイメイトPlaymate | ||
| フィールディFieldy | Northfields | |
| Gramy |
旅程 — この馬の物語
2004年生まれの鹿毛の牝馬。父アドマイヤコジーン、母ラスリングカプス。主な勝ち鞍はスプリンターズS・小倉2歳S・KBSファンタジーS。
三月五日、千歳
2004年3月5日、北海道千歳市の社台ファームで、鹿毛の牝馬が生まれた。父アドマイヤコジーン、母ラスリングカプス、母の父ウッドマン。 生まれて間もないその仔を、栗東の調教師・石坂正が見にきている。一歳上の兄クレスコワンダーを預かることが決まっていたからで、目の前の当歳を石坂は高く買ったものの、その場で管理を申し出るほどの手応えではなかったという。巡り巡って、結局この牝馬も石坂の厩舎に入る。 母ラスリングカプスはアメリカ生まれのウッドマン産駒で、日本で十五戦して三勝した。その三勝はいずれも札幌と函館の千メートルと千二百メートルである。長いところではまるで走らず、短いところでだけ勝つ牝馬だった。 父アドマイヤコジーンは、1998年の朝日杯3歳ステークスを勝ってその年の最優秀三歳牡馬に選ばれ、直後に右後脚を骨折してクラシックを棒に振り、一年七か月ぶりに戻ってきてなお2002年の安田記念を勝った芦毛の馬である。その年の最優秀短距離馬。引退の翌年から種牡馬に立ち、この牝馬は初年度産駒の一頭だった。 名を付けたのは馬主の戸佐眞弓。女性医師で、自身が持つ二頭目の馬だった。イギリスの自動車ブランド「アストンマーティン」に、学生時代の愛称「マーちゃん」を掛け合わせた造語である。馬名登録の審査には、サーキット名と人名の愛称を組み合わせたものと説明して通した。牧場では優等生だったと伝わっている。
小倉の夏に三度
2006年7月22日、小倉の芝千二百メートルの新馬戦でデビューする。鞍上は武豊、二番人気。外へ斜行し、一番人気シャルマンレーヌにクビ差で振り切られて二着に敗れた。武は斜行を敗因に挙げ、石坂のほうは、ターフビジョンに映る自分の姿に驚いたのだろうと見ている。速さより先に、幼さのほうが出た。 十五日後の八月六日、同じ小倉の未勝利戦で和田竜二に乗り替わり、単勝一・三倍。二番手から逃げ馬を半馬身かわして、初めて勝った。 九月三日、小倉2歳ステークス。今度は鮫島良太に替わって三番人気。外枠から二番手につけ、最終コーナーで先頭に立ち、二馬身半離してゴールした。デビュー二年目の鮫島にとって初めての重賞であり、産駒が走り始めたばかりのアドマイヤコジーンにとっても、初めての重賞タイトルだった。 一夏に三度小倉を使った疲れを抜くため、宮城県山元町の山元トレーニングセンターで二か月の放牧に出る。戻ってきた馬を見て、石坂は内も外も一変していたと認めている。
レコードと、クビ差
十一月五日、京都のファンタジーステークス。武豊が戻ってきて三番人気。中団から三コーナーで進出し、四コーナーを三番手で回って直線を向く。残り二百メートルでイクスキューズ、アドマイヤプルートと三頭が並んだが、そこから一頭だけ伸びて独走に持ち込み、二着に五馬身をつけた。走破時計の一分二十秒三は、このレースのレコードを〇秒九、JRAの二歳レコードを〇秒五更新する数字である。しかもレースのあと、走行中に落鉄していたことが分かった。 十二月三日、阪神ジュベナイルフィリーズ。単勝一・六倍。二番人気のルミナスハーバーが八・九倍だったから、支持はほとんどこの馬に集まっていた。内めの三番手から直線で先頭に立ち、残り二百メートルでは後続を三馬身ほど離して、独走の態勢に入る。 そこへ外から一頭が伸びてきた。四番人気のウオッカ。決勝線を二頭は並んで通過し、クビだけウオッカが前に出ていた。三馬身あった差が、残りの二百メートルで消えていた。 年末のJRA賞最優秀二歳牝馬の記者投票で、アストンマーチャンは二百八十九票のうち十六票を得た。ウオッカが二百七十一票を集めていた。
桜を置いていく
