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アマンテビアンコ
通算成績7戦3勝
獲得賞金8,330万円
生年月日 2021.01.25(令和3年)毛色 白毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 15 | OPアハルテケS | 東京 ダ1600 | 3人気 | C.ルメール | 1:37.2 | 上り37.3 | ||
| 7 | OP総武S | 中山 ダ1800 | 3人気 | C.ルメール | 1:53.2 | 上り38.8 | ||
| 1 | JpnⅠ羽田盃 | 大井 ダ1800 | 1人気 | 川田将雅 | 1:53.9 | 上り39.4 | ![]() | |
| 2 | JpnⅢ雲取賞 | 大井 ダ1800 | 2人気 | C.ルメール | 1:55.6 | 上り39.3 | ||
| 1 | OPカトレアS | 東京 ダ1600 | 3人気 | C.ルメール | 1:37.5 | 上り36.7 | ||
| 3 | プラタナス賞 | 東京 ダ1600 | 1人気 | C.ルメール | 1:38.1 | 上り37.5 | ||
| 1 | 2歳新馬 | 東京 ダ1400 | 1人気 | C.ルメール | 1:25.5 | 上り36.5 |
血統
金色の名は掲載馬 — その馬のページへ/点線の名は押すと一言解説| クロフネKurofune | ||
旅程 — この馬の物語
2021年生まれの白毛の牡馬。父ヘニーヒューズ、母ユキチャン。主な勝ち鞍は羽田盃。
白い恋人 ― 一族と名前
2021年1月25日、北海道安平町のノーザンファームに、白毛の牡馬が生まれた。 アマンテはイタリア語で恋人、ビアンコは白。並べて日本語に置けば「白い恋人」になる。由来は本馬の馬体からの連想、と登録されている。北海道生まれの白い馬に、これほど収まりのいい名前も少ない。 白は、祖母から来ている。シラユキヒメは青鹿毛のサンデーサイレンスと鹿毛のウェイブウインドのあいだに、突然変異で生まれた白毛だった。一万頭に一頭とも二万頭に一頭とも言われる偶然が、繁殖牝馬になった彼女を通じて一族の色になる。娘のユキチャンは白毛のまま関東オークス、クイーン賞、TCK女王盃と交流重賞を三つ勝ち、2010年のNAR最優秀牝馬に選ばれた。それがアマンテビアンコの母である。 母の妹ブチコの娘には、GIを三つ勝ったソダシと、スプリンターズステークスを制したママコチャがいる。母の妹マシュマロの息子ハヤヤッコは重賞を二つ勝った。いずれもアマンテビアンコにはいとこにあたる。母の娘シロインジャーが産んだメイケイエールは、重賞六勝の姪だ。白毛で重賞を勝った馬は、2024年の春が来るまで三頭しかいなかった。母ユキチャン、ハヤヤッコ、ソダシ。三頭とも、この一族だった。 その一族の白い牡馬は、シルクホースクラブの募集馬として美浦の宮田敬介厩舎に入った。デビューの前から、この馬を待つ人は多かった。
ジワジワと ― ルメールの二歳
2023年6月17日、東京のダート1400メートル。新馬戦の鞍上はクリストフ・ルメールだった。単勝2.0倍の一番人気に支持され、道中は七番手。直線で先に抜け出したハビレを差し切り、一馬身四分の三の差をつけて勝ち上がった。ルメールにとってはJRA通算1700勝目にあたる一戦である。 速い脚はない。けれどジワジワと加速して、エンジンがかかる。ルメールはレース後、この馬の走りをそう説明し、距離は1600メートルもいけると見立てた。宮田敬介は、返し馬でごねるような我の強さを持ちながら、競馬そのものは優等生だったと振り返り、ファンの多い馬だけに声援に応えられてほっとした、と付け加えている。白い馬は、走る前から人を集めていた。 四か月の間隔を空けたプラタナス賞は、一番人気で三着に終わる。