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アグネスデジタル
通算成績32戦12勝
獲得賞金9億4,889万円
生年月日 1997.05.15(平成9年)毛色 栗毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 7人気 | 四位洋文 | 2:32.8 | 上り36.6 | 映像 | |
| 17 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 4人気 | 四位洋文 | 2:00.4 | 上り35.8 | 映像 | |
| 5 | GIマイルチャンピオンシップ | 盛岡 ダ1600 | 2人気 | 四位洋文 | 1:37.0 | — | — | |
| 2 | GII日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 1人気 | 四位洋文 | 1:52.2 | 上り38.3 | — | |
| 13 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 3人気 | 四位洋文 | 2:13.7 | 上り37.9 | 映像 | |
| 1 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 4人気 | 四位洋文 | 1:32.1 | 上り33.7 | 映像 | |
| 4 | GIIIかきつばた記念 | 名古屋 ダ1400 | 4人気 | 四位洋文 | 1:25.9 | — | — | |
| 2 | GIクイーンエリザベス2世カップ | 香港 芝2000 | 四位洋文 | 2:02.6 | — | — | ||
| 6 | GIドバイワールドカップ | アラブ首長国連邦 ダ2000 | 四位洋文 | — | 映像 | |||
| 1 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 1人気 | 四位洋文 | 1:35.1 | 上り35.6 | 映像 | |
| 1 | GI香港カップ | 香港 芝2000 | 2人気 | 四位洋文 | 2:02.8 | — | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 4人気 | 四位洋文 | 2:02.0 | 上り35.4 | 映像 | |
| 1 | GIマイルチャンピオンシップ | 盛岡 ダ1600 | 1人気 | 四位洋文 | 1:37.7 | — | — | |
| 1 | GIII日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 3人気 | 四位洋文 | 1:51.2 | 上り37.9 | — | |
| 11 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 6人気 | 四位洋文 | 1:34.1 | 上り35.9 | 映像 | |
| 9 | GII京王杯スプリングカップ | 東京 芝1400 | 4人気 | 四位洋文 | 1:20.7 | 上り34.4 | — | |
| 3 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 3人気 | 的場均 | 1:33.8 | 上り34.3 | — | |
| 1 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 13人気 | 的場均 | 1:32.6 | 上り34.3 | 映像 | |
| 2 | GIII武蔵野S | 東京 ダ1600 | 4人気 | 的場均 | 1:35.6 | 上り36.6 | — | |
| 1 | GIIIユニコーンS | 中山 ダ1800 | 4人気 | 的場均 | 1:50.7 | 上り37.2 | — | |
| 14 | GIジャパンダートダービー | 大井 ダ2000 | 1人気 | 的場均 | 2:09.3 | 上り41.5 | — | |
| 1 | GIII名古屋優駿 | 名古屋 ダ1900 | 3人気 | 的場均 | 1:59.8 | — | — | |
| 7 | GINHKマイルカップ | 東京 芝1600 | 4人気 | 的場均 | 1:34.3 | 上り36.1 | 映像 | |
| 3 | GIIニュージランド4歳S | 中山 芝1600 | 7人気 | 的場均 | 1:34.5 | 上り35.6 | — | |
