名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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アパパネのイメージビジュアル
アパパネApapane
Apapane

アパパネ

通算成績19戦7勝

獲得賞金55,859万円

生年月日 2007.04.20(平成19年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アパパネの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
16 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 蛯名正義 1:32.6 上り35.3映像
5 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 1人気 蛯名正義 1:32.8 上り33.8映像
7 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1400 3人気 岩田康誠 1:22.3 上り34.8
13 GI香港マイル 香港 芝1600 蛯名正義 1:35.4 映像
3 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 4人気 蛯名正義 2:11.8 上り34.7映像
14 GII府中牝馬S 東京 芝1800 1人気 蛯名正義 1:47.8 上り34.9
6 GI安田記念 東京 芝1600 1人気 蛯名正義 1:32.2 上り34.5映像
1 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 2人気 蛯名正義 1:31.9 上り34.3映像
4 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 4人気 蛯名正義 1:32.8 上り33.2
3 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 1人気 蛯名正義 2:13.5 上り35.1映像
1 GI秋華賞 京都 芝2000 1人気 蛯名正義 1:58.4 上り34.1映像
4 GII関西TVローズS 阪神 芝1800 1人気 蛯名正義 1:46.0 上り34.1
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 1人気 蛯名正義 2:29.9 上り35.2映像
1 GI桜花賞 阪神 芝1600 1人気 蛯名正義 1:33.3 上り34.1映像
2 GIIIチューリップ賞 阪神 芝1600 1人気 蛯名正義 1:36.2 上り35.0
1 GI阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝1600 2人気 蛯名正義 1:34.9 上り34.3映像
1 赤松賞 東京 芝1600 3人気 蛯名正義 1:34.5 上り33.6
1 2歳未勝利 東京 芝1600 3人気 蛯名正義 1:35.9 上り34.3
3 2歳新馬 福島 芝1800 3人気 蛯名正義 1:51.5 上り37.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アパパネの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
キングカメハメハKing KamehamehaKingmamboMr. Prospector
Miesque
マンファスManfathラストタイクーンLast Tycoon
Pilot Bird
ソルティビッドSalt LakeDeputy Minister
Take Lady Anne
Piper PiperSpectacular Bid
Alvarada
STORY

旅程 — この馬の物語

2007年生まれの鹿毛の牝馬。父キングカメハメハ、母ソルティビッド。主な勝ち鞍は阪神ジュベナイルF・桜花賞・優駿牝馬。

ハワイの赤い鳥 ― 名前と、母の忘れ物

名は、父の名が指す島から採られた。 2007年4月20日、北海道安平町のノーザンファームに一頭の鹿毛の牝馬が生まれる。父はキングカメハメハ――ハワイ全島を統一した王の名を負う、2004年のダービー馬。母はアメリカ生まれのソルティビッド。所有する金子真人ホールディングスがこの娘に与えたのは、ハワイの森に棲む緋色の小鳥アカハワイミツスイの、現地での呼び名だった。アパパネ。王の島の、赤い鳥である。 母ソルティビッドもまた、美浦の国枝栄が管理した馬だった。12戦3勝。2002年の阪神ジュベナイルフィリーズに出走して17着に敗れている。関西の競走に向けて事前に栗東へ滞在させる――のちに「栗東留学」と呼ばれるようになる国枝の段取りは、この母のために初めて用いられたものだった。母が持ち帰れなかったものと、母のために編み出された知恵。娘は、その両方を受け取って生まれてきた。 国枝は、入厩したころのこの牝馬をこう覚えている。「最初の頃はコロンとした体型で、調教では動きも時計も目立たなかった。気性もうるさいところはなく、オットリしていたし」[^1]。三冠を戴く馬の始まりとしては、あまりに静かだった。

出典:テレ東スポーツ「アパパネ「強い牝馬の時代を継承した三冠牝馬」【もうひとつの最強馬伝説】」2025年12月13日配信、https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2025/12/040955.html 、閲覧日:2026年7月30日。

福島の三着から ― 二歳女王まで

始まりは、負けだった。 2009年7月5日、福島の芝1800メートル。蛯名正義を背に3番人気で出たデビュー戦は、雨気の残る馬場に脚を取られ、勝ったロードシップから5馬身遅れた3着。蛯名は、この馬をまだ非力と見ていた。直後に球節が腫れ、放牧へ出される。 戻ってきた秋、馬体は24キロ増えていた。10月31日、東京の未勝利戦を好位から2馬身差で勝ち上がる。続く赤松賞では大外16番枠から8番手を進み、直線で外に持ち出した。追い出しへの反応があまりに良く、蛯名が一瞬制御できずに外へ膨れたほどで、それでも改めて追われると2馬身半差の独走。1分34秒5は、2歳のコースレコードを0秒1縮める時計だった。 12月13日、阪神ジュベナイルフィリーズ。美浦の馬でありながら、あらかじめ栗東に滞在して臨む――母のために考えられた段取りが、そのまま娘の遠征を支えた。ゲート入りを嫌って手間取り、大外18番から出て中団。人気馬の追い込みを警戒した先行勢が直線で外へ外へと進路を求め、その空いた内側を、アパパネは突いた。同じく内に切り替えたアニメイトバイオと馬体を並べ、これを競り落として先頭で入線する。JpnI初制覇。母が17着に沈んだ同じ競走を、国枝は5度目の管理馬参戦で勝った。 年末のJRA賞最優秀2歳牝馬は、287票の満票だった。

桜花賞 ― 二十五年ぶりの関東馬

2010年3月、チューリップ賞。初めて1番人気に推されたのは、これが5戦目のことである。だが経験のない重馬場で道中の折り合いを欠き、残り200メートルで先頭に立ちながら、背後につけていた9番人気ショウリュウムーンに外からかわされて4分の3馬身差の2着。蛯名は、悲観する内容ではないと振り返っている。 4月11日、桜花賞。この日もゲート入りには時間を要した。オウケンサクラが逃げ、蛯名は意識して4、5番手につける。当日の阪神は先行した馬がそのまま残る傾向が強く、メンバーに強烈な逃げ馬もいない。スローと読んだうえでの位置取りだった。4番手で最終コーナーを回って直線は外へ持ち出し、粘るオウケンサクラを半馬身差し切る。1分33秒3は、2005年にラインクラフトが刻んだ桜花賞レコードを0秒2更新する時計だった。 蛯名にとっては初めての桜花賞、国枝にとっては開業21年目で初めてのクラシック制覇。美浦所属の騎手による桜花賞優勝は、1985年にエルプスで勝った木藤隆行以来、25年ぶりのことだった。

十二分間 ― オークスの同着

5月23日、東京。稍重の府中2400メートルに、アパパネは8枠17番から出た。1600メートルでも掛かる馬に2400は長いのではないか――そう囁かれていたが、桜花賞からの1か月半で馬体は前後に伸び、距離をこなす形に変わりつつあった。 ニーマルオトメが逃げ、アグネスワルツがそれに続く。アパパネは9番手の中団。最終コーナーで大外に持ち出すと、内側に並んできたのはサンテミリオンだった。2頭でアグネスワルツを目がけ、残り200メートルでこれをかわす。そこから先は、2頭だけの争いになった。まずアパパネがリードを作る。サンテミリオンが盛り返す。再び並んだところで、決勝線が来た。 判定に12分かかった。示されたのは、JRAのGIでは初めてとなる1着同着。蛯名は敗れたと思い込み、サンテミリオンの横山典弘に声をかけていた。脱鞍所でも2着馬の場所へ入ろうとして、勝ちを信じた厩舎スタッフに1着馬の側へ導かれている。優勝賞金は1着と2着の賞金を合わせて折半した6800万円。優勝レイも優勝馬服も一つしか用意がなく、表彰式は2度に分けて行われた。 横山と蛯名がゴール線で並んだのは、1992年の帝王賞以来、二度目だった。 そしてこの日、金子真人の勝負服は日本のクラシック五冠をすべて手中に収めた。キングカメハメハでダービーを、ディープインパクトで皐月賞と菊花賞を、そのキングカメハメハの娘で桜花賞と優駿牝馬を。

三つ目の冠 ― アニメイトバイオという影

夏、アパパネは放牧に出ず美浦に残った。記録的な猛暑の年で、まだ気温の上がらない午前5時に坂路を上る日々が続く。それでも食欲は衰えず、9月19日のローズステークスに現れたときの馬体重は、オークスから24キロ増えていた。国枝が負けを覚悟したというその日、1番人気のアパパネは直線で一度先頭に立ちながら後続を離せず、馬群の間から伸びたアニメイトバイオにかわされて4着に敗れる。 アニメイトバイオ。阪神ジュベナイルフィリーズでは内で馬体を並べながらわずかに及ばず、春も桜花賞8着、優駿牝馬4着とアパパネの後ろにいた同期である。その馬が、秋の初戦でついに前へ出た。 10月17日、秋華賞。馬体は4キロ絞れ、輪郭が戻っていた。ゲートには手こずったが出は良く、蛯名はすぐに中団の後方まで位置を下げる。アグネスワルツが逃げる隊列の後ろから、第3コーナー付近で外に進路を求めて動き出し、残り200メートルで先頭。内から伸びてきたアニメイトバイオを4分の3馬身だけ抑えて、先頭でゴールを通過した。 1986年のメジロラモーヌ、2003年のスティルインラブに続く、史上3頭目の牝馬三冠。JRA賞最優秀3歳牝馬には、285票のうち284票が投じられた。