2007年3月11日、桜花賞トライアルのフィリーズレビュー。ウオッカら有力どころがチューリップ賞へ向かったこともあって、単勝は一・一倍。三、四番手から直線で抜け出し、二馬身半差をつけて危なげなく勝った。 四月八日、桜花賞。十八頭立て。ウオッカに次ぐ二番人気で、ダイワスカーレットは三番人気だった。コーナーリングで二番手まで押し上げたが、直線で伸びない。好位から抜け出したダイワスカーレットを、中団から追い上げたウオッカが追う叩き合いから一秒二遅れて、七着。勝ったのはダイワスカーレット、二着がウオッカである。 武豊は、全身に力が入っていた分、いつものフォームで走れていなかったと振り返った。担当調教助手の上田和也は、直前の食欲と体調に敗因を求めている。 ここで石坂は迷わなかった。この馬の適性は短距離にあると断定し、NHKマイルカップも優駿牝馬も使わずに、社台ファームへ放牧へ出した。三歳牝馬から春のクラシックを取り上げるということである。目標は秋の中山、千二百メートルに置かれた。
一本の電話
八月十二日、小倉の北九州記念。古馬との初顔合わせで、それでも単勝一・八倍の一番人気だった。岩田康誠が好位につけたが直線で伸びず、キョウワロアリングから〇秒四離された六着。前哨戦は落とした。 本番のスプリンターズステークスで、武豊は乗れなかった。この年の高松宮記念を勝ったスズカフェニックスに騎乗することが決まっていたからである。 石坂が電話をかけた相手は、美浦の中舘英二だった。レースのおよそ一か月前、「調教に乗りに来てくれるか」という一本。中舘は四十二歳。ヒシアマゾンでGIを勝ってから十三年が経ち、当時の自分はGIには乗らず、裏開催のローカルで勝たせるべき馬を勝たせる「アベレージヒッター」だったと、後年みずから語っている。石坂厩舎の馬を何度も勝たせてきた縁だった。 中舘は栗東へ向かった。若い頃に足を運んだことはあっても、関西馬の調教に乗るために栗東に入るのは初めてだった。外から眺めていた印象は引っかかる馬というもので、正直に言えば乗りたくなかった。そう思いながら坂路を一本駆け上がると、それまで感じたことのない速さがあった。同時に、レースでこの馬を抑えられるのかという不安も湧いた。 石坂はこう言ったという。「ハナに行ってもいいよ。お前を乗せるのだから、折り合いを欠くような競馬だけは絶対にするな」[^1] 覚悟が決まった。石坂は坂路の調教を一日一本から二本に増やし、馬体を前走から十キロ増やして中山へ送り込んだ。デビューから八戦、この馬は一度もハナを切ったことがなかった。
出典:Number Web「愛された“薄命の名牝”アストンマーチャンを導いたベテラン騎手の感謝」2022年3月5日配信(初出『Sports Graphic Number』1037号)、https://number.bunshun.jp/articles/-/852241 、閲覧日:2026年8月1日。
三十三秒一
その日の中山は、雨が降り続いていた。第41回スプリンターズステークスを迎えるころ、芝は不良まで悪化していた。瞬発力を削ぐ馬場である。 返し馬で、馬は跳ねなかった。ピッチの利いた走り方をするこの牝馬は、道悪でものめることなく、軽く脚を回していた、と中舘は感じている。石坂の指示は単純だった。この馬場なら内も外も関係ない、駄目でもいいから内を回ってこい。 ゲートが開く。絶好のスタートダッシュを見せたのはローエングリンだった。その脚を上回って並びかけ、交わして、アストンマーチャンが先頭に立つ。そのまま内ラチへ寄せた。デビュー以来はじめて、この馬は自分でハナを切った。 中舘は緩めない。ゴール板で燃料を空にする、というのがこの騎手の長年の乗り方だった。人がやらないことをやろうと決めて、前半から出して行き、ぎりぎりで体力をもたせる。逃げの中舘と呼ばれるようになった理由である。後続との差はみるみる開いて三馬身になった。前半の三ハロンは三十三秒一。不良馬場でこの数字は、常識の外にある。 三コーナーを過ぎたあたりから、後ろでは鞍上たちが激しく手綱を動かし始めていた。アイビスサマーダッシュとセントウルステークスを勝ってきた一番人気のサンアディユ、京成杯オータムハンデを制したキングストレイル、そして武豊のスズカフェニックス。いずれも追撃の態勢に入る。それでも差は詰まらない。 四コーナーを回っても差は詰まらない。直線も内ラチぴったりだった。ここから先、馬は加速していない。脚は上がっている。中舘の左ムチが飛ぶ。「後ろを離している感覚はありませんでした」[^1]と中舘は言う。手応えがあっても、差がついていても、最後はいつも必死なのだ、と。 そのまま、先頭で決勝線を通過した。熾烈な二着争いからようやく抜け出してきたサンアディユとの差は、四分の三馬身。 入線して、中舘は右手を突き上げた。
