名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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アサクサキングスのイメージビジュアル
アサクサキングスAsakusa Kings
Asakusa Kings

アサクサキングス

通算成績23戦6勝

獲得賞金51,255万円

生年月日 2004.03.23(平成16年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アサクサキングスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
16 GI宝塚記念 阪神 芝2200 15人気 浜中俊 2:14.4 上り39.0映像
4 GII阪神大賞典 阪神 芝3000 6人気 岩田康誠 3:07.5 上り37.3
16 GIジャパンカップ 東京 芝2400 10人気 岩田康誠 2:25.5 上り38.0映像
18 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 11人気 四位洋文 1:59.3 上り34.5映像
9 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 1人気 四位洋文 3:15.3 上り35.8映像
1 GII阪神大賞典 阪神 芝3000 2人気 四位洋文 3:13.2 上り38.3
1 GII京都記念 京都 芝2200 3人気 四位洋文 2:14.6 上り35.6
14 GI有馬記念 中山 芝2500 9人気 四位洋文 2:34.3 上り39.1映像
8 GIジャパンカップ 東京 芝2400 6人気 C.ルメール 2:26.1 上り34.4映像
8 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 6人気 藤岡佑介 1:57.7 上り35.0映像
5 GI宝塚記念 阪神 芝2200 4人気 四位洋文 2:15.7 上り37.5映像
3 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 1人気 四位洋文 3:15.5 上り35.5映像
3 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 4人気 四位洋文 1:58.9 上り34.9映像
1 GI菊花賞 京都 芝3000 4人気 四位洋文 3:05.1 上り35.8映像
2 GII神戸新聞杯 阪神 芝2400 5人気 四位洋文 2:24.8 上り35.4映像
15 GI宝塚記念 阪神 芝2200 11人気 松岡正海 2:17.3 上り41.4映像
2 GI東京優駿 東京 芝2400 14人気 福永祐一 2:25.0 上り34.9映像
11 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 3人気 武幸四郎 1:35.4 上り36.5映像
7 GI皐月賞 中山 芝2000 6人気 武幸四郎 2:00.4 上り35.6映像
1 GIIIきさらぎ賞 京都 芝1800 3人気 武幸四郎 1:48.8 上り35.0
5 GIIIラジオNIKKEI杯 阪神 芝2000 4人気 四位洋文 2:02.5 上り35.1
1 百日草特別 東京 芝1800 1人気 横山典弘 1:47.5 上り34.5
1 2歳新馬 東京 芝1600 3人気 四位洋文 1:38.5 上り34.2

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アサクサキングスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ホワイトマズルWhite MuzzleダンシングブレーヴDancing BraveLyphard
Navajo Princess
Fair of the FurzeEla-Mana-Mou
Autocratic
クルーピアスターサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
クルーピアレディーCroupier LadyWhat Luck
Question d'Argent
STORY

旅程 — この馬の物語

2004年生まれの鹿毛の牡馬。父ホワイトマズル、母クルーピアスター。主な勝ち鞍は菊花賞・きさらぎ賞・京都記念。

元浅草の桃色

田原源一郎は1929年の暮れに生まれ、浅草で育った。早稲田大学経済学部を出て、台東区元浅草に広告物をつくる会社を構える。かたわらでハンドルも握った。1963年の第1回日本グランプリに出走し、ダットサン・フェアレディ1500で国内スポーツカーB-IIクラスを制している。 馬主としての冠名には、育った街の名を使った。アサクサ。馬主になって40年目の2005年、イギリス生まれのアサクサデンエンが安田記念を勝ち、最初のGIが来た。 その前年、2004年3月23日、北海道千歳の社台ファームで鹿毛の牡馬が生まれている。父はダンシングブレーヴの仔ホワイトマズル、母はクルーピアスター。母の全兄が、1995年の皐月賞と翌年のマイルチャンピオンシップを勝ったジェニュインだった。岡部幸雄を背に春の一冠を獲った馬と、同じ牝馬から出て、同じ千歳で生まれている。のちに2024年の朝日杯フューチュリティステークスを勝つアドマイヤズームも、この一族から出る。名は、冠名に王を足しただけのものだった。アサクサキングス。 2006年10月15日、東京の芝1600メートル。四位洋文を背に3番人気で新馬戦を勝った。3週間後の百日草特別は横山典弘で連勝(2着はサンツェッペリン)。暮れのラジオNIKKEI杯2歳ステークスは四位が乗って、無敗のフサイチホウオーの5着だった。 年が明けて4日、田原源一郎は肺炎で亡くなった。77歳。所有していた馬と、桃色に黒の蛇目を散らした勝負服は、妻の慶子に引き継がれた。

トライアルを使わない

2月11日、京都のきさらぎ賞。鞍上は武幸四郎に替わっていた。8頭立ての小頭数で最初からハナに立ち、そのまま押し切って重賞初制覇。この一勝で収得賞金が足り、陣営は春のトライアルを一切使わずに本番へ向かうことを決める。 4月15日、中山の皐月賞。6番人気。ゴール前で三頭が同じ時計で並び、ハナとハナで決まる激戦になったが、その争いに加わることはできなかった。7着。勝ったのはヴィクトリーである。母の全兄が持っていた冠は、この馬の手には入らなかった。 3週間後のNHKマイルカップは3番人気で11着。勝ったのは、こちらも牝馬のピンクカメオだった。 この春、四位洋文はウオッカの背にいた。4月の桜花賞ではダイワスカーレットに1馬身半差の2着。皐月賞の日は、ニュービギニングという別の馬で同じ中山を走っている。

六十秒五

5月27日、東京優駿。皐月賞7着、NHKマイルカップ11着という二戦を経て、単勝は84.5倍まで落ちた。18頭中14番人気。八枠十六番。鞍上は、前の週のオークスを勝ったばかりの福永祐一だった。 ゲートが開くと、この馬がハナを奪った。福永は飛ばさず、意識的にペースを落としている。前半1000メートルの通過は60秒5、1600メートルで1分37秒9。ダービーとしては緩い流れだった。 後ろでは皐月賞馬ヴィクトリーが出遅れ、2コーナーあたりから前を追い始める。それに引かれるように1番人気のフサイチホウオーが掛かって位置を上げた。ただ一頭、前に馬を置いたまま中団の内で我慢していたのがウオッカである。 直線に入っても、先頭はこの馬だった。外を回った有力どころが追い込み態勢に入るのがやっとという中で、馬場の真ん中を一頭だけが割ってきた。上がり3ハロン33秒0。18頭で最も速い脚だった。ゴール板を過ぎたとき、差は3馬身に開いていた。 「桜花賞で2着に負けた分までお返ししてやろうと思って追いました」[^1]。牝馬の背にいたのは、この馬の新馬戦を勝った四位洋文だった。 クリフジ以来64年ぶり、史上3頭目の牝馬によるダービー制覇。その日の主役はその一頭で、桃色の勝負服が残したのは、2分25秒0という数字と、先頭で直線を向いた馬だったという事実である。大久保龍志にとっては初めてのダービー出走だった。祖父の亀治は第3回の東京優駿を勝った騎手であり、父の正陽はナリタブライアンを管理している。その血筋の調教師が初めてダービーに送り込んだ2頭のうち1頭が、この2着だった。

出典:スポーツナビ「ウオッカ、歴史的勝利! 64年ぶり牝馬ダービー制覇だ=競馬=「歴史に残る馬」四位が殊勲のエスコート」2007年5月27日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200812020022-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。

鞍が戻る

1か月後の宝塚記念は、3歳で古馬に混じっての11番人気15着。稍重の阪神で上がりは41秒4かかった。松岡正海がこの馬に乗ったのは、生涯でこの一度だけである。 夏を越えて9月23日、阪神の神戸新聞杯。鞍上に四位洋文が戻ってきた。直線で先に抜け出し、粘り、最後方から一気に来たドリームジャーニーに半馬身だけ足りずに2着。前を行って交わされる形は、ダービーと同じだった。 10月21日、京都。菊花賞。1番人気はセントライト記念を勝ったロックドゥカンブ、2番人気に前年の2歳王者ドリームジャーニー、3番人気に皐月賞馬ヴィクトリー。アサクサキングスは4番人気だった。大久保龍志は3頭を送り込み、春にこの馬に乗っていた武幸四郎は、同じ厩舎のヒラボクロイヤルの鞍にいた。

淀の、最後の直線

晴れ。良馬場。十八頭が三千メートルの旅に出る。 ハナを奪ったのはマンハッタンスカイ。正面スタンドに入るあたりでホクトスルタンが前に出て、そのうしろにサンツェッペリン、ヴィクトリー、そしてアサクサキングスが続いた。四位は五番手。前の四頭の背中が、ずっと視界にあった。 京都の三コーナーには上り坂がある。この距離では、それを二度越えなければならない。二度目の坂を越えたあたりで、最後方にいたドリームジャーニーが外から一気に上がってきた。1番人気は内に潜り、仕掛けが半歩遅れる。 四コーナー。逃げたホクトスルタンが、一瞬だけ抜け出す。その外に二頭。半年前、この馬は先頭で直線を向き、馬場の真ん中から来た一頭に交わされた。今度は、交わす側にいた。 ホクトスルタンをかわす。同時に外へ並んできたのが、和田竜二のアルナスラインだった。残りの直線を、二頭は互いの首の高さを測るように並んで走る。どちらも下がらない。 ゴール板の下で、前に出ていたのは桃色のほうだった。アタマ。三千メートルを走って、差はそれだけだった。

その年のJRA賞で、最優秀3歳牡馬に選ばれた。皐月賞馬でもダービー馬でもない馬が世代の代表になったのは、ダービーとNHKマイルカップを牝馬が勝った年だったからでもある。ダービー2着と菊花賞1着。牡馬の側にその年いちばん大きく残っていたものを、この馬が持っていた。 翌年からの目標ははっきりしていた。春の盾である。 2008年4月の産経大阪杯はダイワスカーレットの3着。5月4日の天皇賞(春)は1番人気に推されて3着、勝ったのはアドマイヤジュピタだった。6月の宝塚記念は5着。この日は直線で左右にふらつき、インティライミとメイショウサムソンの進路を妨げてしまっている。 秋は関東への輸送を考えて調教を控えめにした。それが結果として裏目に出た、とのちに言われている。天皇賞(秋)8着、ジャパンカップ8着、有馬記念14着。菊花賞から一年以上、勝ち鞍のないまま2008年が終わる。 2009年2月の京都記念で、サクラメガワンダーとの叩き合いを制した。菊花賞以来、一年四か月ぶりの勝利である。翌月の阪神大賞典は雨で渋った馬場を、内から伸びたヒカルカザブエとの叩き合いで凌いだ。どちらも二頭同タイム。菊花賞も、京都記念も、阪神大賞典も、この馬の勝ち方は同じだった。直線で並ばれ、そこから一完歩ぶんだけ前に残る。 重賞連勝で、海外への遠征も語られるようになった。5月3日、天皇賞(春)。1番人気。9着だった。勝ったのはマイネルキッツで、遠征の話は消えた。大久保龍志はのちに、不振の始まりは重馬場で走った阪神大賞典の反動だったのだろうと振り返っている。 秋の天皇賞は18着、ジャパンカップは16着。2010年は3月の阪神大賞典4着の一戦のみ。故障が続き、ほとんど使えなかった。2011年6月26日、阪神の宝塚記念を16着で走り、その直後に競走馬登録を抹消された。23戦6勝。引退後は北海道日高町で種牡馬となり、2016年まで供用されたのち、故郷の社台ファームで乗馬になって、やがて九州の乗馬施設へ移った。

アタマひとつ

2007年10月21日の京都で、四位洋文は三冠競走のすべてに勝った十七人目の騎手になった。1996年の皐月賞をイシノサンデーで、2007年5月のダービーをウオッカで、そして同じ年の10月の菊花賞をこの馬で。同じ年のダービーと菊花賞を別々の馬で勝った騎手は、現行の三歳クラシック路線が整ってから一人もいなかった。 つまり四位が三冠競走を埋めるには、春に自分が交わした馬の背が要ったということである。交わされた馬と、交わした男。二人は半年後、京都の直線で同じ側にいた。 四位は2020年2月に騎手を辞め、翌春、栗東で厩舎を開いた。この馬を担当していた調教助手の寺島良も自分の厩舎を持ち、2023年にキングズソードでJpnIを勝っている。大久保龍志にとっての菊花賞は、開業五年目にして初めてのクラシック制覇だった。この馬に関わった人間は、その後の長い時間を得た。 得られなかったのは、桃色の勝負服の持ち主だけである。四十年待ってひとつめのGIを手にした男は、ふたつめの九か月あまり前に、肺炎で亡くなった。菊花賞の日、その色を着ていたのは四位で、名義は妻の慶子に移っていた。 ダービーでは三馬身足りず、菊花賞ではアタマひとつ足りた。ダービーもNHKマイルカップも牝馬に持って行かれた年、牡馬に残された最後の大レースが菊花賞であり、それを京都の三千メートルで獲ったのがこの馬だった。 浅草の街の名を負った鹿毛が、淀のゴール板の上でわずかに首を前へ出す。桃に、黒の蛇目。主を失った勝負服が、その日、京都の直線を先頭で通り過ぎた。

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