名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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アドマイヤドンのイメージビジュアル
アドマイヤドンAdmire Don
Admire Don

アドマイヤドン

通算成績25戦10勝

獲得賞金86,780万円

生年月日 1999.05.17(平成11年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
アドマイヤドンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
4 GIかしわ記念 船橋 ダ1600 2人気 安藤勝己 1:38.5 上り38.0
6 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 5人気 安藤勝己 1:59.7 上り34.9
5 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 2人気 安藤勝己 1:35.3 上り35.8映像
7 GI有馬記念 中山 芝2500 8人気 安藤勝己 2:30.4 上り35.3映像
2 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 1人気 安藤勝己 2:09.1 上り37.5映像
1 GIJBCクラシック 大井 ダ2000 1人気 安藤勝己 2:02.4 上り36.6映像
2 GIマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 1人気 武豊 1:36.0
1 GI帝王賞 大井 ダ2000 1人気 安藤勝己 2:04.0 上り36.1
8 GIドバイワールドカップ アラブ首長国連邦 ダ2000 安藤勝己 2:05.1 映像
1 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 1人気 安藤勝己 1:36.8 上り35.5映像
2 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 1人気 安藤勝己 2:09.2 上り38.2映像
1 GIJBCクラシック 大井 ダ2000 1人気 安藤勝己 2:04.3 上り37.6映像
1 GIマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 1人気 安藤勝己 1:35.4
1 GIIIエルムS 札幌 ダ1700 1人気 安藤勝己 1:43.8 上り36.4映像
11 GIフェブラリーS 中山 ダ1800 2人気 藤田伸二 1:53.5 上り39.3映像
3 GIジャパンカップダート 中山 ダ1800 1人気 藤田伸二 1:52.4 上り38.6映像
1 GIJBCクラシック 盛岡 ダ2000 2人気 藤田伸二 2:05.6 映像
4 GI菊花賞 京都 芝3000 5人気 藤田伸二 3:06.4 上り35.6映像
4 GII札幌記念 札幌 芝2000 3人気 藤田伸二 1:59.8 上り34.6映像
6 GI東京優駿 東京 芝2400 8人気 藤田伸二 2:26.7 上り35.3映像
7 GI皐月賞 中山 芝2000 4人気 藤田伸二 1:59.3 上り35.8映像
3 OP若葉S 阪神 芝2000 1人気 藤田伸二 2:01.6 上り34.6
1 GI朝日杯FS 中山 芝1600 1人気 藤田伸二 1:33.8 上り35.5
1 OP京都2歳S 京都 芝1800 1人気 藤田伸二 1:47.4 上り36.3
1 2歳新馬 京都 ダ1400 1人気 藤田伸二 1:26.8 上り38.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
アドマイヤドンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ティンバーカントリーTimber CountryWoodmanMr. Prospector
プレイメイトPlaymate
Fall AspenPretense
Change Water
ベガトニービンTony BinカンパラKampala
Severn Bridge
アンティックヴァリューAntique ValueNorthern Dancer
Moonscape
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの鹿毛の牡馬。父ティンバーカントリー、母ベガ。主な勝ち鞍は朝日杯FS・フェブラリーS・エルムS。

三番目の息子

1999年5月17日、北海道早来町のノーザンファーム。ベガの三番目の息子が生まれた。鹿毛の牡である。 六年前の桜花賞の日に、馬主の近藤利一が母の仔を譲ってほしいと食い下がった、あの口約束の続きだった。ただし、この仔だけは父が違う。上の二頭がサンデーサイレンスの仔だったのに対し、こちらの父はティンバーカントリー。アメリカで二歳のブリーダーズカップ・ジュヴェナイルを勝ち、翌年プリークネスステークスを勝ってすぐ故障で退いた、ダートの馬だった。 預け先も違った。兄のアドマイヤベガとアドマイヤボスは、栗東の橋田満厩舎に入っている。この仔が向かったのは、同じ栗東の松田博資厩舎だった。松田は、母ベガに桜花賞と優駿牝馬(オークス)を勝たせた調教師である。母を知る男のところへ、三番目の息子だけが行った。 2001年10月13日、京都。デビュー戦は芝ではなく、ダート1400メートルだった。鞍上は藤田伸二。二着に八馬身をつけて勝つ。 二戦目からは芝に替わる。京都2歳ステークスを四馬身差で。そして12月9日、中山の朝日杯フューチュリティステークス。早めに動いて押し切り、二歳の王者になった。その年のJRA賞最優秀2歳牡馬に選ばれる。 デビューから三連勝。砂の上を走ったのは、最初の一度きりだった。

一秒の内側

2002年、クラシック路線。 三月の若葉ステークスは一番人気で三着。皐月賞は七着、東京優駿(日本ダービー)は六着だった。夏に札幌記念で四着を拾い、秋の菊花賞も四着。 崩れてはいない。どの一戦も、勝ち馬との差は一秒の内側に収まっている。見せ場も作った。ただ、前に一頭ぶんだけ届かない。皐月賞はノーリーズンが、東京優駿はタニノギムレットが、菊花賞はヒシミラクルが持っていった。世代の主役の席は、春から秋にかけて次々と埋まっていく。 東京優駿は、三年前に兄が勝ったレースである。その同じ舞台で、弟は八番人気の六着に終わった。二歳王者の看板は少しずつ剥がれ、勝ち鞍のないまま一年が過ぎようとしていた。

盛岡の坂

菊花賞から中一週で、陣営が選んだのは芝ではなかった。岩手・盛岡のダート2000メートル。統一GIのJBCクラシックである。 京都で三千メートルを走った脚が、二週目に北の砂の上へ立っていた。一番人気はプリエミネンスという牝馬で、この馬は二番人気だった。 ゲートが開く。前へ行ったのはカネツフルーヴで、三コーナーではもう先頭に立っている。藤田伸二はその真後ろを取った。動かない。前が作った流れに乗ったまま、四コーナーを回る。 盛岡の直線には坂がある。二頭が並んだままでいたのは、その坂にさしかかるあたりまでだった。ここまでは春からの繰り返しである。前に一頭いて、その一頭に届かない。 坂のあたりで、片方の脚色が変わった。 併走が終わった。差が開き、開き方が止まらない。残り二百メートルの標識を過ぎたときには、後ろの景色がもう遠かった。決勝線を通過して、二着との間に七馬身。 芝で足りなかった一頭ぶんは、砂の上では七頭ぶんになった。

古巣の砂へ

朝日杯フューチュリティステークスとJBCクラシック。芝と砂の両方で大レースを勝った馬が、この年また一頭生まれたことになる。三週間足らずのちのジャパンカップダートは一番人気に推され、イーグルカフェの三着。それでも、ダートで戦っていく方針はもう動かなかった。 年が明けて2003年2月、フェブラリーステークス。改修中の東京に代わって中山のダート1800メートルで行われたこの一戦は、出遅れたうえに道中で二度も他馬に接触され、ゴールドアリュールの十一着に沈む。二秒六差。夏まで休んだ。 秋、鞍上が替わった。安藤勝己。その年の二月まで笠松の騎手だった男である。1976年に地方でデビューし、三千二百を超える勝ち星を積み上げながら、中央の免許は持てないままだった。二十六年を地方で過ごしたのち、試験制度が変わってようやくJRAの騎手になったばかりだった。 復帰戦の札幌・エルムステークスは、五十九キロを背負って九馬身差。不良馬場の盛岡・マイルチャンピオンシップ南部杯は四馬身差。大井のJBCクラシックで連覇。ダートの重賞を三つ、続けて勝った。ゴールドアリュールが喘鳴症でこの年限りの引退となり、砂の頂は空いていた。 安藤にとって、地方の砂は知らない場所ではない。中央にいられなかった二十六年、彼が走りつづけたのはそういう競馬場だった。中央の免許を得た最初の秋に、古巣と同じ砂へ戻り、統一GIを二つ持ち帰ったことになる。 残ったのは11月のジャパンカップダートだけだった。単勝1.5倍。アメリカから来たフリートストリートダンサーとの決着はハナ差で、タイム差は0.0秒と記録されている。 その年のJRA賞最優秀ダートホースに選ばれた。