中団から外を回って追い上げたが、イーグルノワールとライジンマルには届かなかった。ルメールはまだ体が緩く、手応えが来るのが遅いと言い、それでもまだ良くなると続けた。 11月25日、カトレアステークス。チークピーシズを着けた三番人気のアマンテビアンコは、道中八番手からゆっくり加速し、直線でじわじわと前との差を詰めて、最後にもうひと伸びした。四分の三馬身の差し切り勝ち。宮田は短期放牧から活気が戻り、いい状態で送り出せたと言ったあと、こう締めた。「アイドルホースですね」[^1]
出典:日刊スポーツ「白毛馬アマンテビアンコが差し切り巻き返し成功、宮田師「アイドルホースですね」/カトレアS」2023年11月25日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202311250000669.html、閲覧日:2026年9月5日。
つまずきと、空いた鞍 ― 二〇二四年の春
2024年、日本のダート競馬は体系を変えた。大井の羽田盃がJpnIに格上げされ、三歳ダート三冠の一冠目になる。初年度、JRA所属馬に与えられた枠は四頭だった。 その最初の関門が、2月14日の雲取賞である。大井のダート1800メートル、二番人気。スタート直後につまずいてバランスを崩し、六番手、七番手と後ろから追う形になった。三コーナーで四番手まで押し上げ、直線で追い込んだが、先頭で逃げたブルーサンには二馬身届かない。二着。白毛四頭目の重賞勝ちは、お預けになった。 次は羽田盃と決まった。ところが3月30日、ドバイのメイダン競馬場で、ルメールが落馬する。ドバイターフで騎乗した米国馬キャットニップが直線半ばで転倒し、鎖骨と肋骨を折った。肺には気胸も見つかり、そのままドバイに留まって療養に入る。桜花賞も皐月賞も、彼の騎乗は取り消された。 4月8日、シルクホースクラブは羽田盃を川田将雅で行くと発表した。デビューから四戦、手綱はすべて同じ人のものだった。五戦目にして初めて、別の人が背中に乗る。
雨の大井、一馬身 ― 二〇二四年四月二十四日
雨だった。大井のダートは不良まで緩み、八頭が並んだ。アマンテビアンコは四番ゲート。 ゲートが開くと、アンモシエラの横山武史が楽に先手を取った。二の脚が思ったより速く、逃げに何の問題もなかったと、横山はあとで振り返っている。ティントレットが二番手、雲取賞の勝ち馬ブルーサンが三番手。アマンテビアンコは先団の外めの四番手で一コーナーを回った。 向正面で動かなかった。三コーナーの手前でムットクルフェが上がってきて、順位はひとつ下がる。五番手。川田将雅はそこでも急がなかった。ゴールまでにはつかまえてくれる、という感触が手の中にあったからだ。 四コーナーで三番手。ブルーサンはもう後ろにいた。直線に向くと二番手のティントレットも下がり、前に残っているのはアンモシエラ一頭だけになった。 そこからが長い。逃げ馬は最後まで踏ん張り、アマンテビアンコは一歩ずつ、一歩ずつ、差を詰めていく。残り五十メートルで、差し切った。一馬身。 「ゴールまでにはきっちりつかまえてくれる雰囲気でしたので、無理せずゆっくりとつかまえにいこうと思いました」[^1]。初めてこの馬に乗った川田は、そう言った。
出典:日刊スポーツ「【羽田盃】白毛馬アマンテビアンコが新生ダート3冠第1弾を快勝「種牡馬にするのが最大の目標」」2024年4月25日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202404240001447.html、閲覧日:2026年9月5日。
白から始まった一冠 ― 続きは来なかった
