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エイジアンウインズ
通算成績11戦6勝
獲得賞金2億1,355万円
生年月日 2004.03.28(平成16年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GIヴィクトリアマイル | 東京 芝1600 | 5人気 | 藤田伸二 | 1:33.7 | 上り33.4 | 映像 | |
| 1 | GIIサンスポ杯阪神牝馬S | 阪神 芝1400 | 5人気 | 鮫島良太 | 1:21.4 | 上り34.2 | — | |
| 1 | 心斎橋S | 阪神 芝1400 | 1人気 | 鮫島良太 | 1:21.5 | 上り35.1 | — | |
| 2 | 韓国馬事会杯 | 中山 芝1200 | 1人気 | 横山典弘 | 1:08.8 | 上り35.2 | — | |
| 1 | 鳥羽特別 | 中京 芝1200 | 1人気 | M.デムーロ | 1:07.8 | 上り33.6 | — | |
| 2 | 宝ケ池特別 | 京都 芝1400 | 6人気 | C.ルメール | 1:21.6 | 上り34.1 | — | |
| 9 | 3歳以上1000万下 | 京都 ダ1400 | 3人気 | 福永祐一 | 1:25.7 | 上り39.0 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 阪神 ダ1200 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:13.4 | 上り38.5 | — | |
| 3 | 若菜賞 | 京都 ダ1400 | 1人気 | C.ルメール | 1:25.7 | 上り38.5 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 阪神 ダ1400 | 1人気 | C.ルメール | 1:26.8 | 上り38.2 | — | |
| 3 | 2歳新馬 | 阪神 ダ1400 | 1人気 | 福永祐一 | 1:26.7 | 上り38.2 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父フジキセキFuji Kiseki | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ミルレーサーMillracer | Le Fabuleux | |
| Marston's Mill | ||
| 母サクラサクII | デインヒルDanehill | Danzig |
| Razyana | ||
| サクラフブキSakura Fubuki | フォーティナイナーForty Niner | |
| Bound |
旅程 — この馬の物語
2004年生まれの鹿毛の牝馬。父フジキセキ、母サクラサク。主な勝ち鞍はヴィクトリアマイル・サンスポ杯阪神牝馬S。
開始価格、八百万円
2004年3月28日、北海道千歳市の社台ファームで鹿毛の牝馬が生まれた。父はフジキセキ、母はサクラサクII。 母は浦河町の村下牧場の生まれで、父にシャトル種牡馬として日本にも来ていたデインヒルを持つ。競走馬になる前にアメリカへ渡り、向こうで一度だけゲートに入って勝てないまま日本へ戻り、社台ファームで繁殖牝馬になった。祖母はサクラフブキ、その母がバウンド、さらにその母がスペシャルである。スペシャルはヌレイエフを産み、サドラーズウェルズの母フェアリーブリッジも産んだ牝馬で、欧州の血の源のひとつにあたる。バウンドの子には、この牝馬と同じ2004年に生まれたアーキペンコがいる。祖母サクラフブキの半弟で、のちにこの牝馬が初めて重賞を勝つのとほぼ同じ春、香港のクイーンエリザベス2世カップを勝つ馬である。 血の格は足りていた。低く置かれたのは値のほうである。当歳でセレクトセールに上場されたとき、脚元の弱さを理由に、開始価格は八百万円だった。 買い手は京都で内科医院を営む太田美實。1993年の東京優駿をウイニングチケットで勝った馬主である。太田は、星川薫を介して知り合った調教師の藤原英昭に二千万円の予算を託していた。藤原がこの牝馬を選び、競りは千八百万円で終わった。藤原は開業四年目、まだGIを勝っていない。 名づけたのは太田の妻・珠々子である。元宝塚歌劇団の団員で、感銘を受けたレビュー『ASIAN WINDS! -アジアの風-』から、作・演出の岡田敬二の了解を得て借りたのだという。エイジアンウインズ。アジアの風、という意味だった。 脚元を庇って、デビューはダートに置かれた。2006年12月3日、阪神のダート1400メートル、二歳新馬。一番人気で三着。三週間後の未勝利戦をルメールが勝たせて、これが初勝利になる。
