名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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アルフレードのイメージビジュアル
アルフレードAlfredo
Alfredo

アルフレード

通算成績16戦3勝

獲得賞金15,898万円

生年月日 2009.04.11(平成21年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アルフレードの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
7 GIII新潟記念 新潟 芝2000 5人気 柴山雄一 1:59.0 上り33.9
5 GIII七夕賞 福島 芝2000 3人気 北村宏司 1:58.5 上り34.5映像
3 GIII新潟大賞典 新潟 芝2000 6人気 津村明秀 1:59.8 上り32.7映像
2 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 9人気 柴山雄一 1:35.7 上り34.3映像
9 OPニューイヤーS 中山 芝1600 2人気 吉田豊 1:34.5 上り35.2
4 OPオーロカップ 東京 芝1400 12人気 吉田豊 1:20.3 上り33.2
11 OPパラダイスS 東京 芝1400 6人気 大野拓弥 1:23.4 上り34.4
10 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 9人気 C.ウィリアムズ 1:20.6 上り34.8
6 OP東風S 中山 芝1600 6人気 松岡正海 1:35.3 上り35.3
16 OP大和S 京都 ダ1400 8人気 松岡正海 1:25.1 上り37.9
13 GI東京優駿 東京 芝2400 8人気 武豊 2:25.1 上り34.7映像
2 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 3人気 C.ウィリアムズ 1:35.1 上り34.9映像
12 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 2人気 松岡正海 1:52.8 上り37.3
1 GI朝日杯フューチュリティステークス 中山 芝1600 1人気 C.ウィリアムズ 1:33.4 上り35.3映像
1 きんもくせい特別 新潟 芝1600 1人気 吉田隼人 1:36.6 上り32.5
1 2歳新馬 中山 芝1600 1人気 松岡正海 1:38.0 上り34.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アルフレードの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
シンボリクリスエスSymboli Kris SKris S.Roberto
Sharp Queen
Tee KayGold Meridian
Tri Argo
プリンセスカメリアサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ラトラヴィアータサクラユタカオー
サクラハゴロモ
STORY

旅程 — この馬の物語

2009年生まれの鹿毛の牡馬。父シンボリクリスエス、母プリンセスカメリア。主な勝ち鞍は朝日フューチュリティ。

椿姫の一族 ― 名と、その血

2009年4月11日、北海道安平町のノーザンファームに鹿毛の牡馬が生まれた。父はシンボリクリスエス、母は栗毛のプリンセスカメリア。母の2番仔である。 母は2001年、早来町のノーザンファームで生まれたサンデーサイレンス産駒だった。美浦の高橋裕厩舎から2003年12月にデビューし、初戦は中山のマイルでダンスインザムードの4着。三戦目、小倉の芝1200mを1番人気で勝って初勝利を挙げ、そこからは勝てないまま8戦1勝で引退している。名はジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『椿姫』から採られていた。 その母、つまりこの仔の母母が、ラトラヴィアータである。『椿姫』の原題そのものを負った1994年生まれの栗毛で、父サクラユタカオー、母サクラハゴロモ。同じ父と母の間に五年早く生まれていたのが、1993年と1994年のスプリンターズステークスを連覇したサクラバクシンオーだった。ラトラヴィアータはその全妹にあたる。12戦5勝、走ったのは芝の1200mと1400mだけで、オープンでは3着までだった。娘のプリンセスカメリアが唯一勝ったのも1200mである。3代母サクラハゴロモの全兄には、1981年の有馬記念と1983年の天皇賞(春)を勝ったアンバーシャダイがいる。速さと、格のある一族である。 繁殖に上がった母は、初年度にファルブラヴと交配して2008年に牡馬を産んだ。二年目はホワイトマズルで受胎せず、代わりに配されたのがシンボリクリスエスだった。生まれた2番仔には、母の名の続きが与えられた。アルフレード——『椿姫』の主人公ヴィオレッタが恋をする、青年貴族の名である。 キャロットクラブで、全400口、一口6万円、総額2400万円の募集がかかった。