スノーフェアリーの壁、府中の女王戦

三冠のひと月後、京都のエリザベス女王杯。3歳11月でのGI5勝目、そして牝馬では初となる年間GI4勝がかかっていた。1番人気に支持されたアパパネは6番手から直線で外に持ち出す。だが前を行っていたのは、イギリスとアイルランドのオークスを制して極東へ現れたスノーフェアリーだった。5馬身以上突き放されての3着。蛯名は、敗因を精神面に求めている。年度代表馬の投票では、ブエナビスタの211票に対し、アパパネに41票が投じられた。 明けて2011年、中山記念を熱発で回避し、マイラーズカップは4着。5月15日、ヴィクトリアマイル。1年先輩の女王ブエナビスタが1.5倍の1番人気を集め、アパパネは4.1倍の2番人気だった。 オウケンサクラが大逃げを打つ流れを、蛯名はブエナビスタより前で受けた。直線は大外。内で先に抜け出していたレディアルバローザを残り50メートルで捉え、外から迫るブエナビスタをクビ差だけ振り切って先頭で入線する。1分31秒9はレースレコード、そしてGI5勝目だった。 牝馬三冠を戴いた馬が、そのあとにもう一度勝つ。史上初めてのことだった。

右前の腱 ― 二〇一二年九月

頂点のあとに、長い下りがあった。 2011年の安田記念は1番人気で6着。デビュー以来、初めての着外だった。秋、やはり1番人気に推された府中牝馬ステークスは14着に大敗し、エリザベス女王杯では再びスノーフェアリーの前に屈して3着。暮れには香港へ渡り、沙田の香港マイルで13着に終わる。 5歳になっても現役は続いた。2012年4月の阪神牝馬ステークスは、蛯名が落馬で負傷したため岩田康誠が手綱を執って7着。連覇を期待されて1番人気に支持されたヴィクトリアマイルは5着、6月の安田記念は16着。夏は苫小牧のノーザンファーム空港牧場で休養し、秋はエリザベス女王杯を目標に前哨戦から始める予定になっていた。 9月13日、右前脚の浅屈腱炎が判明する。復帰は断念され、15日付で競走馬登録が抹消された。19戦7勝、獲得賞金5億5859万2000円。牝馬限定のGIを五つ勝った馬の、それが幕切れだった。 二頭の三冠牝馬を育てた国枝は、のちにこう振り返っている。「能力の絶対値だけをいうなら、それはアーモンドの方が上なんだよ。だけどアパパネはその時々で良くなっていった」[^1]。速さの絶対値ではなく、そのつど自分を作り替えていく力。19戦のうち18戦を託された蛯名が背中で読み続けていたのも、おそらくその変化のほうだった。

出典:テレ東スポーツ「アパパネ「強い牝馬の時代を継承した三冠牝馬」【もうひとつの最強馬伝説】」2025年12月13日配信、https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2025/12/040955.html 、閲覧日:2026年7月30日。

赤い鳥の一族 ― 安平にて

安平のノーザンファームへ帰り、アパパネは繁殖牝馬になった。初年度から交配されたのはディープインパクト。GI7勝の三冠馬とGI5勝の三冠牝馬の仔を、メディアは「12冠ベビー」と呼んだ。 初仔モクレレに続く2番仔ジナンボーは新潟記念で二度2着に入り、3番仔ラインベックは中京2歳ステークスと東風ステークスを勝った。そして4番仔が、アカイトリノムスメ――赤い鳥の娘、である。母と同じ国枝厩舎に入った娘は、母が2歳の秋に勝った赤松賞を勝ち、2021年の秋華賞を制した。母と娘が同じ秋華賞を勝つのは史上初めてであり、同じ調教師が管理した母子による同一GI制覇も史上初だった。 5番仔アスパルディーコは、ディープインパクトの全兄ブラックタイドを父として2020年3月に生まれた牝馬である。この娘を預かったのは、美浦・蛯名正義厩舎だった。19戦のうち18戦でアパパネの背にいた男は、2021年に調教師へ転じ、こんどは厩舎の主として、あの牝馬の娘の朝を見た。 2025年4月13日、福島の第7競走。国枝栄がJRA通算1100勝に到達したときの勝ち馬は、アパパネの6番仔バードウォッチャーだった。翌2026年3月3日、国枝は定年で調教師を退き、6月には調教師部門の顕彰者に選ばれている。 アパパネは19歳になった。ハワイの森の赤い鳥の名を借りた牝馬は、いまも安平にいる。12分間の写真判定も、三つの冠も、五つのGIも、やがては映像の中だけの出来事になっていく。それでも、名を継いだ娘が同じ冠を勝ち、緋色の小鳥の血が安平の草の上に受け継がれていく限り、この旅はまだ途中である。

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