名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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アロンダイトのイメージビジュアル
アロンダイトAlondite
Alondite

アロンダイト

通算成績16戦5勝

獲得賞金22,193万円

生年月日 2003.05.04(平成15年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アロンダイトの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
6 GIIIエルムS 新潟 ダ1800 3人気 後藤浩輝 1:51.8 上り36.5
3 JpnⅡブリーダーズゴールドカップ 門別 ダ2000 4人気 後藤浩輝 2:02.7 上り37.9
4 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 3人気 後藤浩輝 2:05.5 上り37.7
2 GII東海S 中京 ダ2300 3人気 和田竜二 2:23.9 上り37.2
6 GIIIアンタレスS 京都 ダ1800 6人気 後藤浩輝 1:48.7 上り36.2
7 GIIIマーチS 中山 ダ1800 4人気 後藤浩輝 1:52.6 上り37.2
8 OP仁川S 阪神 ダ2000 2人気 後藤浩輝 2:06.2 上り37.0
4 GIIIシリウスS 阪神 ダ2000 2人気 後藤浩輝 2:05.4 上り37.2
1 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 7人気 後藤浩輝 2:08.5 上り36.0映像
1 銀蹄S 東京 ダ2100 1人気 後藤浩輝 2:13.1 上り35.5
1 魚沼特別 新潟 ダ1800 1人気 後藤浩輝 1:51.7 上り37.8
1 3歳以上500万下 京都 ダ1800 3人気 後藤浩輝 1:51.3 上り37.6
1 3歳未勝利 東京 ダ2100 1人気 後藤浩輝 2:13.9 上り37.6
3 3歳未勝利 新潟 ダ1800 6人気 芹沢純一 1:55.6 上り37.7
11 2歳未勝利 京都 芝2000 11人気 幸英明 2:03.2 上り35.7
8 2歳新馬 京都 芝2000 2人気 幸英明 2:10.3 上り35.4

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アロンダイトの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
エルコンドルパサーEl Condor PasaKingmamboMr. Prospector
Miesque
サドラーズギャルSaddlers GalSadler's Wells
Glenveagh
キャサリーンパーCatherine ParrRivermanNever Bend
River Lady
Regal ExceptionRibot
Rajput Princess
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの黒鹿毛の牡馬。父エルコンドルパサー、母キャサリーンパー。主な勝ち鞍はジャパンカップダート。

剣の名

2003年5月4日、北海道早来町のノーザンファームで黒鹿毛の牡馬が生まれた。父エルコンドルパサー、母キャサリーンパー、母の父リヴァーマン。 父はこの仔を見ていない。1999年の凱旋門賞で二着に走り、種牡馬に上がってわずか三年目の2002年7月16日、腸捻転で急死していた。残した産駒は三世代きり。2003年生まれのこの黒鹿毛は、その最後の世代にあたる。 母キャサリーンパーは1987年生まれのアメリカ産で、現役はフランスだった。九戦して一度も勝てず、GIIIで二着が二度、GIIで三着が一度。引退後はアイルランドとイギリスで繁殖生活を送り、1997年、ラムタラの仔を宿した状態で日本へ渡って早来のノーザンファームに繋養された。この黒鹿毛は十番仔である。一歳上に、同じ父を持つ全姉クリソプレーズがいた。 馬主はキャロットファーム、預けられたのは栗東の石坂正厩舎。名はアーサー王伝説の騎士ランスロットが佩いた愛剣アロンダイトから採られている。母の欧字名 Catherine Parr がヘンリー八世の最後の妃と同じ綴りであることを思えば、母子はイングランドの古い物語をひとつずつ分け合ったことになる。 2005年10月23日、京都競馬場の芝2000メートル。鞍上は幸英明、九頭立ての二番人気で八着に敗れた。勝ったダークメッセージから一秒五。二週間後の未勝利戦は十一番人気の十一着だった。剣の名を与えられた馬は、芝の上でまるで走らなかった。

母が死んだ五月

陣営は路線をダートに替えた。年が明けて三歳の2006年5月21日、新潟のダート1800メートル。芹沢純一に乗り替わって六番人気、三着。三戦目にして初めて着に入った。 その五日前、母が死んでいる。5月15日にトワイニングとの仔を産み、翌16日に急死した。十九歳だった。日本へ来て九年、彼女の産駒からはまだ一頭も重賞勝ち馬が出ていない。 6月10日、東京のダート2100メートル。馬場は重だった。この日から鞍上が後藤浩輝に替わる。単勝二・〇倍の一番人気に応え、二着のハイエンドクォーツに一秒三の差をつけて圧勝した。初勝利である。 後藤は当時三十二歳。美浦を拠点にするフリー騎手で、2002年の安田記念をアドマイヤコジーンで勝ってJRAのGIを初めて獲り、2004年の朝日杯フューチュリティステークスをマイネルレコルトで勝っていた。関西の厩舎に入っている未勝利の三歳馬に乗るのは、その二つの大レースとは何の関係もない仕事である。ここから最後の一戦まで、この馬は十三回ゲートに入り、そのうち十二回を後藤が乗ることになる。

四つの階段

7月9日、京都の500万下を三番人気で〇秒二差。7月29日、新潟の魚沼特別(1000万下)を一番人気で〇秒四差。三か月近くあけて、10月22日、東京の銀蹄ステークス(1600万下)。初勝利と同じダート2100メートルで上がり三ハロン三十五秒五を使い、二着シルクウィザードとの差は〇秒一しかなかった。JRAはこの日の勝ち方を、いったん脚色を鈍らせながら隣の馬を負かそうとしてさらに伸びた、と書き残している。前に出るためではなく、隣にいる馬を退けるために伸びる。この馬の芯にあるものが、はじめて言葉になった。 その同じ日、京都では菊花賞が行われていた。勝ったのはソングオブウインド。父はやはりエルコンドルパサーで、生まれた年も同じ2003年である。三世代しか残らなかった父の仔が、東西で同じ午後を勝っていた。 未勝利戦から四連勝。次にどこを使うか。陣営が選んだのは、どこまで通用するかを試す意味も込めた、初めての重賞だった。それがいきなりGIのジャパンカップダートである。

最内を突く

府中は晴れていた。ダートは良。第七回ジャパンカップダートは、創設以来はじめて日本馬だけで組まれた一戦になった。前年の覇者カネヒキリも、公営の最強馬アジュディミツオーも、この日はいない。 アロンダイトは七番人気だった。出走馬のなかでいちばんキャリアが浅く、重賞をまだ一度も走っていない。 ゲートが開くと、メイショウバトラーが先手を取った。出だしの三ハロンは、2100メートルの競走とは思えない速さで刻まれていく。アロンダイトはその流れに乗らず、内ラチ沿いにいた。好位から中団、前の馬が跳ね上げる砂を正面から浴びる位置である。向正面でも、三コーナーでも、そこから動かない。前が壁になれば行き場を失う場所を、後藤は最後まで手放さなかった。いちばん短い距離を通る道である。 四コーナーを回り切る。逃げるメイショウバトラーに後続が一斉に襲いかかり、砂の塊のような集団になる。その内側から、一頭だけが抜けてきた。 直線、最内。アロンダイトが先頭に立つ。残り二百メートルで、外から一番人気が並びかけてきた。武豊のシーキングザダイヤ、悲願のGIを狙って大レースを走り続けてきた五歳馬である。 並ばれてから、この馬の走りが変わった。五百四十六キロの体がもう一度沈み込み、そこからまた伸びる。銀蹄ステークスで見せたのと同じ動きだった。差は詰まるどころか開き、開いたまま決勝線を過ぎた。一馬身四分の一。 ゴールを過ぎて、後藤は何度も何度も天を仰いで叫んだ。第一回のこのレースでは、発走前に騎乗馬が放馬している。前の年は自分が直前に骨折して、休養を余儀なくされている。憧れの舞台だと言いながら、なかなかうまくいかないレースだった。 「夢に見ていたけれど、まさか実現できるなんて」[^1]

出典:日本中央競馬会「第7回 ジャパンカップダート」レース成績データ(2006年11月25日施行)、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jcd/result/jcd2006.html 、閲覧日:2026年8月1日。

四着だった馬

四着に入ったのは、同じ石坂正厩舎のヴァーミリアンだった。父はやはりエルコンドルパサー、一歳上の四歳で、鞍上はルメール。石坂はこの午後、一着と四着を同時に見ていたことになる。十三着には、前年の朝日杯フューチュリティステークスを勝った同い年のフサイチリシャールがいた。 石坂にとっては、2000年のスプリンターズステークスを十六番人気のダイタクヤマトで勝って以来、六年ぶりのGIだった。開業祝いに譲り受けた準オープン馬で最初の大レースを獲った男が、二つ目に手にしたのは、未勝利戦から五連勝で駆け上がってきた三歳馬である。年末のJRA賞で、アロンダイトは最優秀ダートホースに選ばれた。 翌2007年2月1日、ノーザンファームで左前脚の球節部に手術を受ける。春はまるごと休養に充てられた。秋、9月29日のシリウスステークスで復帰。五十九キロを背負い、中団から早めに先頭へ並びかけたものの突き抜けられず四着。10月14日、左第一指骨の骨折が判明した。2008年は一度もゲートに入っていない。 その二年のあいだに、砂の王座は移っていた。あの日の四着馬が、2007年に川崎記念、JBCクラシック、ジャパンカップダート、東京大賞典を勝ち、翌年フェブラリーステークスとJBCクラシックを重ねる。同じ厩舎の、同じ父を持つ一つ年上の馬が、負かされた場所からダートの頂点を引き継いでいった。

勝てないまま

2009年3月8日、阪神の仁川ステークス。一年五か月ぶりの実戦で二番人気に推されたが八着。3月29日のマーチステークスは七着、4月26日のアンタレスステークスは中団から外を回って六着。 5月24日の東海ステークスだけ、和田竜二が乗った。中京のダート2300メートル、二コーナーを過ぎたあたりから捲って先頭に立つ。直線でワンダースピードにかわされて二着。復帰してから、いちばん勝利に近づいた日だった。 6月24日、初めての地方遠征になった大井の帝王賞は四着。三馬身差をつけて勝ったのは、ヴァーミリアンである。二年七か月前に府中で四着に負かした相手に、今度は前を見せられて終わった。8月13日、門別のブリーダーズゴールドカップは、スマートファルコンの三着。9月21日、新潟のエルムステークスは好位から進めて直線で伸びず六着。これが最後の一戦になった。 その後も競走馬としての登録は残ったが、ゲートには戻らなかった。2011年8月5日付で登録を抹消され、ノーザンホースパークで乗馬となる。2022年4月には岡山県真庭市のオールド・フレンズ・ジャパンへ移り、功労馬として繋養されることになった。 十六戦五勝。五つの勝ち星は、すべて2006年6月から11月までの半年のなかに収まっている。

逆から数える

たいていの馬は、勝ち鞍を新しいほうから数えていくと、名前も付いていない小さな一戦に行き着く。アロンダイトを逆から数えると、一つ目がジャパンカップダートである。 これは不運の物語として読める。三歳の秋に頂へ届き、その次の冬にはもう手術台に載り、以後は一度も勝てないまま厩舎を去った。だが順序を入れ替えれば、別のことも言える。この馬は、生涯でいちばん強かった日に、いちばん大きなレースを走って勝った。強い日と大舞台が重なるという、めったに起きない偶然が、あの十一月の府中で起きたのである。 後藤浩輝にとっても、長く待った一日だった。翌2007年、この騎手は関東のリーディングになり、11月10日の東京でJRA通算千勝に届く。2010年の安田記念をショウワモダンで勝って四つ目のJRAのGIを獲り、2012年に落馬して頸椎を折り、一年の休養を経て戻り、また折った。2015年2月27日、四十歳で急逝する。4月5日に中山競馬場で開かれたメモリアルセレモニーでは、ショウワモダンで安田記念を勝った日の写真パネルが、その日騎乗した騎手たちの手で胴上げされた。 血のほうは、途切れなかった。母キャサリーンパーは、息子が初めて勝つ二十五日前に死んでいる。産駒から重賞勝ち馬が出るのを、彼女は見ないまま逝った。だが一歳上の全姉クリソプレーズが、二十三戦三勝の条件馬のまま引退して繁殖に上がり、クリソライトマリアライト、リアファル、クリソベリルを産む。そのうちクリソベリルは2019年12月、無敗のままチャンピオンズカップを勝った。名前が変わり、開催場も距離も変わったあとの、アロンダイトが勝ったあの競走である。 アーサー王の物語で、ランスロットの剣は主人の一生を通じて何度も抜かれる。同じ名を与えられた黒鹿毛が砂の頂で剣を抜いたのは、府中の直線の、内ラチ沿いのわずかな幅のなかでの一度だけだった。多くの馬の物語は坂の途中で終わる。この馬の物語は、頂上で終わっている。

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