新しい三冠の最初の勝ち馬は、白毛だった。白毛馬がGI級の競走を勝つのはソダシ以来の二頭目で、牡馬では初めてのことである。白毛で重賞を勝った馬は四頭になり、四頭ともシラユキヒメの一族だった。 この日の羽田盃は売り上げ13億7056万4200円で、競走の記録を塗り替えた。雨のなか大井競馬場に入った人は5947人。晴れていた前の年の4648人に対して、127パーセントにあたる。十六年前、母ユキチャンが川崎の関東オークスを勝った日も、入場者は前年の127パーセントを超えていた。白い馬は、走る前から人を呼ぶ。母も、息子も、同じ比率で。 宮田敬介は、注目度以上に結果を出さなければならないというプレッシャーがあったと明かし、この馬を種牡馬にすることが最大の目標だと語った。川田は次の東京ダービーに向けて、いい準備をして走ってほしいと言った。 だが二冠目は来なかった。左前脚に骨瘤が出たとして、東京ダービーの回避が発表される。放牧を挟んで秋は浦和記念を目標に10月18日に帰厩したが、左前の膝まわりの張りがいつもより強く、検査で浅屈腱炎が見つかった。軽くはない。10月25日にそう発表され、福島のノーザンファーム天栄へ放牧に出された。 2025年、アマンテビアンコは一度も走らなかった。
一年十一か月 ― 帰ってきた白と、最後の春
2026年2月3日、天栄から美浦に帰ってきた。翌日、シルクホースクラブは3月の総武ステークスを視野に入れると発表する。脚元の皮膚炎も、右前の骨瘤もあった。羽田盃から一年十一か月。スポーツニッポンは、帰還を喜び、まずは無事に走り切ってほしいと祈るファンの声がSNSに並んだと伝えている。 3月8日、中山のダート1800メートル。稍重の馬場で三番人気に推されたアマンテビアンコは、五分のスタートから馬なりで二番手につけた。宮田が驚いたのはそこだった。休み明けの馬が、自分から前を取りにいく。三、四コーナーの中間で追われはじめ、直線で後ろからの追い上げに抵抗しきれず七着。勝ち馬とは0.5秒差だった。坂を二度越える中山は初めてのコースで、向正面で手前を替えられなかったぶん、最後は疲れたのだろうと宮田は見た。それでも、装鞍所やパドックでいばって歩く姿があった。「気持ちは全く萎えていないし、しっかり競走馬の姿を見せてくれたので、純粋にうれしいです」[^1] 5月30日、東京のアハルテケステークス。ダート1600メートルで後方十一番手から十二番手を進み、直線で伸びず十五着に終わった。復帰後の二戦は、どちらもルメールが乗っている。三年近く前にこの馬の走りをジワジワと評した人が、最後の二戦も背中にいた。 レース後、右前脚の膝裏に腫れが出た。獣医の診察で支持靱帯の損傷が分かり、復帰には相当な時間がかかると判断される。6月12日、シルクホースクラブは現役引退を発表した。苫小牧のノーザンホースパークで乗馬になる予定だ、と伝えられている。 宮田が羽田盃の日に口にした最大の目標は、種牡馬だった。それは叶わなかった。けれどこの馬が最初に応えたのは、種牡馬の期待ではない。デビューの日、宮田がまず口にしたのは、ファンの多い馬だから声援に応えられてほっとした、という言葉だった。一年十一か月の休みのあとで、帰りをこれほど待たれていた馬は、そう多くない。 速い脚はない。ジワジワと加速して、エンジンがかかる。ルメールがデビューの日に見抜いたその走りは、ルメールのいない雨の大井で、一度だけ完全にかかった。羽田盃がJpnIになって最初の年の勝ち馬の欄には、これからもイタリア語で白い恋人と読める名前が残る。一馬身だけ前に出た、その一度で。
出典:サンケイスポーツ「【総武S】1年11カ月ぶり復帰の白毛馬アマンテビアンコは7着 宮田敬介調教師「気持ちは全く萎えていない」」2026年3月8日配信、https://www.sanspo.com/race/article/general/20260308-X4E7FQPHW5LJPFQHQUSGAP7A5E/、閲覧日:2026年9月5日。
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