五日後の大井

2004年2月22日、東京のフェブラリーステークス。単勝1.3倍。サイレントディールとの叩き合いを制して、前年の惨敗を返した。この単勝配当は、このレースの史上最低の値である。 三月、ドバイワールドカップへ遠征して八着。プレザントリーパーフェクトの勝ったレースで、五秒近く離された。海の外の砂は違っていた。 六月の帝王賞は、ナイキアディライトをハナ差で退けて勝つ。十月、盛岡のマイルチャンピオンシップ南部杯は安藤が騎乗停止中で、武豊が代わりに乗った。ユートピアに0.1秒届かず二着。 10月29日、苫小牧の社台ホースクリニックで兄アドマイヤベガが死んだ。疝痛から胃が破れた。八歳。種牡馬として初年度産駒がデビューし、これからという秋だった。 五日後の11月3日、大井。JBCクラシック。 ユートピアが逃げ、ナイキアディライトが二番手を取る。安藤は五番手のまま仕掛けを遅らせた。直線に入ってから、前を一頭ずつ抜いていく。三歳のアジュディミツオーが食い下がり、最後まで並びかけてきたが、四分の三馬身だけ突き放して先に決勝線を過ぎた。 2分2秒4。大井二千メートルのコースレコードが、二十四年ぶりに書き換えられた。この大レースを三年続けて勝った馬は、それまでいない。 月末のジャパンカップダートは二着。勝ったのは同じ松田厩舎のタイムパラドックスだった。三度走って、このレースだけは最後まで勝てなかった。 暮れ、陣営はダートからの卒業を宣言し、二年二か月ぶりの芝で有馬記念に出走する。八番人気の七着。秋の大レースを三つ続けて勝ったゼンノロブロイが、その年を締めくくった日だった。

空に行きました

2005年は芝と砂を行き来したが、どれも一歩足りなかった。フェブラリーステークス五着、産経大阪杯六着。五月五日、船橋のかしわ記念で四着に敗れたのが、二十五度目にして最後の一戦になる。休養中に爪の不安が出て、11月16日に引退が発表された。 翌2006年1月16日、ノーザンホースパーク。同じ年に競走をやめたアドマイヤグルーヴアドマイヤマックスと三頭並んでの引退式だった。 種牡馬に上がる直前、腸捻転で腹を開く手術を受けている。一年あまり前に兄を奪ったのと同じ、腹の病だった。この馬は生き延びた。 社台スタリオンステーションで供用され、2011年に韓国へ渡る。済州島の牧場を経て、ソウルから車で二時間ほどのソンアム畜産へ。産駒の成績が伸びず種付けは一度止まったが、韓国で走った仔が重賞を勝ったこともあり、それでも一頭でも多く残そうと、2021年から少頭数で再開されていた。 2022年9月21日、種付けの際に後躯を痛め、麻痺が残ったため安楽死の措置がとられた。二十三歳。日本から取材に来た記者に、ソンアム畜産の牧場長チョン・ジョンドクはこう言って話しはじめたという。「ハヌレカッスムニダ(空に行きました)」[^1]。その記者は記事のなかで、この馬を当時のダート界を席巻した首領と呼んでいる。 母ベガの息子たちを並べてみる。芝の頂点に立った長男は八歳で死に、四世代の産駒しか遺せていない。次男はセントライト記念を勝った。三男は芝で一つ、砂で六つ、大レースを七つ勝ち、二十三年生きて、最後の一頭まで仔を作ろうとされた。母の血はほかにも流れていて、妹ヒストリックスターの娘ハープスターが2014年の桜花賞を勝っている。 その三男が遺した仔で、いちばん遠くまで走ったのはアルバートという牡馬だった。中山の芝三千六百メートル、ステイヤーズステークス。2015年から2017年まで、三年続けて勝っている。同じ年に生まれたアドマイヤデウスは日経新春杯と日経賞を勝った。どちらも芝の、長い距離である。 三歳の秋、父は京都の芝三千メートルで四着に終わった。前の一頭に届かず、そこから砂へ向かい、十一月の砂で三度続けて頂に立った。長い芝の上で同じ三年を繰り返す仕事のほうは、九年のちに生まれた仔に残された。 ソウルから車で二時間の牧場に、日本語の名を持つ鹿毛の老馬がいた。芝で足りなかった一頭ぶんを、砂の上で七頭ぶんに変えた馬である。そこまで行って、そこで空に行った。

出典:日刊スポーツ「種付け再開2年 産駒残しアドマイヤドン旅立つ」2022年11月11日配信、https://www.nikkansports.com/keiba/column/nandemo/news/202211110000309.html、閲覧日:2026年8月2日。

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