一目で似ていた ― 美浦十三年目の厩舎

当歳の秋か冬、ノーザンファームはこの馬の管理を、美浦の手塚貴久に託した。 手塚は1964年、栃木県足利市の生まれである。父の佳彦は足利競馬場の調教師で、厩舎に住んで育った。ライスシャワーを管理した飯塚好次は伯父にあたる。慶應義塾大学を出たあと1989年にJRA競馬学校の厩務員課程に入り、美浦で厩務員と調教助手を務めて、1999年3月1日に自分の厩舎を開いた。開業一年目にベルグチケットでフェアリーステークスを勝ってJRAの重賞を手にし、2005年には川崎の全日本2歳優駿をグレイスティアラで制している。それでも、JRAのGIだけが手元になかった。 シンボリクリスエス産駒を何頭も預かってきた手塚は、この2番仔を一目見て、父に似ていると思ったという。この父の産駒は優れたパワーを受け継いでダートで走る馬が多かったが、この馬には十分なスピードも備わっていた。だから芝で走らせたい——そう考えていた。 担当厩務員は滝口政司。1989年の新潟記念をハーディゴッドで勝った腕利きで、その一勝は佐藤林次郎厩舎にいた頃のものである。厩務員になった翌春、手塚もひと月だけ同じ厩舎に籍を置いた。 2011年9月25日、中山の芝1600m、13頭の2歳新馬。松岡正海を背に単勝2.2倍の1番人気に応え、中団の外から直線で大外に持ち出して差し切った。当日の馬体重は530キロ。能力だけで勝ったようなもので、まだ緩く課題ばかりだが、それで勝つのだからいいものを持っている——松岡はそう評し、距離は延ばした方がいいと付け加えている。 10月29日、新潟の芝1600m、きんもくせい特別。鞍上は吉田隼人。中団6番手からスローペースを追走し、上がり3ハロン32秒5の脚で先行勢を差し切って2連勝とした。

十二月十八日の中山 ― 五百二十四キロ

短い放牧のあと、暮れにもう一戦する案が持ち上がった。2戦の内容から、陣営はマイルより長い距離に適性があると見ていた。だから中山の2000mで行われるオープン特別、ホープフルステークスが予定に置かれた。ところが、滞在していたノーザンファーム天栄からこの馬の状態が良いと聞いた手塚が、同じ時期に行われる2歳王者決定戦——朝日杯フューチュリティステークスに使わせてほしいとオーナーサイドへ申し入れる。提案は受け入れられた。 乗り手が替わった。松岡が秋に落馬して骨折していたため、短期免許で来日していたクレイグ・ウィリアムズに手綱が渡る。ウィリアムズはデビュー戦に乗った松岡から馬のことを聞き、レース映像を見返して臨んだ。 12月18日、晴、良馬場、16頭。デイリー杯2歳ステークスで上位を争ったクラレントと、同じキャロットのダローネガ。札幌2歳ステークスで際どい勝負を演じたマイネルロブスト。京王杯2歳ステークスの1、2着馬レオアクティブとサドンストーム。実績で勝る面々を抑えて、キャリア2戦・重賞初挑戦のこの馬が単勝3.1倍の1番人気に推された。枠は2枠3番。内枠が有利とされる中山のマイルである。「中山のマイルでは内が有利。この枠順はラッキーだと感じた」[^1] その言葉のとおりの競馬になった。好スタートから、外にハナを主張したハクサンムーンを行かせて好位の内、3、4番手。前半1000mを57秒8で通過するハイペースを、先行馬群のポケットで受け流す。直線、垂れたハクサンムーンの内側にぽっかりと空いた隙間を突き、先に抜け出していたトウケイヘイローを一瞬で交わした。坂を上がってなお伸びる。内から追うマイネルロブスト、外から猛然と来るレオアクティブ、粘るトウケイヘイロー——その2着争いを2馬身後ろに置いて、決勝線を過ぎた。 1分33秒4。2004年のマイネルレコルトに並ぶレースレコードタイだった。当日の馬体重524キロは、1989年のアイネスフウジンと2007年のゴスホークケンの518キロを上回る、当時のこの競走の史上最重量だった。無敗での朝日杯制覇は2009年のローズキングダム以来10頭目、きんもくせい特別を勝ってから朝日杯を勝ったのは1993年のナリタブライアン以来である。 手塚貴久にとって、開業13年目のJRA・GI初制覇だった。2馬身後ろで2着に粘ったマイネルロブストを管理していたのは高橋裕——この馬の母と母母を預かった厩舎の主である。 そして、日付だった。1994年12月18日、同じ中山で、サクラバクシンオーは引退レースのスプリンターズステークスを勝ち、連覇を果たしている。1200mの馬だった。1600m以上を勝つことは、生涯で一度もなかった。その全妹の孫が、17年後の同じ日に、中山のマイルのGIを勝った。バクシンオー自身はその年の4月30日、安平町の社台スタリオンステーションで心不全のため死んでいる。その死から七か月半後の勝利だった。 年末のJRA賞は、全285票のうち279票を集めての最優秀2歳牡馬だった。

出典:日本中央競馬会「第63回朝日杯フューチュリティS/アルフレードが無傷の3連勝で2歳王者の座に就く」(レース回顧・谷川善久)、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/afs/result/afs2011.html 、閲覧日:2026年7月30日。

三馬身半 ― 二〇一二年の春

3歳。目標は皐月賞に置かれ、トライアルのスプリングステークスから始動した。松岡が戻り、ディープブリランテに次ぐ2番人気。だが初めての道悪だった。重馬場に脚を取られて失速し、優勝したグランデッツァから2秒1離された12着。初めての敗戦である。この一戦で激しく消耗し、皐月賞は回避となった。 代わりに選ばれたのが東京のNHKマイルカップだった。5月6日、18頭。ウィリアムズが再来日してコンビが戻り、単勝7.4倍の3番人気。1番人気は、ニュージーランドトロフィーを勝って無敗のカレンブラックヒルである。 外枠から先行し、逃げるその馬を追って4、5番手。直線で末脚を伸ばしたが、マイペースで運んだ逃げ馬は捕まらず、独走を許した。それでも横一線になった2着争いをクラレントやオリービンから小差でしのいで、勝ち馬から3馬身半の2着を確保する。「勝った馬はグレートだが、この馬もベリーグッドと言ってもいい」[^1]。ウィリアムズはさばさばとしていた。 三週間後の5月27日、東京優駿。18頭立ての大外18番、32.5倍の8番人気で、鞍上は武豊。後方を追走したまま13着に終わった。勝ったのはディープブリランテである。 ダービーのあと、放牧に出された先で右前脚の浅屈腱炎が見つかった。

出典:スポニチ競馬Web(スポーツニッポン)「【NHKマイルC】アルフレード意地の2着」2012年5月6日配信、https://keiba.sponichi.co.jp/news/K20120506003195240 、閲覧日:2026年7月30日。

一年七か月 ― 帰ってきた馬

競馬場に戻ってきたのは2014年1月11日、京都の大和ステークスだった。初めてのダート、1400m、16頭の16着。ダービーから1年7か月が経ち、馬は5歳になっていた。 3月の東風ステークスは中山のマイルで6着。5月の京王杯スプリングカップはウィリアムズが久々に乗って10着。6月のパラダイスステークスは11着。夏を休んで、11月16日、東京の芝1400m、オーロカップ。46.3倍の12番人気で、勝ったダノンプログラマーから0秒1差の4着。復帰して五戦目に、ようやく手応えのある競馬をした。 四年前の同じ競走を勝っていたのは、リビアーモという牝馬である。父アドマイヤベガ、母ラトラヴィアータ。この馬の母の半妹——つまり叔母で、23戦6勝、母や母母と同じ高橋裕厩舎の管理馬だった。 年が明けて2015年1月17日、中山のニューイヤーステークス。2番人気に推されて9着だった。

クビ差 ― 六歳の府中

2月8日、東京の芝1600m、東京新聞杯。稍重、16頭立て、36.9倍の9番人気である。 初コンビの柴山雄一は後方に構え、直線で大外へ持ち出した。伸びあぐねる内の馬をまとめてかわして上位に進出し、先に抜け出していた3番人気ヴァンセンヌに並びかけて決勝線を通過する。クビ差、届かなかった。 最後に一頭になって気が抜けた感じになった、併せる形なら——柴山は無念そうに振り返った。手塚は惜しかったと天を仰ぎ、それから、屈腱炎明けにこの走りができたのだから力を見せられた、賞金も加算できたので使いたい重賞を使える、と表情を明るくしている。 クビ差前にいたヴァンセンヌは、この馬とまったく同じ2009年4月11日に生まれた牡馬だった。父ディープインパクト、母は1996年に高松宮杯とスプリンターズステークスを勝ったフラワーパーク。短距離の女王を母に持つマイラーと、スプリンターズステークスを連覇した馬の血を母系に持つマイラーが、同じ日に生まれて、六歳の府中でクビ差を争っていた。ヴァンセンヌはこの年の安田記念で2着に走り、モーリスをクビ差まで追い詰める。 5月10日、新潟大賞典。津村明秀を背に6番人気。後方から内を突いてコーナーで進出し、先に抜け出したダコールには届かなかったが、外から追い込むナカヤマナイトに応戦してゴール前まで2着を争い、クビ差だけ後れて3着。重賞で二戦続けての好走だった。 夏。7月12日の七夕賞は北村宏司が乗って3番人気の5着。勝ったのはグランデッツァ——三年前の春、重馬場のスプリングステークスでこの馬を置き去りにした相手である。9月6日の新潟記念は柴山で7着。 そこで脚元が再び音を上げ、長い離脱に入った。

柏狼 ― 二度目の帰還

現役を諦めなかった。7歳の2016年、陣営は6月のエプソムカップでの復帰を目標に置く。ところがその直前、左前脚に浅屈腱炎が出た。四年前とは反対の前脚だった。 6月2日付で競走馬登録が抹消される。16戦3勝、獲得賞金1億5898万円。十六回の出走はすべて、美浦の同じ厩舎から送り出されたものだった。 「中央のG1を初めて勝たせてくれた馬」[^1]。手塚はそう言い、古馬になってからは脚部不安との闘いだったが、去年力を見せてくれたときは本当にうれしかった、と続けた。もう一度勝たせてやりたかった、とも。 その願いは、この馬では叶わなかった。けれど、この馬が開けた扉の先で、厩舎は勝ち続けている。2013年に桜花賞をアユサンで勝ってクラシックを手にし、同じ年の暮れにはアジアエクスプレスで二度目の朝日杯フューチュリティステークス。2018年の菊花賞と、2019・2020年の天皇賞(春)連覇はフィエールマン。2021年はユーバーレーベンで優駿牝馬、そしてシュネルマイスターでNHKマイルカップ——この馬が3馬身半届かなかったレースを、九年後に勝った。2022年に香港ヴァーズ、2023年に皐月賞、2025年に天皇賞(秋)。JRA通算700勝は2025年5月、フィエールマンの産駒で決めている。息子の貴徳も調教師になった。 馬は北海道へ帰った。ノーザンホースパークで休養し、去勢されて、乗馬としてのリトレーニングを受ける。そこで見出したのは、同パークのスタッフで帯広畜産大学馬術部のコーチを務める広瀬春行だった。学生でも乗れる気性の良さ、障害に向かっていく勇気、走行のバランス——競技馬としてやれると見込まれ、十勝の大学へ移った。 競技馬名は「柏狼」。2019年から全日本学生馬術大会に出ている。同年11月3日、三木ホースランドパークの中障害飛越競技D、34頭のうち2位。減点0、55秒14。背にいたのは瀬之口小夏という学生だった。二日後の全日本学生賞典総合馬術は70頭中29位。翌年は岡本優と組んで16位。団体では2019年と2020年に4位、2022年と2023年には3位に入っている。2023年8月の北日本学生賞典総合馬術は、ノーザンホースパークで行われた。競走馬をやめた体を作り直した、あの場所である。 一族の物語も続いた。2013年、母は同じシンボリクリスエスとの間に青毛の牝馬を産み、その仔にヴィオレッタの名が与えられた。オペラのなかでアルフレードが恋をする、あの娘の名である。2016年に生まれたハービンジャー産駒の半妹フィリアプーラは、菊沢隆徳厩舎から2019年1月のフェアリーステークスを勝った。最内枠から直線で外へ出し、ホウオウカトリーヌとの叩き合いをアタマ差だけ抑える勝ち方だった。兄が中山のマイルで2歳王者になってから、七年が過ぎていた。 16回ゲートを出て、3度先頭でゴールした。三つ目が、レースレコードに並んだ1分33秒4のGIである。そのあとに残されたのは、二度の屈腱炎と、そこから立ち上がった時間だった。名の由来になった青年貴族は、オペラの終幕で、ひとたび離れた娘のもとへ帰ってくる。この馬も二度帰ってきた。一度は一年七か月ぶりの競馬場へ、もう一度は、生まれた北海道へ。524キロで中山の坂を駆け上がった馬は、十勝で学生の合図を待ち、障害の前で脚を溜めることを覚えた。

出典:スポーツニッポン「11年2歳王者アルフレード引退 脚部不安改善されず」2016年6月3日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2016/06/03/kiji/K20160603012707150.html 、閲覧日:2026年7月30日。

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