出典:Number Web「愛された“薄命の名牝”アストンマーチャンを導いたベテラン騎手の感謝」2022年3月5日配信(初出『Sports Graphic Number』1037号)、https://number.bunshun.jp/articles/-/852241 、閲覧日:2026年8月1日。
勝ったあとの二百四日
「もうこんな大舞台で勝てるとは思わなかった」[^1]。中舘はレース後にそう言った。ヒシアマゾンでエリザベス女王杯を勝った1994年以来、十三年ぶりのGIである。そして中舘がJRAのGIを勝ったのは、これが最後になる。 石坂にとっては二度目のスプリンターズステークスだった。一度目は、開業祝いに譲り受けた馬で十六番人気をひっくり返した2000年のダイタクヤマト。あのときも早めに動いて押し切る形だった。三歳牝馬の五十三キロで五十七キロの古馬牡馬を負かしたこの勝ち方は、グレード制が導入されてから、1992年のニシノフラワーに次いで二例目の三歳牝馬による優勝でもあった。 香港スプリントに予備登録していたが、馬インフルエンザの影響で検疫に一か月かかることが分かり、十月二十三日に回避を決める。十月二十七日の京都、スワンステークスは一番人気で十四着。翌2008年二月十日のシルクロードステークスは、武豊が戻ってまた一番人気に推され、十着だった。 次は高松宮記念のはずだった。だが三月三日、体調を崩して回避が決まる。原因の分からないX大腸炎を発症し、栗東トレーニングセンターの競走馬診療所に入院した。 四月二十一日、急性心不全。四歳と一か月だった。スプリンターズステークスの日から、二百四日が経っていた。石坂が最期を見届けている。勝たせたあとの管理が悪かった、ストレスが病気を招いたのだと、石坂は長く悔やんだ。 あの雨の中山を一着と二着で通過した二頭は、どちらも生き延びなかった。サンアディユは三月八日のオーシャンステークスで発走のアクシデントに巻き込まれて最下位に敗れ、その翌日、栗東の馬房で倒れて心不全で死んでいる。
出典:JRA公式サイト「第41回スプリンターズS」レース結果、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/sprint/result/sprint2007.html 、閲覧日:2026年8月1日。
墓前
中舘英二は2015年一月まで鞍にまたがり、その年のうちに調教師になった。あの馬に出会っていなければ、自分はもっと早く騎手をやめて調教師になっていたかもしれない、と彼は言っている。四年しか生きなかった一頭が、一人の騎手の現役生活に七年余りを足したことになる。彼女の生まれた社台ファームの墓前で、中舘は花を手向けてこう伝えた。「一生懸命走ってくれてありがとう」[^1] 彼女自身は一頭も産まなかった。サンデーサイレンスの血を持たない繁殖牝馬として先々を期待されていたが、その将来はまるごと消えた。ただ、血はかろうじて繋がっている。亡くなる二か月前の2008年2月21日、同じ社台ファームで、同じ父と同じ母から全妹が生まれていた。ジャジャマーチャン。馬主も、石坂の厩舎という預け先も姉と同じで、しかし一度も競馬場に立たないまま繁殖に上がった。その仔トゥラヴェスーラは2023年の高松宮記念を、姉が勝った日と同じ不良馬場で、十三番人気の三着に走っている。 アストンマーチャンが自分でハナを切ったのは、あの中山が最初だった。そして四年一か月の生涯も、同じ形で終わった。並ばれる前に、追いつかれる前に、先へ行ってしまった。白い勝負服が中山の内ラチ沿いをひとりで飛ばしていく——交わされる場面をついに持たないまま、あの馬はいまも先頭のままである。
出典:Number Web「愛された“薄命の名牝”アストンマーチャンを導いたベテラン騎手の感謝」2022年3月5日配信(初出『Sports Graphic Number』1037号)、https://number.bunshun.jp/articles/-/852241 、閲覧日:2026年8月1日。
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