名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
アグネスタキオンのイメージビジュアル
アグネスタキオンAgnes Tachyon
Agnes Tachyon

アグネスタキオン

通算成績4戦4勝

獲得賞金22,208万円

生年月日 1998.04.13(平成10年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アグネスタキオンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GI皐月賞 中山 芝2000 1人気 河内洋 2:00.3 上り35.5映像
1 GII報知杯弥生賞 中山 芝2000 1人気 河内洋 2:05.7 上り38.2
1 GIIIラジオたんぱ杯3歳S 阪神 芝2000 2人気 河内洋 2:00.8 上り34.1
1 3歳新馬 阪神 芝2000 3人気 河内洋 2:04.3 上り33.8

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アグネスタキオンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
アグネスフローラロイヤルスキーRaja Baba
Coz o'Nijinsky
アグネスレディーリマンドRemand
イコマエイカン
STORY

旅程 — この馬の物語

1998年生まれの栗毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母アグネスフローラ。主な勝ち鞍は皐月賞・ラジオたんぱ杯3歳S・報知杯弥生賞。

四月十三日

1998年4月13日、北海道千歳市の社台ファームで生まれた。父はサンデーサイレンス。母はアグネスフローラで、1990年の桜花賞馬である。その母アグネスレディーは1979年の優駿牝馬(オークス)を勝っている。 名は冠名に「タキオン」を継いだ。光より速く進むと仮定された粒子の名前である。理論の上に置かれただけで、観測された例はない。 この馬がデビューする年の春、全兄が東京優駿を勝った。アグネスフライトである。ゴール前でエアシャカールと並び、判定はハナ差。差は七センチだった。祖母がオークス、母が桜花賞、その仔がダービー。母仔三代によるクラシック制覇は、中央競馬に前例がなかった。 三代の手綱は、すべて同じ人が握っている。河内洋。 アグネスレディーの鞍上が河内に替わったのは1978年、まだ五年目の若手だった頃のことだ。デビュー戦で二着に敗れたあと、三戦目から手綱が回ってきた。有力馬の鞍上をベテランから若手へ替えるのは、当時めずらしいことだったという。翌年、河内はその馬でオークスを勝ち、八大競走の初制覇を果たす。1990年には娘のアグネスフローラで桜花賞、2000年には孫にあたるアグネスフライトで東京優駿。ダービーは十七回目の騎乗で、四十五歳の初制覇だった。 厩舎も継がれていた。アグネスレディーを管理したのは栗東の長浜彦三郎で、フローラとフライト、そしてこの馬を管理したのは、その息子の長浜博之である。担当厩務員の大川鉄雄は、レディーから数えて三代とも同じだった。 2000年12月2日、阪神の芝2000メートル。三番人気。初めての実戦で最後の三ハロン(六百メートル)を33秒8で上がり、二着リブロードキャストに三馬身半をつけた。一番人気に推されていたボーンキングは五着に沈んでいる。 その翌日、同じ厩舎の同じ勝負服が、もう一頭、阪神で新馬を勝った。アグネスゴールド。生まれたのは三日違いで、鞍上はやはり河内だった。

阪神・十二月二十三日

三週間後、同じ阪神の芝2000メートルでラジオたんぱ杯3歳ステークスが行われた。十二頭。一番人気はクロフネ、二番人気がこの馬、三番人気にジャングルポケットがいた。晴れ、芝は良。 ゲートが開いても、レースは動かない。先手を取ったのは牝馬のスターリーロマンスだった。前半の千メートルは六十一秒台の後半。二歳の重賞としても遅い。流れが遅ければ前は止まらない。後ろから行く馬にとっては、いちばん困る形である。 河内は七番手にいた。一コーナーでも七番手。二コーナーでも七番手。動かない。 三コーナー。隊列はまだほどけない。そこで動いたのが、この馬だった。通過順位だけを並べても、明らかに早い仕掛けである。四コーナーでは先頭に並んでいた。七番手から二番手まで、コーナー二つで上がってきたことになる。 早く動いた馬は、直線で止まる。それが普通だった。 残り四百メートルからの二ハロンは、11秒2と11秒4。この日いちばん速い二区間である。早く動いた馬が、最後にいちばん加速した。 二馬身半。時計は2分00秒8で、二歳の二千メートルのレコードだった。最後の三ハロンは34秒1。十二頭のなかで、いちばん速い。 二着はジャングルポケット、三着はクロフネ。翌年、この二頭はそれぞれ東京優駿とNHKマイルカップを勝つ。 河内はのちに、四戦のうちでこのレースがいちばん印象に残っていると語っている。「2000メートルであの瞬発力を出せて、あの反応ができる馬はなかなかいない」[^1]。