桜を見送る
2007年1月21日、京都の若菜賞。一番人気で逃げたが、アマノチェリーランに捉えられて三着だった。3月17日、阪神のダート1200メートルを一番人気で勝ち、二勝目。三歳の三月までに二勝。ダートでの出世としては順調である。 この成績なら、四月の桜花賞へ向かうこともできた。陣営は行かなかった。脚元が弱い。芝の一線級を三歳の春に相手にすれば、その先が無くなる。エイジアンウインズは宮崎の育成センターへ放牧に出され、芝を使うのは秋以降、目標は四歳春、翌年五月のヴィクトリアマイルと定められた。 まだ一度も芝を走っていない三歳牝馬の名を挙げて、一年あまり先のGIを指す。ずいぶん遠い名指しだった。藤原はのちに「桜花賞をパスしてヴィクトリアマイルを使いたいという一心でした」[^1]と振り返り、あの時期に芝を使っていたら駄目になっていたと思う、とも言い添えている。 秋初戦は10月27日、京都のダート1400メートルで九着。ここでダートに見切りをつけ、次から芝に替えた。11月18日、京都の宝ケ池特別、芝1400メートル。六番人気で二着。12月1日、中京の鳥羽特別、芝1200メートル。ミルコ・デムーロが乗り、後続に一馬身四分の三をつけた。芝で初めて勝った一戦である。
出典:スポーツナビ「ウオッカ敗れる……新女王エイジアンウインズ!=ヴィクトリアM」2008年5月18日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200805180002-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
うずしおに乗れず
年が明けて四歳。2008年3月1日、中山の韓国馬事会杯で復帰した。横山典弘を背に一番人気に推されたが、逃げたウエスタンビーナスを捉えきれず二着。 藤原の描いた道はこうだった。3月15日のうずしおステークスを叩き、4月12日のサンスポ杯阪神牝馬ステークスを経て、五月のヴィクトリアマイルへ。ところが最初のうずしおステークスで出走枠から溢れ、走ることさえできなかった。 予定を組み替え、3月30日の心斎橋ステークスに回る。鮫島良太が乗った。スタートで出遅れながら、直線は外から追い上げ、前を全部差し切った。オープンへ上がった。 そこから中一週。二週間後の阪神牝馬ステークスへ、そのまま強行した。除外で狂った日程を押し通した形である。 十五頭立て、五番人気。上には、京都牝馬ステークス四着のブルーメンブラット、前年の勝ち馬ジョリーダンス、前年の優駿牝馬を勝ったローブデコルテ、二年前の桜花賞馬キストゥヘヴンがいた。桜花賞を見送った牝馬が、桜花賞を勝った牝馬と同じゲートに立っている。 スタートからハナを奪って逃げ、先頭のまま最終コーナーを回り、直線で突き放した。後方から追い込んできたブルーメンブラットが並びかけてきたが、クビだけ先に決勝線を通った。初めて挑んだ重賞での勝利だった。 鞍上の鮫島良太にとっては重賞二勝目である。一つ目はアストンマーチャンで勝った2006年の小倉2歳ステークスである。 そして、鮫島がこの馬に跨ったのは、ここまでだった。
直線、二頭の間
レースの前日、二人の男が東京競馬場の芝を歩いている。藤原英昭と、藤田伸二。競馬学校のころからの付き合いで、藤原は厩舎を開いた当初から藤田によく乗せていた。最初のGIはこの男で勝ちたい――藤原はそう思っていたと、のちに明かしている。ここまでの二戦を勝った鮫島良太ではなく、藤田が呼ばれた理由である。 足で確かめたのは、内側の荒れ具合だった。翌日どこを通るかを、二人はそこで決めている。 五月十八日。六番、赤い帽子。ゲートは出た。押して好位を取り、一番人気のウオッカを、ちょうど背中の後ろに置く位置に収まる。前でピンクカメオがゆっくり逃げ、隊列は動かない。前日に歩いた荒れた内を、いくらか外へ避けながら回った。四コーナーは七番手。 直線に向く。内でブルーメンブラットが先に抜け出した。追う形になる。だが前は塞がっていた。ニシノマナムスメとベッラレイア、二頭の背中が壁になっている。 藤田は待たなかった。二頭の間へ入れる。空いた隙間を割って、前へ出た。 ブルーメンブラットの馬体が近づく。首が並ぶ。決勝線の手前で、前に出た。 同じころ、大外をウオッカが伸びてきていた。府中の直線は長い。ウオッカはまずブルーメンブラットを捉え、それから先頭との差を詰めにかかる。東京優駿を勝った牝馬の脚は、たしかに近づいてきていた。 詰め切る前に、決勝線が来た。四分の三馬身。
風は、それきり
レースのあと、藤田伸二は言っている。「強い馬だとは思っていたけど、ウオッカを負かすまで力をつけているとはね」[^1]。前日の新聞はこの馬が逃げると書いていたが、ハナを切る気は初めからなかったとも明かした。阪神牝馬ステークスを逃げ切った馬に、府中では逃げさせない。前日に馬場を歩いて決めたのは、そこまで含めた話だった。 三度目を数えたこの競走で、栗東の厩舎が勝ったのは初めてだった。ダンスインザムード、コイウタと勝ってきた社台ファームは、生産者として三連覇になる。太田美實は八十三歳。ウイニングチケットの東京優駿から、十五年ぶりのGIだった。 藤原英昭は開業八年目である。GIに初めて馬を送ったのは開業の年の東京優駿で、テンザンセイザの六着だった。七年かかっている。 次はアメリカのキャッシュコールマイルへ向かう予定だった。二年前に同じヴィクトリアマイルを勝ったダンスインザムードが、その夏に勝っている競走である。帯同するはずだったのは、優駿牝馬を勝ったばかりのトールポピー。そのトールポピーが遠征を取りやめ、一頭だけで海を渡るのは危ういとして、こちらも見送りになった。 休養に入り、そのまま戻ってこなかった。翌2009年の春、一年ぶりにヴィクトリアマイルで復帰する計画も立ったが、実らない。6月12日、競走馬登録が抹消された。府中の決勝線から、一年と二十五日である。 十一戦六勝。芝に替わってからの六戦は、二着、一着、二着、一着、一着、一着。芝では一度も連対を外していない。
出典:スポーツナビ「ウオッカ敗れる……新女王エイジアンウインズ!=ヴィクトリアM」2008年5月18日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200805180002-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
十二年後の見出し
引退後は北海道新ひだか町の藤原牧場で繁殖牝馬になった。2015年に太田美實が亡くなってからは、妻の珠々子の名義で産駒を送り出している。舞台から借りた「アジアの風」は、そのまま母としての名になった。七番仔のワールドウインズは、2021年の関門橋ステークスでパンサラッサらを下している。 2020年5月17日、東京競馬場、ヴィクトリアマイル。五番仔のメジェールスーがゲートに入った。スポーツ紙は母のウオッカ撃破から十二年と見出しを打った。娘に求められたのは、そのときGIを六つ勝っていたアーモンドアイを負かすことだった。十四番人気、十六着。勝ったのはアーモンドアイで、これがそのGI七勝目になった。 母がやってのけたことを娘は頼まれ、届かなかった。それは娘の落ち度ではない。十二年かけて分かったのは、四歳の五月に一度だけ吹いたあの風が、狙って起こせるものではなかった、ということのほうだ。藤原英昭は一年をかけてその一日を用意し、太田美實は八十三歳でそれを見届け、藤田伸二は前日に馬場を歩いてから鞍に跨った。人間の側で積める準備は、そこまでである。あとは、吹くか吹かないかだった。 2025年3月14日、藤原牧場で死んだ。二十一歳。ゲートに入っていた期間は一年半、繁殖牝馬でいた期間はその十倍を超える。 藤原英昭の厩舎にはその後、エイシンフラッシュとシャフリヤールで東京優駿の盾が二つ増え、リーディングトレーナーの年があり、JRA通算九百勝も過ぎた。それでも最初の一つは、生涯で十一回しかゲートに入らなかった牝馬が置いていったものである。十二年後の見出しがそうだったように、この馬の名の後ろには、いつも同じ一日が付いてくる。府中の芝千六百、六番の赤い帽子が、ウオッカの前で決勝線を通過した午後である。
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