名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
アドマイヤマックスのイメージビジュアル
アドマイヤマックスAdmire Max
Admire Max

アドマイヤマックス

通算成績23戦4勝

獲得賞金(海外含む・概算)約37,185万円

生年月日 1999.04.10(平成11年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アドマイヤマックスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GI香港スプリント 香港 芝1000 上村洋行 0:58.6 映像
6 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 6人気 武豊 1:32.5 上り33.9映像
3 GIスプリンターズS 中山 芝1200 3人気 武豊 1:07.6 上り33.4映像
12 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 武豊 1:33.0 上り34.9映像
4 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 4人気 武豊 1:21.1 上り34.6
1 GI高松宮記念 中京 芝1200 4人気 武豊 1:08.4 上り34.6映像
4 GIII阪急杯 阪神 芝1200 2人気 福永祐一 1:08.6 上り33.8
14 GIII根岸S 東京 ダ1400 2人気 武豊 1:25.4 上り36.9
5 GIICBC賞 中京 芝1200 2人気 武幸四郎 1:08.4 上り34.1
6 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 6人気 武幸四郎 1:33.7 上り34.9映像
1 GIII富士S 東京 芝1600 1人気 武豊 1:33.2 上り34.3
4 OPポートアイランドS 阪神 芝1600 1人気 赤木高太郎 1:33.9 上り34.6
4 GI香港マイル 香港 芝1600 福永祐一 1:34.6 映像
3 GIスプリンターズS 中山 芝1200 2人気 武豊 1:08.2 上り33.7映像
4 GIIIセントウルS 阪神 芝1200 3人気 福永祐一 1:08.2 上り33.9
3 GIII関屋記念 新潟 芝1600 1人気 後藤浩輝 1:32.0 上り34.4
2 GI安田記念 東京 芝1600 6人気 武豊 1:32.1 上り34.0映像
3 GIII京阪杯 京都 芝1800 1人気 後藤浩輝 1:45.5 上り34.5
11 GI菊花賞 京都 芝3000 2人気 後藤浩輝 3:08.1 上り37.3映像
2 GIIセントライト記念 新潟 芝2200 1人気 後藤浩輝 2:13.1 上り34.6
3 GIIIラジオたんぱ杯2歳S 阪神 芝2000 1人気 福永祐一 2:03.5 上り34.7
1 GIII東京スポーツ杯2歳S 東京 芝1800 2人気 福永祐一 1:48.2 上り35.4
1 2歳新馬 京都 芝1600 3人気 福永祐一 1:36.1 上り35.0

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アドマイヤマックスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ダイナシュートノーザンテーストNorthern TasteNorthern Dancer
Lady Victoria
シヤダイマインヒッティングアウェーHitting Away
ファンシミンFancimine
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの鹿毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母ダイナシュート。主な勝ち鞍は高松宮記念・東京スポーツ杯2歳S・富士S。

母と同じ順番で

1999年4月10日、北海道早来町のノーザンファーム。ダイナシュートという牝馬が、鹿毛の牡を産んだ。父はサンデーサイレンス。その年のセレクトセールで取引され、近藤利一の馬として栗東の橋田満厩舎に入る。アドマイヤマックスと名づけられた。 母は社台レースホースの持ち馬で、美浦の矢野進厩舎にいた。1984年8月、新潟の新馬戦でデビュー。二週間後の新潟3歳ステークスで重賞を勝ち、続く京成杯3歳ステークスも勝って三連勝している。デビューから二戦目で重賞を手にした牝馬だった。 2001年10月13日、京都の芝1600メートル。福永祐一を背に、3番人気で新馬戦を勝ち上がる。次走が東京スポーツ杯2歳ステークスだった。1番人気はローエングリン、こちらは2番人気。後方から大外へ持ち出し、先行勢をまとめてかわして二馬身半をつけた。デビュー二戦目の重賞である。母と同じ順番で、母と同じところに立った。 陣営は、クラシックを狙える器だと見ていた。暮れのラジオたんぱ杯2歳ステークスでは単勝1.4倍に支持される。大外から追い込んだものの、メガスターダムに0.1秒だけ届かず三着。それでも翌春へ向かう二歳馬として、順番どおりの場所にいた。

同じ骨が、左右で

クラシックの季節を迎えたところで、右の橈骨の端が折れた。前脚の、肘の下にある骨である。皐月賞も東京優駿(日本ダービー)も、ゲートに入らないまま終わった。 母も、そこで一度躓いている。デビューした年のうちに重賞を二つ勝ちながら、明けてから体調を崩し、三月に前脚を折って、牝馬三冠のどれにも出られなかった。母と子は、失った春まで同じだった。 復帰は9月15日、新潟のセントライト記念。鞍上は後藤浩輝に替わっていた。1番人気に応えきれず、バランスオブゲームの二着。それでも菊花賞では2番人気に推される。京都の芝3000メートルを走った結果は、勝ったヒシミラクルから2.2秒差の十一着だった。上がり三ハロン——最後の600メートル——は37秒3。三千メートルは、あとから思えばこの馬の距離ではない。 続く京阪杯で三着。そのレースのあとで、今度は左の橈骨の端が折れていることが分かり、手術を受けた。同じ骨が、左右で一度ずつ折れたことになる。三歳の秋は、それで終わった。

二年十一か月

戻ってきたのは2003年6月8日、東京の安田記念だった。休み明けで6番人気。好位から直線の叩き合いを制し、いったん先頭に立つ。そこをアグネスデジタルに差された。クビ差。タイム差は0.0秒と記録されている。 夏の関屋記念は1番人気で三着。9月、阪神のセントウルステークスで初めて千二百メートルを使い、四着。10月のスプリンターズステークスはデュランダルの三着。暮れにはローエングリン、テレグノシスとともに香港へ渡り、香港マイルで四着に踏ん張った。 どれも、勝ち馬の背中は見えている。どれも、届いていない。 2004年は春を全休した。秋に戻って二戦目の富士ステークスを、武豊が乗って勝つ。東京スポーツ杯以来、二年十一か月ぶりの勝利だった。ただ、続くマイルチャンピオンシップは六着、暮れのCBC賞は五着。そのCBC賞を勝ったのはプレシャスカフェで、舞台は中京の芝1200メートルである。 年が明けた1月29日、生涯で一度だけ砂を走った。東京の根岸ステークス。2番人気に推されながら、メイショウボーラーから2秒4離された十四着。芝に戻した2月の阪急杯は、キーンランドスワンの四着だった。 ここまでにGIは五度走っている。掲示板に載ったのが三度、勝ったのは一度もない。六歳の春だった。

三月二十七日、中京

晴れ。芝は良。十八頭立ての、いちばん外の枠から出た。 ゲートが開くと、カルストンライトオが望みどおりに先頭を取る。二つ目のハロンが10秒3で刻まれた。千二百メートルの競走でこの数字が出るというのは、逃げている馬が息を入れられないでいるということである。事実、先頭は道中しきりに突かれつづけた。前で受けて立つ馬にとっては、苦しい流れである。 武豊は動かない。外を回れる位置に置いたまま、中団で三コーナーを通過する。押し上げたのは、四コーナーに入ってからだった。 内では、プレシャスカフェが馬群を縫って伸びてきている。三か月前、同じ中京の千二百でこの馬の前を走った相手である。 直線。半ばで、内のプレシャスカフェを捕まえた。そこからは一完歩ごとに差が開く。決勝線を過ぎたとき、二着との間は二馬身半あった。外から追ってきたのは、二月の阪急杯でこの馬に先着したキーンランドスワンである。 レース後、鞍上は「まさか勝つとは思わなかった」[^1]と言った。

出典:日本中央競馬会「第35回高松宮記念(GI)レース結果」2005年3月27日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2005.html、閲覧日:2026年8月2日。

四月十日

ウイナーズサークルには、開催中だった愛知万博からモリゾーとキッコロが来ていた。武豊にとって、この競走を勝つのは二度目である。十五年前、まだGIではなかった時代にバンブーメモリーで勝っていた。GIになってからは初めてだった。この日をもって、彼がまだ勝っていないJRAのGIは、マイルチャンピオンシップと朝日杯フューチュリティステークスの二つになる。橋田満にとっては、初めての高松宮記念だった。 血のほうを見ておきたい。母ダイナシュートは重賞を三つ勝った。その全姉ダイナマインも重賞を二つ勝っている。どちらもGIには届かないまま繁殖に上がった。母は2004年7月23日付で用途変更となり、その後の消息は分かっていない。息子が中京で勝ったのは、その八か月後である。 二週間後の4月10日、阪神。全姉マストビーラヴドの娘が桜花賞を勝った。ラインクラフトである。母マストビーラヴドは三戦して未勝利のまま繁殖に上がった牝馬で、のちにプロキオンステークスを勝つアドマイヤロイヤルもこの牝馬の仔だ。桜花賞のラインクラフトは、不利とされる十七番枠から好位を取り、直線で先頭に立ち、シーザリオをアタマ差で抑えた。鞍上は福永祐一。新馬戦と東京スポーツ杯でアドマイヤマックスに乗った男である。 4月10日は、アドマイヤマックスが早来町で生まれた日でもある。六年前のその日に生まれた馬が中京で自分の大レースを勝ち、二週間後、同じ日付に、姉の娘が阪神で桜花賞を勝った。ラインクラフトは五月のNHKマイルカップも勝ち、牡馬混合のGIまで持っていく。 叔父のほうの春は、そこから重かった。59キロを背負った京王杯スプリングカップで四着。安田記念は十二着に沈む。秋、中山のスプリンターズステークスで、香港のサイレントウィットネスの三着に食い込んだ。 11月20日、京都のマイルチャンピオンシップ。1枠2番にアドマイヤマックス、1枠1番にラインクラフト。叔父と姪が隣り合った馬番で同じゲートに入った。勝ったのはハットトリック。姪が三着で、叔父が六着だった。 12月11日、沙田。香港スプリント。2番人気に推され、上村洋行が乗った。1000メートルを走って十一着。それが最後の一戦になる。 年が明けた1月16日、苫小牧のノーザンホースパーク。同じ年に競走をやめたアドマイヤドンアドマイヤグルーヴと三頭並んで引退式が行われた。三頭とも近藤利一の馬で、グルーヴとは厩舎も同じである。1月18日付で登録を抹消された。

牧場に残る

2006年の春、ビッグレッドファームで種牡馬になった。初年度は84頭に種付けしている。翌年9月にはブリーダーズスタリオンステーションへ移った。ステイゴールドと二年ごとに供用場所を入れ替える契約になっていたためである。 2009年6月20日、札幌の新馬戦をコスモソルスティスが勝ち、産駒の初勝利。2011年9月4日にはモンストールが新潟2歳ステークスを勝って、産駒に重賞がついた。父が一度だけ砂を走って敗れた根岸ステークスは、のちにメイショウマシュウが勝っている。 いちばん遠くまで行ったのは、2013年に新ひだか町の岡野牧場で生まれたケイティブレイブという栗毛だった。2017年の帝王賞を福永祐一で勝ち、翌年に川崎記念とJBCクラシックを勝つ。JBCクラシックは、同じ年に生まれたアドマイヤドンが2002年から三年続けて勝った競走である。父は芝の千二百で一度だけ頂に立ち、息子は砂の大レースを三つ積んだ。 姉の娘は、長くは走れなかった。2006年8月19日の早朝、放牧先のノーザンファーム空港牧場で調教中に急性心不全を起こし、四歳で死んでいる。十三戦して六勝、GIは二つだった。 アドマイヤマックスは2022年1月1日付で種牡馬の登録を離れ、功労馬としてビッグレッドファームに残った。2023年2月12日、同じ牧場で事故により死ぬ。二十四歳。事故の詳細は明かされていない。 勝つとは思っていなかった、と鞍上は言った。無理もない。前脚は左右とも一度ずつ折れ、勝ち鞍は二年十一か月増えず、GIは五度走って一度も勝てていなかった。まさか、という言葉は、この馬の六年間によく似合う。 ただ、遅いというのは、届かないという意味ではない。母も、伯母も、姉も届かなかったところへ、姉の娘より二週間だけ先に着いたのは、いちばん遅れて来たこの馬である。中京の千二百メートル、大外の十八番。二度折れた前脚で、その日いちばん先に、決勝線を過ぎた。

OFFSPRING

産駒 — 旅を継ぐ馬

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース