名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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アドマイヤグルーヴのイメージビジュアル
アドマイヤグルーヴAdmire Groove
Admire Groove

アドマイヤグルーヴ

通算成績21戦8勝

獲得賞金55,133万円

生年月日 2000.04.30(平成12年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アドマイヤグルーヴの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1600 2人気 武豊 1:34.5 上り35.0
3 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 4人気 上村洋行 2:13.0 上り33.9映像
17 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 17人気 上村洋行 2:01.1 上り33.3映像
8 GI宝塚記念 阪神 芝2200 8人気 武豊 2:12.7 上り36.5映像
4 GII金鯱賞 中京 芝2000 3人気 武豊 1:59.5 上り33.8映像
11 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 6人気 武豊 3:17.7 上り35.2映像
4 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 2人気 武豊 1:59.4 上り34.7
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 2人気 武豊 2:13.6 上り33.8映像
3 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 9人気 武豊 1:59.3 上り34.9映像
4 GII京都大賞典 京都 芝2400 2人気 武豊 2:25.9 上り34.6
1 GIIIマーメイドS 阪神 芝2000 1人気 武豊 2:00.0 上り34.3
5 GII金鯱賞 中京 芝2000 4人気 武豊 1:58.1 上り35.1映像
7 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 3人気 武豊 2:00.1 上り35.5映像
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 2人気 武豊 2:11.8 上り34.8映像
2 GI秋華賞 京都 芝2000 1人気 武豊 1:59.2 上り34.8映像
1 GII関西TVローズS 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:01.5 上り34.5
7 GI優駿牝馬 東京 芝2400 1人気 武豊 2:28.2 上り33.7映像
3 GI桜花賞 阪神 芝1600 1人気 武豊 1:34.2 上り34.5映像
1 OP若葉S 阪神 芝2000 1人気 武豊 2:03.1 上り34.0
1 エリカ賞 阪神 芝2000 1人気 武豊 2:03.0 上り34.7
1 2歳新馬 京都 芝1800 1人気 武豊 1:51.8 上り33.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アドマイヤグルーヴの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
エアグルーヴAir GrooveトニービンTony BinカンパラKampala
Severn Bridge
ダイナカールノーザンテーストNorthern Taste
シャダイフェザー
STORY

旅程 — この馬の物語

2000年生まれの鹿毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母エアグルーヴ。主な勝ち鞍はエリザベス女王杯・関西TVローズS・マーメイドS。

七千万円から

2000年4月30日、北海道早来町のノーザンファーム。エアグルーヴの初仔が生まれた。鹿毛の牝である。父はサンデーサイレンスだった。 母エアグルーヴは1996年の優駿牝馬(オークス)と1997年の天皇賞(秋)を勝ち、その年の年度代表馬に選ばれている。牝馬が年度代表馬になるのは、1971年のトウメイ以来二十六年ぶりだった。その母のダイナカールも、1983年の優駿牝馬を勝っている。母がオークスを勝ち、その母もオークスを勝っていた。 その夏のセレクトセールに、この仔は「エアグルーヴの2000」として上場された。七千万円から始まった競りは、二億三千万円で止まる。落札したのは近藤利一。当時のセレクトセールでいちばん高い値であり、牝馬としても最高の値だった。 馬名は近藤が一般公募にかけた。最も多く集まったのが、冠名に母の名の一部を繋いだアドマイヤグルーヴ。二百十五通あったという。 預けられたのは栗東の橋田満厩舎である。近藤が中央競馬の馬主資格を取ったのは1984年、初めて持ったカイタイオーという馬も、この男に預けている。自分が馬主になったのと彼が調教師になったのが同じ年だから——近藤は橋田を重用する理由をそう説明していた。 目標は、はじめから決まっていた。オークスだった。三代続けて同じ一鞍を勝つ。そういう設計図で、この馬は買われている。

一瞬で、目の色が

設計図に書かれていないものが一つあった。気性である。 橋田はのちに、感受性が高すぎるゆえに敏感で、すぐ興奮状態になる馬だったと振り返っている。自分が扱ったなかで最も過敏だった、とも。栗東の外の馬道を歩いて帰るとき、内の馬場の追い切りに驚いて暴れたことがある。「一瞬で目が真っ赤になったんです」[^1]。獣医の治療もほとんど受け付けなかった。気に入らないことは受け入れない。担当の矢部と、調教に乗った込山雄太が、辛抱強く付き合った。 2002年11月10日、京都の芝1800メートル。単勝1.2倍の1番人気で、鞍上は武豊だった。母エアグルーヴの主戦を務めた男である。ここを危なげなく勝ち上がる。 阪神ジュベナイルフィリーズには出走登録をしたものの抽選に漏れ、走らずに終わった。代わりに翌週のエリカ賞を勝つ。二戦二勝で、二歳の暮れを越えた。

出典:日刊スポーツ「”私が女王様よっ”と言わんばかり アドマイヤグルーヴその気性と血/橋田満調教師」2022年7月8日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202207080000693.html、閲覧日:2026年8月2日。

一番人気で、三度

年が明けて2003年。桜花賞の前哨戦には、距離の短いチューリップ賞もフィリーズレビューもある。陣営はどちらも使わなかった。あの気性で忙しい競馬をさせれば、また目の色が変わる。選んだのは牡馬も出てくる若葉ステークス、皐月賞のトライアルだった。二勝馬のままでは賞金が足りず、桜花賞に出られない恐れもあった。3月22日、その一戦を勝って権利を持ち帰る。 4月13日、阪神。桜花賞。単勝3.5倍の1番人気。だがゲートで後手を踏み、四コーナーでは十二番手あたりにいた。外から追い込んで三着。勝ったのはスティルインラブで、0.3秒差だった。 5月25日、東京。優駿牝馬。1.7倍。ここが目標だった一鞍である。ところが競馬場に着いてからの興奮が収まらない。オークスの発走はスタンドの前にある。地響きのような歓声でパニックになっていた、とのちに橋田は振り返っている。平常心を欠いたまま、二千四百メートルを走った。最後の六百メートル——上がり三ハロンという——を33秒7まで速めたが、七着。二冠目もスティルインラブが持っていった。 秋。9月21日のローズステークスで、ようやく先着する。スティルインラブは五着だった。 10月19日、京都。秋華賞。今度は1番人気を譲らなかった。四分の三馬身、届かない。牝馬三冠は、1986年のメジロラモーヌ以来十七年ぶり、史上二頭目の三冠牝馬のものになった。 クラシック三戦、すべて1番人気。三度とも、同じ一頭の後ろで決勝線を過ぎている。

十一月十六日、京都

晴。芝は良。京都の外回り二千二百メートルに、十五頭が入った。一番人気はスティルインラブ、こちらは二番人気である。 ゲートが開いて、二つ目のハロンが10秒8で刻まれた。牝馬同士の二千二百メートルで、めったに出る数字ではない。前を行く馬たちは息を入れられないまま進み、隊列は縦に伸びていく。 武豊は動かない。一コーナーで九番手。前から六番目に、スティルインラブがいる。二コーナーで十番手。三コーナーの丘を上って下りるあたりで流れが緩んだが、それでも押し上げなかった。四コーナーを回っても、まだ十番手だった。前に九頭いる。 京都の直線は平坦で、長い。速すぎた前半の代償は、そこで一斉に来た。逃げた馬から順に脚が上がる。最後の一ハロンは12秒8まで落ちた。誰も加速していない。速い馬が前へ出る時間ではなく、遅くならなかった馬から順に前へ出る時間だった。 六番手にいた馬と、十番手にいた馬が、直線で並んだ。並んでから、決勝線までが長い。 ハナ差だった。時計は、二頭とも同じだった。 三度先を越された相手を、その分だけ、先に越えた。

牡馬の中では

2004年、相手は牡馬になった。四月の産経大阪杯は七着、五月の金鯱賞は五着。春の目標に据えていた宝塚記念は回避した。七月のマーメイドステークスは1番人気で勝ったが、これは牝馬同士の重賞である。 武豊は、牡馬相手になると馬が萎縮してしまう、と話していた。厩舎では静かでも競馬場でだめになる馬が、そのうえ牡馬の群れに入るとさらに小さくなる。それでも切れ味そのものは素晴らしいものだった、というのが橋田の見立てである。 秋。京都大賞典四着。10月31日の天皇賞(秋)では、支持が九番人気まで落ちていた。稍重の東京を、ゼンノロブロイの三着で駆け抜ける。 11月14日、京都。エリザベス女王杯。前年と同じ二番人気だった。一番人気は三歳のスイープトウショウである。四コーナーで八番手あたり。直線で前を行くオースミハルカを捕まえて、四分の三馬身。前年ハナ差で先着した相手は、九着に沈んでいた。 このレースを連覇したのは、1998年と1999年のメジロドーベルに次いで二頭目になる。鞍上の武豊にとっては、四年続けての優勝だった。 その年のJRA賞で最優秀4歳以上牝馬に選ばれる。母エアグルーヴは1997年に、同じ部門にあたる賞を受けている。親子での受賞は史上初だった。

五歳の一年

2005年も牡馬の中にいた。四月の産経大阪杯四着。5月1日の天皇賞(春)は、京都の芝三千二百メートルで十一着。この距離を走ったのは、後にも先にもこの一度きりである。勝ったのは同じ橋田厩舎のスズカマンボだった。金鯱賞四着、宝塚記念八着。 秋、鞍上が上村洋行に替わる。10月30日の天皇賞(秋)は十八頭立ての十七着。11月13日、三年続けて出走したエリザベス女王杯はスイープトウショウの三着だった。連覇の翌年は、牝馬同士でも先着を許す一年になった。 12月18日、阪神。芝1600メートルの阪神牝馬ステークス。武豊が戻ってきた。1番人気はその年の桜花賞とNHKマイルカップを勝った三歳のラインクラフトで、こちらは二番人気である。マイルを走るのは、2003年の桜花賞以来だった。 この日は、いつものように後ろから運ばなかった。四コーナーで前から三頭目のあたり。そこから抜け出して、二着に半馬身をつける。ラインクラフトは0.6秒差の四着だった。 レースのあと、ウイナーズサークルで引退式が行われた。二十一戦八勝。最後の一戦が、最後の勝ち鞍になった。 年が明けた1月16日、苫小牧のノーザンホースパーク。同じ年に競走をやめたアドマイヤドンアドマイヤマックスと三頭並んでの引退式だった。三頭とも近藤利一の馬で、マックスとは厩舎も同じである。 橋田はのちに、この馬を振り返ってこう書いている。つくづく「私が女王様よっ」[^1]と言わんばかりの馬でした、と。

出典:日刊スポーツ「”私が女王様よっ”と言わんばかり アドマイヤグルーヴその気性と血/橋田満調教師」2022年7月8日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/news/202207080000693.html、閲覧日:2026年8月2日。

十月十五日

2006年、生まれたノーザンファームで繁殖牝馬になった。橋田によれば、初めのころは妊娠鑑定すらさせてくれなかったという。ここでも女王のままだった。 産駒が並んでいく。2007年のアドマイヤテンバは橋田厩舎に入って二十二戦四勝。2008年のアドマイヤセプターは京阪杯で二着、札幌2歳ステークスで三着まで来た。2009年のアドマイヤトライ、2011年のボージェスト。 2012年3月22日、キングカメハメハとの間に鹿毛の牡が生まれる。ドゥラメンテ。イタリア語で「荒々しく」を意味する音楽用語である。 その年の10月15日、胸部出血で急死した。十二歳。ドゥラメンテが最後の産駒になった。半年後の2013年4月23日には、母エアグルーヴも十一番仔を産んだあとの内出血で死ぬ。二十歳だった。娘のほうが、半年早く逝っている。 2015年、ドゥラメンテが皐月賞と東京優駿(日本ダービー)を勝った。ダイナカール、エアグルーヴ、アドマイヤグルーヴ、ドゥラメンテ。母から仔へ四代続けてのGI級制覇は、史上初だった。買われた日の設計図は三代でオークスを勝つことだったが、三代目はそのオークスに七着で敗れ、四代目は牡で、勝ったのはダービーだった。 設計図の続きを引き受けたのは、その四代目の娘たちである。2022年、スターズオンアースが桜花賞と優駿牝馬を勝ち、秋華賞で三着に敗れて三冠を逃した。翌2023年、リバティアイランドが桜花賞、優駿牝馬と勝ち進んだ。 オークスは、この馬には来なかった。三冠も来なかった。 実ったのは日付のほうだった。2023年10月15日、京都の芝二千メートル。エアグルーヴが十着に敗れ、レースのあとに骨折が見つかった一鞍である。その娘は、四分の三馬身だけ届かなかった。そこを、アドマイヤグルーヴの息子の娘が先頭で通過して、三冠を締めくくった。 十一年前の同じ日に、最後の仔を遺して死んだ牝馬がいる。彼女はその決勝線を、とうとう一度も先頭で越えていない。越えたのは、渡した血のほうだった。

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