| 3 | GIII夕刊フジクリスタルC | 中山 芝1200 | 8人気 | 的場均 | 1:10.3 | 上り36.5 | — | |
| 3 | OPヒヤシンスS | 東京 ダ1600 | 3人気 | 的場均 | 1:37.8 | 上り38.7 | — | |
| 1 | GII全日本3歳優駿 | 川崎 ダ1600 | 1人気 | 的場均 | 1:41.1 | 上り38.7 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 東京 ダ1600 | 1人気 | 的場均 | 1:38.2 | 上り36.6 | — | |
| 2 | もちの木賞 | 京都 ダ1400 | 1人気 | 福永祐一 | 1:25.1 | 上り37.4 | — | |
| 8 | OPもみじS | 京都 芝1200 | 7人気 | 福永祐一 | 1:09.7 | 上り35.8 | — | |
| 1 | 3歳新馬 | 阪神 ダ1200 | 1人気 | 福永祐一 | 1:13.0 | 上り36.5 | — | |
| 2 | 3歳新馬 | 阪神 ダ1400 | 2人気 | 福永祐一 | 1:26.6 | 上り37.9 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父Crafty Prospector | Mr. Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | ||
| Real Crafty Lady | In Reality | |
| Princess Roycraft | ||
| 母Chancey Squaw | Chief's Crown | Danzig |
| Six Crowns | ||
| Allicance | Alleged | |
| Runaway Bride |
旅程 — この馬の物語
1997年生まれの栗毛の牡馬。父Crafty Prospector、母Chancey Squaw。主な勝ち鞍はマイルチャンピオンS・天皇賞・香港C。
二番手だった馬
1997年5月15日、アメリカ・ケンタッキー州のラニモードファームで生まれた。父はクラフティプロスペクター。母チャンシースクウォーは北米で1勝しただけの牝馬だが、その一族には、フランスでGIを勝ち、のちにイギリス・アイルランドのリーディングサイアーとなったブラッシンググルームがいる。この馬から見れば大伯父にあたる。母はのちにシェルゲームを産み、ファンタスティックライトとの間にジャリスコライトを産んだ。ジャリスコライトは2006年の京成杯を勝った半弟である。 アメリカ産の日本調教馬は、たいていセリで買われるか、日本人が現地で生産する。この馬は違った。栗東の調教師・白井寿昭が自前の情報網で候補を並べ、生産者と直接に取引をして連れてきた馬である。六十頭ほどから三頭に絞ったあと、白井が第一に望んだのは別のシアトルスルー産駒だった。値引きを持ちかけたところで相手が気分を害し、話は流れる。そうして残ったのが、二番手の候補だった。 価格は日本円で二千八百万円ほど。三頭のうちでいちばん小柄で、いちばん細い馬だった。現地の関係者には、なぜこんな馬にするのかと言われたという。後年、白井はこう振り返っている。「アメリカで当歳の時に自分で見つけてきた馬」[^1]。 1998年11月、北海道の日高大洋牧場で育成に入る。はじめは胴の詰まった短距離向きの体つきに見えたが、本格的な運動が始まる頃からすらりと伸びていった。体質は丈夫で、性格はおとなしい。予定より一か月早く栗東へ送られている。 馬主は渡辺孝男。東京生まれの印刷業の経営者で、冠名の「アグネス」は、二人の娘が歌手のアグネス・チャンのファンだったことに由来する。勝負服は黄の胴に水色の二本輪、赤い袖。この配色は色の三原色から取られている。重ね方しだいで、どんな色にもなる三つの色である。 1999年9月12日、阪神のダート1400メートル。福永祐一を背にデビューした。当時の表記では三歳戦だが、いまの数え方なら二歳の秋になる。ゲートを出て先手を取り、最後のコーナーでマチカネランに交わされて七馬身差の二着。三週間後、同じ阪神のダート1200メートルを三馬身つけて勝ち上がった。福永は、これなら上でも楽しみだ、芝でも走れる走りをしている、と話した。それで三戦目に京都の芝1200メートルが選ばれ、十頭立ての八着に終わった。 芝はいったん置いた。ダートに戻して二着。五戦目から、ベテランの的場均が乗る。的場がこの馬に跨がったのはレースの直前が初めてで、線の細さに、こんな弱々しい体で大丈夫なのかと思ったという。走らせてみると、二着に七馬身をつけた。まだ本物ではない、よくなればどうなるのか楽しみだ。的場はそう話している。 12月23日、川崎。全日本3歳優駿。単勝1.7倍の一番人気に応え、三コーナーで先頭に立ってそのまま押し切った。重賞は、これが初めてである。
出典:デイリースポーツ「元祖二刀流 アグネスデジタル死す 芝&ダートでG1制覇」2021年12月8日配信、https://www.daily.co.jp/horse/2021/12/08/0014900367.shtml、閲覧日:2026年8月2日。
十三
2000年2月、東京のヒヤシンスステークスで復帰し、ノボジャックの三着。的場によれば線の細さはまだ抜けておらず、直線で一瞬フォームが崩れたときには壊れたかと思ったという。 春の目標は、当時の外国産馬にとって最大の舞台だったNHKマイルカップに置かれた。ふたたび芝である。夕刊フジクリスタルカップ三着、前哨戦のニュージーランド4歳ステークスも三着。芝でも戦えるという手応えは得た。5月7日の本番は四番人気。道中は七番手にいたが、直線で伸びを欠き、流れ込んで七着だった。 ダートへ戻る。6月、名古屋優駿をレコードで勝った。7月、大井のジャパンダートダービーは一番人気に推される。四コーナーまで四番手を進み、直線で止まり、十五頭の十四着。的場の見立てでは、2000メートルはこの馬に長すぎ、厚く敷かれた大井の砂が堪えた。直線を向いたときには、もう体力が尽きていた。 二か月休んで9月のユニコーンステークス。デビュー戦で先着を許したマチカネランを、今度は二馬身半突き放す。10月の武蔵野ステークスでは古馬と初めて走り、二着。この頃には、あの線の細さが消えかけていた。 秋の大目標を、陣営は決めかねていた。白井はジャパンカップダートを推し、渡辺は迷った。意見を求められた的場は、芝は問題ないと思う、2100メートルのダートは少し長い、マイルのほうがいい、と答えた。マイルチャンピオンシップに決まった。 11月19日、京都。抜けた実績馬のいない混戦で、芝の実績に乏しいこの馬は十三番人気だった。白井から出来の良さを聞いていた的場は、楽に好位が取れると踏んでいた。ところがゲートが開くと流れについていけない。後方に置かれた。 直線を向いて追い出すと、伸びた。残り200メートルで十五番手。そこから先団をまとめて差し切り、一番人気のダイタクリーヴァに半馬身をつけた。走破時計1分32秒6はコースレコード。十三番人気での優勝も、その配当も、このレースの記録を塗り替えている。 芝で勝ったのは、これが初めてだった。GIも初めてだった。 的場均は、このときすでに翌春の引退を口にしていた。ライスシャワーとグラスワンダーで名を残し、記録の懸かった馬をたびたび止めてきたことから「ヒットマン」と呼ばれた男である。十三勝目にして最後のGIを、十三番人気の馬で勝った。
除外
2001年1月5日、京都金杯。直線で追い込んだが、ダイタクリーヴァに雪辱を許して三着。次はフェブラリーステークスの予定だったところ、右前脚に球節炎が出て休養に入る。2月28日、的場均が騎手を引退した。 5月、京王杯スプリングカップで復帰。鞍上は四位洋文に替わった。九着。6月の安田記念は十一着。走り終えて、また休みに入る。 9月、船橋の日本テレビ盃で復帰して勝つ。10月8日、盛岡のマイルチャンピオンシップ南部杯。中央と地方の馬が一緒に走る交流のGIである。前年の最優秀ダートホース・ウイングアローと、その年のフェブラリーステークスを制したノボトゥルーを抑えて一番人気に支持され、直線では地元のトーホウエンペラーとの競り合いを制した。 前の年に京都の芝でGIを勝った馬が、こんどは盛岡の砂でGIを勝った。芝と砂の両方で頂点に立った日本の馬は、このときまで数えるほどしかいない。 陣営はマイルチャンピオンシップの連覇を考えていた。ところが収得賞金を数え直すと、天皇賞(秋)の出走条件を満たしている。白井は予定を変えた。 天皇賞は前年から、外国産馬に二頭の枠を開けたばかりだった。一か月前の時点でその二枠に想定されていたのは、宝塚記念を勝ったメイショウドトウと、NHKマイルカップを勝った三歳のクロフネである。とくにクロフネへの期待は大きかった。前の年の春から、芝の中長距離ではテイエムオペラオーとメイショウドトウが上位二つを占め続けており、その膠着を破る新しい力として見られていたからだ。 賞金で上回るアグネスデジタルが登録したことで、クロフネは天皇賞から弾き出された。どうせ勝てないくせに、クロフネの邪魔をするな。そういう声が陣営に向けられた。クロフネの調教師・松田国英は、まさか、というのが正直な気持ちだったと振り返っている。クロフネはダートへ回り、天皇賞の前日に行われる武蔵野ステークスを走ることになった。
観客席に向かって走れ
2001年10月28日、東京競馬場。午前中に雨が降り、芝は重馬場になっていた。前座の各競走では、内めを通った馬がことごとく伸びあぐねていた。内めの芝は、この日、伸びる場所ではなかった。 四番人気。テイエムオペラオー、メイショウドトウ、ステイゴールド。上位三頭のオッズとのあいだには、はっきりと線が引かれていた。 白井が四位に与えた指示は二つだった。馬場の良いところを走らせること。もうひとつは、四コーナーを回ったら観客席に向かって走れ、ということ。東京の直線で、スタンドは外側にある。内へ入れるな、という意味である。 ゲートが開く。逃げるはずのサイレントハンターが出遅れた。引っ張る馬がいない。成り行きで前に出たのはメイショウドトウで、前半1000メートルの通過は62秒2。重い馬場を差し引いても、遅い。 遅い流れは、馬を焦れさせる。行きたがる馬と、抑える手。あちこちで呼吸が合わなくなっていく。十番手あたりを進んだアグネスデジタルには、それが起きなかった。四位は動かない。三コーナー、四コーナー。指示のとおり、内が空いていても入れない。外へ、スタンドのほうへ。 直線。前では、メイショウドトウを交わしたテイエムオペラオーが抜け出していた。前の年の年度代表馬である。決着はそこでついたはずだった。 大外から、栗毛が来た。四位が追い出したのは、そこからである。重い馬場は、この馬の脚を止めなかった。ゴール板の前でテイエムオペラオーを捉え、一馬身つけて先に出た。 渡辺孝男は、勝ったあとのインタビューで、心ないことをいろいろ言われたけれども、言った人たちのほうが恥をかいたのではないか、と述べている。 それでもこのときは、馬場と展開が向いただけだ、という見方が残った。
世界の基準
外国産馬が天皇賞を勝ったのは、出走が認められていた1956年秋のミツドフアーム以来、四十五年ぶりだった。 陣営は連覇の懸かるマイルチャンピオンシップを飛ばし、12月の香港へ向かう。この年の香港国際競走には日本から六頭が参戦し、香港ヴァーズをステイゴールドが、香港マイルをエイシンプレストンが勝った。 12月16日、シャティン競馬場、香港カップ。十四頭立ての十二番枠から出る。シャティンの2000メートルはスタート直後に一コーナーが来るため、内の馬に押されて外へ振られるのを嫌った四位は、ゲートを出るなり先頭に立たせた。コーナーをなめらかに回ったあとは、先導するトブーグの後ろ、五番手に落ち着く。三コーナーからペースが上がるのに任せて進出し、最終コーナーでもう一度先頭へ。直線で差し返しにきたトブーグをアタマ差しのいだ。トブーグの鞍上はデットーリだった。 四位は、最初のコーナーをなめらかに回った時点でいけると思った、負ける気はしなかった、と話している。日本馬が勝つたびに重圧で顔を強張らせていた白井は、世界の基準になる2000メートルの競走を勝ったのだから価値がある、と言った。 年度表彰では最優秀4歳以上牡馬に選ばれた。年度代表馬はダービーとジャパンカップを勝った三歳のジャングルポケットで、この馬は次点である。天皇賞から弾き出されてダートへ回ったクロフネは、ジャパンカップダートを勝って最優秀ダートホースに選ばれ、屈腱炎を発症してその年限りで引退した。 2002年2月17日、東京、フェブラリーステークス。GIを勝った馬が十頭も顔を揃えた一戦で、一番人気に支持される。六番手から先行勢を差し切り、二着のトーシンブリザードに0秒2の差をつけた。1秒1後ろの六着には、のちにダートの短距離で名を上げるサウスヴィグラスがいる。 南部杯、天皇賞、香港カップ、フェブラリーステークス。出走したGIを四つ続けて勝ったのは、当時、史上初めてのことだった。 狙いはドバイワールドカップである。香港を経由してドバイに入った。前年の凱旋門賞馬サキーに乗るデットーリは、警戒する相手にこの馬の名を挙げている。ところが実際には、航空機のトラブルで香港に足止めされ、ドバイに着いてからは集中豪雨で調教が積めなかった。3月23日、後方から追い込みを図って六着。勝ったストリートクライからは十六馬身ほど離されていた。白井は後年、コースは合っていたと思うが、輸送で足止めを食って熱を出し、絶好の状態で行った馬が半分以下になった、立て直す日数がなかった、と振り返っている。 そこから日本へは戻らず、香港へ引き返した。4月21日、クイーンエリザベス2世カップ。五番手から直線で先頭に立ったものの、ゴール前でエイシンプレストンに差されて半馬身差の二着。日本の外で行われた競走を日本の馬が一着と二着で占めたのは、これが初めてだった。 この転戦には前段がある。二つの国にまたがって遠征する場合、検疫の決まりで、いったん日本へ帰らなければならなかった。白井はJRAの理事長に直接かけあい、ドバイから香港へそのまま向かえるようにした。一頭が通ったあとには、道が残る。
一年四か月
香港から帰ると、右肩と後躯に不安が出た。前の秋からの連戦の疲れである。休養はそのまま一年近くに延びた。 2003年5月1日、名古屋のかきつばた記念で復帰する。最終コーナーで先頭に並びかけたが、そこまでだった。四着。もう復調はない、全盛期は過ぎた。そう見られた。 6月8日、東京、安田記念。二年前に十一着だったレースである。GIをまだ勝っていないローエングリンが一番人気に推されるほど、中心の定まらない一戦だった。この馬は四番人気。中団から直線で外へ持ち出すと、先に抜け出していたアドマイヤマックスとローエングリンを、まとめて捉えた。1分32秒1。1990年にオグリキャップが刻んだコースレコードを、十三年ぶりに書き換えている。 一年四か月ぶりの勝利であり、六つ目のGIだった。四位は、精神的にタフな馬だ、本当に力がある、と称えた。白井は、この馬の勝負根性には頭が下がる、と労っている。GIを四年続けて勝った馬は、これで史上四頭目になった。 これが最後の勝ち鞍である。6月末の宝塚記念は十三着。9月の日本テレビ盃で二着に粘ったのが、最後の連対になった。10月の南部杯は五着、11月の天皇賞(秋)は十七着、12月28日の有馬記念は九着。デビューから引退まで、この馬は栗東の白井厩舎を一度も離れていない。 2004年1月18日、京都競馬場で引退式が行われた。2000年のマイルチャンピオンシップで着けていたゼッケン「13」をつけ、最後の走りを見せる。引退式に向けた軽い調教のなかで、馬は全盛期の雰囲気を取り戻しつつあったという。担当厩務員の井上多実男は、もう少し早く良くなってほしかった、年を取っているから良化が遅かったのかもしれない、うまくいかないものだ、と語った。
境目
引退後は新冠のビッグレッドファームで種牡馬になった。初年度の産駒は2007年にデビューし、翌年にはドリームシグナルがシンザン記念を勝つ。2014年、カゼノコが大井のジャパンダートダービーを制した。この馬が一番人気で十四着に沈んだ、あのレースである。母の父としても、芝の重賞を三つ勝ったサウンドキアラや、ダートのJpnIを勝ったシャマルが出ている。2020年に種牡馬を退き、十勝の種馬所で余生を送った。 2021年12月8日、放牧中の事故により安楽死となった。二十四歳だった。 走った競馬場は、国内外で十一を数える。阪神、京都、東京、中山。川崎、名古屋、大井、船橋、盛岡。そして香港のシャティンと、ドバイのナドアルシバ。芝で四つ、ダートで二つのGIを勝ち、そのうち三つは地方と中央と香港で続けて勝ったものだった。六十頭から三頭に絞られ、第一希望が壊れて残った、いちばん小さい馬である。 この馬を見つけてきた白井寿昭は2015年に定年で調教師を退き、いまは競馬評論家として血統を論じている。四位洋文も2020年に騎手を引退し、調教師になった。 「アグネスデジタルには、いろんな景色を見せてもらいました」[^1]。四位はそう言った。ドバイへ行かせてもらい、香港では勝たせてもらった、芝もダートも走った素晴らしい馬だった、とも。 けれど、景色を選んでいたのは馬ではない。ここは芝の馬、ここは砂の馬、ここは国内、ここは海外。境目を引いていたのは、いつも人のほうだった。この馬はただ、連れて行かれた場所の地面を、そこにある地面として走った。景色を見せられていたのは、こちら側だったのだと思う。 渡辺孝男の勝負服は、色の三原色から取られている。重ね方しだいで、どんな色にもなる三つの色だ。黄の胴に水色の輪、赤い袖。その服は2001年の春に皐月賞を勝ち、秋に天皇賞を勝った。春に着ていたのはアグネスタキオンで、秋に着ていたのが、この馬だった。 その黄と水色と赤が先頭でゴール板を過ぎたのは、京都の芝であり、盛岡の砂であり、シャティンの芝だった。地面が変わっても、服の色は変わらなかった。
出典:デイリースポーツ「元祖二刀流 アグネスデジタル死す 芝&ダートでG1制覇」2021年12月8日配信、https://www.daily.co.jp/horse/2021/12/08/0014900367.shtml、閲覧日:2026年8月2日。
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