出典:日刊スポーツ「“幻の3冠馬”アグネスタキオンの河内洋調教師を直撃 00年ラジオたんぱ杯ずばぬけた瞬発力」2022年7月8日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202207070001129.html、閲覧日:2026年8月2日。

不良

年が明けて、前年の最優秀3歳牡馬が決まった。この賞は朝日杯3歳ステークスの勝ち馬が選ばれるのが通例で、その年もメジロベイリーが147票を集めて受賞している。GIを勝っていないこの馬に、119票が入った。 初戦は弥生賞になった。同じ厩舎のアグネスゴールドとの兼ね合いで進路を分けた結果である。長浜は以前から、三冠を取れる可能性のある馬だと公言していた。その一頭が中山に登録すると、他の陣営は次々に回避を表明する。3月4日、八頭立て。単勝は1.2倍だった。 雨が降り、馬場は不良になった。 上がり三ハロンは38秒2。師走の阪神より四秒も遅い。時計のかかる馬場である。それでも二着のボーンキングに五馬身をつけている。新馬戦で一番人気に推されながら、五着に敗れていた馬である。 そのボーンキングに乗っていた武豊は、強すぎる、クラシックもハンデ戦にしないと、と冗談めかした。河内のほうは、良馬場ならもっと強い競馬を見せられた、少頭数だから参考にはならない、と言っている。 四着に、まだ三戦目の馬がいた。マンハッタンカフェ。その年の秋に、菊花賞を勝つ。

三日違い

アグネスゴールドは、三日先に生まれていた。同じ千歳の社台ファーム、同じ馬主、同じ厩舎。父もサンデーサイレンス。勝負服も同じ、黄の胴に水色の二本輪、赤い袖である。馬主の渡辺孝男にとっては、無敗の三歳馬が同時に二頭いたことになる。 ゴールドも負けていなかった。若駒ステークス、きさらぎ賞、スプリングステークス。重賞を二つ続けて勝ったところで、長浜は皐月賞への参戦を明言した。 河内は二頭の力を甲乙つけがたいと評していた。長浜は、どちらに乗るかは河内に委ねると言った。同じ厩舎、同じ生産者、同じ馬主の無敗馬が中山で向き合う。皐月賞の焦点は、そこへ絞られていった。 スプリングステークスの翌日、3月19日。ゴールドの右前脚に橈骨遠位端骨折が見つかり、クラシック戦線を離れた。 河内は、選ばずに済んだ。

中山・四月十五日

十八頭立て。単勝は1.3倍。支持率59.4パーセントは、当時の皐月賞で歴代二位の数字だった。 この馬には、気難しいところがあった。調教で坂路からコースへ出るとき、促しても動かないことがある。ところが助手に乗り替わると動く。「人を見てたんだろうね」[^1]と、河内はのちに笑って振り返っている。 皐月賞の当日も、ゲートの前でぴたりと止まった。止まったらすぐ目隠しをしてほしい——河内は、事前にそう頼んであった。 前を引っ張ったのはシュアハピネスとシャワーパーティー。前半の千メートルは59秒9で、速くも遅くもない。この馬は五番手を進んだ。一コーナー、二コーナー、三コーナー。位置はほとんど動かない。師走の阪神とは逆の乗り方である。中山の二千は小回りだから安全策を取ってしまった、と河内はあとで振り返っている。 中盤の三ハロンが12秒2、12秒4、12秒4と落ち、残り四百メートルからの一ハロンで11秒5に跳ね上がる。そこで後ろが一斉に動いた。後方にいたジャングルポケットダンツフレームが、三コーナーから四コーナーにかけてまくり上がってくる。 直線でこの馬が抜け出した。ダンツフレームが一馬身半差の二着、さらに半馬身差でジャングルポケットが三着に入る。上がりは35秒5。師走の阪神で使った脚ではない。それでも、後ろから来た二頭は前に出られなかった。 四戦四勝。そしてこの一冠で、河内は五つのクラシックをすべて勝ったことになる。桜花賞、優駿牝馬、菊花賞、東京優駿。最後まで空いていたのが皐月賞で、それを埋めたのが、一族の四頭目だった。

出典:日刊スポーツ「“幻の3冠馬”アグネスタキオンの河内洋調教師を直撃 00年ラジオたんぱ杯ずばぬけた瞬発力」2022年7月8日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202207070001129.html、閲覧日:2026年8月2日。

五月二日

皐月賞のあと、長浜は勝利を喜びながら、骨折したアグネスゴールドのようにならないかが気になる、と口にしている。 5月2日、左前脚に浅屈腱炎が出た。東京優駿への出走は断念された。社台ファームへ放牧に出され、関係者の協議を経て、8月29日に引退が発表される。9月30日、阪神競馬場で引退式が行われた。四戦四勝のまま、この馬は競走馬をやめた。 5月27日の東京優駿は重馬場で行われ、ジャングルポケットが勝った。師走の阪神で二馬身半離れていた馬である。 アグネスゴールドは秋に復帰したが、菊花賞では結果が出なかった。中距離へ路線を移し、復調の兆しを見せたところで長い休養に入る。2003年、復帰を目指していた矢先に左前浅屈腱炎を発症し、引退した。僚馬とまったく同じ場所である。 同じ2003年の2月、河内洋が調教師免許試験に合格し、騎手をやめた。JRA通算2111勝。河内がこの一族の馬でGIを勝ったのは、この皐月賞が最後になった。引退にあたって河内は、三代にわたって自分を支えてくれた一族には感謝のしようもない、と語った。 その後、河内は長浜博之のもとで研修を受け、2005年に栗東で厩舎を開いている。

二〇〇八年

種牡馬としては社台スタリオンステーションに立った。初年度の産駒がデビューした2005年、二歳の勝ち馬は二十五頭を数える。父サンデーサイレンスの二十頭を上回る、新種牡馬の記録だった。翌年にはロジックがNHKマイルカップを勝ち、産駒の最初のGI勝ちになる。 そして2008年が来る。 4月、中山の皐月賞をキャプテントゥーレが勝った。6月、東京優駿をディープスカイが勝った。父が勝った一冠と、父が出られなかった一冠。同じ年のクラシックを、同じ父の子が二つ続けて持ち帰ったことになる。その年の暮れには、ダイワスカーレットが有馬記念を勝つ。 2008年、JRAの総合リーディングサイアーになった。内国産の種牡馬としては、1957年のクモハタ以来五十一年ぶりだった。 翌2009年6月22日、種付けの季節の終わりに、社台スタリオンステーションで急死する。急性心不全。十一歳だった。 「けがさえなかったら」。この馬の名が出るたび、そう言い添えられる。「幻の三冠馬」という呼び名も、走らなかった二つのレースから来ている。走らなかったところで馬を測る言い方である。 けれど、実際に走ったのは四回だ。その四回で、この馬より先にゴール板を過ぎた馬は一頭もいない。後ろにいた馬のなかには、翌年の東京優駿を勝つ馬がいて、NHKマイルカップとジャパンカップダートを勝つ馬がいて、菊花賞を勝つ馬がいて、宝塚記念を勝つ馬がいた。仮定ではない。全部、記録に残っている。 河内洋は2025年3月、七十歳の定年で調教師を退いた。騎手として二十二年をかけて、ひとつの一族から四つのクラシックを受け取った人である。最初の一つは、まだ若手だった頃のオークスだった。最後の一つが皐月賞で、それを渡したのは、四度しかゲートをくぐらなかった馬だった。 タキオンは、光より速く進むと仮定された粒子の名前だ。観測された例はない。この馬が自分の脚で走った春も、2001年の一度きりで終わった。そのあとの春を走ったのは、子どもたちのほうである。

OFFSPRING

産駒 — 旅を継ぐ馬

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース