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アルカセット
通算成績16戦6勝
獲得賞金2億5,386万円
生年月日 2000.02.19(平成12年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 3人気 | L.デットーリ | 2:22.1 | 上り34.8 | 映像 | |
| 5 | GI英チャンピオンS | イギリス 芝2000 | モッセ | 2:06.1 | — | — | ||
| 2 | GIIフォワ賞 | フランス 芝2400 | ファロン | 2:29.6 | — | — | ||
| 1 | GIサンクルー大賞 | フランス 芝2400 | デットー | 2:31.3 | — | — | ||
| 2 | GIコロネーションC | イギリス 芝2400 | フォーチ | 2:37.3 | — | — | ||
| 1 | GIIジョッキークラブS | イギリス 芝2400 | フォーチ | 2:31.4 | — | — | ||
| 2 | GIIIセプテンバーS | イギリス 芝2400 | フォーチ | 2:31.2 | — | — | ||
| 1 | グローリアスS | イギリス 芝2400 | フォーチ | 2:34.4 | — | — | ||
| 1 | 一般戦 | イギリス 芝2400 | フォーチ | 2:32.3 | — | — | ||
| 2 | 一般戦 | イギリス 芝2400 | ホランド | 2:34.0 | — | — | ||
| 2 | 3歳一般戦 | イギリス 芝2400 | ヒルズ | 2:28.9 | — | — | ||
| 2 | 3歳一般戦 | イギリス 芝2800 | サプル | 2:55.1 | — | — | ||
| 1 | 一般戦 | イギリス 芝2450 | サプル | 2:44.9 | — | — | ||
| 2 | 一般戦 | イギリス 芝2300 | ヒルズ | 2:26.8 | — | — | ||
| 4 | 2歳一般戦 | イギリス 芝1600 | ヒルズ | 1:39.6 | — | — | ||
| 4 | 2歳一般戦 | イギリス 芝1400 | ヒューズ | 1:25.8 | — | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父Kingmambo | Mr. Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | ||
| Miesque | Nureyev | |
| Pasadoble | ||
| 母チェサプラナ | Niniski | Nijinsky |
| Virginia Hills | ||
| Top of The League | High Top | |
| Home And Away |
旅程 — この馬の物語
2000年生まれの鹿毛の牡馬。父Kingmambo、母チェサプラナ。主な勝ち鞍はサンクルー大賞・ジャパンC・ジョッキークラブS。
意志
2000年2月19日、アメリカ・ケンタッキー州のクロヴェリー・ファームで生まれた鹿毛。父はキングマンボ。母チェサプラナは英国産の黒鹿毛で、ドイツへ渡ってヘンケルレネン(ドイツ一〇〇〇ギニー)の二着になっている。母の父ニニスキの父はニジンスキー、父の母ミエスクの父はヌレイエフ。ノーザンダンサーが四代前に二本入る配合だった。 翌2001年秋のキーンランドのセールで、三十万ドルを超える値がつく。買ったのはドバイのシェイク・ハムダーン・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームだった。与えられた名は、アラビア語で「意志」を意味する。血統からしてヨーロッパで走らせる馬と決まり、ニューマーケットの名門、マイケル・スタウト厩舎へ送られた。 デビューは二歳の九月、芝七ハロンの一戦である。ヒューズが乗って四着。翌月のニューマーケット、未勝利戦も四着だった。三歳ではヤーマウスの未勝利戦を二着に取りこぼし、八月二十五日のリポンでようやく勝ち上がる。サプルの手綱で四馬身差。秋はハンデ戦で二着、レイティドステークスでも短頭差の二着に敗れた。 二歳と三歳の二年で、先頭でゴールしたのはリポンの一鞍きり。十月のレイセスターを最後に、彼は現役馬のセールへ送られた。
五分
2003年秋のセールで、この馬に目を留めた男がいた。モナコを本拠にする馬主、マイケル・チャールトンである。購入を薦めたのはジョン・ハモンド調教師だった。ところが、そのハモンドの獣医が待ったをかけた。故障を抱えている、走れる確率は五分五分だ、と。ハモンドは撤退を進言した。 チャールトンは、五分あるならその五分のほうに賭けたいと言って落札する。四万二千ギニー。日本円にして九百万円ほど。二年前にハムダーンが払った額の、ごく一部である。 預け先は、同じニューマーケットのルカ・クマーニ厩舎に替わった。スタウトの手を離れて、この馬はクマーニの馬になる。そのクマーニ厩舎で彼に付いていたのは日本人の厩務員で、厩舎のなかでの呼び名は「タロウ」だった。 四歳の六月、ニューマーケットの一戦をアタマ差で落とす。七月、ヘイドックのハンデ戦をフォーチュンの手綱で四馬身。月末のグッドウッド、グロリアスステークスもクビ差で勝った。九月、ケンプトンのセプテンバーステークス。GIを二つ勝っていたマムールに半馬身届かず、また二着である。
二着が七度
五歳になって、走る場所の格が上がった。五月一日、ニューマーケットのジョッキークラブステークス。ガマットに一馬身半をつけて、重賞は初めてだった。 六月のエプソム、コロネーションカップがGI初挑戦になる。勝ったのはイェーツで、一馬身半差の二着。四歳の夏から手綱を任されてきたフォーチュンが乗ったのは、これが最後になった。 二十三日後、サンクルー大賞。鞍上はランフランコ・デットーリに替わっていた。前年の凱旋門賞馬バゴがいて、三週間前に先着されたイェーツもいる。その十一頭立てを、ポリシーメーカーに二馬身つけて振り切った。GI初制覇である。 秋は噛み合わない。九月、ロンシャンのフォワ賞は一番人気に支持されながら、牝馬プライドに二馬身半離されて二着。十月、ニューマーケットのチャンピオンステークス。十ハロンは彼には短く、勝ったデビッドジュニアから四馬身以上ちぎられた五着だった。月末にはブリーダーズカップ・ターフを目指してアメリカへ渡ったものの、走らずに引き上げている。 日本へ来るまでに、先頭でゴールしたのが五度、二着が七度。勝ち切れない馬、という言い方がいちばん近かった。 十一月、第二十五回ジャパンカップ。十八頭のうち外国調教馬は六頭で、そのすべてがGI勝ち馬だった。凱旋門賞のバゴ、ブリーダーズカップ・ターフのベタートークナウ、英愛米でGIを勝ったウィジャボード。日本側の一番人気は前年の覇者ゼンノロブロイ、二番人気がハーツクライである。アルカセットは三番人気で、外国馬のなかでは最も支持を集めていた。馬体重四九六キロ、七枠十四番。
五十八秒三
十一月二十七日の府中は晴れて、芝は良だった。 外枠を引いた鞍上に、クマーニは内ラチを取れと注文したという。ゲートが開くと、デットーリは十四番のゼッケンを外から内へ寄せていった。 先頭は、一昨年の勝ち馬タップダンスシチー。行くと宣言したとおりにハナを切る。最初の一ハロンが十二秒五、次が十秒七。二本目でもう十秒台まで踏み込んでいた。最後の一ハロンを除けば、あとは十一秒台から十二秒ちょうどのあいだを刻み続ける。緩む場所がどこにも出てこない。千メートルの通過は五十八秒三。二四〇〇メートルのGIとしては、明らかに速すぎた。 アルカセットは、その流れのうしろにいた。一コーナーで十三番手、二コーナーで十二番手。向正面で十番手あたりまで押し上げ、三コーナーも四コーナーも、そこから動かない。 直線を向く。内でウィジャボードがファロンの合図に応えて抜け出しにかかった。デットーリのアルカセットが、そこへ並びかける。並んだ二頭に、大外からゼンノロブロイが襲いかかった。武豊のリンカーンがゴール前でもうひと伸びし、ルメールのハーツクライが馬群を割って追ってくる。 逃げた先頭が刻んだ最後の三ハロンは、三十六秒三。そのなかを、アルカセットは三十四秒八で上がってきた。 決勝線。写真判定になった。
二分二十二秒一
勝ちタイムが電光掲示板に出ると、東京競馬場はいちどどよめき、それから拍手になった。二分二十二秒一。1989年にホーリックスが出し、もう二度と破られないとまで言われていた二分二十二秒二を、コンマ一秒だけ上回っている。芝二四〇〇メートルの日本レコードであり、当時これより速い同距離の記録は世界のどこにもなかった。 写真の結果、勝者はアルカセットと決まる。ハーツクライとの差はハナ。そこからさらに一馬身四分の三後ろに、三着のゼンノロブロイがいた。十四頭が一秒四のなかに詰め合っている。デットーリにとってはシングスピール、ファルブラヴに続くジャパンカップ三勝目、クマーニにとっては初めての一勝になる。 「ゴールして自分の直感では勝ったと思ったけど、写真判定が長かったので、心配したよ」[^1] 金曜に調教で跨ったとき、馬がとてもフレッシュだったので口には出さなかったが勝てると思っていた、とも話している。昔から付き合いのあるクマーニの馬で勝てて嬉しい、と。
出典:日本中央競馬会「過去GⅠ成績 第25回 ジャパンC」2005年11月27日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2005.html 、閲覧日:2026年8月3日。
帰り道
十二月の香港ヴァーズへ向かう案が残っていた。だが日本での種牡馬入りが決まり、アルカセットはそのまま現役を終える。総額九億円と伝えられるシンジケートが組まれ、2006年からダーレー・ジャパン・スタリオン・コンプレックスに立った。九百万円で買われた馬に、最後に付いた値段である。 産駒のデビューは2009年。初勝利は八月十五日、佐賀競馬場の第三競走だった。しかし中央のGIを勝つ産駒は出ない。同じキングマンボの子でも、エルコンドルパサーとキングカメハメハは日本に大物を残した。この馬は残せなかった。 2011年、種付け料は二五〇万円から八〇万円へ下げられる。その年に集まった繁殖牝馬は十七頭だけだった。シーズンを終えると、彼はイギリスへ送り返される。 重賞に名前が残ったのは、母の父としてだった。サヴィが2020年のサマーチャンピオンを勝っている。産駒の初勝利が出たのと同じ、佐賀のダートである。 獣医は、走れる確率は五分だと言った。買った男は、その五分のほうに賭けた。十四頭が一秒四のなかで潰し合った府中の直線で、その五分はハナ差になって返ってきている。彼が置いていった二分二十二秒一は十三年残り、2018年にアーモンドアイが一秒五縮めるまで表の一番上にあった。外国調教馬がジャパンカップの勝ち馬になることも、そこから二十年なかった。 クマーニ厩舎でこの馬に付いていた古川大輔は、レースをスタンドで見ていた。日本語を使わない場所だから、世話をするときはいつも太郎と呼んでいたのだという。アラビア語で意志を意味するその名を、彼は普段、口にしていなかったことになる。ゴール前で叫んだけれど、何を叫んだかは覚えていない。 「でも、今日はアルカセットと叫んでいたと思います」[^1]
出典:日本中央競馬会「過去GⅠ成績 第25回 ジャパンC」2005年11月27日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2005.html 、閲覧日:2026年8月3日。
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