名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
エアロヴェロシティのイメージビジュアル
エアロヴェロシティAerovelocity
Aerovelocity

エアロヴェロシティ

通算成績25戦12勝

獲得賞金(海外含む・概算)約55,344万円

生年月日 2008.09.08(平成20年)毛色 鹿毛セン

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
エアロヴェロシティの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
8 GIIセンテナリースプリン シャティン 芝1200 3人気 パートン
1 GI香港スプリント シャティン 芝1200 4人気 Z.パートン 1:08.8 映像
3 GIIジョッキークラブスプ 香港 芝1200 3人気 Z.パートン 1:08.5
3 GIIプレミアボウル 香港 芝1200 4人気 Z.パートン 1:08.4
8 GIチェアマンズスプリント 香港 芝1200 5人気 Z.パートン 1:09.4 映像
1 GIセンテナリースプリン 香港 芝1200 3人気 Z.パートン 1:08.3
14 GIIプレミアボウル 香港 芝1200 1人気 Z.パートン 1:11.0
1 GIクリスフライヤーイン シンガポール 芝1200 1人気 Z.パートン 1:09.0
1 GI高松宮記念 中京 芝1200 4人気 Z.パートン 1:08.5 上り34.3映像
2 GIチェアマンズスプリント 香港 芝1200 1人気 Z.パートン 1:08.8 映像
1 GI香港スプリント 香港 芝1200 2人気 Z.パートン 1:08.5 映像
14 GIIジョッキークラブスプ 香港 芝1200 1人気 Z.パートン 1:08.9
1 GIIプレミアボウル 香港 芝1200 1人気 Z.パートン 1:08.7
2 GIIIプリンスジュエリー& 香港 芝1400 1人気 Z.パートン 1:21.1
1 GIIIシャティンヴァーズ 香港 芝1200 3人気 パートン 1:09.1
1 シティバンクパーソナ 香港 芝1200 1人気 パートン 1:09.2
1 サリーハンデキャップ 香港 芝1200 2人気 パートン 1:09.2
1 ロンドンH 香港 芝1200 2人気 パートン 1:09.0
1 パナソニックH 香港 芝1200 4人気 パートン 1:09.6
3 雀橋H 香港 芝1200 6人気 パートン 1:10.0
7 アークティックオーシ 香港 芝1400 3人気 ホワイト 1:22.8
2 ギルフォードH 香港 芝1400 3人気 1:22.3
2 コレクションH 香港 芝1200 10人気 1:09.5
10 ファッチョイH 香港 芝1000 7人気 0:57.6
1 未勝利戦 ニュージーランド 芝1300 1人気 1:16.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
エアロヴェロシティの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
PinsSnippetsLunchtime
Easy Date
No FinerKaoru Star
Humour
ExodusKaapstadSir Tristram
Eight Carat
Lady GenesisStar Way
Arga
STORY

旅程 — この馬の物語

2008年生まれの鹿毛のせん馬。父Pins、母Exodus。主な勝ち鞍は香港スプリント・高松宮記念・クリスフライヤーイン。

アワプニの一戦 ― 名を替えて海を渡る

2008年、ニュージーランドで一頭の鹿毛が生まれた。生産者はN E SchickとS J Till。父Pinsは2000年にオーストラリアでオーストラリアンギニーズ(GⅠ・2000m)を勝った馬、母Exodusの父Kaapstadは1987年にサイアーズプロデュースステークス(GⅠ・1400m)を制し、のちに種牡馬となった黒鹿毛である。 血の周りには、むしろ長い距離を走る馬が並んでいた。母Exodusの全兄Kapitain Kashは、ニュージーランドで2100mのカウンティズカップハンデキャップ(GⅡ)と2300mのロトルアカップ(GⅢ)を勝っている。3代母Argaの牝系からは、1992年のニュージーランド1000ギニーを勝ったNimueが出た。母の父Kaapstadの半弟には、1995年のコックスプレートと1996年の豪ダービーを勝ち、その年度の豪代表馬に選ばれたオクタゴナル――母エイトカラットを同じくする、GⅠを十勝した馬がいる。 この仔に最初に与えられた名は、Naisoso Warriorだった。2012年4月25日、アワプニ競馬場の芝1300m、7頭立ての未勝利戦。ティンズリーを背に1番人気に応え、1分16秒9で勝ち上がる。1戦1勝。それが、この馬がニュージーランドで走ったすべてである。 同年8月19日、香港へ渡った。厩舎はAndrew Scottからポール・オサリバンへ、馬主は複数の共同名義から香港のダニエル・ヤンへ移り、名前も替わった。空気と速度をつないだような綴り――Aerovelocity。香港では友瑩格と呼ばれた。

五か月の空白と、二十回の同じ鞍上

2013年2月12日、シャティン。香港での初戦は芝1000mのハンデ戦で、7番人気の10着だった。3月17日の1200mは10番人気で2着、4月7日の1400mも2着。5月5日、1400mで手綱を取ったのは、13年続けて香港のリーディングジョッキーだったダグラス・ホワイト。7着に終わり、そこから五か月、この馬はゲートに入らなかった。 10月12日、復帰戦の1200m。鞍上にザカリー・パートンがいた。6番人気の3着。この日から2017年1月の最後の一戦まで、この馬に乗ったのはこの男だけである。二十回、続けて同じ背中に跨った。 11月9日、4番人気で1着。12月8日、60.5キロを背負って1着。明けて1月26日、2月23日と勝ち、5月25日のシャティンヴァーズ(HKG3)も勝って五連勝。ハンデ戦の勝ち上がりが、そのまま重賞に届いた。6月8日、1400mのプレミアカップ(HKG3)は1番人気でヘレンスピリットの2着。1400mで先頭に立てなかったのは、これで三度目だった。 この2013/2014シーズン、パートンは112勝を挙げ、ホワイトの十三連覇を止めて初めて香港の首位に立つ。その道の途中に、この馬がいた。

三週間前の最下位 ― 二〇一四年十二月十四日

10月26日、プレミアボウル(HKG2)を1番人気で勝つ。11月23日、ジョッキークラブスプリント(G2)。ここでも1番人気に推されて、14頭立ての14着。勝ったのはペニアフォビアだった。 三週間後、香港スプリント。2番人気。好スタートからハナに立つと、外にバッファリングが並び、1馬身離れた3番手の内にラッキーナイン、その間にペニアフォビアが入る。直線を向いて外からストレイトガールが一気に差を詰め、最内で粘るこの馬、その間から伸びるペニアフォビアと、三頭の競り合いが残り200mから続いた。最内のまま押し切った。1分8秒57。ペニアフォビアがクビ差の2着、日本のストレイトガールが1馬身差の3着である。 六歳でのGⅠ初制覇だった。三週間前に最後方でゴールした馬が、香港の暮れの大一番を逃げ切っていた。

小雨の中京 ― 外国調教馬が勝った日

2015年2月15日、チェアマンズスプリントプライズ。当時は二月に行われていた香港のGⅠで、1番人気に推されたが、勝ったのはゴールドファン。2着だった。 3月29日、中京競馬場。18頭立ての4番人気。天候は小雨、芝は稍重。馬体重は524キロ、前走から16キロ減っていた。デビュー戦以来およそ二年ぶりの左回りで、遠征も、雨のレースも初めてだった。 アンバルブライベンが飛ばし、ハクサンムーン、ミッキーアイルコパノリチャードが続く。この馬は抜群のスタートから好位の2〜3番手の内に控え、コースロスなく最終コーナーを回った。日本の直線には急な上り坂がある。坂の手前では苦しんでいた、とパートンは振り返っている。それでも内のハクサンムーンと外のミッキーアイルに挟まれながら脚を伸ばし、粘るハクサンムーンを1/2馬身かわして先頭でゴールした。1分8秒5、上がり34秒3。3着のミッキーアイルはハナ差。1番人気のストレイトガールは13着、ローブティサージュは17着だった。「強いハートを持っている馬だ」[^1]――鞍上の言葉は、それで足りていた。 高松宮記念を外国調教馬が勝ったのは、これが初めてで、いまもこの一度だけである。パートンはJRAの重賞初勝利をGⅠで飾り、オサリバンにとっても日本のGⅠ初制覇だった。

出典:日本中央競馬会「第45回 高松宮記念(GI)レース結果」(レース回顧・谷川善久)2015年3月29日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2015.html 、閲覧日:2026年7月30日。

クランジの最後の勝ち馬 ― 半年で三か国

5月17日、シンガポール。クランジ競馬場のクリスフライヤーインターナショナルスプリント。9頭立ての1番人気に応え、稍重の芝1200mを1分9秒05で勝った。2014年12月の香港、2015年3月の日本、そして5月のシンガポール。五か月のあいだに、三つの国のGⅠを勝っていた。 この競走は、この年を最後に廃止された。第10回の優勝馬が、最後の優勝馬である。 10月25日、プレミアボウル。1番人気で、また14頭立ての14着。時計は1分11秒台まで掛かった。勝ったのは前季の香港年度代表馬エイブルフレンドだった。 2016年1月31日、センテナリースプリントカップ。この年から1200mになった香港のGⅠで、3番人気。1分8秒36で勝ち、2着はゴールドファン。二度目である――14頭立ての最後方から、次のゲートでGⅠを勝つのは。

せん痛の春、八歳の十二月

2016年3月、高松宮記念の連覇を目指して来日したが、せん痛を発症して出走を取りやめた。中京の1200mを勝ったのはビッグアーサーだった。 5月1日、チェアマンズスプリントプライズ。この年から国際GⅠに格上げされ、施行時期も春へ移っていた一戦で8着。勝ったオーストラリアのシュタークワが、このレースを制した最初の外国調教馬になった。 秋は59.5キロを背負ったプレミアボウルで3着、ジョッキークラブスプリントでも3着。そして八歳の暮れ、香港スプリントのゲートに入る。1番人気は日本のビッグアーサーで単勝2.6倍、この馬は4番人気だった。 ほとんどの馬が落ち着いてゆっくり馬場に入っていくなかで、この馬はパドックからトロットで現れ、スタート地点へすっ飛んでいった。残る12頭は、そのあとを歩いてきた。 ロケットスタートを切ったのはペニアフォビアとこの馬。最内から先手を取ったペニアフォビアを無理に追わず、3コーナーでは5番手まで下がり、直線で外へ持ち出す。残り150mで先頭に立ったところへ、ラッキーバブルズが強襲した。「だけど、彼(エアロヴェロシティ)は今でも勇敢な戦士でした」[^1]。短アタマ、譲らなかった。1分8秒80。ビッグアーサーは10着だった。 八歳馬による香港スプリント制覇は史上初めてで、2025年の第27回までを見てもこの一度だけである。国際GⅠは4勝目。一年おいての二度目の戴冠は、2007年と2009年のセイクリッドキングダムに続く形だった。ウイナーズサークルには、ピンク地に緑で「格」と書かれた小旗が並び、馬主のダニエル・ヤンが拳を上げ、オサリバンは目に涙を浮かべて笑っていた。

出典:日本中央競馬会「2016年 香港スプリント レース結果・回顧」(文・土屋真光)2016年12月11日、https://www.jra.go.jp/keiba/overseas/race/2016hkir/sprint/kaiko.html 、閲覧日:2026年7月30日。

果たされなかった約束 ― 二つの名前

その表彰式のあと、オサリバンは次の計画を口にしている。1月のセンテナリースプリントカップを使って、もう一度日本へ行くことになるでしょう――「楽しみにしてください」[^1] 2017年1月30日、センテナリースプリントカップ。この季から国際GⅡとして行われたその一戦で、8頭立ての8着。勝ったのはペニアフォビアだった。これが最後のゲートになった。5月7日のチェアマンズスプリントプライズを引退レースに予定していたが、調教のあとに右前肢の跛行が出て回避。そのまま現役を退いた。中京の坂を、もう一度登ることはなかった。 25戦12勝。1400mを三度、1000mを一度、そしてアワプニの1300mを一度走り、残る二十回はすべて1200mだった。その二十回のうち十一回、先頭でゴールしている。負けた十三戦には14頭立ての14着が二度あり、8着が二度ある。強い日と崩れる日の落差が、この馬の履歴書だった。 引退後はオーストラリアへ渡り、シドニーの牧場で余生に入った。ブラッドスポーツの尺度で言えば、せん馬の名前が血統表の先へ続いていくことはない。競馬に残るのは、走った記録と、それを見た人の記憶である。 パートンはその後も、暮れのシャティンの1200mを勝ち続けた。2023年にラッキースワイニーズ、2024年と2025年にカーインライジング。香港スプリントを五度勝った男の、最初の二つがこの馬である。Naisoso Warriorとして一度、Aerovelocityとして十一度、先頭でゴールした馬だった。

出典:日本中央競馬会「2016年 香港スプリント レース結果・回顧」(文・土屋真光)2016年12月11日、https://www.jra.go.jp/keiba/overseas/race/2016hkir/sprint/kaiko.html 、閲覧日:2026年7月30日。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース